(5)「約束したじゃん!」

 

 まず、映像に映し出されたのは、私たちの部室だった。現実とちがうのは、表札が『文芸部』ではなく『SOS団』となっていることだ。さっそく私の知らない映像が使われていたのだが、初期の脚本にあったつるやさんの出るシーンを撮影していないということは、序盤は私の知らない展開になっているということだ。

『SOS団部室。ここには、オニがすんでいるという』

 ハルヒコの声だ。いつもの偉そうな口調とは異なり、ナレーターを気取って低音でしゃべっている。それだけで私は面白かったのだが、視聴覚室の観客は特に動じることはない。

 それにしても、ずいぶんあっさりしたモノローグだと思った。初期の脚本では、みつる先輩がべらべらしゃべる予定だったのだ。それが「オニ」の一言で片付けられている。無論、このオニこそが、「純愛ファイターみつる」の宿敵である「吸血姫イツキ」だと私は思いこんでいた。

 が。

 次に、おどろおどろしい効果音とともに、スクリーンに映し出されたのは、私の姿だった。

「……え?」

 数秒遅れて、そんな疑問を口にした私の手が引っ張られる。イツキだ。イツキは、口に人差し指をあてて「シー」と合図する。

 いやいや、私が出演するなんて聞いてないぞ。もしかして、流す映像をまちがってるんじゃないか。

 画面の中の私は、眉間にしわをよせて何かを考えているようである。そういえば、ホワイトバランスとかなんとか言って、みつる先輩とオセロをしていた様子を撮影したことがある。もしかして、あのとき、盤上の石を撮影するふりをして、私を撮っていたのか。いったい、なんのために?

 それから、みつる先輩にカメラが切り替わる。おそらく、これは別撮りだろう。みつる先輩は小さい背をさらに縮めて、おそるおそるといった感じで石を打つ。

 そして、こんなセリフが流れてくる。

『あー、今日も接待オセロかあ。この人弱いくせに、勝たないと機嫌悪くなるんだよなー。かといって、適当に打ってると、マジメに打て、と怒られるし』

「ちょ、ちょっと!」

 思わず立ち上がろうとする私の肩をおさえる手があった。右に座っているみつる先輩だ。みつる先輩も、イツキと同じように「シー」と合図する。

 正直、私はかなり混乱していた。こんな場面は、私の知っているハルヒコの脚本のどこにもない。もしかすると、私を驚かせるためのドッキリ企画なのかもしれないが、視聴覚室には会長さんをはじめとしたみつるファンクラブの皆さんや、クニやグッチもいるのである。

『むぅ……』

 画面の中の私は、その一手に深く悩んでいるようだった。それから、みつる先輩に画面はかわる。その表情は優れないままだ。

『くっ、こんなわかりやすい手を打ったのに。しかたないなあ。この人でもわかるところに打っておくか』

 頼りない手つきで、みつる先輩は石を置く。それにすばやく反応したのが、画面の中の私である。

『……ふっ』

 私の口元がアップで映し出され、私は力強く石を置く。ビシッ! かなり迫力ある効果音である。

『ねえ』

 画面の中の私がうれしそうな顔つきをしている。

『私が勝ったら、なんでもしてくれるって約束してくれたよね?』

 ちなみに、映画の中の私の声は、実際のものとは違う。スピードを遅くした、低音で間延びされた加工音声である。

 それにたいして、みつる先輩は、

『そ、そんな約束した覚えは……』

「約束したじゃん!」

 たまりかねて、私は叫んだ。

「おい、上映中だぞ」

「そうだよ、キョン子さん、静かにしないと」

 そんな私に対して、ハルヒコとみつる先輩が同時に反論する。しかし、私は見逃さなかった。二人が笑いをこらえていることを。

「キョン子ちゃん」

 イツキも声を出す。

「団長が言ってたよね? 上映中は、叫んだり、立ち上がったりしちゃダメだって」

「い、いや、これは……」

『……で、なにをすればいいの?』

 映画の中のみつる先輩が、おびえた顔で言う。私はうれしそうな顔をする。ああ、そうだったなあ。あのときの勝負、この一手で勝ちを確信したんだっけ。

『ふふふ……』

 映画の私は下品に笑っている。

 それから、画面は切り替わる。あの、女装をしたみつる先輩の映像である。観客全員の息をのむ声が、準備室まで聞こえてくる。

 すると、私がまたもや出てくる。コンデジをかまえた後ろ姿である。

『ふん、ふん、ふん!』

 鼻息をあらくして、私が女装したみつる先輩の写真を撮る姿が……。

 ち、ちがう! と、私は叫ぼうとしたが、イツキに口元をふさがれていた。画面の私は、おそるべき速さでシャッターを切っている。そりゃそうさ。私はスチールカメラマンだったし、女装したみつる先輩にちょっとばかり興奮したのは事実だ。でも、これは明らかに倍速以上のスピードで編集している。ていうか、長門くんはこのときもカメラを回していたなんて知らなかった。

 私は弁明したかった。これはすべて悪意ある編集にもとづく誤解であると。私がオセロゲームを打ったのは事実だ。勝ったら、なんでもしてくれるというみつる先輩の提案に乗ったのも事実だ。スチールカメラマンとして、女装したみつる先輩を熱心に撮ったのも事実だ。

 でも、これでは、私がみつる先輩を女装させたと思われてしまうではないかっ!

「ふが、ふが、ふが」

 気づけば、私の身体は三人がかりでおさえられていた。イツキとみつる先輩とハルヒコである。ああ、そうか。こういうことをあらかじめ想定して、この配置だったということか。そして、長門くんをふくめ、みんなこの悪意ある編集に加担したということか。

 それが何のためであるかは、もはや、どうでも良かった。映画の私は、バカなくせに、みつる先輩にオセロゲームに勝たないと気がすまない女であり、わざと負けたみつる先輩に女装を強制するような、とんでもない女だった。

 スクリーンには、すでに私の姿はなく、イツキとみつる先輩が対峙しているようだが、もはや目に入らなかった。涙でにじんで、まともに映像を見ることができなかったのだ。そう、団員たちの裏切りに、私は涙すらこぼしていたのだ。しかし、今は泣いている場合じゃない。

「ふがーーーっ!」

 私は力をふりしぼり、思いきり叫んだ。そして、彼らの手をふりほどき、私は立ち上がり、一目散に出て行ったのだ。

 我ながら、よくぞ、停止ボタンを押さなかったと思う。そのときは、そこまで考えることができなかったのだ。まあ、そうしようと思っても、ハルヒコに阻止された可能性が高い。あのキョン子包囲網は、それぐらいのことは想定していただろう。非力な私にできることは、その場をのがれることだけだったのである。

 

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