すれ違うどころか…
「ユウ、起きて。」
レナは優しくユウの体を揺する。
起きる気配のないユウを見つめ、レナはため息をついた。
「ユウ…。」
夕べもユウは、なかなか眠れなかったようだ。
やっと寝付いたと思ったら、夢を見てうなされていたらしい。
レナが起きてリビングに行った時、テーブルにはウイスキーのボトルが置かれていた。
きっとユウが飲んだのだろう。
(ユウのつらそうな顔を見てると、私もつらいよ、ユウ…。)
レナはそっとユウの頭を撫でる。
ユウはいつもこうして、優しく頭を撫でてくれた。
そして、長い腕でギュッと抱きしめてくれた。
その度にレナは、ユウの優しさと温かさに包まれているようで安心する、と思っていた。
(今、ユウのために私ができることはなんだろう?)
レナは眉間にシワを寄せ苦悶の表情を浮かべて眠るユウの頬を撫でると、うっすらと瞳に涙を浮かべながら唇をそっと重ねた。
(ユウ…私はずっとユウのそばにいるよ…。)
その日、仕事が休みだったレナは、洗濯や部屋の掃除をして、午前中を過ごした。
ひとしきり家事を終えると、時刻は11時を回っていた。
(さっき起こしてから2時間は経つけど…ユウ、まだ寝てるのかな?)
レナがそっと部屋を覗くと、ユウはベッドに横たわっていた。
「ユウ…起きてる?」
声を掛けても、ユウはただ黙って目を閉じている。
「ユウ、寝てるの?」
もう一度声を掛けてみるが、ユウからの返事はない。
レナはまた、優しくユウの頭を撫でる。
(最近、ユウの笑った顔、見てないな…。)
レナを見つめて優しく笑うユウの顔を思い出して、レナはため息をついた。
「ユウ…。」
優しく髪を撫で、そっとユウの頬にキスをした時。
レナはユウの手に肩を捕まれ、強く押し返された。
(えっ…?!)
ユウはレナから手を離すと、背を向けてポツリと呟いた。
「ごめん…ほっといて…。」
「………ほっとけないよ…。」
レナが小さな声で呟く。
「頼むから…ほっといて…。」
思いがけないユウの言葉にレナはしばらく呆然と立ち尽くした後、泣き出しそうになるのをこらえながら静かにユウの部屋を後にした。
(ユウ、どうして…?どうしてそんなこと言うの?)
ユウはひとりになった部屋で、ごろりと寝返りを打つ。
(ごめん…。でも今は、レナに優しくされるほどつらいんだ…。)
またレナを悲しませてしまっただろうなと思いながら、ユウはため息をついた。
(レナは何も悪くないのに…。)
頭ではわかっているのに、大好きなレナさえも遠ざけてしまうほど、ユウの心は暗闇の中をさまようように何も見えない…いや、自ら目を閉じて何も見ようとはしなくなっていた。
(レナはこんな情けないオレが好きなんじゃない…。)
(どうすればいいのかわからないよ…。)
レナはリビングのテーブルに頬杖をつきながら、さっきのユウの言葉を思い出す。
ユウがどんどん自分から遠ざかって行ってしまうような不安と寂しさがレナを襲う。
翌日からは撮影の仕事で3日ほど海外に行くため、家を空けることになるのだが…レナは、その間にユウがもっと遠いところへ行ってしまいそうな気がした。
(このまま離れてしまいたくない…。)
翌日。
レナは野崎の写真集の撮影のため、海外へと飛び立った。
頭の中はユウのことでいっぱいだったが、レナはどうにか気持ちを切り替えて、仕事に没頭する。
休憩時間になると、レナは木陰で水を飲みながら、ユウはどうしているだろうと考える。
(ちゃんと食べてるかな…。)
そばにいることを拒まれても、レナはユウがいない毎日なんて考えられない、と思う。
どうすれば元のように笑い合えるのだろう?
どうして急にこんなことになってしまったのだろう?
レナは答えのない迷路をさまようように、胸に湧き上がるたくさんの疑問符を抱えながら、ユウのいない3日間を過ごした。
ユウは、レナのいない部屋で一人、ぼんやりとタバコを吹かしていた。
カレンダーには、レナが書き込んだ“海外で撮影”の文字。
レナが突然帰って来なくなったことをユウが心配しないように、レナが書き込んだのだろう。
(レナがいなくて寂しいはずなのに、オレ、レナがいないことにホッとしてる…。)
長い間恋い焦がれて、やっと手に入れたはずのレナとの恋。
とても幸せだったはずのレナとの時間。
もう2度と離さないと思っていたはずの、愛しいレナ。
それなのに…。
レナを傷付けてばかりの自分が情けなくて、許せない。
ずっと一緒にいようと言いながら、確かな将来の約束もできない、不甲斐ない自分。
ユウは、シンヤに言われた言葉を思い出す。
“結婚”の二文字が、ユウに重くのし掛かる。
(シンちゃん…、こんなオレじゃ、レナを幸せになんてできないよ…。だって、オレは…。)
お互いが愛し合ってさえいれば、ずっとこのまま一緒にいられると思っていた。
一緒に暮らして同じ時を重ねていれば、それだけでいいと思っていた。
でも…。
レナはどう思っているのだろう?
一度は自分以外の男と結婚することを決め、自分から離れて行ったレナ。
きっと彼なら、幸せな未来をレナに与えることができただろう。
(それなのに、レナはどうしてこんなどうしようもないオレを選んでくれたんだろう…。)
レナが海外から帰った後も、同じ部屋に暮らしながらユウはレナを遠ざけた。
そばにいながらどうすることもできない寂しさを抱えたまま、レナは今日も仕事に向かう。
その日、野崎の写真集の撮影がすべて終わり、野崎やスタッフたちと打ち上げをすることになった。
会場に用意されたのは、都内でも有名なホテルのレストランだった。
(人気俳優ともなると、打ち上げもおしゃれと言うか…。)
テーブルに並べられた豪華な料理と、高そうなワインを口にしながら、レナはぼんやりと手元を見つめる。
(全然おいしく感じない…。)
おいしいと評判の有名なホテルのレストランの料理なのに、レナにとってはユウと笑いながら一緒に食べるいつもの夕食の方がずっとおいしく感じられた。
(まぁ…最近ユウとは食事も一緒にできてないんだけど…。)
レナはワインを飲みながらため息をついた。
「どうかしました?」
気がつくと、いつの間にか隣には野崎がいた。
「いえ…。」
元々、極度の人見知りだったレナだが、何かとレナに対して距離を詰めてくる野崎が、レナは苦手だった。
仕事だからと真剣に撮影には臨んだが、それ以外のところではレナはできるだけ野崎と距離を取るようにしていた。
「さぁ、どうぞ。もっと飲んで。」
「はぁ…。」
野崎がやや強引に、レナのグラスにワインを注ぐ。
「今回は御一緒できて本当に良かったです。高梨さんのことがずっと気になっていたので。」
(私のこと?写真じゃなくて?!)
レナは野崎の不自然な言葉に、若干の違和感を抱いた。
(まぁ…撮影も無事に終わったし、特におかしなこともなかったんだから…。)
レナは違和感を拭うように、なみなみと注がれたグラスのワインを飲み干した。
打ち上げも無事に終わり、ホテルを出ようとした時。
ユウのことを考えながらワインを飲んでいたせいか、少し飲み過ぎてしまったレナの足元がふらつき、倒れそうになってしまった。
(危ないっ!)
その瞬間、いつの間に隣にいたのか、レナの体は野崎に抱き止められていた。
(えっ…?!)
執拗にレナを強く抱きしめる野崎の腕から、レナはなんとか逃れようと体をよじる。
「あのっ…もう、大丈夫ですから!!」
レナが必死で野崎を押し返すと、野崎はレナの耳元に顔を近付けて囁いた。
「二人っきりになれるところ、行かない?」
野崎の言葉に身震いすると、レナは勢いよく頭を下げる。
「結構です!!お疲れ様でした!」
湧き上がる嫌悪感と、野崎に抱きしめられた感触がレナを襲う。
(何あれ…?!行くわけないでしょ!!)
レナは足早にその場を去り、駅へと向かう。
しかし電車は事故のため止まっており、タクシー乗り場にも長い列ができていた。
(最悪…。)
どうしたものかと立ち尽くしていると、不意に周囲からの視線を感じる。
「あっ、やっぱりそうだよ!」
「ほら、モデルのアリシア!!」
「ああ、あの?」
(まずい…。)
レナは踵を返すと、スマホを取り出しマユに電話をかける。
「もしもし?こんな時間にどうしたの?」
レナは電話越しに聞こえるマユの声にホッとして、先ほど駅であったことを説明した。
「そこから近いし、うちに泊まれば?」
「そうさせてもらえると助かる…。」
レナは電話を切ると、急いでマユの家に向かった。
マユの家に着きシャワーを借りたレナは、リビングでやっと一息ついた。
「お疲れ様。1本くらい大丈夫でしょ?」
マユが缶ビールを差し出す。
「うん…ありがと。」
差し出された缶ビールを受け取ると、レナはタブを開け勢いよくビールを飲んだ。
「はぁ…。」
「大変だったわね。」
マユも隣に座り、ビールを飲んだ。
「ねぇ、マユ…。俳優の野崎恭一っているじゃない?」
「うん。どうかした?」
「あのね…。彼の写真集の撮影をしたんだけど…。」
レナは順を追ってマユに説明した。
初対面から強引に手を握られたことや、やたらと距離を詰めてくること、さっきの打ち上げでもいつの間にか隣にいて強引にワインを勧められ、レナのことが気になっていたと言われたこと、その上ホテルを出る時に抱きしめられ、口説かれたこと…。
思い出しただけでも、レナの胸にはまた嫌悪感が込み上げて来る。
「野崎恭一ねぇ…。手が早いって、業界では有名よ。」
「そうなんだ…。」
自分を口説くために写真集のカメラマンに指名したのかと思うと、レナはまた身震いした。
「でも、撮影は今日で終わったんでしょ?」
「うん。」
「じゃあ、次からはお断りすることね。」
「そうする。」
レナは缶ビールをテーブルに置くと、スマホを取り出してユウに短いメールを打つ。
“今日はマユの家に泊まります。”
メールを送信すると、レナはため息をついた。
「その後、片桐とはどうなの?」
「うん…。私、どうしたらいいんだろ…。」
「ちゃんと話して?」
「うん…私、ユウに避けられてるみたい…。」
レナは、ユウに“頼むからほっといて”と言われたことや、その後も顔も合わせてくれないことを話した。
「すれ違いってよく言うけど…私たちの場合、私がどんなにそばに行こうとしても、ユウが一方的に私に背を向けてる感じで、すれ違うこともできないんだよね…。」
「また片桐のやつ、どうにもならないことを悩んでるのね…。」
「そばにいるのに、どうすることもできなくて…。私はユウのそばにいたいのに、ずっと遠ざけられてる感じなの。」
「うん…そうなんだ…。」
マユは険しい顔をして、うーんと唸る。
「また悪い方へ悪い方へ考えて、自分でもどうしていいのかわからなくなってるんじゃない?後悔してもどうにもならないことで自分を責めて…。自分だけじゃなく、レナのことまで悪い記事書かれたでしょ?」
「そうだけど…。ユウが悪いわけじゃないのに…。」
「絶対、離れちゃダメよ!レナがそばにいればいつか片桐も目が覚めると思うから。」
「うん。私はユウから離れる気はないよ。でもユウが…私といるの、つらいみたい…。」
「どうしたものかしらね…。」
そこでマユは、あることをふと思い出す。
「片桐のこと書いたあの記事…。なんか胡散臭いんだよね。」
「胡散臭い?」
「あのグラドルの涙の告白っての?そんなことして、誰が得すると思う?名前は伏せてあったけど、付き合う約束もしていない男に体を許したんだから、自業自得だと思わない?人気商売なんだから、もし突き止められたとしたら、イメージダウンになると私は思うの。」
「言われてみれば…。」
そこでレナは、ユウと付き合う前や付き合ってすぐの頃に、ユウがたくさんの女の子たちに迫られていたことを思い出し、マユに話すことにした。
「再会した日もね…グラドルのエミリって子に迫られて、キスをねだられてた。」
「アンタ見てたの?」
「うん…。見るつもりはなかったんだけど、成り行きで。ユウ、適当にハイハイって返事して、その子とキスしてた。」
「アイツ…。他には?」
「グラドルの子たちを撮影した時に、アヤって子がね、他の子たちと話してるのが偶然聞こえちゃったんだけど…。彼女、ユウと、したんだって…すごくオープンに話してたんだけど…。バーでユウにあったのに素っ気なくて、キスもしてくれなかった、とか…。ユウのこと…背が高くてかっこよくて、その……エッチがスゴイとか…彼女になりたいとか…。」
「そんなこと言ってたの?!」
「うん。他にもグラドルの子たちの間で何人かユウとエッチした子がいるから負けたくないとか…。それにね…。」
「まだあるの?」
「うん…。そのバーにユウがいた時、私も一緒にいたの。それを見て、高梨さんは胸も色気もないから、もし彼女だとしても簡単に奪えるとか…。」
「レナ、そんなこと言われたの?!」
「うん…。付き合い出してからも、他のグラドルの子に迫られてたり、歳上ふうの大人っぽい美人にも迫られてた。」
「それって、全員一度は寝た相手ってこと?」
「そうみたい…。」
「めちゃくちゃね…。」
マユは呆れて肩をすくめる。
「でもね…ユウが言うには、誰でも良かったから、相手に誘われるまま、そういう関係になってたみたいで…。自分から迫ってたわけじゃなさそうなんだよね…。私と再会してからは、そういう誘いにはまったく応じてないみたいだし…。」
「でしょうね。レナと、夢の中でもいいから会いたかったんでしょ?」
「知ってるの?」
「タクミに聞いた。ロンドンにいる頃、その話聞いたんだって。片桐、うわごとで“レナ、ごめん”ってよく言ってたらしいわ。」
「そうなんだ…。」
「目の前にレナがいるのに、他の子とするわけないもんね。誰と何してもドキドキしないし、心がないから気持ち良くもなかったって、片桐言ってた。」
「うん…。」
レナとユウが初めて体を重ねたあの夜、ユウは“すごくドキドキしてる。本当に好きな子とは初めてだから”と言っていた。
ユウの速い鼓動が、ユウの胸に押し当てられた耳にトクトクと響いたことを、レナは今でも覚えている。
「ユウのしたことは、確かにいいことではないけど…相手もユウの体が目当てだったんなら、お互い様なんじゃないのかなぁ…。」
「だよね。私は、その、アヤって女が怪しいと思う。」
「怪しい?」
「だってさ…片桐の彼女になれる自信があったから他の子たちにも話してたんじゃないかなって。しかも片桐が、自分なら絶対に勝てると思ってたレナと付き合ってるの知って、結果、仲間たちの手前、恥かいてるわけだしさ。」
「そうなのかな…。」
「どうかしらね。ちょっと、アヤって女の回り、探り入れてみるわ。私も気になるし、レナをけなされてかなり腹立ってるし。」
「うん…ありがと…。」
「じゃ、そろそろ寝ようか。明日の朝は、ここから仕事に行くの?」
「明日は出社時間ゆっくりだから、一度帰ろうかな。」
「私は8時前には出掛けるけど、私と一緒に出る?」
「そうする。」
「じゃ、おやすみ。」
「おやすみ。」
布団に入って間もなくすると、レナの寝息が聞こえて来た。
マユは常夜灯のオレンジ色の灯りの下で、レナの寝顔を眺めていた。
(かわいそうに…。疲れた顔してる…。)
あんなに幸せそうに笑っていたレナが、今はユウを想って苦しんでいる。
(どうにかしてあげたいけど…こればっかりは二人で乗り越えるしかないのよね…。)
苦しんでいる親友の二人を思うと、やるせなさだけがマユの胸に込み上げた。
(とりあえず私ができることをやるしかない。それが少しでも二人の助けになるなら…。)
翌朝。
マユと一緒に出掛けたレナは、タクシーで一度家に戻った。
(ユウ、まだ寝てるだろうな。)
鍵を開けて静かに部屋に入ると、ユウはリビングのソファーでうたた寝をしていた。
(ユウの顔…久し振りに見る気がするな…。)
レナはユウを起こさないようにそっと近付いて、見慣れたはずの愛しい人の寝顔を見つめる。
(ユウは、私のこと…もう嫌いになっちゃったのかな…。こんなに近くにいるのに、ユウがすごく遠い…。)
レナの目に映るユウの寝顔がにじんで歪んだ。
(こんなに好きなのに…。)
レナの目からは涙がこぼれ落ち、疲れのにじむその頬を伝って行く。
さっきまではそこになかった人の気配に、ユウはうっすらと目を開ける。
(レナ…泣いてる?)
傍らで静かに涙を流すレナを、ユウは今すぐ抱きしめたいと思った。
でも、今レナを泣かせているのは、他でもない自分自身だ。
(オレにはそんな資格ない…。)
ユウは泣いているレナから目をそむけるようにして立ち上がり、自分の部屋へ戻ろうとした。
(ユウ…!!)
レナは寂しさややるせなさ、胸に溢れるたくさんの気持ちが抑えられなくなり、ユウの背中に抱きついて、細い腕にギュッと力を込める。
(レナ…。)
ユウは背中にレナの悲しみを感じながら立ち尽くす。
「ユウ…どうして何も言ってくれないの?私たち、ずっと一緒にいたのに…ユウがつらい時、私はそばにいちゃいけないの?」
「……。」
何も答えないユウにレナの胸は激しく痛んだ。
「…何も、言ってくれないんだね…。」
レナはユウを抱きしめる腕をそっとほどくと、静かに呟く。
「ユウはもう…私のこと…嫌いになっちゃったの…?」
レナの悲しそうな声が、ユウの心をギュッとしめつけた。
(違う…!!オレは…!!)
ユウが振り返ると、自分の部屋へ戻るレナの背中が小さく震えていた。
(ごめん、レナ…。)
ユウは自分の部屋へ戻ると、ベッドに身を投げ出して、静かに目を閉じる。
(あんなこと言わせたかったんじゃない…。)
本当は、泣いているレナを強く抱きしめて、レナが好きだと言いたかった。
でも、ユウには自信がなかった。
自分と一緒にいることが、レナにとって本当に幸せだろうか?
自分は本当にこの先ずっと、レナを愛し続けることが、できるだろうか?
(だって、オレは……オレも、一人の人を愛し続けることができないかも知れない…。)
あれから二人はなんとなく顔を合わせることもなく、数日が過ぎた。
そばにいても何も言ってくれず、自分に背を向けるユウと一緒にいることがつらくなったレナは、朝早くから仕事に出掛け、夜遅くに帰った。
それはまるで、ただ寝るためだけに部屋に戻っているようだった。
その日の夜、翌日が休みだったレナは、マユの家に泊まることにした。
マユと二人で 夕食を作り、できあがった料理をテーブルに並べて食事をした。
「レナ、ちゃんと食べてる?また痩せたでしょ?」
「うん…。最近ユウが一緒に食べてくれないし食欲ないから、つい適当に済ませたり食べなかったり…。」
「それは良くないな。今日は私と一緒なんだし、しっかり食べて!」
「うん。」
優しい味付けの煮物や温かい汁物、お浸しなど、野菜をたっぷり使った和食の献立は、疲れきったレナの心まで癒してくれるようだった。
食事を終えた二人は夕食の後片付けと入浴を済ませると、寝る支度を整えた寝室でのんびり寛いだ。
寝室のテーブルにワインを持ち込み、ワインを飲みながら、他愛もない話をする。
それはまるで、レナが現実から目をそむけようとしているようにも、核心に触れることを避けようとしているようにも思えた。
ワインのボトルが空き、マユが2本目のボトルからレナのグラスにワインを注ぐと、レナは少し考え込むようにグラスの中のワインを見つめた後、勢いよくそれを飲み干した。
そしてレナは、テーブルに突っ伏して目を閉じると、静かに呟く。
「私たち、もうダメなのかなぁ…。」
「何言ってるの…。」
マユは優しくレナの背中を撫でる。
「嫌われちゃったみたい。ユウ、何も言ってくれないの。一緒に暮らしてるのに、全然顔も合わせないんだよ、おかしいでしょ?」
レナは自嘲気味に笑う。
「もう、疲れた…。」
「レナ…。」
レナの閉じたまぶたから、涙がこぼれ落ちた。
親友のマユの前でも1度も涙を見せたことのなかったレナが、マユの前で静かに泣いている。
「泣きたい時は、泣いていいのよ…。私はずっと、レナから離れたりしないから。」
「うん…。」
レナはマユの胸で小さな嗚咽を漏らしながら泣いた。
そうして泣き疲れて眠ったレナの背中を、マユは母親のように優しく撫でた。
「レナ…ゆっくりおやすみ…。」
マユはレナをそっと布団に寝かせると、子供のように眠るレナの寝顔を見つめながら、優しく頭を撫でたのだった。
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