第3話 始まり


 怪我もだいぶ良くなってきた頃、一人の来客があった。ミアの友人でクラスメートのアビー・リーヴァンスだ。彼女は、ミアが学園を休んでいる事情を知る唯一の人間である。


「怪我の具合はどう?」


茶菓子と授業のノートを手渡しながらミアに尋ねる。


「見て! もう治って来たの」


パジャマの裾を捲り答えると、アビーは嬉しそうに笑う。

「これでようやく学園に戻れますね! ミアさん!」


薄い桃色の髪に似合う、同色の丸渕メガネを指で直しながら、アビーは机に置いたノートを開く。ミアが授業に遅れないようにと、自ら家庭教師の役を打って出てくれたのだ。


二人の専攻は考古学。

ミアがこの国の歴史に興味を持ったのは、兄であるアギレスの影響が大きい。ここに来たばかりの頃は、アギレスは毎晩遅くまで本を読んでいた。考古学はもちろん、この国に伝わる精霊についても調べていた。兄の目を盗んではそれらを読んでいたミアだったが、幼い子どもが理解するには難解な書物であった。だが彼は元々、大の勉強嫌いであったと知ったのは、つい最近のことだ。


ぼーっとしているミアに気付き、アビーは教科書を目の前にずい、と差し出してくる。


「さあ、お勉強のお時間です」


「はあい」

それを手に取り、附箋が貼ってあるページを開く。

そこには、かつて存在した二千年前の王国について書かれていた。読み始めると実に興味深く、その子孫である一族がここから少し離れた地に暮らしていたことが分かった。


「へえ、王家の末裔かあ」

「会ってみたかったですね、彼らに」


残念そうに言うアビーに、ミアは疑問符を浮かべる。

それを見たアビーは少々驚いたように言葉をかけた。


「ミアさん、知らないんですか? 彼らは10年前、大規模な火災で皆亡くなったと聞きました。確かニュースにもなっていて」

「火災?」

「ええ、そうです」


アビーは鞄から薄型のノートを取り出すと、当時の事件を検索にかけた。それを立体に映し出すと、丁寧に説明してくれる。


「2046年。ウィンディア地方で大規模な火災が発生した。火の手は村全体に行き渡り、中央都市からの救援もままならず村の住人全ての死亡が確認された。生存者はおそらくほぼゼロに等しい」


「皆死んじゃったの?」

「その日はウィンディアの祭日だったそうで、伝統の祭りがおこなわれていたんです。それは決して他の人たちに見られてはいけない、彼らだけが知る祭り。儀式のようなものだったんでしょうね。だから村の周りに柵が貼られていて、中は見えないようになっていたとか」

「へえ……」


それを聞き、ミアは何故か違和感を感じていた。

言葉で何と言い表せばよいのかわからないが、胸がざわざわしていた。無意識に胸元のネックレスに手をのばすと、アビーが突然声を上げた。


「ミアさん! それ、ちょっと見せてもらえます?」

「へ?」


アビーが指さした先は、ミアの胸元で光る紫の石。チェーンを外しそれを手渡すと、彼女はまじまじと見つめ、そして急いで検索機にかけた。



「やっぱり……どこかで見たと思ったんです」



立体に映し出された検索結果に、ミアのネックレスと同じ模様が浮かび上がる。

六角形の形をした紫の石。

そしてそれに重なるように、幾何学模様が描かれている。


「これって……」

「詳しい内容は削除されてるみたいですわ。でも見てください。これ、国家図書館蔵書の本に、ウィンディアの人たちが……」


立体に映し出された一人の男性。その胸元には、ミアと全く同じネックレスが輝いている。


「偶然かな?」

「案外そうでもないかもしれませんよ?」


どこか楽しそうな友人の声を聞きながら、ミアはもう一度立体画面に目をやる。よく見ると、彼は変わった衣装を身に纏っている。白い布に幾何学模様の入った服。そして、あのネックレス。


「そういえばお父様からの贈り物だとか」

「うん、もういないけどね」

「この方がお父様だったりは……」

「違うと思う。よく覚えてないけど。それにこの人、なんか古い感じがしない?年代は……」


アビーが詳しく調べ始めると、画面に『警告』の文字。


「これ以上は立ち入れませんわ」

「残念」


国が立ち入りを禁じる場所はそうそう無いのだが、国家機密に触れる内容の場合、こうして警告を出す場合がある。今も立体映像に『警告』の文字が浮かんでは消えている。


ミアは消化しきれない思いをひきずりながら、その日はアビーの家庭授業に身を投じた。














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