彼女が壁を越えるとき

翌朝、スポーツ紙の一面にはユウの事故を知らせる記事が踊っていた。


小さな女の子をかばって全治2ヶ月の大ケガをしたことや、なかなか意識が戻らず、一時は危なかったことの他、事故を目撃した人たちの談話で“ユウは、なんのためらいもなく走って来る車から女の子を助けた”などと記されていた。


「大袈裟…。」


ユウは、タクミから差し出されたスポーツ紙の記事に目を通すと、照れ臭そうに呟く。


「あの女の子…小さい頃のレナと、少し似てたんだよな。だから、余計に助けなきゃって…体が勝手に動いたのかも…。」


「そうなんだ。やっぱりユウは、あーちゃんが大好きなんだねぇ。」


「うん…。」


「珍しく素直に認めた!」


タクミが驚いた声を出す。


「…うるせぇよ。」


ユウは少し赤い顔でそっぽを向く。


「でもさ、いいんじゃない?ユウはもっと素直に自分の気持ちを言葉にした方がいいよ。」


「なんで?」


「そうすれば、変に悩んだり不安になったりすることもないじゃん。たった一言で済むことだってあるんだよ。」


「そうかな…。」



ずっと心の奥に秘めていたレナへの想いや、見たこともない実の母親への思い。


出生の事実を知った日の気持ち。


育ててくれた直子の再婚を知らされた日の複雑な思い。


一言では言い表せないけど、ほんの少しずつでもいいから、レナに、自分と言う人間をわかってもらえたらと思う。


わかってもらうには努力しなければいけないと思うし、自分もまたレナをわかりたいと思う。


それにはきっと、レナが自分を信じてくれたように、何があってもレナを信じぬく覚悟が必要なのだとユウは思った。


(そうすれば、いつかは…。)




「やっぱり、思った通りね。」


「うん、業界ではかなり有名よ。相当派手にやってるみたいね。」


その時マユは、女性週刊誌の編集部にいる同僚と会議室で話し込んでいた。


「枕営業とか?」


「以前はね。でも、今はそれも必要なくなったみたいよ。」


「どういうこと?」


「何ヵ月か前から囲われてるらしい。」


「誰に?」


「…事務所の社長。」


「そうなの?!」


「それでも男遊びはかなり派手ね。ブレイク前の俳優とかアイドルとかバンドマンとか…とにかくブレイク前のイケメンを手当たり次第狙うらしいわ。`ALISON´のユウなんて、そのうち

のお気に入りの一人くらいにしか思ってないはずよ。」


「そう…でもそれならなんであの記事…。」


「グラドルの子たちにも何人か話聞いたんだけど、あのアヤって子、相当ユウの彼女になるって意気込んでたって。アリシアと付き合ってるの知って、かなり悔しがってたみたいね。なんでこの私よりあんな女がいいのって。本人は気付いてないみたいだけど、同業者の間からも評判悪くて、みんな陰では呆れてたり、いい気味だって思ってたみたい。」


「なるほど…。」


「あれ、熱愛から一連の記事全部、出所同じでしょ。まずは二人の熱愛を世間に広めて、その後ユウを叩き、アリシアを叩き…更にアリシアと野崎の熱愛でしょ?あの二人を別れさせたい人間が仕組んだとしか思えない。悪意感じるよね。特にアリシアの記事はひどい。」


「わかる?」


「私たちもいろいろ調べてみたけど、ユウのこともアリシアのことも悪く言う人間なんて一人もいなかったよ。二人ともすごく真面目で控えめで仕事熱心で…ってみんな言うもんね、人望も厚いみたい。」


「そうでしょ?」


「須藤写真事務所の若い子に話聞けたんだけど、須藤透とアリシアには恋愛とか交際の事実はなかったみたいだしね。あの結婚って言うのも、養子縁組的な感覚じゃない?話聞いてると保護者みたいって思ったもん。」


「そうなの!!」


「それに、その子の話ではアリシアのこと、すごく一途だって。アリシアはユウのことすごく大事にしてるって言ってた。」


「そうなのよ、その通りなの!!」


「マユが言った通りね。このネタ、いただいちゃっていい?」


「もちろん!!あっ、オマケつけようか?」


「うん?お得な感じ?」


「めちゃくちゃお得。私が見てきたことだから間違いないよ。どう?」


「よし、乗った!!」


二人はニヤリと笑い合う。


マユの同僚はノートパソコンを開き嬉々として記事の文章を打ち込むのだった。





トントンと病室のドアをノックする音が響くと、病室のドアを開けてレナが笑顔を覗かせた。


「ユウ。」


「レナ。」


ユウはレナの顔を見た途端に満面の笑みを浮かべた。


タクミがそんなユウのことを見ながらニヤニヤしている。


(嬉しそうな顔しちゃって…ホント、ユウわかりやすすぎ。)


そんなタクミの視線に気付いたユウは、わざとらしくムッとする。


「なんだよ…。」


「ん?何も。」


レナはトートバッグの中からユウの着替えを取り出すと、手際よくロッカーの中にしまう。


「着替え入れといたよ。洗濯物はこれだけ?」


「うん。」


洗濯物をトートバッグにしまうレナを見ながら、タクミが笑みを浮かべて何気なく言う。


「あーちゃん、奥さんみたい。」


“奥さん”と言う言葉に、レナは少し照れ臭そうに笑った。


「そんなたいしたことしてないよ。」


「じゃあ、お母さんだ。」


タクミの言葉に、ユウは思わず呟く。


「それは違う。」


「何?」


「レナをそんなふうに思ったことは1度もない。」


(ユウ…。)


「あーちゃん、この間着てたドレスって、もしかしてウエディングドレス?」


「あ、うん。ブライダルファッションショーに出ることになったの。衣装あわせしてる時にタクミくんから連絡もらって、慌ててそのまま来ちゃったから…。今思うと恥ずかしい…。」


「すごくキレイだったよ?」


「…ありがと…。」


レナのウエディングドレス姿を褒めるタクミに、ユウは軽い嫉妬を覚えた。


「あんなキレイな花嫁さん、見たことないよ。あーちゃん、オレの結婚式で、あのドレス来て隣歩いてくれる?」


「えぇっ?!」


唐突なタクミの言葉に、レナは驚いて目を丸くする。


「それはさすがに…。」


「ダメ?」


「うん…。」


レナは立ち上がって、その場から逃げるようにドアに向かう。


「あの、私、コーヒーでも買って来るね。」


レナが慌ててその場を去ると、ユウがタクミを睨みつけた。


「どういうつもりだ?」


タクミは悪びれた様子もなく笑って、挑発的な目でユウを見据える。


「どういうって…言った通りだけど?」


「オマエ…!!」


「ユウにその気がないなら、オレがあーちゃんをお嫁さんにもらっちゃおうかなーって。」


「ケンカ売ってるのか?」


ユウはタクミを睨みながら低い声で呟く。


「さぁ?なんのこと?だって二人は恋人同士ってだけで結婚してる訳でもないし、オレにもまだチャンスはあるでしょ?」


「それは絶対許さない。」


「そう?でもユウがなんて言ったって、どっちを選ぶかはあーちゃんが決めることだよ?」


「………。」



確かに、レナと結婚の約束を交わしたことは1度もない。


でも、絶対に、レナを誰にも渡したくない。


いつかレナがウエディングドレスを来て笑うのは、自分の隣であって欲しい。



(えっ…?オレ、今…。)



ユウは自分の気持ちに戸惑った。


結婚したいと思ったことなど1度もなかった。


ただレナとずっと一緒にいられればそれだけでいいと思っていた。


(オレ、今…レナをお嫁さんにしたいと思ってた?!)


ユウは初めて湧き起こる感情に戸惑いながら、視線をさまよわせる。


(結婚って…なんだろう?)




レナがコーヒーを買って病室に戻ると、なんとなくユウとタクミの間に不穏な空気を感じた。


(どうしたのかな?)


レナはコーヒーをユウとタクミに手渡し、イスに座ってタブを開ける。


「じゃあ、オレ、そろそろ行くわ。あーちゃん、コーヒーいただいてくね。」


「うん。」


タクミが病室を後にすると、ユウはレナを手招きする。


「ん?」


「こっち、来て。」


レナがコーヒーを台の上に置いてそばに行くと、ユウは左手でレナを抱き寄せた。


「ユウ…どうしたの?」


「うん…。」


ユウは何も言わず、ただレナを抱きしめる。


「レナは、ずっと…オレのそばにいてくれるよな?」


その少し弱気な言葉に、レナはさっきのタクミの言葉に不安になったのだと思い、ユウの体を優しく抱きしめた。


「当たり前でしょ?私にはユウしか考えられないもん。私が好きなのは、ユウだけだよ。」


「うん…。」


ユウはレナの顎に左手を添えると、いつもより少し強引に唇を重ねた。


(レナは、絶対に誰にも渡さない…。)





そして遂に、ブライダルファッションショーの日がやって来た。


ショーに出るためのレッスンを受け、準備万端のはずだが、レナは初めて大勢の人の前に立つことの不安を拭い切れずにいた。


(大丈夫…大丈夫…。)


何度も自分にそう言い聞かせながら、レナは慌ただしくスタッフが出入りする控え室で自分の出番を待つ。


今までこのような場に出たことのなかった自分がショーに出るとなれば、おそらく一連の騒動のことを取材しようと報道陣が色めきたっていることだろう。


(大丈夫…。私は、ユウといることに、やましいことなんてひとつもない。何を言われても、何を聞かれても、絶対に逃げたりしない…!!)


そしてとうとう、レナの出番がやって来た。


(今の私にできることをするだけ…!)



レナは小刻みに震える手でブーケを持つと、大きく深呼吸して、スポットライトの眩しく当たるステージへと足を踏み出した。


ゆっくりとランウェイを歩くウエディングドレス姿のレナの美しさに、誰もが息を飲む。


「キレイ…!!」


「ホント、素敵…!!」


いつか愛する人の隣でウエディングドレスを着て歩くことを夢見る観客の女性たちの、うっとりとした声がレナの耳に届く。


レナは客席に向かってニッコリと微笑んだ。


(私も、いつかは…ユウのために、ウエディングドレスを着られたらな…。)


今まで起こったユウとの様々なできごとがレナの脳裏によみがえり、いつしかレナは涙を流していた。


(リサ…。ユウのためにウエディングドレスを着ることはないかも知れないけど…ユウがずっとそばにいてくれることが、私の一番の幸せだよ…。)


レナは、愛しいユウと温かなリサの笑顔を思い浮かべると、涙を流しながら幸せそうに微笑んだ。


レナが静かにランウェイを去る頃、観客の女性たちも同じように目に涙を浮かべていた。


(私の気持ち…リサに伝わったかな…?)





その頃病室では、ユウがシンヤと一緒にテレビ画面に映るレナに見入っていた。


(レナ…すごくキレイだ…。)


ウエディングドレスを着て、涙を流しながら幸せそうに微笑むレナの姿に、ユウの胸はキュッと音を立てる。


(いつか、ウエディングドレスを着たレナに、オレの隣を歩いて欲しい…。)



幼い頃から極度の人見知りで、目立つことが何より苦手で、いつも人目を避けるように生きて来たレナが、大勢の観客が見つめる中、自分の足で堂々とランウェイを歩いている。


それは相当の勇気がいることだったに違いない。


(レナがこんなに頑張ってるのに、オレは何を怖がってるんだ?!レナがいてくれたら、オレはこの先もずっと前を向いて生きていけるんじゃないのか?!)


ユウは拳を強く握りしめる。


「レナちゃん、キレイだったな。」


「うん…。」


ランウェイでは、いつしかウェディングドレスを身にまとった他のモデルが笑顔で手を振っている。


「オレにとってレナ以上にキレイな花嫁さんなんていないよ…。」


「そうだな。オレにはマユが一番だけどな。」


ユウとシンヤは顔を見合わせると、思わず声を上げて笑い出す。


「シンちゃん…。結婚ってなんだろう?」


「さあなぁ…。」


「シンちゃんたちは結婚しても別々に暮らしてるだろ?寂しくないの?」


「まぁ…そんな時もあるけど…。オレにはマユが自分らしく笑っていてくれたら、それが一番だよ。」


「ホントに?」


「本音を言うと、そろそろもう一度、同じように寝て、起きて、特別なことなんてなくてもいいから一緒に暮らしたいと思ってる。マユがしんどい時は、オレがいるんだってことを、そろそろ気付いて欲しいんだけどさ…。マユ、鈍感だから。」


「そうなの?」


「うん。でも、自分たちらしくやってくよ。」




ショーが終わると、案の定たくさんの報道陣がレナを取材しようと待ち構えていた。


表向きはブライダル業界に初めて進出する`アナスタシア´向けの取材だったが、そこには明らかに違う思惑を持った報道陣が詰め掛けていた。


レナはウエディングドレス姿で報道陣の前に立つと、ニッコリと微笑んだ。


「アリシアさん、今回初めてこのようなショーに出演されましたが、無事に終わられた感想はいかがですか?」


最初の質問はショーに関連する内容だったことに、レナはホッとした。


「とても緊張しました…。母の作ったドレスをたくさんの人に見ていただけて、嬉しく思います。」


レナは緊張の面持ちで答える。


「このウエディングドレスを着た姿を、見てもらいたい方がいらっしゃいますよね?」


(遠回しに来た…!)


「今回は、幼い頃から私のために洋服を作ってくれた母に見てもらいたいと思って、思いきって出演させていただきました。」


レナが答えると、報道陣の質問は次第にヒートアップしていく。


「そろそろ私生活でも、ウエディングドレスを着るご予定があるんじゃないですか?」


「いえ…今のところはありません。」


「もしウエディングドレスを着られるとすれば、お噂になっているお相手、どちらの隣で着たいですか?」


(来た…!)


関係者がショーに関係のない質問を止めようとした時、レナはそれを手で制した。


「世間では私のことがいろいろと記事になったりしているようですが、身に覚えのないことが多すぎて…。私にはやましいことは何もありませんから、嘘を言うつもりもありませんし逃げも隠れもしません。曖昧に言葉を濁すのはかえって誤解を招くので、ハッキリ聞いていただいて結構ですよ?」


レナが堂々とした態度でそう言うと、報道陣からは質問が矢継ぎ早に飛んだ。


「では、野崎さんとの熱愛は?」


「ありません。」


「あの写真に関してはどうですか?」


「あれは、写真集の撮影のお仕事でご一緒させていただいて、その打ち上げが終わった後に、私の足元がふらついて倒れそうになった所を助けていただいただけです。」


「野崎さんサイドは、アリシアさんとはいい関係だとおっしゃってますが?」


「確かにいいお仕事をさせていただきましたので、仕事の上での良い関係が築けたという意味だと思います。」


(口説かれたことは伏せておこう…。)


「ユウさんとはいかがですか?お二人の熱愛が報じられてからもいろいろな記事が出ましたが…その後お二人が別れたという噂もありますが。」


「彼とは…確かに、一連の騒動がきっかけでいろいろとありましたが…今までもこれからも、私には彼しか…ユウしかいません。」


「ユウさんの女性関係についてはどう思われていますか?」


「そのことについては、確かに彼のしてきたことは良いことではないと思っていますが…どうしてそんなことをしていたのか、私はすべて承知の上で付き合っていますので、私と付き合う前のことを、とやかく言うつもりはありませんし、絶対に浮気しないと約束してくれたので、私は彼を信じています。」


「アリシアさんと須藤透さんとの婚約破棄に関してはいかがですか?」


「確かに須藤さんとは一時婚約していました。でもそれは、恋愛の延長にあった約束ではなく…保護者のような感じです。そのときはまだユウとは離れ離れで、生きているのかさえもわからなくて…。須藤さんには幼い頃からお世話になっていましたので、人見知りの私が須藤さん以外のカメラマンの方との仕事が苦手だったこともあって、私が一人になるのを心配して、ニューヨークで一緒に暮らそうと言って下さっただけなんです。わかりやすく言うと養子縁組みたいなものです。ニューヨークに行く直前にユウと10年ぶりに再会して…一度は須藤さんとの約束を守るためにニューヨークに行きましたが…幼い頃からユウを想ってきた私の気持ちを大切にして下さった須藤さんが、日本に帰って自分の手で幸せを掴めと、背中を押して下さったんです。」


レナが言葉を発するごとに、カメラのフラッシュが瞬く。


「それでは、アリシアさんの本命の方はユウさんと言うことですか?」


「本命というか…。最初から、私にはユウしかいませんよ?私は…ユウを、愛してますから。この先もずっと、彼と一緒にいることしか考えてません。」


「それではお二人の結婚は秒読みと言うことでよろしいですか?」


「いえ…。それは…まだそんな話はしたことがないので…。でも、彼が望んでくれるのであれば、私は…ずっと、彼の…ユウの隣で、彼を支えて生きて行きたいと思ってます。」


堂々と言い切るレナの姿に、報道陣が言葉をなくした。


「今の私に話せるのは、これがすべてです。これで、わかっていただけましたか?」


レナが報道陣に深くお辞儀をして立ち去ろうとした時、一人のリポーターが大きな声でレナに問い掛けた。


「アリシアさん!最後に…今、幸せですか?」


レナはその言葉を聞くと、穏やかに微笑んだ。


「ハイ…とっても。」


レナは報道陣に背を向け、その場を後にした。


(私にできることは全部した…。)



控え室に戻ると、緊張の糸が切れたように急に力が抜けて、レナはへなへなとその場に座り込む。


(はぁ…緊張した…。あんな人前で、ユウを愛してますなんて…考えたらものすごく大胆な発言だった…。)


レナは先程の自分の発言を思い出した途端に顔を赤くして、火照った頬を手であおぐ。


「レナ。」


リサが控え室のドアを開けてレナに近付いて来て、レナをギュッと抱きしめた。


「ショー、素敵だったわよ。さっきのインタビューも、堂々としてかっこよかった。」


「うん…ありがと…。でも、ショーに出るのはこれが最初で最後だよ?」


「ハイハイ。」


リサはレナの頭を優しく撫でる。


「あんなに人見知りで人前に出るのが苦手だったレナがね…あんなに大勢の人の前で、こんなに堂々として…。大切な人のためなら、レナはこんなにも強くなれるのね…。」


「ショーに出たのは、リサのためだよ。」


「ありがとう…。」


リサはレナを抱きしめながら、目に涙を浮かべた。


「いい娘を持って、私は幸せよ。」





ユウは、病室のテレビでレナのインタビューを見て呆然としていた。


「すげーな、レナちゃん…。」


「うん…。」


(レナ、かっこ良すぎるだろ…。)


レナが“ユウを愛してますから”“最初から私には彼しかいませんよ”と、堂々と言い切ってくれたことが、ユウには嬉しかった。


(ホントにまっすぐだな…。)


“彼が望んでくれるなら、私はユウと一緒に生きて行きたい”と、レナは言ってくれた。


こんなどうしようもない自分を、隣で支えて行きたいと、言ってくれた。


(オレも、この先もずっと、レナと生きて行きたい…。レナを支えて、守って行きたい…。)


何度も交わしたはずの“ずっと一緒にいよう”と言う言葉とは、また違う。


誰よりもそばで、レナを愛し続けたい。


“どんなことも二人ならきっと乗り越えられるよ。”


レナが言ってくれた言葉が、またユウの心を温かく満たしてくれる。


(オレ…レナを、幸せにしたい…。)




ブライダルファッションショーを無事に終えたレナは、カメラマンの仕事に復帰した。


ワイドショーでは、ファッションショーの後のレナのインタビューが取り上げられ、また違った騒ぎを見せていた。


(結局は取り上げられるのね…。)


でも、以前の心ない記事とは違い、今回はレナ自身の言葉が世間に広まり、妙な誤解を招くことはなかった。


(本当のことしか言ってないからね。ちょっと清々しいかも…。)



レナはユウが退院するまで、リサのマンションで暮らすことにした。


相変わらずリサは多忙だったが、親子で過ごせる貴重な時間を大事にしたいと思ったからだ。


日本での仕事を終えた直子は、ファッションショーを見た後、レナに“ユウをよろしくね”と言い残してドイツへ帰って行った。


いつか、愛するユウの母が、自分にとって大切な二人目の母親になる日がくればいいなとレナは思った。



そして数日後。


ユウの記事に載っていた涙の告白をしたグラドルがアヤであることが、世間に知れ渡ることになる。


その男遊びの激しさや愛人として事務所の社長に囲われていること、ユウに選ばれなかった恨みをユウとレナにぶつけ、別れさせるために一連の騒動を企てたことなどが、ユウとレナの記事を掲載した週刊誌とは、別の週刊誌に掲載された。



更に、ユウが事故にあった時にレナがショーで着るためのウエディングドレスを着て病院に駆け付け、涙ながらにユウの手を握り、意識が戻るのを祈っていたこと。


幼なじみだった幼い頃から二人が想いを寄せあって来たこと。


10年もの長い間、音沙汰のなかったユウのことをレナが一途に待ち続けたこと。


一度は諦めようとした初恋が実を結んで付き合い始めたことなど、ユウとレナの純愛を綴った記事が、レナのインタビューの内容と共に掲載された。



(私とユウのことまで…。一体、どこでこんなこと調べるの?!)


発売元を見て、レナは唖然とした。


(これ…マユの勤め先の出版社!!)


レナは週刊誌を手に苦笑いを浮かべる。


(マユが私たちのためにしてくれたことなら…ちょっと恥ずかしいけど、それもまた良しとするかな…。)


レナは、本当にいい友達を持ったと心からマユに感謝した。


(私はたくさんの大切な人たちに支えられて生きてるんだな…。)




マユが編集長を務める女性向けファッション情報誌でも、先日のブライダルファッションショーの記事が掲載された。


その中でも、レナのウエディングドレス姿はダントツの評判だった。


誌面を飾る自分のウエディングドレス姿に、レナには少しの照れ臭さと複雑な思いがあった。


(ウエディングドレスは…これが最初で最後かも知れないな…。)




ファッションショーとインタビューを終えた後、ユウは、テレビで見てたよと言ってくれた。


とてもキレイだったとも言ってくれた。


でも、自分の隣でウエディングドレスを着て欲しいとは、言ってくれなかった。


(仕方ないかな…。こればっかりは、相手あってのことだもんね…。)


それでも、インタビューでレナが語ったユウへの想いは、ほんの少しだけでもユウの心に届いたのかも知れない。


嘘偽りのないユウへの想いが、いつかユウの心の深い所へ届くといいなとレナは思った。




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