風の王国~消えた王の一族~

藤宮 麗

序章

第1話 出逢い


「はあ、はあ、」

「待て! そこの娘!」


日が暮れはじめた頃、狭い路地を走る一人の少女。後ろからは、軍服を来た男が追って来ている。


「止まれと言っているだろう!」


少女は焦っていた。

自分が何かをしたわけでもない。なのに何故、追われなければならないのか。後ろの男がその手に銃を構えた時、少女――ミア・フランジェは息を吞んだ。


「(殺される……!)」


パアンという乾いた音が辺りに響き渡る。


「っつ!」

ふくらはぎに銃弾が撃ち込まれ、ミアはその場に倒れた。


「足で済んでよかったと思え、小娘、」


じりじりと近付いてくる男にただ怯えることしか出来ずにいたミアだったが、次に聞こえてきた男の声に、ピクリと体を跳ねさせた。


「おーっと軍人さん、ナンパにしちゃあ物騒だなあ?」


声の方を見やると、そこには一人の青年。

スラリとした長身に、青い髪。ちょうどその長い髪をひとつにまとめているところで、顔には笑みを浮かべている。


「誰だ貴様!」

「なあに、ただの通りすがりだよ」


貼り付けた笑みを一瞬解いたかと思うと、後ろで不安そうな顔をしている少女に目で合図する。それを受けた少女はハッとすると、右足を引きずりながら角を曲がる。


「おい! 待て!」

すぐさま追いかけようとする男であったが、それを拒むように長髪の青年が立ちふさがる。


「何のつもりだ! そこをどけ!」

「そうもいかないなあ」

「くそっ、こうなったらお前も」


男が銃を構えるより早く、その鳩尾に一発お見舞いすると、ドサリとのしかかる重み。青年は「男は興味ないぜ」と苦笑いしながらその体を寝かせる。完全に意識がないことを確認してから、先程逃がしてやった少女の事を思っていた。


「アイツ、無事逃げたかな……」

倒れた男をふと見やると、その腕には赤と白の腕章。“国家警備隊”を表す三角のマーク。


――政府の人間か?



しばし考える素振りをする青年であったが、これ以上面倒事は御免だと、そそくさとその場を去った。










静まり返った家のドアを開き、そっと部屋に足を踏み入れたその瞬間。


「どこほっつき歩いてんだお前はーっ!」


耳鳴りがする程の大声を発したのは、この家の主でもあるミアの兄、アギレス・ウォーカーだ。顔を真っ赤にさせて詰め寄ってきたかと思うと、ふと床の赤い滴りに目をやる。やがてそれが彼女のふくらはぎから来るものだと気付くと、今度は顔を真っ青にさせて叫んだ。


「誰にやられた!?」

肩に手を置き強く揺さぶると、息も絶え耐えにミアは答える。


「っつ!わ、かんない。たぶん、……こっか、けいび……たい」

「国家警備隊だと!?」


ようやく揺れが収まったことに安堵し、ミアは深く息を吐いた。


「とにかく治療が先だ。待ってろ!」


別室に救急箱を取りに走る兄の後ろ姿を見送りながら、先程の男を思い出していた。


学園からの帰り道、いつものように近道である路地裏を歩いていた。途中、軍服を着た男とすれ違い、そのまま歩みを続けようとしたが不意に腕を掴まれ、胸元のネックレスについて問い詰められた。

ミアの胸元で揺れるそのネックレスは深い紫の色をしていて、光の反射で時折虹色に輝く。


「何だっていうの……これが」


そっと握りしめたこのネックレスは、父からの贈り物であった。ミアは幼い頃に両親を亡くし、アギレスに拾われ育てられた。故に本当の兄妹ではないが、兄のような、父のような彼を慕っていた。





過去のことは、断片的にだが覚えている。


しかし自分がどこにいたのか、両親がどんな人物であったのか……。

ミアはそれを思い出せずにいた。







 まだ痛むふくらはぎを押さえながら、先程出逢ったあの青年を思い出す。


自分と似た青の色をした髪の男。

一瞬ではあったが、暗がりの中ぶつかったその視線。

彼が現れなかったらきっと、もっと酷い目に遭っていたかもしれない。そう思うと体が震えた。


だがこの震えは、恐怖だけでなく、少しの歓喜も含んでいた。彼女がそれに気付くのは、もう少し先の事……。









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