(6)「映画を見た人だけの秘密ってことで」
つるやさんにパンケーキとハーブティーをおごってもらったあと、結局、私は視聴覚室に戻ることにした。
私の映像を本人に無断で使ったことは許しがたい暴挙である。しかし、その目的は私を怒らせるだけではないはずなのだ。
まず、お金の問題がある。みつるファンクラブの皆さんにDVD購入してもらわないことには赤字になる。私が出演したところで、その売り上げがプラスになるはずがない。
それに、彼らは変人ぞろいだがマジメな奴らなのだ。私はスチールカメラマンとして、そんな彼らの真剣な表情を見てきた。
彼らが、みずからの作品を汚すような真似をするとは思えない。だから、何らかの理由があるはずなのだ。
そんな疑問を抱えながら、私は忌まわしき視聴覚室への道をたどる。
「帰ってきたのか」
そんな私を待ち構えていたのは、入口で受付をしていた長門くんだった。手元には、いつものSF小説がある。
今回の映画制作で長門くんが果たした功績は大きい。長門くんの的確なアドバイスがいなければ、映画が完成することはなかっただろう。このことで、私の長門くん評価は大いに上昇していたのだ。
しかし、あんなものを見せられた今、あまり人を憎んだことのない私でも、涼しい顔をしている長門くんには一言いってやりたかった。
「なんで、あんな編集したの?」
「言ったはずだ、これは涼宮の映画だと」
平然と長門くんは答える。いや、あの編集はどう考えても悪意に満ちている。いくら、ハルヒコが悪だくみをたくらんだところで、長門くんの知識がなければ、あそこまでひどい代物とはならなかったはずだ。
そういえば、と私は思い出す。ラストシーンを撮った翌日の部室で、長門くんとSF談義をしたことがあった。私はそれを適当に聞き流した。おかげで、長門くんは私に新たなSF小説を勧めようとはしなかったのだ。
しかし、内心は傷ついていたのかもしれない。自分の趣味を、彼なりに情熱的に説明したのに、私はそっけなく答えただけだったのだ。このことで、彼はうらみを持ったのかもしれない。だから、ハルヒコの命令に従って、あんな編集をするのをためらわなかったのだ。
これが選択肢をあやまったということか。あそこで私が話を合わせておけば、違う結果になったのかもしれないのか。
でも、後の祭りだ。あの映像は、SOS団員だけでなく、みつるファンクラブの皆さんやクニとグッチも見てしまったのだ。覆水盆に返らず。その事実をくつがえすことはできない。
「もういい、このことは、絶対に許さないから」
そう言い放った私に、長門くんは肩をすくめただけだった。
音を立てないようにドアを開けたが、明かりが漏れたせいで、反応する人もいた。クニやグッチもそうだった。二人とも「あ……うん」という、なんとも言えない表情をしている。ただ、戻ってきた私には、汚名返上のチャンスがある。上映後は、二人の誤解をとかねばと決意しながら、悪の枢軸がひそむ準備室に私は足を進める。
「キョン子ちゃん、おかえり」
私は怒りの形相をしているはずなのだが、出迎えたイツキは罪悪感ゼロの笑顔をしていた。
「ごめんね、キョン子さん。悪気はなかったんだけど」
申し訳なさそうに、意味不明のことをつぶやくみつる先輩。
「ちなみに、おまえの映像を使うことを提案したのは、古泉だからな」
この期におよんで、そうのたまっているハルヒコ。
「ひどい、脚本を書いたのは団長じゃん」
「で、その脚本を私にだまって演じたわけね。イツキも、みつる先輩も」
「だ、だって……、仕方ないじゃん」
私の声にしどろもどろになるみつる先輩。どうやら、自分が責められるとは思わなかったようだ。かわいい顔してるくせに、とんでもない先輩である。
「キョン子ちゃん、今は上映中だから、話はそこらへんで」
イツキの正論に、私はとりあえずうなずいた。
「とりあえず、あんたたち、絶対に許さないから」
そう言って、私はイスに座る。例のキョン子包囲網の真ん中である。
そんな私の怒りとは無関係に、映像は流れている。そこに、もちろん、私の姿はない。イツキとみつる先輩が向き合っている。
『もう、君の思いどおりには、させないからな!』
『ふふふ、これを見ても、そんなこと言えるのかな?』
画面の中のイツキは、ポケットの中から笛を取り出す。100円ショップで買った、どこにでもある笛を、これまた100円ショップのアクセサリで飾りつけした、つまり何でもない笛である。
『な、なんだ……それは』
『これはね、マジックホイッスルっていうの。その効果は……』
『見た感じ、フツーの笛なんだけど』
『じゃあ、試してみる? せーの、気をつけ!』
ピッ! 画面のイツキの号令と笛に合わせて、みつる先輩は姿勢を正す。なお、このときのみつる先輩はいつもの女装で、イツキはチアガール姿である。もし、観客に男子がいたら「逆だろ!」とツッコまれそうな展開だ。
『くっ……、なんだ、この笛は』
『あはは、必死で特訓したっていうけど、まだまだ弱っちぃじゃん』
『そ、そんなことはない! ぼ、僕は……』
『わー、オカマがいる』
そのとき、聞き慣れた声が耳に飛びこんでくる。そうだ、これはうちの近所の公園で撮影したパートであって、そこに出演しているのは――。
『オトコなのに、オンナのカッコしてるヘンタイだ!』
『つーほーだ! 通報だ!』
言うまでもなく我が弟と、その友達である。結局、採用しちゃったのか。そうなると、出演者特権として、弟にもこの映画を見せないといけないじゃないか。
『う、うるさい! 僕は正義のために、純愛のために、戦ってるんだぞ!』
『子供にもバカにされるなんて、ホンっと、キミってみじめだよねぇ。お姉さんがなぐさめてあげようか?』
『そ、そんなことはない。僕が本気を出せば……』
『まわれー、みぎ!』
ピッ! ピッ! ピッ! その笛に合わせて、みつる先輩は華麗に後ろを向いてしまう。
『こ、こんなはずじゃ……』
『もう一度! まわれー、みぎ!』
ピッ! ピッ! ピッ!
また、律儀に回れ右をする画面のみつる先輩。それを見て、視聴覚室では失笑している人もいた。もしかして、これ、受けてる?
ちなみに、この回れ右は、カメラの位置を変えて十回以上撮影している。想像してほしい。公園で、チアガールの格好した女子の笛に合わせて、女装した男子が回れ右をする姿を撮っている集団を。スタッフの一員だった私が言うのもなんだが、相当にシュールな光景だったと思う。よく通報されなかったものだ。
『じゃあ、今度は……まえにー、ならえ!』
ピッ! ピッ! その笛に、なぜか、手を腰に回すみつる先輩。
『あれ? 前にならえ、って言ったよね? 前にならえって、手を伸ばすよね? おかしいなぁ』
首をかしげるイツキ。一方のみつる先輩は、腰に手をあてたまま、何か言いたそうに、ぷるぷると震えている。
『じゃあ、もう一回! まえにー、ならえ!』
ピッ! ピッ! それでも、両手を腰にあてて、直立不動するみつる先輩。
『これ、どういうことなの?』
そんなイツキの言葉に、みつる先輩は赤面しながら言う。
『だ、だって……僕は、ずっと背が小さくて、先頭だったから……』
それから、アップになって。
『前にならえで、手を伸ばしたことがないんだ!』
「きゃはははっ!」
視聴覚室から、大きな笑い声がした。
「お、ウケた……って、谷口かよ」
グッチかよ、と私も落胆してしまう。私たちにとって、何よりも気になるのが、みつるファンクラブの皆さんの反応だったからだ。
こんなわかりやすいネタでも笑わないとなると、もしかすると、会長さんは怒っているかもしれないと心配になる。上映後、「わたしたちのアイドルを、こんなひどい映画に出すなんて、ひどいわ」と怒られるかもしれない。そうなると、DVD販売のメドが立たなくなる。みつるファンクラブの皆さんに予約してもらうことが、赤字解消の大前提だからだ。
これは一種の賭けのようなものだ。面白いほうがいいとイツキは主張し、それにハルヒコも同意したけれど、そもそも、ファンの幻想は甘く、そして強い。みつる先輩を徹底的に美化して活躍させたほうがよかったんじゃないか、と今さらながら不安になった。
「だいじょうぶよ、みんなにウケてるって」
そんな私の心を察してか、イツキが小さくつぶやく。
「だいたい、あのヒトたち、みつる君が女装したポスター見て来てるんだからね。上品ぶってる自分たちにはできないことを、あたしたちに期待してるわけだから」
そうだよな、女装していた時点で、スーパーヒーローみつるを期待しているわけじゃないよな、と私は思い直す。イツキは会長さんのことは、私以上に知っているだろうし、みつる先輩のことだって、私以上に考えているわけだし。
『そんなキミが、あたしに勝てるわけないじゃん。いいかげん、あきらめたら?』
画面の中のイツキは、悪役らしい笑みを浮かべながら、みつる先輩につめよる。
『そ、そんなことはない! 純愛は勝つ!』
『そればっかりじゃん。もうね、お姉さん、あきちゃったよ』
『わかった。明日、すべての決着をつける!』
あ、セリフ変わってるな。このときの撮影は、最終決戦手前のものではなかったはずだ。それでも、そのことに違和感をいだいている様子は、視聴覚室を見るかぎりはない。
『わかったわ。じゃ、また明日』
そう言って、イツキはきびすを返し、去っていく。
そして、こぶしをにぎりしめながら、立つみつる先輩が映しだされる。これは、別の公園で撮影したものだ。
『Tさん。こうなったら、最後の手段、使わせてもらいますね』
つるやさんの名をつぶやき、意を決したようにみつる先輩が瞳を光らせる。うん、なかなかうまい編集だ。その編集力を冒頭でいかした結果、私の怒りの退室を招いたわけだが。
こうして、場面は転換する。
「おっ、私が撮影したやつじゃん」と私。
「ここしか使い道なかったけどな」とハルヒコ。
そう、カラスの鳴き声らしき効果音とともに、スクリーンに映し出されたのは、私が数多く撮影した空の写真のひとつ、夕暮れの空だった。スチールカメラマンとしての私が役立ったのは、もしかすると、この場面だけかもしれないが。
いよいよ、例のラストシーンである。学校の屋上で向き合う二人。でも、みつる先輩は、おなじみの女装をしていない。
『……それで、あらたまって、はなしって、なぁに?』
『そ、それは』
イツキの口調は甘ったるいが、緊張感がある。どうやら、ここは、撮影ロケの音声をそのまま使っているようだ。今にして思えば、このときのイツキは、例のたくらみのために、いつも以上に神経をとがらせていたのかもしれない。そのせいか、これまでのコミカルな雰囲気とはちがう凄味があった。
視聴覚室を見ると、だらしない姿勢で見ていたグッチも、食い入るように見ているようだ。会長さんは相変わらず背筋を伸ばして、上品な姿勢を崩していない。
『ぼ、僕は……き、君のことを、すきになってしまったんだ!』
そんな画面のみつる先輩の告白に、視聴覚室の空気は乱れる。いくら映画とはいえ、あのみつる先輩の告白である。会長さんはその画面を見て、まるで雷を打たれたように、身体を震わせていた。
『そして、一人の女の子として、君のことを、僕は……』
しかも、その対象はイツキである。会長さんがイツキのことをどう思っているかは、正直いってよくわからない。付き添いの私を含め、イツキを例外あつかいしているということは、みつる先輩とイツキがくっつくはずがないと思いこんでいるせいだろうが、女子には女子特有の勘というものがあるわけで。
『……君を倒さなくても、純愛を教えることはできる!』
『そんなことが、できると思う?』
『ああ』
にべになく、告白を断るイツキと、それでも言葉を止めないみつる先輩。撮影現場を見ている私でも、思わず緊張してしまうぐらいなのだから、会長さんはどんな心境なのだろう。
そんな私の手を強くにぎる感触がした。そう、隣に座っているイツキだ。演じていたイツキですら、このシーンを平然とは見れないのだ。
『ほ、本気なの?』
『ああ。だから……』
画面のみつる先輩はイツキに近づいていく。私はこの場面を見ているみつる先輩の表情も知りたかった。ミスター受身のみつる先輩は、どんな顔をして、この映像を見ていたのだろう。
でも、それどころではなかった。隣のイツキから伝わる熱、そして視聴覚室の会長さんの動きに、私は心を奪われていたからだ。
観客をじらすように、二人は停止する。憎らしいほどうまい演出だ。それから、みつる先輩は近づく。そう、一度しか撮影しなかった、キス未遂のはずの、キスシーン。
「……あっ!」
私はたまらず声を出してしまった。そう、画面の中のイツキが、ほんのちょっとだけ動いたのだ。私はそれを隣で見て、コンデジのシャッターを切った。このとき、二人はまちがいなくキスをしたのだ。
それは、長門くんが映した後方カメラだと、はっきりとは映っていない。現場にいた私にはわかる。だが、観客はどうなのか。際どい、と思った。本当にギリギリだ。キスをしたわけないと主張することもできるが、キスをしていないとは言い切れない。こんな映像を、堂々と見せていいのか。
くるんと、映像のイツキは振り向いた。
『私をだまそうとしたって、そういかないよ。ばいばい、純情くん』
そう言って、歩き出したイツキ。カメラは動かない。茫然としているみつる先輩を映しだすのみだ。
カメラが切り替わって、みつる先輩は叫ぶ。
『そ、そう。正義は勝つ! 純愛は勝つ! とぉーーーっ!』
そして、後ろに向かって、みつる先輩は走り出す。
これ、だいじょうぶなのか? イツキがキスをしていない保証なんて、どこにもないんじゃないのか。映像のみつる先輩の動揺は、まちがいなく、イツキが何かをしたからであって、こんなふうに終わっても、観客は納得できないのではないか。
「……えっ!」
そう考えていた私だが、その後に映し出された人物を見て、思わず叫んでしまった。
そう、私である。すっかり忘れていた私である。画面は切り替わり、あのオセロ対局のときの私が映し出されたのだ。いったい、なんのために?
『結局、あのオニには勝てなかったけど、戦いを通じてわかったことがあったんだ』
みつる先輩のナレーションだ。
『僕はまだまだひ弱な純情少年で、他人をダマすことなんてできないって。だから、自分に正直に生きようと決意したんだ』
画面の私は、自分でもかわいそうなぐらい、顔をゆがませていた。その表情のけわしさは、例のハンデ戦の終盤であることを意味していた。このあとで、私は言ったのだ。
『……負けました』
そうなのだ。最初に四隅を抑えた状態で始まったハンデ戦、私は負けてしまったのだ。私は自分が思っている以上にバカだったのである。まさか、あの屈辱が映像として残されるとは思わなかった。
ただ、映画ではハンデ戦を暗示するところはなかった。映像ではまったく盤面は映し出されていない。だから、これがハンデ戦かどうかは視聴者にはわからないはずで。
『こうして、僕は接待オセロをするのをやめた。たとえ、そのあとで、この人が怒り狂ったとしても、それに耐えようと思ったんだ』
『……強かったんだね、私の思ってる以上に』
『そ、そんなことないよ』
『照れたって、そうはいかないよ。今日は惨敗。認めてあげる』
うー、こんな負け惜しみを言ってたのか。なけなしのプライドをかき集めて強がって見せる自分の姿はなんとも哀れで、とても正視することには堪えられなかった。
それにしても、映画では違和感なく使われている。多少の編集はしているのだろうけど、私は脚本に合わせて演じていたのではない。そのままの自分である。あのあと、長門くんを含めた四人が「いい素材が撮れた!」と喜ぶ姿が目に浮かぶようだ。
「……まさか、私がオチなの?」
「うん、キョン子ちゃん、才能あるわよ。天然役者としての」
「そうだ。ここまでうまくいくとは思ってなかったからな。助かったぜ、キョン子」
そんな誉め言葉をもらってもうれしくはない。ただ、この場面を見て、視聴覚室の観客の人たちの緊張感がほぐれていくことは感じられた。。
そうか、私はみつる先輩を女装させた動機だけではなく、イツキのキス疑惑を解消するためにも利用されたということか。もし、あのまま終わっていたら、会長さんは猜疑心のトリコになっていたかもしれない。でも、そのあとで、私が映しだされることによって、みんな冒頭シーンを思いだすわけだ。
つまり、ラスボスは私なのである。なんともひどい話だが、納得のいく展開ではあった。
『……僕はこれからもあきらめない。純愛が勝つことを!』
そんなみつる先輩のガッツポーズのあと、やけにチープなサウンドが流れはじめた。これで、エンディングに突入ということだろう。
さて、私が映画を見に戻った理由のひとつが、スタッフロールである。この映画、プロデュース&脚本&監督をつとめたハルヒコが、最大の功労者であることは間違いないが、長門くんはカメラマン以上に活躍したし、イツキだって様々な助言をしている。ハルヒコ一人では絶対に完成させられなかった映画である。それを、どんなクレジットで表現しているのか、私は楽しみだったのである。
しかし、私の期待は裏切られた。
【制作 SOS団】
黒に白文字でそう表示されたあと、映し出された文字はこうだ。
【団長 涼宮ハルヒコ】
「って、スタッフロールじゃないじゃん!」
私は思わず口に出してしまった。
「そうか?」
「だって、団長って、そのままじゃん」
「でも、団長は団長でしょ?」とイツキ。
「そうそう、これがしっくりきたんだよ、僕も」とみつる先輩。
「最初は肩書きをつけようと思っていろいろ調べたんだけどな。面倒くさくなって、やめた」
しかも、そこに表示されてるのは文字だけではなくて。
「これ、私が映した写真だよね?」
「おう、よくわかったな」
私がスチールカメラマンとして撮影したハルヒコの写真が数枚使われていたのだ。いちおう、私の写真は空以外でも使い道があったのだ。
続いて、映しだされるのは、もちろん。
【副団長 古泉イツキ】
主演のみつる先輩ではない。SOS団の権力順である。
「それにしても、この歌って……」
そんなクレジットよりも気になったのが、エンディングテーマだった。単純なリズムに合わせて、みつる先輩が歌っているのだ。
『純愛! 純愛! 純愛だー!』
撮影ロケ最終日にハルヒコが見せてくれた主題歌の一節だが、これしか歌っていないのだ。具体的に書くと、こうなる。
『純愛! 純愛! 純愛だー!
……え? もう一回?
うん、純愛! 純愛! 純愛だー!
もっと大きく? やだよ、恥ずかしいじゃん。
って、純愛! 純愛! 純愛だー!
まだ終わんないの? いつまでやるんだよ。
あっ、純愛! 純愛! 純愛だー!」
この繰り返しである。これはひどい。映画史上最低のエンディングテーマではなかろうか。
「時間がなかったからな。これだけになった」とハルヒコ。
「そういや、最初に、主題歌流さなかったの?」と私。
「そうか、キョン子ちゃんは、すぐ逃げちゃったもんね」とイツキ。
「これって、ホントは、ちゃんとした曲だったの?」とみつる先輩。
「いいじゃないか。一行だけの主題歌。実にみつるらしい」
ハルヒコはそう言って胸を張る。いや、これ、曲としての体裁をなしてないだろう。
ただ、グチをこぼしながら、ひたすら「純愛! 純愛! 純愛だー!」と言うみつる先輩の声は愛らしかった。下手にフルコーラス流すぐらいだったら、これだけのほうが良いのかもしれないと思う。このバカげた映画にふさわしい。
いっぽうのスタッフロールだが、イツキの次はこうである。
【団員 長門ユウキ】
やはり、みつる先輩よりも長門くんのほうが先だったか。その文字とともに、私が撮った長門くんの写真が映し出されている。
【団員 朝比奈みつる】
主演のみつる先輩が、まさかの四番目である。ということは、トリをかざるのは。
【団員 キョン子】
「って、なんで、私だけあだ名なのよ!」
「だって、キョン子はキョン子だろ?」
「私にもれっきとした名字が、……ていうより」
そう、文字とともに映し出されたのは、空と雲の写真である。他の四人はちゃんと本人の写真が映っていたのに、私だけこの扱いである。
「そりゃ、おまえの撮った写真に、おまえが映るわけないからな」
「い、いや、これは……」
思わず泣きそうになる。これはイジメではないのか。この映画での私、あつかい悪すぎるだろ。
【友情出演 つるやさん キョン子の弟とその友達】
最後に、文字だけで表示されるクレジット。我が弟はこれを見て満足するのだろうか。というか、弟にこんなもの見せるのか、私は。
『じゃあ、これを見ているみんなも、さんはい!
純愛! 純愛! 純愛だー!』
そして、ノリノリになったみつる先輩の歌声とともに、でっかく映しだされる【完】の文字。
「……終わったな」
ハルヒコが溜息をつく。それは、映画制作途中のものとはちがって、確かな充実感が含まれていた。
「どうだった? キョン子ちゃん」
イツキがうれしそうに声をかけてくる。
「……思ったよりは面白かった、かな?」
「でも、キョン子さん、ちゃんと見てないし」とみつる先輩。
「そうそう、せっかくみんなで作った映画なのに、途中で出て行くなんて、サイテーじゃん」とイツキ。
「あれは仕方ないし。……でも、許す。面白かったから」
私は寛大にそう言ってみる。
「まあ、キョン子ちゃんの驚く顔が見たくて、作ってたところあるし」とイツキ。
「そうそう、最後はそれがモチベーションになったね」とみつる先輩。
「……やっぱり許さない」
そんな会話をしている間に、ハルヒコは照明のスイッチを押して、準備室から出る。
「以上を持ちまして、SOS団自主制作映画『純愛ファイターみつる』を終了いたします。ご来場、ありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げるハルヒコ。
「じゃ、みつる君、がんばってね」
「う、うん」
そんな私の隣で声をかけあう二人。そうか、今からDVD予約の戦いが始まるのだ。上映して終わるほど、私たちの映画制作はのどかなものではないのだ。
「キョン子ちゃんも、行かないの?」
「そ、そうか」
観客は十二人。みつるファンクラブの皆さん十人と、私の友達であるクニとグッチである。そして、会計清算をした私ならわかるが、二十枚以上販売しないと元がとれないのである。
ということは、クニとグッチにDVDを売らなくちゃいけないのか。たしか、一枚五千円の強気価格だったはずだ。でも、そんなこと、あの二人に言えるわけないじゃないか。
「あ、キョン子。おつかれさま」
「おつかれー。予想よりも面白かったよ、これ」
クニとグッチは私に気づいて、声をかけてくる。
「でも、つるやさんの出番が少なかったのは、残念だったなー」とグッチ。
「友情出演だから仕方ないじゃん、グッチ。これはSOS団の映画なんだし」とクニ。
「そうそう、ウチね、キョン子のこと、誤解してた」
「誤解?」
グッチの言葉を、私はたずね返してしまう。
「うん、キョン子がスズミヤの部活で、どんなふうにやっていたか、完全に誤解してた。ごめんね」
やけに素直にグッチは言う。
そうだよな。すっかり、私はハルヒコと同じ変人あつかいをされていたが、この映画で散々なあつかいをされているのを知って、グッチは私に同情してくれたのだろう。
「キョン子って、SOS団の影の支配者だったんだね」
「はぁ?」
そう思っていた私に、とんでもないことを言ってきたグッチ。
「ははは、映画の中のキョン子、いきいきしてたよ。いろんな意味で」
「ち、ちがうって。何いってんのよ、クニ」
それは、長門くんの悪意に満ちた編集のためであって、私はこの映画の最大の被害者なのだ。奇声をあげて出て行った光景を、この二人はちゃんと見ているじゃないか。
「涼宮くんにホレてるだけかと思ったけど、自分の趣味をおしつけたり、楽しそうにやってんじゃん」
「いや、あれは映画だから、フィクションだから。つまり、作り話であって、実際の私は……」
「ははぁ、あくまでもシラをきるつもりなんだね、キョン子」
グッチがうれしそうに、私たちの間に入ってくる。
「まあいいよ。これは映画を見た人だけの秘密ってことで」
「いや、全然わかってないよ、グッチ。あれは映画で編集されたウソの私であって……」
「照れなくていいって、キョン子」
クニ、あなたまでも、わかってくれないのか。中学時代からの友達ではなかったのか、私とあなたは。
こういう誤解を許したのは、あのスタッフロールのせいなのかかもしれない。ハルヒコが面倒だから肩書きを載せるのをやめたことで、脚本が誰なのかわからなくなったのだ。そのせいで、グッチならずクニまでも、みつる先輩の女装を私のアイディアだと見なしたのである。
「あ、あの……」
そんな私にかけてくる女子の声。ふりむくと、予想外の人物がいた。
「ひとこと言わせてください」
なんと、あのみつるファンクラブ会長さんが私に声をかけてきたのである。私は姿勢を正してしまう。
「……は、はい!」
「この映画をつくってくれて、ありがとうございました!」
「はい?」
映画をつくったって、貢献度でいえば、SOS団メンバーの中で、私はダントツのビリなんだけど。
会長さんは、あの清楚な黒髪ロングをたなびかせながら私に歩みよってくる。そして、私の両手をにぎった。
「あなたなら、次を任せられると思うの!」
「はい?」
会長さんから、意味不明の言葉を浴びて、私は面食らってしまう。次ってなんだ。
「会長さん、ちょっと」
そんな会長さんに、あわてて駆けよるみつる先輩。わざわざアイドルのみつる先輩をふりきって、私に何を言いにきたんだよ、会長さん。
「で、このDVDのことなんだけど……」
チラシを手にしながらみつる先輩は、言いにくそうにそう口にする。
「あ、みっちゃんの特典映像もついてるんだよね」
書き忘れていたが、会長さんはみつる先輩のことを『みっちゃん』と呼んでいるのだ。
「ぜひ、買わせてもらうわ。ファンクラブのみんなも、もちろん」
「うん……それはありがたいんだけど」
なお、会長さんは高三でみつる先輩は高二なのだが、会長さんはみつる先輩に敬語を使わないでとお願いしているらしい。SOS団の待遇とは雲泥の差である。
「値段が、ちょっとね」
「どのくらい?」
「……五千円、なんだけど」
「え?」
さすがの会長さんも、その値段には戸惑っているようだった。
やはり、高すぎる。そばで聞き耳を立てていたクニとグッチも顔色を変えたようだった。
「マジなの、キョン子? ウチも買ってあげようと思ったんだけど」
「グッチ、いくらぐらいと思ってた?」
「千円ぐらいかなと。まあ、千五百円までなら出せると思ったんだけど」
「……そうだよね」
私は肩を落とす。だいたい、イツキちゃん価格が常軌を逸していたのだ。高校生が、そんな大金出すはずないじゃないか。
「なんとかなりませんの、みっちゃん」
「ちょ、ちょっと、聞いてみる」
みつる先輩は、準備室に行く。そこにはハルヒコとイツキがいるはずで、私もその後をついていく。
「……ということで、五千円だったら厳しいんじゃないかと」
「うーん、そうだよなあ」
ハルヒコはそう言いながら、頭をかく。
「じゃあ、安くすればいいじゃん」
「え?」
そんなハルヒコにつぶやきに平然と答えたイツキに、私たち三人は同時に声を発してしまった。
「古泉、五千円って言ったのはおまえじゃないのか」
「うん、定価は五千円。これはゆずれない線よ」
イツキは当然のようにそう言う。
「でも、予約割引とかそういうので、安くするのはどこでもやってることだし」
「じゃあ、いくらぐらいならいいと思うんだ?」
「三千円だったら、いいんじゃないの?」
「って、それだったら最初に」
「バカねえ、みつる君」
イツキがさとすように言う。
「あたしは五千円で売る映画のためにがんばってきたつもり。だから、五千円の看板は外せない。でも、売れないと意味がないから、そこらへんは、ね?」
「まあ、たしかに、たいていのDVDは定価以下で売られてるけど」
「じゃあ、みつる。三千円で予約とってこい」
「う、うん」
そして、みつる先輩は視聴覚室に戻っていく。
「おい、キョン子。おまえも行けよ」
「え? 私も営業かけるの?」
「当たり前だ。俺たちの未来は、谷口にかかっているといっていい」
たしかにそうだ。映画上映はもうない。あとは口コミで販売するしかないわけで、ここはグッチの口の軽さに期待するしかない。みつるファンクラブの皆さんは、ファンゆえに購入しても、それ以上の販売にはつながらないわけで。
「わかったわよ、あまり期待しないでね」
そう言いながら、私もクニとグッチに駆け寄る。
「定価は五千円だけど、今なら予約割引で三千円になるみたい」
「わかった」
「え?」
「それなら買うよ」
「マジで?」
「だって、それだけ気合入ってるってことでしょ。ちゃんとパッケージとかも用意してるんでしょ?」
「でも、それは、あの、みつる先輩のファンクラブの皆さんとか、そういうのを意識した感じになるかもしれないけど」
「わたしも買ってあげるよ」
「クニも? いいの?」
「だって、なんか手元に置いときたいじゃん。自分の友達が作った映画って。きっと記念になるって」
「それに、ちゃんした映画だったし」
「ありがとう、あんたたち!」
予期せぬ購入者に、私は驚いた。そういえば、つるやさんも予約しているらしい。みつる先輩のほうを見ると、交渉はうまくまとまりそうだ。ということは、十三枚の予約がとれたということか。目標の半分近くは達成できたではないか。
いや、待てよ。これはあくまでも三千円での予約であって、当初の五千円で計画していた売り上げとは異なるのか。
まあ、いいか。とりあえずは、観客全員が購入したという事実を祝おうではないか。それは、なんといっても、みんなががんばった成果であるのだ。あまり映画制作にがんばっていない私にも、心地よい達成感があふれていた。自分が悪意ある編集でラスボスに仕立て上げられていたことも忘れて。
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