第三章

(1)「なんでSF小説ばかり読んでるの?」

 

「ううむ」と私。

「ううむ」とハルヒコ。

 しかし、私たちが見ているものは同じではない。

 ハルヒコは団長席で、イアホンをつけて、パソコンの画面をにらんでいる。その隣で、長門くんがマウスをにぎっていろいろ操作している。先日までの撮影の映像を見ているようだが、どうもハルヒコの表情は明るくない。

 後ろでは、イツキが腕を組んで見守っている。ハルヒコはだまって、イツキにイアホンを渡す。それをつけながら、イツキも画面を見る。顔色が優れないままだ。どうやら出来た代物は、二人が満足できるものではなかったらしい。

 それは、例えば、料理に似ていると思う。がんばって調理したものが、おいしいとは限らない。自分なりに工夫すればするほど、どんどんマズくなってしまう。料理にもっとも必要なのは、努力やがんばりではなく、先人が残したレシピを忠実に遂行するという確固たる信念なのだ。しかるべきタイミングで具材を投入し、しかるべきタイミングで味見をして調整する。気まぐれ料理が許されるのは、それらの基礎をマスターしたシェフだけなのだ。

 と、映像も見ずに偉そうに私が語っているのは、先ほどハルヒコにさんざん文句を言われたからである。私はスチールカメラマンとして、撮影現場の写真を数多く撮ってきたつもりだった。ロケが終わり、その中身を初めて確認したハルヒコは、あきれた顔で言ってきた。

「おい、半分以上が、空と雲の写真って、どういうことだよ」

 さすがにそれは言いすぎではないか、と私は反論しようとしたが、パソコンにアップロードされた縮小画像の一覧を見て、私も呆然としてしまった。

「い、いや、空の写真だって、役に立つじゃん」

 しどろもどろに言い訳する私に、ハルヒコは冷たく言い放つ。

「二、三枚は使えるかもしれないけどな。多すぎるだろ」

「ま、まあ、空って、いろいろ表情を変えるものだし。それぞれの時間帯で撮っといたほうが役立つかなって」

「じゃあ、この空の写真が、何日の何時何分のものか言ってみろよ」

「そ、それは……」

「まあいい。使える可能性がゼロじゃないからな。でも、この雲だけの写真は何の意味があるんだ?」

「た、たしか、何かに見えたんだよ」

「何かって、何だ?」

「……たとえば、チョコレート・パフェとか?」

「ふざけんなよ。撮影した本人ですらロクに説明できない写真が、映画で使えるわけないだろ」

「う……」

 ぐうの音も出ない。言われてみれば、ロケの最中「あ、あの雲、おもしろい形してる!」と喜び勇んでシャッターを切ったものだが、その積み重ねがこれである。

 こうして、ハルヒコに役立たずの烙印を与えられて落ちこんだ私をはげましてくれたのが、みつる先輩だった。

「まあまあ、キョン子さん。オセロしようよ」

「みつる先輩は、映像見たくないの?」

「いや、ちょっと恥ずかしいし……」

 そう言いながら、みつる先輩はイツキを見る。せっかく映画撮影が終わったのだから、前みたいに仲良くすればいいと思うのだが、今度はみつる先輩がイツキを避けるようになっていた。まちがいなく、あのラストシーンのせいである。やはり、乙女のキスは偉大だったのだ。

 そんなみつる先輩の相手をするのは私しかあるまい、と、久々にオセロゲームをすることにしたのだ。どうせ負けるから、それなりに楽しめばいいや、と思っていたのだが、みつる先輩は驚くべき提案をした。

「キョン子さん、先に四つ打っていいよ」

「へ? 四つ置けっていっても、はさむところなくなるんじゃないの?」

「だから、好きなところに打っていいんだよ」

「マジで?」

 オセロで自由に四つ置いていいといわれて、打つべきところは決まっている。言うまでもなく、四隅である。かつて、私はカドをねらって打ちつづけたものの、寸前でみつる先輩に阻止されて、続きをやる気をなくしたことが多々あった。

「ホントにいいの?」

「うん」

 私をバカにしすぎだろ、と思いながら、私は力強く四つの角にピシャッと打つ。

「……これで、真剣勝負できるね」

 そう言ったみつる先輩の声に、私は「しまった」と思った。

 これはハンデ戦である。今までの平手戦だと、負けたところで「みつる先輩はオセロ好きだし、仕方ないな」と軽く考えることができた。ところが、四つ角をおさえた状態で敗北を喫するとどうなるか。私がバカであることが確定してしまうではないか。

 だから、私はマジメに打たざるをえないのである。実は私、そこそこオセロの勉強をしている。大事なのは、自分の色に染めることではなく、相手を打ちにくくすることだと、本に書いてあった。打つときに相手の石をどれだけひっくり返すか考えるのは初心者で、次の手を予想しながら打つのが上級者の道なのだと。

 そう理屈ではわかっているものの、みつる先輩は私の予想通りには打ってくれない。そして、最初から四つ角をおさえているはずなのに、だんだん私の打つ場所がなくなっている。ヤバい。このままでは、私は『役立たずなバカ』という、最低女子に分類されてしまう。

「キョン子さん。待ち時間の制限はないし、お茶でも飲みながら、じっくり考えたら?」

 対戦相手に同情されるのが情けないが、これ幸いとお茶を飲む。映画撮影で、女装してまで主演を果たしたのだから、今日ぐらいはお茶くみをしなくてもいいと思うが、そんなみつる先輩の優しさに甘えるのが、私を含めたSOS団員なのである。

「……ひとつは、明るさの問題だ」

 ふと、盤上から目を離すと、長門くんがハルヒコとイツキに向かって、何かを説明している。

「撮影には照明係が欠かせないものだが、彼らの目的は、ただ映像を明るくすることではない。映像の明度を一定にするという役目があるのだ。むろん、映像編集で調整することはできるが」

「そうか。あとで変えることができるんだな、長門」

「しかし、単純の明度を上げれば良いものではない。我々の眼とカメラの目は異なる。我々は物体に対して固定の色を定め、認識する。トマトは暗いところでも明るいところでも、赤であると我々はとらえる、しかし、機械はそうではない。色合いというものは、環境によって左右されるものだ」

「そういや、それを利用しただまし絵があるよね。サクシとか言ってたっけ」

「映画を見るのは、そのような錯視を持っている人間だ。だから、データだけを頼りに調整しても、理想の映像になるわけではない」

「そういや、長門って、最初に銀色の板みたいなもの、持ってきてたよな? 結局、使わなくなったけど」

「自然下で撮影すると、日光の影響が出てしまうから、レフ板などを用いるべきだったのだが、こればかりは仕方がない。人数が限られていたからな」

 長門くんの言葉に、私はいたたまれない心地になってしまう。空と雲の写真をパシャパシャ撮るぐらいなら、レフ板を持っていたほうが役立っていただろう。

「ともあれ、これらの映像を使う場合は、ホワイトバランス処理をしなければならないということだ」

「ホワイトバランスって、補正処理ってやつ? フォトなんとかっていう、すごく高いソフト使ってやるんだよね」

「まあ、フリーソフトでも何とかなるが、静止画ならともかく、動画に処理をほどこすとなると、大変だ」

「そうだよなあ。映像といっても、連続写真みたいなものだからな」

「うーん、撮影される側からすれば、できるだけ肌を白く撮ってね、としか思わなかったけど、そう簡単なものではないのね、メガネ君」

「いちおう、カメラ設置の際に、できるかぎりの配慮をしているから、満足のいく映像に仕上げることは不可能ではないと思う。それよりも、問題なのが、音だ」

「ああ、俺が思っている以上に雑音が入ってるし」

「あたしは、できるだけ、ゆっくりはっきりしゃべったつもりだけどなあ」

「そうだな、古泉はまだいい。問題は、みつる、おまえだ!」

 いきなり、ハルヒコは身を乗り出して、私とオセロを打っているみつる先輩を指さす。

「えー! 撮影のときはOKって言ったじゃん」

「あ、ああ。そうだけどな」

 その指摘には、さすがのハルヒコ監督も分が悪い。とにかく、スケジュールを消化するのが先だと、ちょっとしたNGを気にせずに、どんどん撮影を進めたものだが、そのツケが今になって返ってきたということだ。

「正直いって、素材として、映像は使えるが、音声はあまり使えないと思う。だから、アフレコをするべきだと提案する」と長門くん。

「アフレコって、声優がやることじゃないか」とハルヒコ。

「撮影した音声を使うために編集する労力を考えれば、イチから声を吹きこんだほうが良いと思うのだが」

「つまり、映像にあわせて、古泉やみつるにしゃべらせるってことか」

「それだと、映像の編集をしないと、アフレコができない。それよりも、音声を先につくってから、それに映像素材を合わせたほうがいい」

「ようするに、ドラマCDを作るってこと?」とイツキが口をはさむ。

「古泉、なんだよ、それ」

「ドラマCDっていうのは、そこそこ人気がある漫画やアニメで、よくやる商法よ。声優使って、映像なしの音だけでストーリーを演じさせるの。お金かからないから、けっこう流行ってるんだよね、みつる君?」

 イツキがみつる先輩に話をふる。

「あ、うん、そうだよね。ドラマCDとアニメ版の声優が違うって、ファンの間では騒ぎになったりするけど」

「とにかく、音声だけで物語が完結すれば、それに合わせて映像を編集することはできる。映像では音声にできない速度調整ができる。高性能なカメラで撮影した映像だから、編集過程でトリミングやズームアップをすることも可能だ」

「うーん」

 ハルヒコは腕組みをして首をひねる。彼の中では、あとは編集でつなぎあわせば、それなりに満足いく映画が完成できると思っていたのだろう。

「映像を先に完成させる方法もある。だが、その際に音声を無視できるかだ。はっきりいって、音声編集の労力は、映像編集の比ではない。それぞれのシーンの音を一定にせねばならないし、ノイズを隠すためのSEを効果的に配置せねばならない」

「……たしかに、今のまま、映像をつなぎあわせても、支離滅裂な話に終わるかもしれない。ドラマCDを作ると割り切れば、目で全体図を追うことができる」

「今回で撮影した音声素材をそのまま使ったほうが良いシーンもあるだろう。ラストシーンなどは、そうだ。だが、大部分の音声はとりなおしたほうが良いと考える」

「でも、団長。そうなると、スタジオ借りちゃったりするの? もう部費、ないんでしょ?」

「その点はだいじょうぶだ。放送部の機材を借りればなんとかなると思う。そうだよな、長門」

「ああ、音声を録音するのは、それほど高価な機材でなくてもいい。雑音がなく、音声レベルが一定であれば、編集することは難しいものではない」

「……なるほど」

 それから、ハルヒコは立ち上がった。

「よし、じゃあ、古泉とみつるも一緒に来てくれ」

「え? 僕が?」

「おまえら主演二人を連れて行ったほうが、話が進むからな。とりあえず、いまから話をつけにいかないと、向こうの予定もあるだろうし」

「でも、団長が脚本をまとめてくれないと、アフレコは始まらないじゃん」

「だから、顔合わせだ。脚本は俺が何とかするから安心しろ」

 どうやら、映画制作はまだ続くようだ。もしかすると、ハルヒコの授業ボイコットは続くのだろうか。中間テストが近いというのに。

「わかったよ。じゃ、キョン子さん、勝負はお預けだね」

 そして、みつる先輩は立ち上がる。私は内心ほっとする。ハンデ戦であるのに関わらず、勝負は明らかに劣勢だったからだ。

「そうだ、キョン子。留守番のついでに、頼みたいことがある」

 ハルヒコはそう言って、ポケットからレシートと領収書の束を出してきた。

「会計清算をしていてくれ」

「え? 私が?」

「ほかにヒマなヤツがいないんだよ」

 さらに、ハルヒコは私に新品のノートを渡す。いつの間にか私はSOS団の会計に就任していたようだ。

「じゃ、古泉、みつる、行くぞ」

 そう口にするハルヒコの声には明るさが戻っていた。まだまだ映画制作の終わりは見えないのに、よくもまあ、陽気でいられるものだ。

 もし、タイムマシンがあったのなら、能天気な映画制作発言を始めたときに戻って、ハルヒコにこの現実を見せてやりたいと思った。あんたの未来には、こんな困難が待ち構えているのだと。でも、あいつは、自分が思いついたことは、絶対にやりとげないと気がすまないヤツなのだ。きっと、時計の針を戻しても、あいつは同じことをするのだろう。実に困ったことに。

 

     ◇

 

「あれ? 長門くんは、行かないの?」

 ノートを開いて、会計の清算を始めようとしたとき、部室にいるのは私一人ではないことに気づいた。

 長門くんは、団長席の後ろの指定席に座って、本を読んでいる。いつものSF小説だろう。それは、SOS団における日常風景のはずだったが、ここ十日あまりの映画撮影では見られない光景だった。

「あれは涼宮の映画だ」

 長門くんは、私にそう言い放って、読書タイムに戻る。

 思えば、長門くんは、さまざまな提案をしたものの、決定権はすべてハルヒコ監督にゆだねていた。だが、映画制作での長門くんの役割は欠かせぬものであったし、これからもそうだと考えていた私には、意外すぎる冷淡な返事だった。

 まあ、今回の映画の内容は、長門くんのポリシーに反したものだっただろう。なにしろ、主人公が女装男子なのだ。ストーリーに口をはさまず、映像などの技術的な部分ばかり説明していた長門くんの目的は、別にあったと考えるべきで。

「やっぱり、SF巨編とかのほうが良かったの? 長門くんは」

「そうではない」

 冷たく言い返されてしまった。

 普段は無口な長門くんだが、映画ロケに入ってからは、それまでの半年間の口数からは信じられないペースで喋っていた。だから、すっかり心を開いてくれたと感じていたが、どうやら撮影期間限定であったらしい。

 このまま会話を終えてもよかったのだが、私には気になることがあった。おそらく、今、このときでなければ、訊けないことだろう。だから、私はそれを口にした。

「ねえ、なんでSF小説ばかり読んでるの?」.

「読めばわかる」

 あっさり返された。そういえば、前に本を薦めてくれたことがあったが、ほとんど読まずに返してしまった。そんな私が、こういう質問をするのは筋違いかもしれない。

 私はあきらめて、レシートの束と向き合う。予想よりも、はるかに厚い。もしかすると、五人で集めた二万五千円は、とっくになくなってるのかもしれない。となれば、さらなる部費徴収とかあるのだろうか。

 その運命から逃れるべく、私の意識は長門くんに向かうのだ。あきもせず、SF小説を読んでいるのはなぜだろう。現実逃避のためだろうか。それならば、今の私もSFを読んでしかるべきかもしれない。

「……でも、SFって、ウソばかり書いてるじゃん」

 私は思わず口に出す。

「それは、どの物語でもそうだと思うが」

「いや、フィクションとかそういうのじゃなくて、SFの書いてた近未来って、実現されてないじゃん。SFだと、宇宙旅行が当たり前になってたり、宇宙人が攻めてきたりしてるけど、そういうこと起きないし。SFで21世紀がどうだとか予言してたけど、ちっとも当たってないし」

 かつて、涼宮ハルヒコは、そういうものを信じていた。それゆえに、現実が面白くないと嘆き、怒り、こんな部を作るに至ったのである。いわば、SF小説に裏切られた一人といっていい。そんな無駄な期待を抱かせるものならば、最初から読まないほうが良いではないか。

 私の言葉に、長門くんのページを進める手は止まった。しばらく、何かを考えたあと、立ち上がって、本棚に向かう。

「この本を知っているか?」

 そして、一冊の本を出す。

「『1984年』って、タイトルなの?」

「ああ、かなり有名な本だが」

「それって、SF小説なの?」

「だから、作家が予想した未来の1984年が描かれている」

「その予言は当たったの?」

「外れている、ともいえるし、当たった、ともいえる」

 長門くんにしては、曖昧な答えをする。

「当たったって、どこらへんが?」

「そのような具体例を、未読の者に説明することは骨が折れるのだが……」

 ヤバい。このままでは、また新たなSFを薦められることになってしまう。ふと身構えた私の様子に気づいたのか、長門くんは口調を改めた。

「ともあれ、SFには、それぞれの作家が想像力を駆使して描いた未来予想図が描かれているわけだ」

「未来予想図?」

「そう、人々が恐れている未来だ」

「え? SFって、今よりも理想的な未来を書いているんじゃないの?」

「SFによく使われる手法のひとつに『楽園小説』というものがある。現在の世界が抱える種々の問題が解決された未来を描いているものだ」

「例えば、貧困とか、戦争とか?」

「SFはそれに目を背けたものではない。むしろ、『楽園』を描くことで、人間性を描きだしている、といえる」

「どういうこと?」

「例えば、宗教がなくなれば、世界は平和になるのか、というような仮定だ。未知なるものを崇拝する人間性が消えないかぎり、宗教がなくなることはない。だから、絶対的な力を持ち、社会に干渉ができる存在を作れば、宗教を統一することができる、と考える者がいてもおかしくはない」

「そういうものなの?」

「あくまでも仮定の話だ。そうして実現された『楽園』に生じた弊害を描くのが、SFの基本形といえる」

「ヘイガイ?」

「そうだ。人々が理想とする未来に警鐘を鳴らすのがSF小説の役目だ。その『楽園』を賛美するだけならば、物語とはなりえない。主人公が『楽園』の内側にいるか、外側にいるかで物語の方向性は変わってくるが」

「たしかに、未来になれば、みんな解決して、平和になりますよーって話じゃ、面白くないもんね」

「そう、SFの本質にあるのは、恐怖だ。科学進歩や宇宙空間といった未知への恐怖。それに立ち向かう人間を描いたものが、SFなのだ。だから、SF作家はカナリアでなければならない。炭鉱で危機を訴えるカナリアのごとき鋭い嗅覚を持って、この世界を生きねばならない」

「へえ」

「想像力の限界に挑み、その臨界点で寒さに打ち震えながら紡ぎだされた物語。それが、SFの正体だ」

「なるほど」

 私はうなずいてみせたものの、半分以上はよくわからなかった。わざわざ、未来を予想して恐怖を描くというのは、まどろっこしくはないだろうか。それよりも、恐れるべきものは、いっぱいあるはずなのに。

 そう、目の前にあるレシートの束がそうである。ハルヒコは私をパシらせてるとき、いつも自分の財布からお金を出していたことから、部費と私費の区別をしていなかったように思う。少なくない金額を自腹で切っていたのではないか。

 それを知ることは恐ろしいことだった。宇宙に出て、未知なるエイリアンと戦うことよりも、ずっと。でも、目をそらすわけにはいかない。ハルヒコはどれぐらい身銭を切っているかは把握しているはずだし、私が会計清算をサボっても、失われたお金は戻ってこない。

「そういえば、文芸部の部費って、どうなってるの?」

 ふと、私はつぶやいてみた。もともと、ここは文芸部部室であり、文芸部は学校から認められた正式な部なのである。だから、秘密結社であるSOS団とは違って、毎年学校側から部の活動資金が与えられるはずなのだ。

「それは部活動補助金のことか?」

「うん。文芸部にも配分されてるはずだよね?」

「すでに使った」

 私の甘い期待を裏切る長門くんの冷酷非情な声。

「全部、使ったの?」

「ああ」

「何に?」

 長門くんはだまって指差す。彼が熱っぽく話していたSF小説ばかりが詰まっている本棚だ。

「……ま、まさか、学校からの補助金使って、SF小説をそろえたの?」

「そうだ」

 当然のように長門くんは答えて、また読書モードに入る。

 私は愕然とした。長門SFコレクションは、彼が自腹で購入したものを部室に持ちこんでいると思いこんでいたからだ。

 そのあとで腹が立った。個人の趣味全開で本をそろえるのは、文芸部としてどうなのだろう。新入生を完全にシャットアウトしているではないか。せめて、歴史小説ぐらいは置くべきではなかったか。

 でも、それこそが長門くんの狙いなのだろう。いわば、SF小説とは、新たな文芸部員をこばむ壁なのだ。SOS団員の出入りを許しているのも、本当の文芸部員ではない私たちにはSFコレクションに文句が言えないからだろう。

 こうして、頼みの綱が断たれた事実に、私は打ちのめされる。秘密結社である私たちの財源は団員が持ち寄るしかないわけで、このままでは追加徴収もありえるのだ。

 そう考えると、棚に並んだSF小説が憎らしくなった。私はそれをにらみつける。やはり、女子高生とSF小説は永遠に分かり合えない天敵なのである。

 

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