渦中のひと

ユウとレナの熱愛報道が初めて出た日から1週間が過ぎた。


報道陣の数は最初ほど多くはなくなったものの、他の雑誌やテレビ番組でもたひたび二人の熱愛の話題が取り沙汰されたこともあり、レナもユウも別々に行動していても、どこにいても誰かに気付かれて指を指されてしまう。


インターネット上でも二人の名前が飛び交い、どこで見掛けたとか、何をしていたとか、本人たちが思っているより世間の目に晒されているのだと思ったのだった。



「それにしてもビックリしたわよー。」


マユがおかしそうに笑うと、レナは大袈裟にため息をついた。


「他人事だと思って…。」


「まぁ、他人事と言えば他人事だけど、逆パターンで、明日は我が身ね。」


「ああ…。三浦くんと別居中だもんね。」



レナの小学4年からの親友、佐伯麻由は、高校時代の友人で作家の三浦慎也と3年半前に結婚したのだが、雑誌の編集長をしている多忙なマユにとって、やらなければいけないのにできないことや、してあげたいのにできないことが多くなってしまい、一緒に暮らしていると次第にイライラが募ってうまくいかなくなったようで、今はお互い納得の上で別居婚と言う形を取っている。


それでも時間と気持ちの余裕がある時には夫婦らしく一緒に過ごしているらしい。


今年の春、シンヤの小説がドラマ化されたこともあり、雑誌での小説やエッセイなどの連載が更に増え、シンヤもまた多忙な日々を送っているようだ。



今日は、珍しくレナ、ユウ、マユ、シンヤの4人の時間の都合がついたので、久し振りにシンヤの部屋に集まっていた。


4人は、レナとマユの手料理を囲んで、ビールやワインを飲みながら、賑やかな夕食を楽しんだ。



ひとしきり飲んだ後、時間が遅かったこともあり、マユだけでなくユウとレナもそのままシンヤの部屋に泊まることになった。


久し振りに男同士、女同士の話をしようと男女で部屋を別れた。



シンヤはベッドに、ユウは布団に横になると、二人はまるで高校生の頃のように話し始める。


「二人が付き合い始めて、もうどれくらいになるんだっけ?」


シンヤが何気なくユウに尋ねる。


「半年かな。」


「うまくやってんだろ?」


「うん。」


「逆に、よく半年も話題にならなかったもんだ。オマエらのバンド、デビューしていきなり大人気だったじゃん。」


「まぁ…。そうとも言えるかな。ヒロさんのお陰で出だしから順調過ぎたから。」



ヒロは実力派の人気ミュージシャンで、若き日の`ALISON´の5人を発掘してロンドンに連れて行き、自分の元でミュージシャンとして育てた、言わば育ての親のような、恩人とも言える人だった。


10年間、ロンドンで経験を積んだ彼らを日本でデビューさせたこともあり、彼らの日本での音楽活動は華々しいデビューから始まり、新人らしからぬ実力と人気で世間を騒然とさせた。



「急に姿を消して、10年経って現れたら人気バンドのギタリストだもんな。おまけにレナちゃんと一緒に暮らし始めたとか言って、ホントにビックリしたよ。」


「もう、その話はいいじゃん…。」


ユウは照れ臭そうに頭を掻く。


1年留学していたことからシンヤの方が1つ歳上だが、高校2年の時からの同級生で、同じ軽音部に所属していた二人は気の合う親友となり、あの頃のユウのレナへの想いを一番よく知っているシンヤにとって、ユウの長かった初恋が実を結んだことは、とても嬉しいことだった。


「で、今後のことはどうすんだ?」


「今後のこと?」


突然のシンヤの問い掛けにユウは首を傾げる。


「もういい歳じゃん。子供じゃねぇんだし、一緒に暮らしてんだから必然と考えないか、結婚とか。」


「………。」


“結婚”と言う言葉に、ユウは複雑に表情を曇らせた。


「考えてねぇのか?」


「考えたことないよ…。まだ付き合って半年だし…。ずっと一緒にいたいとは思ってるけど、結婚って考え、まだオレの中にはない…。」


「そうなのか?」


「うん…。」


ずっとレナを好きだったユウなら、今すぐにでもレナをお嫁さんにしたいとでも言うかとシンヤが思っていたのに対し、歯切れの悪いユウの言葉に、ユウの中には結婚に対して何か複雑な思いがあるのかも知れないとシンヤは思うのだった。



一方、レナとマユもパジャマに身を包み、布団を並べて横になると、のんびりと寛いでいた。


「それにしても災難だったわね。」


「週刊誌?」


「そう。考えてみたら、なんで今このタイミング?って思うわけ。」


「どういうこと?」


レナはマユの言葉に首を傾げる。


「こんな仕事してるとさ、いろいろ耳に入るのよ。レナと片桐のことなんて、私たちの業界では前から噂にはなってたけど…。やっぱり片桐と言いレナと言い、後ろ楯が大きいじゃない?二人の素行が特別悪い訳でもないし、みんな知っててもそっとしてる感じだったわね。」


「そうなの?」


思ってもいなかった事実にレナは愕然とする。


「だから、あの質の悪い低俗な写真週刊誌が、事務所になんの了承もなく写真をスッパ抜いたってことは…。」


「どういうこと?」


「うん…何か企んでるんじゃないかと心配なんだよね…。もっと大きな話題になるようなネタを隠してるんじゃないかとか…。」


「まさか…。」


レナは不安そうに黙り込んでしまう。


「まぁ、わかんないわよ。私の思い過ごしかも知れないし、ただ単純にロクなネタがなくて苦肉の策だったのかも知れないしね。」


レナをあまり不安にさせてはいけないと思い直し、マユはレナの肩をポンポンと叩く。


「うん…そうだね…。私たち、一緒にいて、何もやましいことなんてないもん…。」


レナは自分に言い聞かせるように呟いた。


「だよね!この話はもうやめにしよっか。」


マユは努めて明るい声を出し、話題を切り替える。


「で、最近片桐とはどんな感じ?」


「どうって…普通だよ?」


「その普通が聞きたいの!」


マユは冷やかすように肘でレナの体をつつく。


「んー…。一緒に寝て、起きて、ご飯を食べて…この間は、ユウが晩御飯作って待っててくれた。」


「片桐ってそんなこともするの?」


「うん。ユウ、料理上手だよ。昔よく二人で料理したりもしたから、自然と身に付いたのかも。」


「へぇ…意外。」


「そう?」


「それで?他には?」


マユは恋バナに花を咲かせる女子高生のように、ウキウキした様子でレナの言葉を待つ。


「他にって…。」


「やっぱり片桐って、レナと二人っきりの時は甘いの?」


「甘い?」


「うん。超甘々な感じ?昔っから片桐って、見てるこっちが恥ずかしくなるくらいレナにだけは甘かったもんね。」


「そうなの?」


「まさかの無自覚?!」


「私にとってのユウは、昔からいつもあんな感じだったよ。誰よりも優しくて頼りになって…温かくて…。でも、今は昔よりもっとそう思う。」


そう言って幸せそうに微笑むレナを見て、マユはやれやれとでも言いたげに肩をすくめる。


「恥ずかしくて聞いてらんないわね…。」


「マユが聞いたんでしょ…。」


レナが恥ずかしそうに頬を染めるのを見て、こんな恋する少女みたいな顔をするレナは、昔のレナからは考えられないとマユは思った。


「幸せなんだ。」


「うん…すごく、幸せ…。」


子供の頃から二人を知るマユにとって、二人が幸せならそれ以上のことはない、と思えた。


「結婚の話とか、したりする?」


マユの問い掛けにレナは静かに首を横に振る。


「そういう話は、まだ1度もしたことないけど…ずっと一緒にいようって、いつも言ってくれる。」


レナの言葉を聞いて、今度はマユが首を傾げる。


「それって、結婚とは違うのかな?」


「わかんないけど…。まだ付き合って半年だし…ユウとずっと一緒にいられたら、私はそれだけで幸せだよ。」


ストレートなレナの言葉に、マユはなんだか少しレナのことが羨ましく思えた。


「はぁ…。もう寝よ。聞いてるこっちが恥ずかしいわ。」


「えぇっ…。マユから聞いてきたのにヒドイ…!!」


「ハイハイ、わかったわかった。レナは片桐のことが好きで好きでしょうがないってことだけは、本当によく伝わったよ。」


マユは勢いよく布団を被ると、静かに目を閉じた。


「アンタたちは、ずっとそのままでいてね…。」


「ん…?うん…。」


小さく呟いたマユの言葉が、レナの胸に少し寂しげに響いた。




シンヤの部屋に集まってから数日後。


ユウは再び渦中のひととなった。


またしても週刊誌にユウの記事が掲載されたのだ。


あの写真週刊誌と同じ出版社の発行する、ゴシップばかりを扱う低俗な女性週刊誌で、ユウの過去の女性遍歴が綴られていた。



“人気バンド`ALISON´のギタリスト・ユウの激しすぎる夜!!”



“何人もの女を食い散らかしてきた肉食男子”



“私は彼にヤリ捨てされた!!人気グラドル涙の告白「私は本気で彼を好きだったのに…」”



“終わった後は私に見向きもしないで去っていく彼…私の体だけが目当てだったの?!”



その週刊誌には、思わず目をそむけたくなるような言葉ばかりが並んでいた。


週刊誌の発売と同時に、またしてもテレビのワイドショーでは、ユウを批判するコメンテーターたちの声が飛び交った。


(マユの言ってた通りだ…。もう随分前の話なのに、どうして今ごろになって…?)


ひどい話題ではあるが、大なり小なり脚色はされているとしても、これはユウのしてきたことに間違いない。


レナと再会する前のユウは、相手を選ぶことなく、誘われるがままにたくさんの女性と一夜を共にしてきたのだと言っていた。


それがレナを想うあまりしたことだとは言え、やはり女性の立場からすると、ユウの行動は勝手極まりないことなのだとレナは思う。


ただ、レナが偶然耳にしてしまった、ユウと一夜を共にしたグラドルの話では、“ユウの彼女になりたい”と言ってはいたものの、ユウの容姿や体の良さばかりを誉める彼女もまた、ユウの体が目当てだったようにも聞こえた。


再会して間もない頃や付き合い始めた頃は、ユウがかつて体を重ねたことのある女性たちに密着されながら言い寄られている場面に何度も遭遇し、一体この先何度こんな思いをすればいいのかと不安になっていたレナだったが、今ではすっかりそんなこともなくなり、本当にユウがレナだけを愛して、大切にしてくれていると思っていた。


だからなおさら、何故、今頃になって?とレナは疑問に思った。




ユウは、再び社長室に呼び出されていた。


「ユウ…またしてもやられたな。」


「スミマセン…。」


先日のレナとの熱愛発覚騒動で呼び出された時には笑みを浮かべていた社長が、今回は厳しい表情で腕組みをしていた。


真剣に付き合う二人の交際が世間に知られるのと、手当たり次第に女性を食い散らかしてきた女性遍歴を知られるのとではわけが違う。


ましてや、つい先日、レナとの熱愛が報じられたばかりのユウが、実はたくさんの女性にひどい扱いをしてきたと報じられたのだから、イメージダウンは間違いない。


「それで…本当は聞きたくもないが、この記事に書いてあることは真実なのか?」


社長は厳しい目でまっすぐにユウを見た。


「多少脚色はされてますけど…ほぼ事実です…。」


ユウが答えると社長は大きなため息をついた。


「オマエなぁ…相手くらい選べよ。一応それでも、芸能人の端くれだろう?」


「スミマセン…。まだデビュー前だったので、無自覚でした。」


「もしかして、ロンドンにいる時もそうだったのか?!」


「……ハイ…。」


社長は額に手を当て、しばらく考え込む。


「とりあえず、下手に動くのはかえって危険だ。どこで誰に挙げ足を取られるかわかったもんじゃないからな。報道陣に何聞かれても、ノーコメントで押し通せ、わかったな!!」


「ハイ…。」


ユウが力なく返事をすると、社長が大きくため息をついた。


「若気の至りってもんもあるがな…。今回のこの騒動で、誰が一番傷付くのか、よく考えろ。オマエにとっては自業自得だが、オマエには守らなきゃならんものがいくつもあるだろう?」


「…ハイ…。」


「オマエも男なら、自分のしてきたことをしっかり反省して、メンバーにも、彼女にも、彼女のお袋さんにも、きっちり詫び入れろ。」


「わかりました…。」


「今日はもういいから帰れ。アイツに送らせるから。しばらくは針のむしろだ、覚悟してろ。」


「ハイ…。本当にスミマセンでした。」


ユウは深く頭を下げた。



かつて自分のしてきた自分勝手で無責任な行動が、またたくさんの人に迷惑を掛けてしまった。


そしてまた、レナを悲しませ、不安にさせてしまっただろう。


何もやましいことなんてないと思っていたのは、ただの思い上がりだったのかも知れない。


(オレの人生…考えてみたら、やましいことだらけじゃねぇか…。)




その日から、ワイドショーやネットニュースはユウの悪評で持ちきりになってしまった。


幸い`ALISON´は新しいアルバムの制作に重点を置いている時期で、テレビなどメディアへの出演予定が当分なかったことだけが、せめてもの救いだった。


あんなひどい記事が週刊誌に掲載された後も、レナは変わらずユウに接した。


人目を避けて部屋にこもるユウが心配だったが、レナはいつも通り笑い、仕事に通い、食事を作り、いつもより優しくユウを抱きしめた。


次第に元気がなくなっていくユウを見ているのはとてもつらかったが、それでもレナは、こんな時だからこそ自分がユウを支えなければと気丈に振る舞った。



そんなレナの優しさがユウには時折苦しくて、いつしかユウはレナの目をまっすぐに見ることもできなくなってしまった。


毎晩ベッドの中で、レナに背を向けて眠るユウを、レナは何も言わずただ優しく抱きしめる。


あんなに幸せだった二人の間に、すきま風のような冷たいものが流れ込むのをレナは感じていた。




そして事態は更に思わぬ方向へと向かった。


翌週発売された例の女性週刊誌に、レナの記事が掲載されたのだ。



“あの肉食ギタリスト・ユウの恋人は魔性の女だった!!”



“有名写真家・須藤透と婚約破棄の過去!!”



“須藤を捨て人気ギタリスト・ユウに乗り換えた後も須藤の元で働くアリシアのしたたかさ”



その記事はレナの須藤との婚約破棄や、その後ユウと付き合いながらも須藤の事務所でカメラマンを続けるレナを叩く内容だった。


(一体どこでこんなことを調べあげるんだろう?)


レナと須藤が婚約していたことは、あまり周囲の人間には知られていなかったはずなのに、レナが須藤と婚約した経緯や、ニューヨークで僅かな期間を一緒に過ごした須藤との婚約を解消して日本に戻りユウと付き合い始めたこと、その後も須藤の事務所でカメラマンをしていることなどが多くの脚色を加えて、おもしろおかしく書かれていた。



(まさかこんなことまで記事になるなんて…。)


それでもレナは、その記事をどこか他人事のように思っていた。


(事実と違う…。)


あの時須藤は、幼い頃からユウを大切に想ってきたレナの気持ちを理解した上で、ユウのいる日本で自分の手で幸せを掴めと背中を押してくれたのだ。


レナが“長年付き合って婚約までしていた恋人の須藤を捨てて日本へ戻り若くて人気のあるユウに乗り換えた”訳ではない。


たくさん悩んでたくさんの涙を流したできごとだったのに、そんなことはおかまいなしに土足で人の心を踏みにじるような記事も、それを書いた記者も許せなかった。


(人を傷付けるような記事を書いて、何がおもしろいの?)



自分だけでなくレナのことまで週刊誌に載せられ、世間に叩かれる事態になってしまったことに、ユウは酷いショックを受けた。


自分のせいでレナやレナの周りの人にまで迷惑を掛け、心ない世間の目に晒されることが、我慢できなかった。


(どうしてこうなるんだ?!レナは何も悪くないのに…!!悪いのはオレだけなのに…!!)


自分のしてきたことを悔やんでも悔やみきれないユウは、レナに申し訳なくて、どうすればいいのかわからなくなる。


ユウの心の弱い部分が、更にユウを追い詰め、悪い方へ悪い方へと考えを導いてしまう。


レナは自分のことが週刊誌に書かれても、ワイドショーでどれだけ好奇の目に晒されても、それまで通りの姿勢を崩さなかった。


(本当はつらいはずなのに…。きっと職場でも不自由な思いをしたり誰かに何か言われて悔しい思いしてるはずなのに…。)


レナはいつからそんなに強くなったのだろう?


レナを守るのはいつも自分でありたいと思っていたはずなのに、今、レナといて守られているのはきっと自分の方だ。


それどころか、結果的に、自分が一緒にいることでレナを傷付けてしまっている。


(こんなオレ…レナにはきっと必要ない…。レナならもっとレナにふさわしい、いい男がいるはず…。)


レナが仕事に行くと、ユウは一人の部屋でぐるぐると思いを巡らせる。


(オレなんかとは別れた方が、レナはきっと幸せになれるんだ…。)


レナを渦中のひとにしてしまったことで、ユウは自責の念に囚われ、レナとの別れを考え始めるのだった。




その日レナは、新たな仕事に入ろうとしていた。


最近多くのドラマやCMなどに出演し注目を集めている人気若手俳優の野崎恭一の写真集の撮影が今日から始まるのだ。


なんでも、野崎側からレナの事務所に、レナに撮ってもらいたいと熱烈なオファーがあったのだと言う。


撮影現場に現れた野崎は、レナを見ると嬉しそうに笑ってやや強引に握手を求めてきた。


「よろしくお願いします、高梨さん。」


「…高梨です、こちらこそよろしくお願いします。」


「噂通りキレイだなぁ。」


「…どうも…。」


(噂通りって、どんな噂なの?)


握った手をなかなか離そうとしない野崎を、レナは少し苦手だと思った。


(でも、仕事は仕事できっちりやらないと…。一応プロなんだから。)


レナは気を取り直し、撮影の仕事に集中した。




「レナ。」


呼ばれた声に振り返ると、そこにマユがいた。


今日の仕事を終えたレナは、帰り支度をして、そろそろ帰ろうかと思っていた。


「ちょっと、飲みに行かない?」


「私、車なんだ。それに、ちょっとね…。」


言いにくそうに口ごもるレナを見て、マユは何か訳ありだと勘づく。


「じゃあさ、うちまで送ってくれる?缶コーヒーでもおごるから。話は車の中で…どう?」


「うん。」


多くを語らなくても、なんとなく察してくれるマユの気遣いが嬉しくて、レナはニッコリと笑った。


事務所の自販機で缶コーヒーを買い助手席にマユを乗せて、レナは車を走らせる。


「大変なことになっちゃったわね。」


窓の外に流れる街の夕景を眺めながらマユはため息混じりに言った。


「うん…。マユが言ってた通りになって、正直戸惑ってる。何がおもしろいのかわかんないけど、私たち何か悪いことしたのかなぁって。」


マユは缶コーヒーのタブを開けるとレナに手渡した。


「なんなのかしらね…。あの感じ、単なる売り上げ狙いのゴシップには思えないのよね。片桐を叩いてバンドの人気を下げることが目的なのか、急にモデルとして注目され始めたレナを妬んでのことなのか…。」


自分の缶コーヒーのタブを開け口をつけると、マユは難しい顔で考え込む。


「あるいは、片桐とレナの二人。」


「え?」


「人の恨みとか妬みや嫉みなんて、どこでかってるかわからないものよ。アンタたち目立つし。」


「目立つのは苦手だから目立たないように生きてるつもりなんだけど…。」


「それでも目立つからね。何もしなくても目立つのは、生まれもってのオーラと言うか、スター性みたいなものじゃない?」


「私は違うよ。ただ背が高くて、見た目が珍しいだけ。中身が純日本人じゃないから。」


「そう?それを武器に芸能人になってる女の子なんて山ほどいるけどね。」


信号待ちをしながら、レナはコーヒーを飲む。


やがて信号が青になると、レナはブレーキを離し、ゆっくりとアクセルを踏む。


「相変わらずレナの運転は安定感抜群ね。」


「そう?」


「うん、乗り心地が最高。」


「車がいいからじゃないの?」


「これ、買ったの?」


「ううん、ユウの車。電車通勤だったけど、熱愛報道の後から車通勤に変えたの。ユウが心配して、人目につきにくいから車で行った方がいいって。」


「ふうん。相変わらず片桐はレナに甘いね。」


「……そうでもない。」


レナの意外な返事にマユは険しい顔をする。


「どういうこと?」


「うん…。ユウ、最近塞ぎ込んでる。なんかいろいろ悩んでるみたいで、ほとんど話さないし、私の顔もまともに見てくれない…。」


「えっ?!」


「私はいつも通り普通に接してるつもりなんだけど…。ユウ、何も言ってくれないから、私もどうしていいのか…。」


レナの言葉を聞きながら、マユはユウと再会してすぐの頃にバーで話したことを思い出す。


他人が見ればどうでもないようなことを、ユウは誰にも言わず悩みに悩んで、一人で答えを出し、大事なことを自分の中で終わらせようとする癖があるようだ。


それは高校時代に、“どんなに好きでもレナは自分のことをただの幼なじみとしか思っていない”と、抑えていた気持ちが抑えきれなくなって暴走したこともそうだが、その結果誰にも言わずにロンドンに行ったこともそうだ。


レナがニューヨークへ行った後にユウのことが心配になって電話した時には、“もう遅すぎるって言われて、今更好きだなんて言えなかったから、自分の手で終わらせたんだ”と魂の抜けたような、か細い声でそう言っていた。


「おかしなこと考えなきゃいいけど…。」


マユの呟きに、レナが首を傾げる。


「ん?」


「いや…片桐、意外とメンタル弱いから心配で。一人で思い悩んで、悪い方へ悪い方へ考え込む癖があるみたいだから。」


「そうなの?」


「うん…。特に、レナのことになると普通じゃないくらい悩んで落ち込むから。」


「知らなかった。」


「片桐を悩ませてるのも無自覚だったか。」


「何それ。」


車はマユの住むマンションの前に到着。


停めた車の中で、マユはレナに言う。


「私もいろいろ気になることがあるから、あの記事の出所とか、ちょっと調べてみるわ。何かわかれば対策も考えられるでしょ?」


「ありがと、マユ…。でも、ただでさえ忙しいんだから、無理しないで。」


「大丈夫よ。私の人脈と情報網の広さをフルに活用して、何か突き止めてみせる!!私がアンタたちの力になれるとしたら、こんなことくらいしかないからね。」


優しくも力強いマユの存在を、レナは改めて頼もしく思った。


(ありがとう、マユ…。私、本当にいい友達をもって幸せだよ…。)

















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