繋がる想い

ユウとレナは、リサと一緒に、年末年始をリサの両親の住むロサンゼルスで過ごした。


リサの両親、つまりレナの祖父母が高齢でもあることから、日本での二人の結婚式には出席するのは難しいと言うことと、せめてレナの未来の夫に会いたいとの祖父母の希望もあって、急遽ロサンゼルスへ行くことになったのだ。


レナの祖父母は、ユウを温かく迎え入れてくれた。


“レナは素敵な人を見つけたね”と、二人の結婚と、ユウと言う新たな家族が増えることを、とても喜んでくれた。


ユウもまた、この歳になって祖父母ができると言うことが嬉しく思えた。


誰かが言っていた、“結婚は二人だけの物ではない”と言う言葉の意味が、ユウにも少しだけわかった気がした。


(レナとの結婚は、レナを慈しんできた人たちと、オレのことも繋いで行くんだな…。)




ロサンゼルスから日本へ戻ると、`ALISON´のバンド活動が忙しくなった。


スタジオでのリハーサル期間を終えると、レコーディングが本格的に始まった。


一作目と同様、ミュージシャンとしての育ての親とも言えるヒロをプロデューサーに迎え、メンバーたちは緊張感の中で日々のレコーディングに励む。



「ユウ。」


ある日のレコーディング終わりに、ユウはヒロに声を掛けられ、緊張の面持ちで対面した。


「いろいろ大変だったな。」


「あ…ハイ…。その節はいろいろとご心配をお掛けしてスミマセンでした。」


改まった口調で頭を下げるユウを見て、ヒロは声を上げて笑った。


「まぁ、いろいろあって当たり前だな。」


「はぁ…。」


「それよりオマエ、結婚するんだって?」


「ハイ…。」


(一体誰に聞いたんだろう?)


「オレも、たまたまテレビで見てたんだ。オマエの彼女の出てたショーと、その後のインタビューもな。」


「えっ…。」


何を言われるのかと、ユウはドキドキする。


「愛されてるねぇ…幸せもんだな、ユウ。」


「ハイ…。」


「どうりで、ロンドンにいた時より、オマエ…いい音を出すようになった。彼女のおかげか?大事にしろよ。二人で幸せになれ。」


「ハイ。ありがとうございます。」


ユウが頭を下げると、ヒロは背中越しに手を振ってその場を去った。


(ヒロさんに…誉めてもらえた…。)


自分では気付かなかったことを、ヒロはわかってくれた。


ギターの音まで変えてしまうレナは、自分にとって特別で大きな存在だと、ユウは改めて思ったのだった。



レコーディングの合間に、ユウはアルバムに入れる予定のない曲を作っていた。


入院中から考えていた、レナへの曲だ。


今の自分が素直な気持ちを込めて曲を作ろうとすると、甘過ぎてどうにも照れ臭い。


(どうしよう…。オレ、レナのこと、好き過ぎる…。)


甘過ぎる歌詞が照れ臭くて、ユウは何度も何度も、違う言葉はないものかと考える。


(素直な気持ちを歌にするのって難しい…。)




その日レナは、リサのアトリエを訪れていた。


ユウとレナの結婚式のための衣装がもうすぐ完成するからと、リサに呼ばれたのだ。


「結婚式はいつにするの?」


「まだ決めてないけど…。小さい教会でもいいから、身内と極親しい人にだけ来てもらえたらなって。」


「披露宴とか…。」


「それはいい…。代わりに、親しい友人と、日頃お世話になってる人たちをよんで、パーティーみたいな物ができたらいいと思ってる。」


「なるほどね…。披露宴のお色直し用にと思って作った衣装、パーティーに使うといいわ。」


「うん…ありがと…。」


リサが想いを込めて作ってくれたドレスとタキシードは、想像以上に素敵だった。


(これを着て、私たち結婚式を挙げるんだ…。神様の前で、この人を一生愛して添い遂げますって、誓うんだ…。)


その日が来るのが待ち遠しいとレナは思った。




ドイツにいる直子から、ユウの元にメールが届いた。


退院後、無事に退院したことと、レナと結婚することにしたと言う内容の簡単なメールを送ったが、ユウはその後、特に変わったこともなかったので、直子に連絡をしていなかった。


(おふくろから?何だろう…?)


メールには、来週、夫と一緒に日本へ帰ると書いてあった。


(帰る…?こっちに遊びに来るってことかな?テオさんも一緒になんて珍しい…。)


直子の夫のテオには、ユウが日本へ戻る前に何度か会った。


ユウがドイツに行ったり、直子たちがロンドンのユウのところへ来たりした。


(二人で日本へ観光旅行とか…。いい機会だから、レナにも紹介しとこうかな…。一応、母親の夫だしな。)


ユウとテオは、片言の日本語を交え、ほとんど英語で会話をしていた。


直子とは普段はドイツ語で会話をするらしい。


(レナは英語話せるから、大丈夫だな。)



海外から始まった1月も、ユウがレコーディングに明け暮れているうちに、もうあと少しで終わろうとしていた。


二人で婚姻届を書いて1ヶ月が経つのに、まだ挙式の日も入籍の予定も決まっていない。


リサのアトリエで完成間近の衣装を見てから、レナは時々、ふと不安になる。


結婚しようと約束はしたものの、具体的には何も決めていない。



婚約指輪をもらったのは本当に嬉しかった。


別になくても…と思っていたが、あの照れ屋のユウが、レナのために一人で指輪を買うために店に足を運び、選んでくれたと言うことが、本当に嬉しかったのだ。


あんなに高そうな指輪でなくても良かったのにとも思うが、それがユウの気持ちなのならば、ありがたく受け取っておこうと思った。


クリスマスに二人で婚姻届を書いた時は、いよいよこれから夫婦になるんだと思った。


この婚姻届を役所に提出すれば、ユウと同じ片桐さんになるんだな…と、早くそう呼ばれたいような、照れ臭いような気持ちになった。


年末年始は久し振りにロサンゼルスの祖父母に会いに行き、ユウを紹介した。


祖父母はユウをとても気に入って、二人の結婚を喜んでくれたけど、結婚式はいつなの?と祖母に聞かれても、まだ決めてない、としか答えられなかった。


(ユウ、日本へ戻ってからずっと、レコーディングで忙しそうにしてるし…帰りが遅かったり、バンドのみんなとの付き合いで飲みに行ったりもするから、晩御飯も一緒に食べられないこともよくあるし…。アルバムが発売してしばらく経ったらツアーでしょ…。ツアー前はスタジオでリハーサルとか…忙しいんだろうな…。)


ユウが自宅で療養している期間、レナが休みの日や仕事から帰った後は、ずっとユウと一緒にいたので、なんだか急にユウが忙しくて留守がちなのが寂しく感じてしまう。


(ユウみたいな仕事は、ある程度は忙しい方がいいんだもんね…。わかってるけど…。)


いつの間にか、ユウがいないとダメになっている気がする、とレナは思う。


思えば、長い間離ればなれで、ユウがどこで何をしているのかはおろか、生きているのかさえもわからないような状態だった。


寂しくても、会いたくても、どうすることもできなかった。


ユウがいないのが当たり前の生活は、今では考えられない。


考えたくもない。


(遅くなっても、ちゃんと、ただいまって…私のところに帰って来てくれるんだもん。幸せだよね…。焦ることないのかな…。一緒にいられるんだもんね…。)


レナは、そう思い直すと、小さな笑みを浮かべてため息をついた。


(慣れって、怖いな…。)




レコーディングがすべて終了した日。


`ALISON´のメンバーは、レコーディングスタッフやヒロと共に、いつものバーで打ち上げをすることになった。


(また遅くなっちゃうけど、仕方ないか…。)


最近、帰りが遅くなってしまう日が続き、夕食もなかなか一緒に取れなかったり、メンバーたちと飲みに行って夜中に帰ると、レナは既に寝た後で、朝もユウが寝ている間にレナは仕事に出掛け、レナがいないうちにユウが出掛け…とスレ違いの日が何日か続いたり…。


レナに寂しい思いをさせていることが、ユウは気に掛かっていた。


(はぁ…。何日まともにレナの顔見てないんだろ…。寝顔しか見てねぇ…。)


ユウは、自分がどんどんレナ無しではいられなくなっている、と思う。


その傾向は、一緒に暮らし始めた頃より確実に強くなってきている気がする。


(ホントにオレ、重症だ…。これはもう、危篤状態だ…。)



「何をボーッとしてんだ?」


ユウがビールを飲みながら、ぼんやりとレナのことを考えていると、トモがユウの隣へ来て肩を叩く。


「そんなの決まってんじゃん、愛しいハニーのこと考えてんだよな!」


リュウがいつものようにユウを冷やかす。


「ハ、ハニーって…!!」


(なんだよハニーって!!すげぇ恥ずかしいんだけど!!…ってか、なんでオレがレナのこと考えてたのわかったんだ?!)


ユウは急に恥ずかしくなって、顔を真っ赤にしながらグラスのビールを煽った。


「ユウ、わっかりやすーい。」


「図星だな。」


「う、うるせぇ。」


3人のやり取りを聞いたハヤテとタクミも、嬉々として仲間に加わる。


「なんだよ、楽しそうだなぁ。」


「ナニナニ?なんの話ー?」


(あーもう、更にややこしいのが来たよ…。)


「なんでもねぇから…。」


「なんだよユウ、もっと飲めって!!」


「仲良くしようよー。」


「なんだそれ…。」


ハヤテがピッチャーから、ユウのグラスにビールを注ぐ。


「オレにそんなに飲ませてどうするつもり?」


「ビールなんて水だろ。」


酒豪のトモがバーボンを飲みながら笑う。


「トモ…。オマエを敵に回したくない…。」


(オレ、今日帰してもらえるのかな…。)


テーブルの上にところ狭しと並べられた料理を口に運びながら、ユウはまたぼんやりと思う。


(はぁ…。レナの作った飯食いてぇ…。)


「あ、またあーちゃんのこと考えてた。」


「ええっ?!」


タクミの言葉にユウは声が裏返りそうになる。


「やっぱりユウはわかりやすいねぇ。」


「オマエなぁ…。」


(もう勘弁して…。)


ユウはガックリと肩を落としてうなだれた。


「そんで、ユウが彼女を大好きなのはわかったけど、肝心の式はいつなんだ?」


「えっ?!」


背後からの突然の質問に振り返ると、そこにはニヤニヤしながらヒロが立っていた。


(ヒロさんまで…!!)


「いや…まだ…。」


「なんだ、決まってないのか?!」


「ハイ…。」


「入籍は?」


「まだ…です…。」


(はぁもう、助けてレナー!!)


「なんだよ、まだなんにもしてないじゃん。もしや…結婚するする詐欺か?」


「なんすかそれ?!違いますよ!!」


ヒロの思わぬ言葉に、ユウは慌てて否定する。


「早く籍入れちゃえばいいじゃん。」


「まぁ…そうなんすけど…。」


(何これ?公開処刑?!)


「よし、ここにあーちゃんを呼ぼう!!」


唐突にタクミが叫ぶ。


「それいいな!!よし、呼べ!!」


「えっ?!ええっ?!ちょっと待って…。」


スマホを出してレナに電話をしようとするタクミを止めようとしてリュウとトモに二人掛かりで羽交い締めにされるユウを、ヒロが悪そうな微笑みを浮かべて見ている。


「ユウ…オレにも、オマエの大事な彼女、紹介してくれるよな…?」


「ハ、ハイ…もちろんです…。」


(ヒロさん…その笑顔こえぇよぅ…。)


ユウがヒロに笑顔で威嚇されている間に、タクミはレナに電話をかけて呼び出してしまった。


「ヒロさん!!彼女、今からこちらに来るそうです!!」


(ええっ?!来るの?!)


「そうか…楽しみだなぁ…。美人で健気な、ユウの大事な彼女…。会いたかったんだよ…。」


(ヒロさん…一体レナに何する気だ…?)


ヒロの言葉と笑顔に、ユウは背筋が冷たくなるのを感じる。


「ユウ、そんなに心配そうな顔すんな。まぁ飲めって…。」


「ハ、ハイ…。」


ユウは、ヒロに勧められたカクテルを受け取って、恐る恐る飲んでみた。


それは恐ろしくキツイ、ジンライムだった。


(きっつ…なんだこれ?!ヒロさんいつもこんなの飲んでんのか?!恐ろしい…。)


「たまにはオマエらと一緒に飲むのもいいもんだなぁ。なぁ、ユウ?」


「…光栄です…。」


(ヒロさん…もしや、はしゃいでる?!)


ユウが自分のすべてを預けるつもりでヒロに付いて行ったあの時から11年経って初めて知る、ヒロのやんちゃな一面だった。



蛇に睨まれた蛙のように、ユウがヒロの笑顔に怯えながら酒を飲んでいると、とうとうドアを開けてレナがバーにやって来た。


店の入り口でキョロキョロしているレナに、タクミが手を振り、大声で呼ぶ。


「あーちゃん、こっちこっちー!!」


店の奥に見慣れた面々を見つけると、レナはホッとしたように微笑んだ。


(あぁ…とうとう来ちゃったよ…。)


ユウは右手で顔を覆う。


「あーちゃん、いらっしゃい!!待ってたよ!!」


「こんばんは。」


レナはコートを脱いで、店の壁のハンガーに掛けると、ユウの隣に座ってニコリと笑った。


「来ちゃった。」


「あ、うん…ごめんな。」


言葉を交わす二人を、みんながニヤニヤして見ている。


(ホントもう、勘弁してくれよ…。)


「あ…レナ、紹介するよ。こちらヒロさん。」


ヒロは呆然とレナを見つめている。


「あの…ヒロさん?」


ヒロはハッとして咳払いをする。


「あっ、ああ。初めまして、ヒロです。」


「オレの…婚約者の怜奈です。」


(婚約者って初めて言った…緊張する…。)


「初めまして…。高梨アリシア怜奈です。ユウが、いつもお世話になってます。」


レナがヒロに、ペコリと頭を下げた。


(レナ、奥さんみたい…。)


ユウが少し照れ臭そうに頬をかく。


「婚約者だって。ユウ、めっちゃ照れてる。」


タクミがニヤニヤして言う。


「タクミ…余計なこと言うな…。」


ヒロが嬉しそうに笑って、ユウの背中を叩く。


「彼女、テレビで見た時より、めっちゃくちゃかわいいな!!ユウ、やっぱりオマエ結婚しなくていいや!!」


「ええっ?!」


「オレの奥さんになってもらう!!」


「はいっ?!」


「ヒロさん、ズルいっす!!オレも狙ってるんですから!!あーちゃん、オレのお嫁さんになってくれるよね?」


タクミが手を挙げる。


「オレも!!オレと結婚して下さい!!」


トモがタクミを押し退け手を挙げる。


「じゃあオレも旦那に立候補しまーす!!」


「リュウも言うなら、オレも…。高梨さん、一緒に明るい家庭を築きましょう!!」


トモに続いて、リュウとハヤテも参戦する。


「な、何言ってんだ?!」


「いいだろ。ユウ、まだ結婚してないじゃん。今ならまだ変更可能だよね、あーちゃん?」


「えっ…あの…。」


突然5人の男に求婚されたレナは、驚きのあまり固まっている。


「あーもう!!レナ、めちゃくちゃ怯えてんじゃんか!!」


ユウはたまらずレナを引き寄せ、みんなの目からかばうように、自分の後ろに隠した。


「レナ、すげー人見知りで、たくさんの人に見られるのが怖いんだから!!みんな離れて!!」


「えーっ…ユウだけ、ズルい…。」


「そうだぞ、ユウ!!高梨さんの独り占め禁止!!」


「オレも高梨さんと付き合いたい!!」


「いや、オレは結婚したい!!」


「ユウ!!あきらめて身を引け!!」


(言いたい放題言いやがってー!!ヒロさんまで…!!)


ユウはやいやい騒ぐみんなに向かって叫んだ。


「ダメ!!レナはオレのレナだ!!誰にも渡さん!!」


言ってしまってから、ユウはハッとしてして耳まで真っ赤になった。


レナも、ユウの背中で真っ赤になっている。


「ユウ、かっこいいー!!」


「見せつけんなよ!!」


「早く結婚しないと本当に奪っちゃうぞ!!」


(なんだこれ?!オレ、はめられたのか?!)


「まぁ、確かにユウが奥さんにしたいって気持ちはわかるな…。」


「ヒロさん…奥さんに殴られますよ…?」


レナは、そっとユウの背中から顔を覗かせる。


「あの…?」


「あ、レナ…。おいで。」


ユウはレナの肩をそっと抱いて隣に立たせた。


「大丈夫だよ。ヒロさん、愛妻家だから。」


「そう…なの?」


「そうだよ。」


レナがおずおずとヒロの顔を見ると、ヒロはタバコに火をつけ、優しく笑った。


「ごめんな、調子に乗って。あんまりかわいかったんで、つい。」


「ええっ…。」


(ヒロさん…。まだ言うか…。)


「で、いつにする?」


「ハイ?!」


ヒロの言っている言葉の意味がわからず、ユウとレナはキョトンとしてヒロを見た。


「結婚式だよ。もちろん呼んでくれんだろ?」


「あっ…。」


「えっ?」


レナは何のことかと首をかしげる。


「この際だから、いつ入籍するかも決めちゃえよ、ユウ。」


トモがレナに酒の入ったグラスを手渡しながらユウの肩を叩く。


「ええっ…。」


(なんでみんなの前で?!)


「ほら、みんなスケジュールにユウの結婚式を組み込んどかないといけないだろ。それに事務所にだって言っとかないと。」


「あっ…。」


(そうだった!!)


「あの…ユウ?」


レナは状況が掴めず、ユウのシャツの裾をツンツンと引っ張る。


「どういうこと?今、決めるって…。」


「いや、その…。」


(あーもう、わけわかんねぇ!!)


思わずユウは、レナの手をギュッと握りしめ、レナの目をじっと見つめた。


「ユウ…?」


真剣な顔でレナの目を覗き込むユウに、レナは少し驚いて目を丸くしている。


「結婚式と入籍の日を、今、決めよう。」


「ええっ?!今?ここで?!」


ユウはレナの手を握ったままうなずく。


「いつがいい?」


「急に聞かれても…。」


「バレンタインデー入籍ってどう?」


タクミが手を挙げる。


「じゃあ挙式日はホワイトデーでどうだ!!」


トモが同じように手を挙げる。


「…って意見もあるけど…どう?」


有無を言わさぬユウの気迫のこもった眼差しに、レナは思わずうなずいた。


「ハ、ハイ…。」


レナが返事をすると、みんながワッと声を上げる。


「よし、決まり!!」


「前祝いだ!!今日は飲むぞー!!」


「おめでとう!やっと決まったな!!」


「さあ、乾杯だ!!さ、あーちゃんも!!」


「う、うん…。」


レナはさっきトモに手渡されたグラスを持って、わけがわからないまま乾杯する。


「おめでとう!!乾杯!!」


「乾杯…?」


レナは首を傾げながらグラスの酒を飲んだ。


「あっ、それ…!!」


ユウはレナの飲んだ酒が、トモに手渡された物だと気付くと、冷や汗をかいた。


「トモ、レナに何飲ませた?!」


「ん?ジンライム?ヒロさんに言われて。」


「ええっ?!レナ、大丈夫か?」


慌てふためくユウだったが、レナはしれっとした顔で当たり前のようにそれを飲んでいる。


「大丈夫だよ。私、成人だから。」


(ああもう!!こんな時までレナ、天然だよ!!)


そんなユウとレナを見て、ヒロはおかしそうに笑っている。


「おもしれぇ!!彼女、イケる口だ!!さ、今日はとことん飲むぞー!!」


(勘弁してくれぇー!!)



心の叫びもむなしく、ユウは散々冷やかされながら、したたか酒を飲まされた。


レナはレナで勧められるがままに、淡々とその酒を飲んだ。


ヒロは楽しげにグラスを傾けながら、隣で酔って机に突っ伏して眠っているユウを見て、レナに優しい声で話し掛ける。


「まぁ、こんなヤツだけど、これからユウのことよろしくね。優しい分、弱いとこもあるから、しっかり支えてやって。」


レナは微笑みながらうなずいた。


「もしユウが悪さしたら、すぐにオレに言って。2度とそんなことできないようにお仕置きするから。」


おどけたように笑って言うヒロに、レナも笑って答える。


「大丈夫ですよ。ちゃんと約束したので…。もし万が一、約束を破った時には…私がきつーくお仕置きします。」


レナの言葉に、ヒロは満足そうに笑って、グラスのジンライムを飲み干した。


「ユウはホントに、いいお嫁さんを見つけたなぁ。安心してうちの末っ子を任せられる。」


ヒロはユウをうちの末っ子、と言いながら、優しく笑ってユウの頭をワシャワシャと撫でた。


(ユウ、大事にされてるんだ…。ミュージシャンとしてだけじゃなくて…まるで家族みたいに思ってもらってるんだな…。)


「ヒロさん、これからもユウのこと、よろしくお願いします。」


レナはユウの背中に触れながら、ヒロに頭を下げた。


そんなレナを見て、ヒロはタバコの煙を吐きながら嬉しそうにうなずく。


(ユウはみんなに愛されて幸せだね…。大切なみんなに出会えたこと思えば、ロンドンでの10年間はユウにとって必然だったのかも…。)


もしもそうなら、ユウに会えなくて寂しかったレナの10年間は、無駄じゃなかったように思えた。


つらかった記憶も、寂しかった日々も、あの時があるからこそ今があって、今の二人がいる。


過去のすべてにおいて、無駄なことなどひとつもなくて、すべてが今に繋がっている。


あの時の想いのすべてが、今、二人を繋いでいる。


そしてこの先も、たくさんの人や、たくさんの想いが繋がって行くのだろう。


すべては、なるべくしてこうなったのだと思うと、これから何があっても、二人なら乗り越えて行けるとレナは思った。



「ユウ、起きて…。帰るよ。」


レナはユウの体を優しく揺する。


打ち上げもお開きとなったが、ユウは酔ってぐっすりと眠っている。


「しょうがねぇなぁ…。」


ヒロはなかなか起きようとしないユウの肩を勢いよく叩くと、耳のそばで、わざとらしく大声をあげた。


「ユウ、起きないなら、オレが彼女、もらっちまうぞ。」


その言葉にユウは目を覚まし、慌ててレナを抱き寄せる。


「ダメ!!レナはオレの!!誰にも渡さん!!」


自分の言葉に驚いて、ユウは完全に覚めた目をパチクリさせた。


「ヒ、ヒロさん?!」


レナはユウの腕に抱かれながら、顔を真っ赤にしている。


「ユ、ユウ…。」


そんな二人を見て、ヒロは大笑いしながらユウの背中をバシバシ叩いた。


「おもしれぇ!!オレに彼女を奪われないうちに、さっさと帰れ!!」


「ハ、ハイ…。」


ユウも顔を真っ赤にしながら、ヒロに頭を下げた。


「お疲れ様です…。」


「おぅ、気を付けて帰れよ!!」


まだ赤くなったままの顔で、レナもヒロに頭を下げる。


「またね、奥さん!!」


ヒロに見送られながら、二人は真っ赤な顔でバーを後にした。




タクシーで家に帰ると、二人はそのままベッドに倒れ込んだ。


さすがに酔いが回ったらしい。


「レナ…。」


「ん…?」


「なんか、ごめんな…。」


「何が?」


「その…あんな形で大事なこと決めて…。」


申し訳なさそうに呟くユウに、レナはニッコリと微笑んだ。


「ううん…嬉しかったよ…。ユウがみんなにすごく大事にされてるのがわかったから…。」


レナはユウにギュッと抱きつくと、幸せそうに笑った。


「ユウ…大好き…。」


「レナ…。オレもレナが大好きだよ…。」


二人はそっと唇を重ねると、幸せそうに微笑みながら眠りの淵へと落ちた。




翌朝、ゆっくりと目覚めたユウは、隣にレナがいないことに気付いた。


(レナ…もう仕事に行ったのか…。)


あれだけ強い酒を飲んでも平気な顔をしていたレナを、敵に回すと怖い相手がまた一人増えたとユウは苦笑いした。


リビングで、レナが用意してくれた朝食を食べていると、ユウのスマホが鳴る。


(誰だ…?)


スマホの画面には直子からの電話を知らせる文字が映っていた。


(おふくろ…?)


不思議に思いながら電話に出ると、相変わらず元気な直子の声がした。


「ユウ、今、日本についた。空港にいるの。」


「あっ…今日だった!!」


直子が夫と日本に来るのが今日だったことを、ユウはすっかり忘れていた。


「レナちゃんは仕事?」


「うん。」


「じゃあ、今夜一緒に食事でもしましょう。」


「わかった。」


ユウは待ち合わせの場所と時間をメモして電話を切ると、レナに今夜の直子との約束をメールした。


(おふくろたち、夜までどうすんだ?観光?)


レナの仕事が終わった後、ユウはレナを職場まで迎えに行き、二人で一緒に直子との待ち合わせの場所へ向かった。


待ち合わせのホテルのレストランで、レナは直子の夫のテオに初めて対面した。


「レナちゃん、紹介するわね。夫のテオ。」


「ハジメマシテ、テオデス。」


テオはにこやかにレナに握手を求める。


「はじめまして、レナです。」


簡単な挨拶を終えると、4人で片言の日本語と英語を交えながら会話をし、ゆっくりとワインを飲みながら食事をした。



「それで、急に二人そろってどうしたの?観光?」


ユウが不思議そうに尋ねると、直子は笑った。


「言ったでしょう、日本に帰るって。」


「えっ?」


直子の言葉の意味がよくわからず首を傾げるユウに、直子は嬉しそうに言った。


「私たち、日本に住むことになったから。」


「えっ?!」


思いもよらぬ直子の言葉に、ユウとレナは驚いて顔を見合わせた。


「長かったけど、ドイツでの仕事も一段落ついたからね。また日本に戻ることにしたの。」


「テオさんは?」


「テオも、ずっと日本に住みたいって言ってたのよね。ユウが結婚するって言ったら、テオがユウたちの近くで暮らしたいって。」


「えっ?!」


「戸籍上は違っても、家族だからって。」


テオはニコニコと笑いながらユウを見ている。


「僕たちは親子ではないけれど、僕はユウを家族だと思ってるよ。直子の大事な息子だからね。ユウが素敵なお嫁さんをもらうって直子に聞いて、僕は近くで、君たちが家族になっていくのを見守りたいと思ったんだ。」


「家族…。」


ユウは、テオの言葉を聞きながら、結婚したら自分とレナも家族になるんだなと思った。


「新しい家族が増えるのも楽しみだね。」


テオはユウにウインクする。


「それは、まぁ…。そのうち?」


急にしどろもどろになるユウを見て、直子とテオはおかしそうに笑った。


「そんなわけだから、よろしくね。」


直子はレナの手を握り、柔らかく微笑んだ。


「レナちゃん、これからもユウをよろしくお願いします。」


「こちらこそ、よろしくお願いします…。」


レナが頭を下げると、直子とテオは幸せそうに笑った。




翌日、レナはリサの職場を訪れた。


入籍と挙式の日取りが決まったことを報告するためだ。


リサは、アトリエでドレスを仕上げていた。


「3月14日ね。わかったわ。スケジュールを調整しておかないとね。」


「うん、お願いします。」


「ところで、場所は決まってるの?」


リサの言葉に、レナはハッとする。


「まだだった…。」


「これから予約できるかしら?この間のショーで提携した式場があるから、相談してみる?」


「式場?」


「素敵なチャペルがあるんですって。パーティーウエディングもやってるそうだから、一度話だけでも聞いてみたら?条件が合えば見学に行って、良かったら予約しなくちゃ。式場には私から連絡しておくから。」


「うん、行ってみようかな。」


どこか頼りない娘に、リサは少し安心したように柔らかく微笑んだ。


「まったく、二人とも肝心なとこが抜けてるわね。子供みたい。」


「おっしゃる通りです…。」


そんなことを言いながら、この言い回し、なんだかユウに似てる、とレナは思った。


(一緒にいると、いろいろ似てくる…?)


なんとなくくすぐったいような、照れ臭いような、不思議な感覚だった。




家に帰ると、レナはリサにもらったパンフレットをユウと一緒に見ながら、挙式とパーティーの相談をした。


「素敵なチャペルだね…。」


パンフレットを眺めながら、レナがうっとりと呟く。


「パーティーって、どんなことをすればいいのかな?」


ユウはパンフレットをめくりながら、思いを巡らせる。


「食事と…あとは…。」


「楽器とか機材、持ち込めるかな?」


「えっ?!」


「せっかくだから、演奏してもらおうよ。ユウのお兄ちゃんたちに。」


「お兄ちゃん?!」


レナの言葉に、ユウは不思議そうにしている。


「ユウは、ヒロさんの末っ子なんだって。」


「それ、ヒロさんが言ったの?」


「そうだよ。うちの末っ子を安心して任せられる、って言われた。」


「そうなんだ…。」


ユウは、ヒロにそんなふうに思ってもらっているのだと思うと、胸が温かくなるのを感じた。


「じゃあ…3人目のオヤジだ。」


「3人目?」


「オレのくそオヤジと、テオさんと、ヒロさん。オレ、オヤジが3人もいるのか。」


「くそオヤジ…?」


レナが不思議そうに尋ねる。


「レナに話してなかったな…。」


ユウは、事故に遭って意識不明の時に見た夢のような物の話をした。


「ひどいだろ?バカ息子!!って何度も言うんだよ。でも、あの時のオヤジと、レナのお父さんのおかげで、オレは…。」


ユウはレナの肩を抱き寄せて穏やかに笑った。


「もう一度…レナの元に戻ろうって…もう一度レナに信じてもらいたいって、思ったんだ。あんなにまっすぐに、オレを信じて愛してくれたレナを何度も傷付けて、泣かせたオレなんて、もう、生きてる資格もないかもって…地獄に堕ちても仕方ないって思ってたけど…レナのお父さんと、レナをお父さんの分まで愛して幸せにするって約束したから…。だから、生きようって、思えた。」


「ユウ…。」


「オヤジの想いも、レナのお父さんの想いも、繋いで行かないとな。」


レナはユウをギュッと抱きしめながら、頬をユウの胸にうずめて呟いた。


「ありがとう…私のところに戻って来てくれて…。もう一人にしないって…もうどこにも行かないって約束を、ちゃんと守ってくれて…ありがとう…。」


「うん…。オレのこと、待っててくれてありがとな…。目を開けた時、真っ白なドレスを着たレナが、天使に見えた。」


「天使…?」


「うん…。天使かと思った。」


レナは照れ臭そうに笑う。


「でも最近、レナは天然小悪魔かも?とも思った。」


「天然…小悪魔?」


「うん。」


「何それ?」


「レナは自分の知らないうちに、すごい色っぽい仕草で、オレをドキドキさせるから。」


「何それ…。」


レナは頬を赤く染めて、潤んだ瞳でユウを見上げる。


(かわいい…。)


「だから、そういうところ。」


ユウはレナの唇に、チュッとキスをする。


「えっ…。」


無自覚のレナは、思わぬ指摘を受けて、恥ずかしそうにうつむいた。


(あぁもう、マジでかわいすぎる!!)


「レナは天使なのか小悪魔なのか…どっち?」


「…どっちでもないよ…。」


「さっきからオレ、レナがかわいすぎて、めちゃくちゃドキドキしてるんだけど。」


「もう…。」


ユウはレナの手を握り、自分の胸に導く。


「わかる?」


ユウの胸の少し速い鼓動が手に伝わるのを感じて、レナはふふっと笑った。


「ホントだ…。初めての時みたいだね…。」


(ホラ、またそういうことを言う…!!)


「責任、取ってもらおうかな。」


「責任?」


「オレを、こんなにドキドキさせた責任。」


ユウはレナの唇に、優しくついばむようなキスをした。


「私だって、いつもユウにドキドキさせられてるよ…。」


「ホント?」


「うん…。こういうキスとか…。」


レナは恥ずかしそうに呟いた。


「じゃあ、オレも責任取ろうかな…。」


「うん…。」


二人は何度も何度も唇を重ねると、やがてゆっくりと唇を離し、額をくっ付けて見つめ合う。


「責任は、ベッドでゆっくり取ろうかな…。」


「うん…。」


ユウはレナを抱き上げベッドに運ぶと、ベッドの上に優しく寝かせた。


「レナ、かわいい。」


「口癖?」


「そうかも…。それくらい、いつもそう思ってるよ。」


レナは照れ臭そうに笑うと、ユウの唇にそっとキスをした。


「ユウ、大好き。」


「それも口癖?」


「私も、それくらいいつもそう思ってる…。」


二人は唇を重ねると、だんだん深くなるキスに身を委ねるように、優しく体に触れ合って、お互いの鼓動と温もりを感じながら、甘く幸せなひとときを過ごした。












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