堂々巡りと心の変化
ユウが事故に遭って1ヶ月が過ぎた。
ユウは驚異の回復力を見せ、予想していたよりも遥かに早い時期に退院することになった。
右手と右足のリハビリにはしばらく通わなければならないが、無理をしなければ自宅での療養は可能だと医師から退院の許可が降りたのだ。
ユウが退院する日の朝、レナは近所のスーパーで買い物をした後、久し振りに二人で暮らす部屋に戻り、空気を入れ替えて掃除をした。
(またここに戻って来れた…。)
レナは掃除を済ませた部屋を感慨深く見渡し、
退院するユウを迎えに、久し振りのユウの車で病院へと向かった。
病院へ着くと、レナは入院中に増えたユウの荷物を鞄に詰め込み、忘れ物がないかとベッドの周りやロッカーを確認する。
レナが引き出しを開けると、何やらメモのような物が入っていた。
(ん…?なんだろ、これ、ユウの字?)
走り書きのような文字をレナが読もうとすると、ユウが慌ててそれを取り上げた。
「これは見ちゃダメ。」
「なんで?」
「なんでも。」
「…隠されると余計に気になる。」
「今はまだ、ダメ。」
「…そうなの?」
ユウが隠したメモのことは気になったが、レナはユウと一緒に医師や看護師にお礼を言うと、二人で荷物を持って病院を後にした。
レナの運転で、住み慣れた二人の部屋へ帰る。
「お腹空いた?お昼、どこかで食べる?」
レナが運転しながらユウに尋ねる。
「ううん。オレ、レナの料理が食べたい。」
ユウの言葉に、レナは嬉しそうに笑った。
「簡単な物になっちゃうけどいい?」
「うん。」
部屋に帰ると、早速キッチンに向かおうとした
レナを、ユウがギュッと抱きしめた。
「レナ…おかえり。戻って来てくれて、ありがとう。」
「ユウも…おかえり。戻って来てくれてありがとう。」
二人は顔を見合わせると、どちらからともなく唇を重ねた。
軽いキスだけのつもりだったのに、ユウの抑えていた気持ちが、キスをどんどん深くする。
「ん…。」
レナが小さな声を上げた。
ユウは、唇をそっと離すと、小さく呟く。
「昼飯より、レナが欲しいな…。」
レナは顔を真っ赤にしながら、ユウの頬をキュッとつまむ。
「ダメ。無理しちゃダメって、先生言ってたでしょ?」
「無理しないよ?」
「でも、ダメ。お昼御飯食べなきゃ。ね?」
「レナ先生は厳しいなぁ…。」
ユウは苦笑いすると、もう一度、レナの唇に軽くキスをした。
「おとなしく待ってなさい。」
「ハーイ…。」
「ん、よろしい。」
レナはふふっと笑うと、キッチンに立って昼食の準備を始めた。
ユウはソファーに座り、キッチンに立つレナの姿を眺めながら、愛しそうに目を細める。
(レナがここにいてくれて…一緒に笑って…。オレ、本当に幸せだ…。)
レナが作った焼きそばで昼食を済ませた後、コーヒーを飲みながら、ユウとレナは久し振りに二人でソファーに並んで座り、のんびりと寛いだ。
「久し振りだね、こういうの。」
「うん。」
ユウはレナを抱き寄せ、艶やかな髪に顔をうずめる。
「レナとこうしてるの、本当に幸せだな…。」
「私も、ユウと一緒にいられて幸せだよ。」
「うん…。いろいろごめんな…。」
「ん…もういいよ。私はユウが隣にいて、笑ってくれたら、それだけでいいの。もちろん…楽しいことばっかりじゃないとは思うけど…つらい時も、苦しい時も、私は一緒にいるよ?」
「ありがとう…。」
レナの優しさやまっすぐな気持ちが、ユウの心を温かく満たしてくれる。
「レナ…愛してる…。これからもずっと、オレのそばにいて…。」
「うん…。私も、愛してる…。これからもずっと、ユウのそばにいさせてね。」
「うん…。もう、絶対に離さないから…。」
ユウは、レナの頬にそっとくちづけた。
そして、レナをギュッと抱きしめて、静かに呟く。
「レナに…話しておきたいことがある…。」
「ん…何?」
ユウはレナを抱きしめたまま話し始める。
「入院中におふくろが見舞いに来て、オレの両親のこと…レナに話したって聞いた…。」
「うん…。」
「オレは、実の母親に、捨てられたんだ。」
レナを抱きしめるユウの手に力がこもる。
「母親はオレを産んだくせにオレのことは愛せなかった…。オレとオヤジを捨てて、新しい男の所へ行った…。」
「ユウ…。」
「週刊誌の記事を見てレナに新しい恋人ができたと勘違いして、レナも母親と同じようにオレを捨てて新しい恋人の所に行くんだと思ったら苦しくて、つらくて、胸が痛くて、うまく息もできなくて…気がついたら、レナにあんなひどいことして…心にもないひどいこと言ってた…。オレは、愛してるって言いながら…レナを信じられなかったんだ…。」
苦しげに絞り出すように話すユウの声が震えていた。
「うん…。」
「昔からずっと、レナに嫌われるのが怖かった。レナを失うのが怖かった…。レナに拒まれて傷付くのが怖くて、オレは何度もレナを傷付けて…レナを傷付けてしまった自分が許せなくて苦しくて…逃げ出して…。レナはオレのことずっと信じてくれたのに、オレは、レナを…!!」
レナは華奢なその腕で、震えるユウの体を包むように優しく抱きしめた。
そして、広いユウの背中を、トントンと優しく叩く。
「母親に捨てられたって知ってから、実の母親にも必要とされなかったオレなんか、生まれて来ちゃいけなかったのかも知れないって、ずっと思って…。オレがいなければ、おふくろだってあんなに苦労する必要もなくて、もっと普通に結婚して子供を産んで…もっと普通の幸せな家庭を築けてたと思う。こんなどうしようもないオレといても…、レナは幸せになれないかも知れない…。レナにはオレなんかより…もっと…。」
黙ってユウを抱きしめながら話を聞いていたレナが、突然両手でユウの頬をギュッと挟んだ。
「ユウのバカ。」
「え…。」
ユウは驚いて、レナの目を見つめる。
「私の幸せは私が決める。私はユウのそばにいられることが私にとって一番の幸せだと思ってる。ユウは…私に、ユウじゃない他の誰かを選んで欲しいの?」
ユウは目を伏せると静かに首を横に振る。
「それは…絶対に、嫌だ…。」
ユウが呟くと、レナは優しく微笑んだ。
「それにね、ユウ…。生まれて来ちゃいけない子供なんて、一人もいないよ。少なくとも私にはユウが必要。ユウにとっては直子さんじゃない別の人がお母さんだったのはつらいことだと思うけど…私は、ユウの本当のお母さんに感謝してる。」
「えっ?」
「だって、ユウを産んでくれたのはお母さんだよ。お母さんがユウを産んでくれなかったら、私はユウと出会えなかった。確かに生まれたばかりのユウを置いて出て行ったのは良くないけど…その時のお母さんの気持ちは、誰にもわからないじゃない。連れて行きたくても連れて行けなかったのかも知れないし…。でもね、そのおかげで…って言うのもおかしいけど、ユウは直子さんに愛されて大切に育ててもらえたんだよ?私もリサも、直子さんと出会えた。私たち親子、いつも直子さんに助けてもらったし…私は直子さんに、娘みたいに可愛がってもらって、早くに父親亡くしたけど、母親が二人いるみたいって思ったら嬉しかったよ。」
「レナ…。」
「それにね、ユウは自分のことすぐに、“オレなんか”とか“こんなどうしようもないオレ”とか言うけど…ユウは私の大事な人なんだから、そんなこと言わないで。私は誰がなんて言っても、ユウが好きだよ。昔からユウはいつも、私のこと大事にしてくれたでしょ。誰かに意地悪されたらかばってくれて、雷が怖くて震えてる時には大丈夫だよってそばにいて背中を優しくトントンってしてくれて…。ユウがいつも一緒にいてくれたから、私は寂しくなかったんだよ。だからね、ユウ。」
レナはソファーから立ち上がると、母親が子供にそうするように、ユウを優しく胸に抱きしめた。
「私も、ユウを守ってあげる。ユウが寂しくないように、悲しくないように、抱きしめてあげる。ユウが私にとって一番大切な人だから。」
「レナ…。」
ユウの目から、涙が溢れた。
レナにこんなにも愛されていることが嬉しくて、こんなにもまっすぐに想ってくれるレナが愛しくて…ユウは子供のように、レナの胸に抱かれて涙を流した。
「ありがとう、レナ…。オレ、変われるかな?レナを守るために、もっと強くなりたい…。」
「大丈夫。二人で、頑張っていこ。」
「うん…。」
レナはいつの間に、こんなにも強くなったんだろう?
ずっと自分がレナを守ってきたつもりでいたのに、気が付けばレナに守られている自分がいる。
(レナ…あったかいな…。)
もしもいつか…二人の間に子供が生まれたら…レナはこんなふうに、優しく温かく包み込むように、その子を愛してくれるだろうか?
惜しみなく愛情を注ぎ、時には叱り、慈しんでくれるだろうか?
そして自分も、その子のことを愛せるだろうか…。
レナの胸に抱かれながら、ユウは自分の考えに戸惑ってしまう。
(え…?子供…って…。今まで考えたこともなかった…。)
翌日、ユウは退院の報告に事務所を訪れた。
しばらく入院していたこともあって、随分久し振りな気がした。
社長室では、社長が笑って出迎えてくれた。
「一時はどうなることかと思ったが、とりあえず無事退院できて良かったな。」
「ご心配おかけしてすみませんでした。」
「もう怪我の方は大丈夫なのか?」
「しばらくリハビリすれば大丈夫みたいです。ギターはまだ医者に止められてますけど…。」
「そうか。頑張って早く復帰してもらわんとな。復帰したらまずは新しいアルバムの制作だからな。」
「ハイ。」
社長は顎をかきながら笑みを浮かべる。
「しかしアレだな。とりあえず、一連の騒動もなんとかおさまって良かったな。」
「その節はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」
ユウは深々と頭を下げる。
「それにしても、たいしたもんだな。」
「え?」
「高梨さんの娘さんだよ。」
「あ…。」
社長は腕組みをしながら笑っている。
「マスコミの前で、あれだけ堂々と話すとは…すごい度胸だ。妙な憶測で誤解されたり周りに迷惑かけたりして、黙ってられなかったのかもな。オマエ、今回は彼女に救われたな。」
「ハイ…。」
「高梨さんから、娘は人見知りで目立つのが嫌いで人前に出るのが大の苦手で…って聞いてたんだが、随分印象が違ったんで驚いたよ。」
「オレもビックリしました。小さい頃から見てきた彼女とは別人みたいで…。」
ユウがそう言うと社長は声をあげて笑った。
「大事な人を守るためなら、自分の弱点も克服してしまうくらい強くなれるんだ。女って生き物は本当に強いな。まぁ、それくらいの強さがないと、夫を支えて子供を産んで育てて、家庭を守ることなどできんのだろう。」
「はぁ…。」
「あんなに大勢の前で、しかも全国ネットで、ユウのことを愛してる、私にはユウしかいないなんて言わせたんだから、オマエも男なら覚悟決めろ。」
「えっ?!」
唐突な社長の言葉にユウは面食らった。
「他の男に持ってかれる前に、早く嫁にもらっちまえ。あんないい女オマエにはもったいないくらいだがな、あの子は相当オマエに惚れてるらしい。ちゃんとその気持ちに応えてやれ。まだプロポーズもしてないんだろ?」
「ハイ…そういう話はまだ…。」
「オマエいくつだ?もういい歳だろう。」
「29です。」
「もう三十路か。ちょうどいい頃合いなんじゃねぇか?オマエは男だからまだいいが、女はそういう訳にもいかんだろ。」
「そういうもんですか?」
「まぁな…。誰だって歳はとる。10年後、20年後、その先もずっと、見た目も中身も今のままでいられる訳じゃない。不思議とな、結婚すると一緒に歳を重ねて行くほどお互いしっくりくると言うか…一緒に歳とって変わっていく自分達の未来を想像できたりもするんだ。」
「…それって一緒に暮らしてるだけじゃわからないものですかね…。」
「そうだな。責任が違うだろ。」
「責任…。」
「その人の人生を背負う責任だな。この人を一生守って幸せにするんだって覚悟が違う。」
「…。」
「男になれよ、ユウ。あの子を誰よりも幸せにしてやれ。」
「…ハイ。」
事務所から帰ると、ユウはソファーにごろりと体を横たえ、さっき社長に言われたことを思い出していた。
「結婚、か…。」
最近、結婚を意識することがやけに多い。
今まで考えたこともなかった結婚についての疑問があれこれとユウの頭を駆け巡る。
結婚は人生の墓場だと言う人がいれば、結婚は紙切れ1枚、などと言う人もいる。
お見合いで初めて出会った人と生涯添い遂げる人もいれば、大恋愛の末に結婚したのに浮気をしたり離婚したりする人もいる。
離婚までは行かなくても、何十年も一緒にいてお互いを煙たがりながらも生活のために結婚生活を続ける人や、別れたくても子供のために別れられなくて別居する人もいる。
シンヤとマユは結婚していても別々に暮らしているが、お互いを想い合っている。
自分とレナは結婚していなくても一緒に暮らしている。
一緒に歳を重ねて行くほどしっくりくる、と社長は言っていた。
それは結婚しないとわからないものらしい。
レナの人生を一生背負う責任と、レナを一生守って幸せにすると言う覚悟。
レナを守りたい、幸せにしたいと言う気持ちはずっと心にあるけれど、それを覚悟と呼べるだろうか?
今の自分に、レナの人生を背負いきれるだろうか?
(そこで迷って不安になってる時点で完全アウトだよな…情けないけど…。)
レナとずっと一緒にいたいと言う気持ちはあっても、今のユウの頭の中では、その気持ちが直接結婚に結び付かない。
(結局…結婚ってなんだ?)
レナが昔よく言っていた“恋の定義がわからない”と言う言葉を思い出す。
(二人で、お互いの恋の定義は何?って話したっけ…。あの時…“オレにとっての恋の定義は、いつも、ずっと、誰よりも強くレナを想うこと”って、オレ、言ったよな…。)
ユウはソファーから起き上がり、タバコに火をつけた。
ゆっくりと煙を吐きながら、あの時のレナの言葉を思い出す。
(“私の恋の定義はユウだよ”って…“ユウと過ごす時間すべて、今までも、これからも”って…言ってくれたんだよな…。)
それなら、レナにとって結婚の定義とはなんだろう?
自分にとっての結婚の定義とはなんだろう?
(恋の定義と結婚の定義は違うのかな?)
もしも結婚するとしたら、相手はレナしか考えられない。
ウェディングドレスを着て微笑むレナを見た時、いつかレナに自分の隣でウェディングドレスを着て笑って欲しいと思った。
タクミがレナに、“オレの結婚式であのウェディングドレスを着て隣を歩いてくれる?”と言った時、ユウは激しく嫉妬して、それは絶対に許さない、と言った。
レナは誰にも渡さない、と強く思った。
結婚は、ただウェディングドレスを着るだけじゃない。
そんなの結婚なんかしていなくても誰にだってできる。
実際、レナはウェディングドレスを着てショーに出たのだ。
でもそれはユウのためではなく、`アナスタシア´のためでもなく、母親であるリサのためだと言っていた。
(レナ…オレに気を遣ってる?レナの口から、結婚したいとか一度も聞いたことない…。)
レナが須藤と結婚すると言った時、確か“私ももう、いい歳だし”と言っていた。
(それが結婚を決める理由になるくらい、女は歳も気になるんだな…。)
春になれば、自分もレナも30歳になる。
(レナもやっぱり、20代のうちに結婚したい、とか思ったりするのかな?)
レナは結婚について、どう考えているだろう?
ユウとの結婚を夢見たり、二人の結婚生活を想像したりするのだろうか?
(そればっかりは、レナに聞いてみないとわからないんだよな…。)
どんなに考えても答えは出ない。
自問自答の堂々巡りに疲れたユウは、大きなため息をついた。
(ダメだ…さっぱりわからない…。)
数日後。
ユウと仕事が休みだったレナは、久し振りに二人そろって買い物に出掛けることにした。
レナの運転で大型のショッピングモールに足を運んだ。
駐車場で車を停めると、二人は並んで手を繋ぎ、指を絡めて歩き出す。
「こうして歩くの、久し振りだな。」
「うん。」
レナが嬉しそうに笑ってうなずく。
「疲れたら無理しないで言ってね。まだあんまり長い時間歩くのつらいでしょ?」
「わかった、そうするよ。」
(レナ嬉しそうに笑って、ホントかわいいなぁ。その上ちゃんとオレの体を気遣ってくれて…。入院中も退院してからも、甲斐甲斐しく身の回りの世話とかしてくれて…健気と言うか、なんと言うか…いい奥さんになりそうだな…。)
ユウは自分の考えにハッとすると、照れて赤くなってしまう。
(いい奥さんって…。)
「ん?どうかした?」
「いや、なんでもない。」
「そう?」
ユウは照れ臭さをごまかすようにレナに話し掛ける。
「レナがこういうところに来るの珍しいな。何か買いたい物でもあるの?」
「うん。食料品とか日用品とか衣類とか、いろいろな買い物が1ヶ所で済んで便利だって言うのもあるんだけど、急激に寒くなったからリビングにこたつとかあるといいなって思って。」
「あぁそっか。レナと暮らし始めたのは春先だったもんな。あの部屋で初めての冬だ。」
「うん。どうかな?リビングにこたつ。」
「いいんじゃない?でも動けなくなりそう。」
「それは言えてる。でも、ユウと二人でのんびりこたつに入って寛ぐのもいいなぁって。」
「うん、すごくいい。」
気が付くと12月に入り、ユウがしばらく入院している間に季節は冬へと移り変わっていた。
二人で季節が移り変わって行くのを感じたり、一緒に暮らす部屋の模様替えを二人で考えたり…レナと過ごすなにげない日常のなんでもない一時が、ユウにとっては掛け替えのないことに思えた。
(いいなぁ、こういうの…。ささやかな幸せって言うのかなぁ…。これってもしかして、一緒にいるのがレナだからそう思えるのかな?)
二人そろって歩いていると、周りの買い物客からたくさんの視線を感じた。
それでもユウは、あえてレナの手を離したり、人の目から逃れようとはしなかった。
(オレはもう逃げない。レナがあんなに堂々とオレのことを愛してるって言ってくれたんだから、オレもそれに応えないと。)
「なんか、照れ臭いね。」
レナが恥ずかしそうに呟く。
「うん…でもオレは、これからもずっと、レナとこうして歩きたい。」
ユウの言葉に、レナは嬉しそうに笑った。
「うん…私も。」
買い物客の若い女性たちが、にこやかに笑ってレナに手を振る。
レナは照れ臭そうにはにかんで、ペコリと頭を下げた。
ユウはそんなレナを優しく微笑んで見つめている。
「アリシア、すごいキレイだった!」
「ユウもかっこいい!!お似合いの二人って感じだったね!羨ましい!!」
通り過ぎる時に、興奮気味に話す女性たちの声が聞こえると、ユウとレナは顔を見合わせて照れ笑いを浮かべた。
「オレたち、お似合いなんだって。」
「私たちのこと、羨ましいだって。」
二人の関係を、少しは世間に認めてもらえるようになったのだろうか?
レナさえいればいいと思っていたはずなのに、見ず知らずの人たちから温かい声を掛けられるたびに、ユウはなんとも言えない気持ちになった。
嬉しいような、誇らしいような。
過去の女性遍歴を週刊誌で取り沙汰された時にはあんなにもマスコミから叩かれ冷たく罵られていたはずなのに、レナがインタビューで話したことや、その後マユの勤める出版社の発行する週刊誌に二人の記事が載ったことで、二人へ向けられる周囲の目や世間の声が優しく好意的になった。
騒動の渦中にいた時、ユウはただ後悔するばかりで塞ぎ込んで、自分の力でなんとかしようと思わなかった。
もうこのまま、レナともバンドのみんなとも、元のようには戻れないのかも知れないと何度も思った。
(結局オレは、いつもレナに救われてる…。シンちゃんや佐伯にも、バンドのみんなにも…たくさんの人に助けられてる…。)
もし自分にとって大切な人たちが困ったり苦しんだりしている時には、自分がそうしてもらったように、力になりたいとユウは思った。
冬物の洋服をしばらく見た後、二人はすぐ近くのファーストフード店に入ることにした。
お昼時を少し過ぎていたこともあり、店内は遅い昼食を楽しむ人や、昼下がりのお茶の時間を楽しむ人たちがゆっくりと過ごしていた。
「少し遅くなったけど、お昼ご飯にしよ。」
「うん、腹減った。」
二人はお気に入りのハンバーガーのセットを注文した。
レナが商品の乗ったトレイを持って席に向かう。
背が高く目立つ二人はどこに行っても人目を引き、二人を見た周囲の人の声が、思いのほか耳に入ってくる。
高校生くらいの女の子が数人で、ユウとレナを見ながらヒソヒソ話と言うには大きすぎる声で話している。
「あれって、ユウとアリシアだよね?」
「こんな店にも来るんだ。」
「意外と庶民的?」
「一緒にいるってことは、二人はすっごいラブラブだって本当なんだね。」
「ね、あの二人、結婚すんのかな?」
「あのショー見た?アリシア、超キレイだったじゃん!!私が男なら今すぐ嫁にしたい!!ソッコー結婚だよ。」
「何それー!オトコマエ過ぎるんだけど!!」
「ハネムーンベビーは間違いない。」
「ハネムーンベビーって!!超ウケるんですけど!!」
(オトコマエなお嬢ちゃん…しっかり聞こえてるから…。)
ユウがやけに元気のいい女子たちに圧倒されながらちらりとレナの顔を見ると、レナは真っ赤な顔でうつむいていた。
(めちゃくちゃ恥ずかしがってるよ…。)
「レナ、大丈夫?」
「あっ、うん…。」
二人は気を取り直して、ハンバーガーを食べ始めた。
「ハンバーガー、久し振りに食べるね。」
「うん。前はよく食べたけどな。最近はいつもレナが飯作ってくれるから、ファーストフードとか滅多に食べなくなった。」
「作んない方がいい?」
「えっ?!それは嫌だ。レナの料理がいい。」
「ホント?」
「ホント。」
二人がにこやかに他愛もない話をしながらハンバーガーを食べていると、さっきの女子たちが聞き耳を立てるように二人の様子を窺っていることにユウは気付いた。
(仕方ねぇなぁ…。)
「レナ、ケチャップついてる。」
「えっ、どこ?」
「ここ。」
ユウは親指でレナの口元についたケチャップをそっとぬぐった。
すると、それを見ていたさっきの女子たちが、キャーッと大きな声をあげた。
ユウはやれやれとため息をつきながら、クルリと彼女たちの方を振り返る。
「あんまりじっと見られてると食べにくいでしょ?彼女恥ずかしがりだから、見るならもっとさりげなく気付かれない程度にしてやって。」
ユウが優しくそう言うと、女子たちからまたキャーッと大きな声があがった。
(結局かよ…。)
ユウは苦笑いしてコーラを飲む。
「若いねぇ…。」
「私たちも高校生の頃、学校帰りによくファーストフード店に寄ったりしたね。駅前で鯛焼き買って食べたり…。」
レナは懐かしそうに目を細めて女子たちを見る。
レナの視線に気付いた女子が手を振ると、レナもはにかみながら小さく手を振り返した。
「レナ、女の子から大人気。」
「この間のショーが生中継で放送されたからね…。私、さっき婦人服売り場で知らないおばさんに、時の人だねって言われた。」
「そうなんだ。オレもさっき喫煙室で知らないおじさんに…言われたな…。」
「なんて?」
「うん…その…いい嫁さん持ったなって…。」
「ええっ?!」
レナは驚いて、途端に顔を真っ赤にした。
「まだ嫁さんじゃないんですよって言っといたんだけど…。」
「うん…。」
「早く結婚して幸せにしてやれって…。」
「……。」
レナが何も言わずうつむいてしまったのを見てユウは慌ててレナに声を掛ける。
「さ、早く食べて行こ。次、何売場行く?」
「あ、うん…。」
初めて結婚の話をしたせいか、二人の間に流れる空気がどこかぎこちなくなってしまった。
(レナは今…どう思ったんだろう?)
うつむきがちにフライドポテトを口に運ぶレナを見て、ユウはなんとも言えない不安を感じていた。
(結婚なんて考えたことなかったけど、もしレナに結婚なんて考えてないとか、ユウと結婚なんて嫌だとか言われたら…オレ、絶対めちゃくちゃヘコむ…。)
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