(4)「必殺技会議を始める」

 

「必殺技会議を始める」

 部室でハルヒコは高らかにそう宣言した。武道場ロケの翌日のことである。

 そのバカげた発言に、私たちが動じることはなかった。すでに、団員全員にメールで伝えられていたからだ。といっても、文面はたった一行、『必殺技を考えてくるように』という、そっけないものだったが。

 ハルヒコと同じクラスである私も、口頭ではなくメールでその団長命令を受け取った。どうやら、映画制作に夢中なあまり、私と一言交わす時間ですら惜しむようになってきたらしい。

「団長、今日は撮影しないの?」

 昨日ズル休みをしていたイツキの問いに、ハルヒコは深くうなずく。

「ああ、これまでのロケで、事前準備を着実にしないと、まともな映像が残せないことを痛感したからな」

 口調は偉そうだったが、ハルヒコなりに反省しているのだろう。独断専行型の彼が他人に助けを求めるとは、実に珍しいことだった。

「……でも、それが、必殺技っていうのが、ねえ」

 思わずもらした私の言葉に、ハルヒコはするどく反応する。

「お、キョン子は、なんか考えてきたか」

 うれしそうにたずねる彼に、私はそっけなく答えた。

「みつるビーム、とか」

「却下だ、却下。なんだよ、それ」

 ハルヒコはあきれた顔で私を見る。わざわざ、必殺技会議なんてバカな企画に付き合ってやってるのに、失礼なヤツである。

「じゃあ、みつる光線、とかどう?」と私。

「だから、そういうのを求めてるんじゃないって」とハルヒコ。

「うーん、みつるサイクロン、とか?」

「ちょっとだまれ、キョン子」

「そういうんじゃないの?」

「誰が、必殺技の名称を考えてこいって言ったんだよ」

「どうせ、編集でいろいろ加工するんでしょ。バカみたいな光線とか波動を出したりして」

「それで面白い映画が撮れると、本気でおまえは思ってるのか? キョン子、おまえは必殺技に対する認識が甘すぎる!」

「なっ……」

 ハルヒコのマジメな反論に私は絶句してしまう。高校生にもなって、必殺技なんてフレーズを連呼するだけでも恥ずかしいと思うのだが、ハルヒコの表情は、いたって真剣なものだった。

「で、でも、つるやさんはそういうの打ってたじゃん。あんたの脚本だと、『はぁぁぁっ!』って」

「それは、つるやさんだからだ。あの人だったら、必殺技の一つや二つ持っていてもおかしくない。それだけの説得力がある身体をしている。だが、我々のヒーローは、残念ながら、みつるなのだ」

「そうよ、キョン子ちゃん。この映画のコンセプト、わかってるの?」

 イツキまでもが、ハルヒコに加勢する。なんだか説教口調になっている。私、それほど、見当ちがいなことを言ったつもりはないのだけれど。

「たしかに、映像編集により、アニメのようなエフェクトをつけることは、それほど難しいことではない」

 団長席の後ろに座っている長門くんも口をはさんできた。

「だが、そんな誰もが思いつくアイディアを、わざわざ加工して見せたところで、観客が満足するとは思えない」

「そうだ、長門の言うとおり。我々の映画は、観客のありふれた予想を裏切らないといけないからな」

「……なるほど」

 そんな会話に唯一加わらなかった、みつる先輩が、もっともらしくうなずく。

「お、みつるは何か考えてきたか?」

「そういうことだったら、ハルヒコ君、超能力系はどうだろう?」

「超能力系?」

 思わず、私はオウム返しをしてしまう。まさか、系統別に分けるほど、みつる先輩は必殺技を考えてきたというのか。

「例えば、『秘技・マリオネット』とか」

「それって、あやつり人形みたいに、相手を動かせる能力ってこと?」

「そうだよ、イッちゃん。つまり、相手の命令に従わなくちゃいけないってことだから、イッちゃんは僕の……」

「なるほど、女装したみつるが、『シェー』とかやらされるわけか。面白そうじゃないか」

「あれ? 技をかけるのは僕じゃないの?」

 途端にみつる先輩があわてだす。

「みつる、なに言ってるんだ。受身しか取柄のないおまえに、必殺技なんているか」

「……まさか、あのメールって、イツキちゃんの必殺技を考えてこいってことだったの?」

「ちょっと考えればわかるだろ、キョン子」

 私の問いに平然と答えるハルヒコ。いや、映画のタイトルは『純愛ファイターみつる』であって『吸血姫イツキ』ではなかったはずなんだけど。

「今回の映画は、みつるが古泉に負け続けるという筋書きだ。みつるは最後に勝てばいい。だから、その間のバトルを盛り上げるために、古泉の必殺技がいるんだよ。できれば、五つぐらい」

「じゃあ団長、最初は、古典的に催眠術でいいんじゃない?」

 ハルヒコの説明に納得したのか、イツキが提案する

「催眠術?」

「そうよ、五円玉をひもにぶら下げて、それを揺らして、『あなたは、動物です』と思いこませるとか」

「うむ、最初の戦闘は、それぐらいでいいな。みつるだったら、そんな子供だましにかかってもおかしくない」

「それでね、みつる君が、イヌになりきってお手をしたりとか、馬になってあたしを乗せてパカパカ走り回ったりするんだよね。もちろん、女装したカッコで」

「ひ、ひどい」

 さすがのみつる先輩も、容赦ないイツキの提案には、たじろいでいるようだった。

「……まさか、それを、公園で撮影する気なの?」

「でも、キョン子ちゃん、みつる君のファンは喜ぶと思うよ」

 私の常識的な意見に、角度を変えて反論するイツキ。それに、ハルヒコも同意する。

「そうだな。どうせ、週末にまとめて撮影するつもりだし、身内の来ない遠くの公園ですれば、みつるも文句ないだろう。昔の人は言ったものだ。旅の恥はかき捨て、とな」

「いやいや、これ、文化祭で上映するんでしょ? それなら限度ってものが」

「キョン子ちゃん、なにがいけないっていうの?」

「……なにがいけないって、いわれても」

 高校生の私たちが、そんなもの撮影していたら、警察に補導されるんじゃないか。運よく完成しても、先生たちから上映禁止にされそうだ。

「そういうことだったら、次のロケのときは、大きめのレジャーシートを持ってこよう」

「ああ、みつるの衣装を汚すわけにはいけないし」

 長門くんまでも、反対するどころか乗り気になっている。

「……でも、僕の心は汚れてしまうんだけど」

「ほかになにかないか、古泉」

「そうね、性別転換とかいいかもね。『秘技・トランス』って」

「ああ、なるほど」

 みつる先輩の不平を無視して、ハルヒコとイツキは話を続ける。

「せっかく女装してるんだから、女の子になりきる場面もないとね、みつる君」

「僕、マゾじゃないんだけど。どっちかっていうと、サド――」

「まあまあ、みつる先輩。これは映画の話だし」

 思わず本音をもらそうとしたみつる先輩の言葉を、私はさえぎってしまう。みつる先輩の内面が、その愛らしい外見にふさわしくないことは承知しているが、それを口に出されるのは、許したくなかったのだ。

「だいじょうぶよ、みつる君」

 イツキが、優しい表情でみつる先輩に話しかけてくる。

「みつる君には、最大の武器があるじゃん」

「最大の武器?」

「ええ、純愛という、最強の必殺技が!」

 机をドンと叩きながら、そう力説するイツキに、ハルヒコはうなずく。

「そうだ、みつる。おまえは最後に純愛で勝つんだから、安心しろ」

「……でも、純愛って」

 みつる先輩は、納得いかない顔を浮かべている。

 だいたい、純愛で勝つって、どういうストーリーにするんだろう。私たちは高校生であり、純愛に憧れるべき年齢であるはずだが、この部室にはその魔力が届かないようだ。きっと何も考えてないと思う。ハルヒコも、イツキも。

「よし、これで、シナリオ完成のメドがついた。あとは俺に任せろ」

 そう言って、団長席に座るハルヒコ。どうやら、必殺技会議は終わったらしい。

「じゃ、僕、お茶、いれるね」

「ああ、渋めで頼む」

 そして、さんざんな扱いを受けているのに、みつる先輩はお茶くみをするのである。その健気さに、私は感動しながら考える。映画撮影が終わったら、みつる先輩の好きなオセロゲームの相手ぐらいはしてあげようと。

 

     ◇

 

 読書の秋、という言葉がある。十月の日暮れは早い。これが意味することは何かというと、平日に屋外の映画撮影なんて、授業をサボらなければできっこないということだ。ハルヒコが事前準備をするようになった理由は、そんな事情もある。そのため、次の週末でまとめて撮影する予定となったのだ。

 ここで疑問が出てくる。カメラのレンタル料金はどうなるのか。一週間で三万円ということは、一日で約五千円である。誰も文句を言わないということは、かなり安い値段なのだろう。とはいえ、撮影が一日のびると、約五千円追加である。これは、ちょっと、とんでもない金額ではないだろうか。

 おそらく、長門くんは延滞料をキッチリ請求すると思う。金持ちのくせに、私たちにジュース一本おごってくれたことのない長門くんのことだ。

 しかし、その不安を、私は口に出せなかった。なぜなら、ハルヒコが本気になっていたからだ。

 どうやら、彼は一日のほとんどを映画制作にささげているようだった。授業に出席しているといっても、先生の教えることにはロクに耳を傾けず、シナリオ作成に没頭していた。指名されても、悪びれなく「わかりません」と言って、脚本書きに戻った。そんな不遜な態度が許されるのは、彼の成績がトップクラスだったからである。私なら、そうはいくまい。

 そのようなハルヒコの態度が気に食わずに、説教を始めた先生もいた。すると、ハルヒコはそれをさえぎって、こう言い放ったのだ。「そんなことより、授業進めたほうがいいと思いますよ。目ざわりでしたら、廊下に立ってましょうか?」

 彼の大胆すぎる発言に、私は冷や冷やしていたのだが、クラスには意外と好評で、グッチすら休み時間に「あんときのペコちゃんの顔、サイコーだったね!」とうれしそうに言ったものだ。

 まあ、生徒にペコちゃんと呼ばれてバカにされるような先生相手だったから、許されたのかもしれないが、それ以降、涼宮ハルヒコの存在は無視するという暗黙の了解が、先生たちの間で形成されるようになった。おかげで、一般生徒の私は、授業中にあてられる確率が少しばかり上がってしまって、大いに苦労したわけだが。

 放課後は、週末ロケに向けての準備にあてられた。まず、ハルヒコが放課後までに脚本を書き、それをもとに、長門くんと話し合って、どう撮影するかを決め、主演二人を交えて台本合わせをする。無計画の独裁者だったハルヒコが、ここまで下準備を徹底したのは、最初のロケの苦い失敗があったせいだろうが、おかげで、問題児のイツキもハルヒコ監督のやり方に素直に従うようになったのである。

 そのイツキにも、微妙な変化があった。それは、みつる先輩との距離である。最初は気づかなかったのだが、イツキは二人きりでみつる先輩と話すのを避けるようになったのだ。これは普段の二人の仲の良さを間近で見ている私からすれば、あまりにも不自然だった。

 二人の間に何かあったわけではないはずだ。みつる先輩のほうは、イツキと話したそうなそぶりをしているのである。それを、イツキがかたくなにシカトしているのだ。たいていは私を盾にして。

 みんな仲良く撮影すればいいのに、と私は思う。でも、イツキはそう考えていないらしい。二人の間でどういう演技をするのかについても、ハルヒコが間にいなければ、一言もしゃべろうとしなかった。イツキはあくまでも他人のみつる先輩と共演したいらしい。それはきっと、彼女なりに、本気で映画撮影にのぞんでいるからだろう。やがて、みつる先輩も、映画制作以外の話をしなくなった。イツキの無視が、ある種の緊張感をもたらしたのだ。

 さて、私といえば、週末に晴れることを祈るぐらいしか、やることがなかった。さりとて、退屈だったわけではない。何しろ、涼宮ハルヒコの本気である。辛口のハルヒコ評論家である私ですら、その努力を認めないわけにはいかなかった。それを観察するだけで楽しかったし、スチールカメラマンという職分をいかして、部室での打ち合わせの様子をコンデジに収めたりした。

 こうして、週末ロケに向けた前準備は万全だったはずだった。しかし、これでも、私たちは楽観的すぎた。おかげで、週末はさらなるハプニングを招いてしまったのである。

 

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