家族になる日とバレンタイン
数日後の夕方、仕事が休みだったユウと、少し早めに仕事を終えたレナは、リサに紹介してもらった結婚式場に足を運んだ。
パンフレットで見るよりも、厳かで立派なチャペルに息を飲む。
「素敵だね…。」
「うん…。」
ステンドグラスから射す日差しの中で、こんなところで神様に誓えたら素敵だとレナは思う。
(ここで、リサさんの作ったウエディングドレスを着て歩くレナは…キレイだろうな…。)
ユウは、バージンロードを歩くレナの花嫁姿に思いを巡らせて目を細めた。
パーティースペースの見学をすると、担当者に楽器や機材を持ち込めるのか、食事はどんなメニューがあるのかなど、いくつか質問をした。
「3月14日は空いてますか?」
式場の担当者が、挙式のスケジュール帳を見ながら確認をする。
「ハイ、一枠だけございますね。お時間は16時から18時になります。」
「チャペルはどうですか?」
「そうですね…。ハイ、14時から15時までのお時間に空きがございますので、お式からパーティーの時間もあまり開かず、ちょうど良いかと思います。」
「ここにする?」
「そうだね。リサもこれから仕事でお世話になるみたいだし、いいかも。」
二人はこの式場で挙式とパーティーをすることに決めると、パーティーの内容を担当者と相談した。
式場を出ると、二人は車に乗り込み、夜の街を走りながら、誰を招待するかとか、どんなパーティーにしようかと楽しそうに相談した。
そしてユウは、レナを連れて、以前婚約指輪を買ったジュエリーショップへと向かった。
「何か買うものでもあるの?」
歩きながら、不思議そうに尋ねるレナに、ユウは優しく微笑む。
「大事な物を用意しておかないとな。」
「大事な物?」
ユウはレナの手を引き、ジュエリーショップへ足を踏み入れる。
時間が少し遅かったことから、店内の客はまばらだった。
「いらっしゃいませ。」
あの時の店員が、にこやかに頭を下げる。
「先日はどうも…。」
「お二人でお見えになったと言うことは…。」
店員が二人を見てニコッと笑う。
「結婚指輪です。」
結婚指輪と言う言葉に、レナは嬉しそうに笑った。
「さようでございますか。では、奥のお席へどうぞ。」
店の奥の席へ通された二人は、並んで座ると、いくつかの結婚指輪を店員に見せてもらった。
「いかにも!!って感じじゃないのがいいな…。」
ユウが立ち上がって、ショーケースの奥の方を覗き込むと、そこには明らかに他の物とは少し違った感じのペアリングが見えた。
「あの…あれは…。」
ユウがその指輪を指差すと、店員が丁寧にトレイに乗せて見せてくれる。
「これいいな…。」
「うん、私も思った。」
少し幅の広いプラチナのリングに青いラインが入ったシンプルでオシャレなデザインに、二人の目は釘付けになる。
「花嫁さんがブルーの物を身に着けると、生涯幸せな結婚生活を送れると言われているんですよ。」
店員の説明に、二人は顔を見合わせ、目を輝かせてうなずいた。
「これにします!!」
仲の良い二人を微笑ましく見つめながら、店員は丁寧に磨いた指輪を差し出す。
「すごくいいかも。」
「うん。」
指輪のサイズを計ってもらい、結婚指輪用のリングピローに収めてもらう。
指輪の入ったリングピローを箱に収めて紙袋に入れると、店員はにこやかにそれを手渡した。
「とても素敵でお似合いのお二人ですね。末長くお幸せに。陰ながら応援しております。」
二人は照れ臭そうに微笑むと、ペコリと頭を下げて店を後にした。
手を繋ぐと指を絡めて、二人は微笑みながら歩き出す。
「すごく、楽しみ。」
「結婚指輪?」
「結婚式で、あの指輪をこの指に、ユウにはめてもらうんだなって…。」
レナは左手の薬指を見ながら幸せそうに呟く。
「なんか、緊張してきたかも…。」
「どうして?」
「結婚のことが、どんどん具体的に決まって…オレ、リサさんから大事なレナをもらうんだから、ちゃんとしっかりしなきゃなって、じわじわ実感が湧いてきてる感じ。」
「じゃあ、私もしっかりしなきゃ。」
「なんで?」
「いろんな人に、ユウを任されたから。」
「いろんな人?!」
「うん。ユウをよろしくねって。ユウは、たくさんの人に愛されてるね。」
そう言ってレナは嬉しそうに笑った。
ユウとレナはそれぞれの日々の仕事をこなしながら、挙式とパーティーの準備を進めた。
招待客をリストアップして招待状を手渡したり、郵送したり、パーティーのテーブルコーディネートや食事のメニュー……。
決めることや、やらなければいけない細々としたことがたくさんあって、何かと忙しい。
一般的な披露宴よりはカジュアルで簡素な形にしたので、やらなければいけないことは少ないはずのユウとレナだったが、一生に一度の晴れの日の準備と言うものは、こんなに大変なのかと目が回りそうになった。
その日も夕方に仕事を終えた二人は、式場に足を運んでいた。
先日、式場の担当者から、パーティーの幹事を何人かの親しい友人に頼んだらどうかと言う提案があり、誰に頼もうかと悩んでいたのだが、ユウがツアーの打合せの合間にメンバーに相談したところ、タクミが引き受けてくれることになった。
ただし、タクミから、仕事もあるし一人では大変なのでマユにも頼んで欲しいとお願いされ、マユにも頼んでみたところ、だったらシンヤも一緒に…と言う話になり、たまたまシンヤと会う約束をしていたサトシが、じゃあ自分も…と言うふうに4人の友人が幹事を引き受けてくれた。
それぞれ職種も違うことだし、4人もいれば誰かが仕事でどうしても行けないと言う日でも、最低でも一人か二人はなんとかなるだろう、とシンヤは言う。
そして今日は、幹事を引き受けてくれた4人と一緒に式場へ行き、幹事と担当者の打ち合わせをしたのだ。
ユウとレナは打ち合わせには参加しなくていいから帰れと言われ、結局は家に帰って、これから発送する招待状の宛名や、出席してくれた人たちへのメッセージカードなどを書いていた。
「はー…疲れたな…。」
「うん…疲れたね…。」
ユウとレナはくたくたになってベッドに倒れ込んだ。
「腕が筋肉痛になりそう…。」
「思ったより大変だな。ほら、腕出して。」
ユウはレナの腕を優しくマッサージする。
「ユウだって疲れてるでしょ?」
「オレは大丈夫だよ。」
「ユウ、優しい。」
「ん?優しい?」
「うん。すごく優しい。」
「レナにだけは特別な。」
「特別?」
「そう。特別大事だから。」
ユウの何気ない言葉が嬉しくて、レナはユウの頬にキスをした。
「ん?」
「私も、ユウが特別大事。」
「じゃあ、こっちにも。」
「うん。」
ユウがレナの唇に顔を近付けると、レナはユウの反対側の頬と、唇に口付けた。
「最初に結婚情報誌見た時、結婚式とか披露宴の準備って大変だなとは思ったけど、実際にやってみると想像以上だね。」
「ホントだな。」
ユウはレナの背後に回ってレナの肩を揉む。
「どう?」
「すごく気持ちいい。ユウ、上手だね。」
「そうか?子供の頃、よくおふくろの肩を揉まされた。それがまた注文が多くてさぁ…。」
「直子さんらしいかも。」
「まぁ…そうやってガチガチに肩が凝るまで働いて、オヤジが死んでから17年近くも、女手ひとつでオレを育ててくれたんだから…おふくろにはホント感謝しないとな。」
「そうだね…。私たちの母親は、二人ともすごいね。」
「あの結婚情報誌読みながら、結婚式とか披露宴とか、誰のためにやるんだ?って思ってたけど…何となくわかったような気がするわ。」
「何?」
「結婚は家同士の物だって考え方もあるからさ。親は親で、自分たちの子供に幸せになって欲しいじゃん。まだまだ子供だって気持ちもあるから、いろいろ世話焼くだろ。それが家同士の価値観とか相性の良し悪しで、いいようにも悪いようにも転がるんだろうな。本当は、自分たちの親とか、今まで世話になった人たちに、幸せそうな姿を見てもらうってだけじゃなくてさ…親に生んでもらって…育ててもらったおかげで、一緒に生きていこうって思える人と巡り会えたんだって、感謝の気持ちを表すみたいな…。あと、二人がこれから一生添い遂げるって神様に誓うところを、親しい人に見届けてもらう。そうして初めて、夫婦だって認めてもらえるような気がしない?」
「うん。ちゃんと見届けてもらおうね。」
「準備は正直、疲れるけど…。一生に一度のことだし、頑張ってみるか。」
「一生に一度?」
レナがいたずらっ子のように、レナの肩を揉むユウの顔を真上に見上げる。
「えっ?違うの?」
急に慌てて、ユウはレナの顔を覗き込む。
「冗談。ユウとできれば、一生に一度で充分だよ。」
「はぁ…。」
ユウはレナを後ろからギューッと抱きしめると、ホッとして大きく息をつく。
「やっぱり小悪魔だ。オレ、心臓もつかな?」
「ん?」
「なんでもない。」
「一生に一度なんだから、長生きしてね。」
レナは笑ってユウの頬にキスをした。
入籍の予定日が近付いて来た。
ユウはレナと夕食を取りながら、ふと考える。
(オレとレナはこれからずっと一緒に暮らせるけど…リサさんは、大事な一人娘を嫁がせるんだよな…。)
「レナ。」
「ん?」
「これから入籍の日まで、お互い親のところへ行く?」
「なんで?」
「何て言うか…。レナはリサさんの元から嫁ぐって言うか…。もうすぐレナは、高梨じゃなくて片桐になるんだよ?結婚前の最後の親子水入らずの時間があった方がいいのかなって。」
「なるほど…。」
レナはユウの入院中にリサと生活していたし、結婚の準備などで前よりリサと顔を合わせている分、そんなにリサとは離れていない気もしたが、それがリサと自分に対するユウの優しさのような気もした。
「そうだね…。それもいいのかも。」
「オレもしばらくおふくろとゆっくり話してないし、テオさんともいろいろ話したいしな。」
「直子さん、喜ぶよ。」
「じゃあ、明日からそうする?後で連絡しとかないとな。」
夕食を終えると、それぞれの母親に電話をして、入籍の日の朝まで一緒に過ごしたいと伝えると、ユウとレナは少しの着替えと、必要な物をバッグに詰め込んだ。
荷物の準備と入浴を済ませた後、二人は一緒にベッドに入り、指を絡めて手を繋ぐ。
「ちょっとの間、会えないけど…。」
「うん…。少しの間だけど、なんか寂しいね。ユウと一緒に暮らし始めて…ずっと離れてたのが嘘みたい。毎日ユウと一緒にいられるんだもん。少しでもユウがいないだけで、すぐに寂しいって思っちゃう…。」
「オレもそうだよ。よく10年も、レナと離れていられたなーって、今更ながら思う。」
「ユウと一緒にいられるって、幸せ。」
「結婚したら、嫌って言うほど一緒だけど?」
「嫌って言うの?」
「…言わないな。ずっと一緒がいい。」
「私も、ずっと一緒がいい。」
二人は向かい合って見つめ合うと、どちらからともなく唇を重ねた。
「14日の11時に、迎えに行くから。それから一緒に区役所に婚姻届け、出しに行こう。」
「うん。次にこの部屋に帰って来る時には、私たち、もう夫婦になってるんだね。」
「そうだな…。」
ユウはレナの唇に優しくキスをする。
「二人で過ごす、独身最後の夜だし…。やっぱり…しちゃおうかな。」
「ユウのエッチ。」
「そうだよ。知らなかった?」
「知ってる…。すごい、エッチ。昔はユウがこんなにエッチだなんて知らなかった。」
「昔は昔。キスしたいとか抱きしめたいとか…思ってるだけで何もできなかったけど…。」
「そんなこと思ってたの?!」
「だってさ…ずっと好きだったから。レナ、かわいいし…。」
「やっぱり、ユウって、エッチ…。」
「レナにだけだから、いいでしょ?」
「……うん…。」
「レナ、愛してる。絶対に、二人で幸せになろうな。」
「うん…。」
二人で過ごす独身最後の夜。
二人は何度も唇を重ね、ほんのしばらく会えない分まで、互いの温もりを求め合った。
ユウとレナが、お互いの親元へ帰って3日目。
とうとう、入籍の日の朝がやって来た。
リサはレナのために作った新しい服を、レナにプレゼントした。
「レナは今日から片桐さんになるのね。」
「そうだね。」
リサの作ってくれた服に着替えたレナは、改まってリサの前に立つ。
「お母さん。」
「なあに、急に改まって。」
普段とは違う“お母さん”と言う呼び方に、リサは照れ臭そうにレナを見る。
「私を産んでくれてありがとう。」
「うん…。」
「お父さんの分まで私を愛して、大事に育ててくれて…ずっと見守ってくれて、ありがとう。」
リサはレナをギュッと抱きしめると、優しくレナの髪を撫でた。
「私の娘に生まれてきてくれてありがとう、レナ。ユウくんと、幸せになりなさい。」
「うん…。」
リサは目を潤ませながら、優しく微笑んだ。
「二人が困った時は、いつでも頼っていいのよ。私は、あなたたちの母親なんだから。」
「うん…ありがとう…。」
レナの目にも涙が浮かぶ。
「これから大事な人の元へお嫁に行くのに、泣かないの。」
リサは指でレナの涙を拭うと、ニッコリと笑った。
「結婚式で、あのウエディングドレスを着たレナが、あのタキシードを着たユウくんの隣を歩くのね…。楽しみにしてるわ。」
「うん。」
ユウは直子とテオに見送られ、玄関を出ようとしていた。
「じゃあ、そろそろ行くわ。」
靴を履き立ち上がると、ユウは直子の顔をまっすぐに見た。
「おふくろ、オレを育ててくれて、本当にありがとう。」
「この子ったら、急に改まって…。」
直子は涙で潤んだ目を見られないようにうつむいて、指でそっと涙を拭った。
「テオさん、おふくろをよろしくお願いします。」
ユウはテオに深々と頭を下げた。
「もちろんだよ。君の大事なお母さんは、僕が一生守るから安心して。」
「ハイ。」
ユウが柔らかく微笑むと、直子はユウの手をギュッと握りしめた。
「もう、レナちゃんを泣かせるんじゃないわよ。アンタのこの手で、ちゃんと守ってあげなさい。誰よりも幸せにしてあげるのよ。」
「うん…。必ず幸せにする。」
テオはユウと直子の肩を抱いて優しく笑った。
「今度は、二人で帰っておいで。ここは、君たち二人の家でもあるんだから。今日からレナも家族になるんだからね。」
直子とテオの家を後にして、ユウはリサの家までレナを迎えに行った。
ユウは出迎えてくれたリサに、深々と頭を下げた。
「今まで、ありがとうございました。必ず、レナを幸せにします。」
リサは嬉しそうに微笑むとユウに頭を下げた。
「こちらこそ、娘をよろしくお願いします。至らないところもあるかと思いますが、どうぞ大事にしてやって下さい。」
「ハイ。大事にします。」
真剣な面持ちのユウを見て、リサは安心したように微笑んだ。
リサの家を出て、ユウとレナは車で区役所に向かった。
「緊張する…。」
「うん…。」
助手席のレナは初めて見るワンピースに身を包んでいる。
「そのワンピース、かわいいじゃん。すごく似合う。」
ユウがそう言うと、レナは嬉しそうに笑った。
「リサから、嫁ぐ娘へのプレゼント。」
「そっか。愛されてんな。」
「うん…。幸せ。」
「テオさんが、今度は二人で帰っておいでって。今日からレナも家族だからって。」
「ドイツ人のお父さんだね。ドイツ語、習おうかな。」
「そうだな。アメリカと日本とドイツか…。レナ、グローバルだな。」
「ユウもね。」
「オレの両親は日本人だけど。」
「ユウはロンドンに10年もいたでしょ。ドイツ人のお父さんに、アメリカ人と日本人のハーフの両親を持つ妻。もし子供が生まれたら、その子はクォーターだよ。」
「子供…。気が早いな…。」
ユウは照れ臭そうに頬をかく。
「そのお父さんはユウだからね。」
「お父さんって…気が早いってば。それよりまずは、レナの旦那さんとか、片桐さんのご主人って言われたい。」
「ふふ…そうだね。」
区役所に到着すると、車を降りた二人は緊張の面持ちで、しっかりと手を繋いで窓口へ向かった。
婚姻届けを窓口の職員に手渡すと、書類の不備がないかを確認していた職員が、顔を上げて二人ににこやかな笑顔を向ける。
「御結婚おめでとうございます。確かに受理いたしました。」
受理印を婚姻届けにポンと押して、この後の名義変更などの流れを簡単に説明しながら、それを書いた書類を渡してくれる。
「末長くお幸せに。」
ユウとレナは照れ臭そうに笑うと、ペコリと頭を下げて、区役所を後にした。
車に乗り込むと、二人はたまらず笑い出す。
「御結婚おめでとうございますだって。」
「オレとレナ、夫婦になったんだな。」
「ふつつか者ですが、末長くよろしくお願いします、旦那様。」
レナはユウに頭を下げる。
「こちらこそ末長くよろしくお願いします、奥さん。」
ユウもレナに頭を下げる。
そして二人は顔を見合わせると、幸せそうに笑った。
「さぁ、行こうか、世界一かわいいオレの奥さん。」
「それは言い過ぎでしょ…?」
「そんなことないよ。本音だから。」
「ユウって、激甘…。」
「知らなかった?」
「知ってる…。でも、そういうとこも好き。」
満面の笑みで甘い会話をする二人を乗せた車は、軽快に街なかを走る。
「そろそろお昼だね。お腹空いた?」
「どこかで昼飯でも食うか。何がいい?」
「そうだねぇ…。ユウ、昨日は何食べた?」
「んーと…ビーフシチューとか、シーザーサラダとか…。」
「洋食屋さんみたいだね。」
「レナは?」
「煮込みハンバーグとポテトサラダ。リサの得意料理。」
「昔、一緒に食わせてもらったな。あれ、うまかった。レナも作れる?」
「うん。作れるよ。」
「じゃあ今度はレナが作ったの食べたい。」
「わかった。今度作るね。」
「そうやって、母親の味が受け継がれて行くのかなぁ…。」
「おふくろの味?」
「そう、それをレナも子供に食べさせてさ…。レナの料理が、うちの家族の大好きな味になるんだ。」
「さっきは気が早いって言ったのに…。」
「そうだった…。」
「でも、同じ物を一緒に食べて、一緒に寝て、起きて、笑ったり泣いたりしながら、家族になって行くんだね。」
「うん。オレとレナも、今日から家族。」
「そうだね。家族、だね。」
二人は結局、前にこたつを買ったショッピングモールに行くことにした。
その中のレストラン街のイタリアンレストランでパスタやピザのランチを注文すると、二人で仲良く分け合って食べた。
「もっと豪華な所でも良かったのに。」
ユウがポツリと呟くと、レナはパスタをクルクルとフォークに巻き付けながら笑った。
「ユウと一緒ならそれでいいの。それに買いたい物もあったし。今日の晩御飯の材料も買わなきゃいけないし。」
「そっか…。ならいいんだけどさ。」
レナは本当に欲がないな、とユウは思う。
(今日くらい贅沢したっていいのに…。でもそこがレナのいいところなんだよな…。)
食事を終えてレストランを出た二人は、手を繋ぎ指を絡めて歩いた。
相変わらず周囲からの視線は気になるが、今日はそれもなんだか悪い気がしない。
(オレたち、今日、結婚したんだー!!今日からオレたち夫婦なんだー!!…って、周りの人たちに大声で言いたい気分…。もちろん言わないけど…。)
「ねぇユウ、今日はなんの日?」
「えっ?オレとレナの結婚記念日?」
「それもあるけど…もうひとつ、あるでしょ?」
(もうひとつ?今日は…2月14日…。)
「あぁ、バレンタインデーだ。」
入籍のことで頭がいっぱいだったユウは、世間では今日がバレンタインデーだと言うことをすっかり忘れていた。
「ユウに、チョコレート買おうかなって。本当は作ろうと思ってたけど作れなかったし。」
「バレンタインだから?」
「うん。昔はよくバレンタインデーに手作りのチョコ、あげたでしょ?去年は再会したばかりでどうしようかと思ったけど…あの時は、あげられなかったもんね…。」
“去年はあげられなかった”のは、その時レナが須藤と婚約していたからと言う意味だとわかると、ユウはなんとなくモヤモヤした気分になる。
「オレがロンドンへ行ってからは、バレンタイン、どうしてた?昔オレに作ってくれたみたいに、誰かに作ってあげたりした?」
「うん、作ってた。」
「えっ…。」
(誰に渡したんだろう?!須藤さんとか…?)
ユウの少し慌てたような不安そうな顔を見て、レナは小さく笑う。
「嘘。作らなかった。あげる人もいないのに、作ったって仕方ないもん。」
「えっ?!」
「私、昔からバレンタインチョコなんて、ユウにしか渡してない。だから、バレンタインも高2以来だよ。」
「そうなんだ…。」
レナはバレンタインチョコでさえ、自分だけにしか渡したことがなかったと聞いて、ユウは途端に嬉しくなり口元をゆるめる。
(バレンタインチョコまで、オレだけ…。)
昔は、レナに嫌われるのが怖かった。
いつも、レナに好かれたいと思っていた。
自分の気持ちを打ち明ける勇気もなかった。
だけど、レナは昔から自分のことを大切に想ってくれていたんだと、今更ながら思う。
(ヤバイ…すげー嬉しい…。)
「どれにしようかな…。」
レナはショーケースに並んだ、たくさんの華やかなチョコを眺めている。
「これにしようかな。」
レナはボンボンの詰め合わせを選ぶと、会計を済ませて、ニコッと笑った。
「お待たせ。次は食料品売り場に行こ。」
「ああ、うん。」
それから二人は食料品と、特別な今日のために少し高いシャンパンを買った。
「今夜は二人で、入籍のお祝いね。」
「うん。」
ユウは高級レストランで贅沢な食事などしなくても、レナと一緒なら、ささやかなお祝いも最高の贅沢になるような気がした。
その夜、数日ぶりに帰ってきた住み慣れた二人の部屋で、ユウとレナはささやかな入籍のお祝いをした。
いつもより少しだけ贅沢なステーキ用のお肉をレナが焼いて、サラダやスープを作り、ベーカリーで買った少しだけ高いパンを並べ、ちょっと贅沢なシャンパンをグラスに注いだ。
静かにシャンパンのグラスを合わせると、ゆっくりと味わう。
「レナの作った料理が、オレには最高の贅沢なのかも。」
「嬉しいな。」
誰にも邪魔されず、人目も気にせずに、ゆっくりと二人で過ごす時間は、何事にも替え難い、幸せな時間だった。
食事を終えると、二人はこたつに入ってゆっくりとシャンパンを飲んだ。
レナがチョコの入った紙袋をユウに手渡す。
「ハイ、これ。手作りじゃないけど…。」
「ありがとう。」
ユウはチョコの包みを開くと、一つ手に取り、口に運ぶ。
チョコの甘さとブランデーの芳醇な香りが口いっぱいに広がった。
「うまい。レナも食べる?」
「ん?」
ユウはもう一口、チョコを口に入れると、レナの顎を手で引き寄せ、その口に含ませるように深いキスをする。
「ん…。」
レナの舌をぺろっと舐めると、ユウはいたずらな目でレナの目を覗き込む。
「甘い?」
「もう…。普通に食べさせて…。」
レナは恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。
「わかった。ハイ、あーん。」
ユウはチョコをひとつ指でつまむと、レナの口の前に差し出した。
レナが赤い顔でおずおずと口を開くと、ユウはチョコをそっとレナの口に運ぶ。
「おいしい?」
「うん…。」
ユウがもうひとつチョコを手に取ろうとすると、レナが突然ユウの頬を両手で挟み、キスをした。
(えっ…?!)
レナはその柔らかい舌先をユウの舌に絡めた。
レナの柔らかい舌が、呆然としているユウの唇をそっと撫でる。
いたずらな目でユウを見上げると、レナは自分の唇の端をぺろっと舐めた。
「お返し。」
(やっぱり小悪魔だ!!しかもレベルアップしてないか…?!)
ユウはレナを抱き上げると少し急いでベッドに向かう。
「ユウ?!」
驚いた様子のレナをベッドに下ろすと、ユウはレナを押し倒してじっと目を覗き込む。
「ダメ。そんなことされたら、もう我慢できません。覚悟はいい?奥さん?」
「…お手柔らかにお願いします…旦那様…。」
幸せな二人の新婚初夜は、チョコレートのように甘い夜だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます