(4)「それじゃダメね、話にならない」

 

 さて、例の発言の翌朝、いつものように眠たげな表情をしながら教室にたどり着いた私に、すぐさまハルヒコが近づいた。

「おい、何か考えてきたか?」

 彼の瞳には不気味な輝きがあったが、私には何のことだかさっぱりわからない。

「なにが?」

「だから、映画の話だよ」

 そう言われて、私はようやく昨日の部室での出来事を思い出した。

「なんとかメドが立ちそうなんだ」

「なにが?」

「だから、映画の話だよ!」

 私は斜め60度に首をかしげる。はて、そこまで話が進むほど、昨日の部室で建設的な議論が交わされたっけ。

「くわしくは今日の部活で話すからさ。楽しみにしてろよ」

 その無邪気さは、春にSOS団を結成したときに似ていた。どうやら、私はまた彼の良からぬたくらみに巻きこまれるみたいである。ただし、今の私はひとりではなかった。

 それにしても、こいつ、どんな映画を作るつもりなのだろう。どうせ、宇宙人や超能力者が当たり前のように出てくる意味不明な内容なのだろう。私はさしずめ「なんだってー」とか叫ぶエキストラ役だろうか。

 放課後になっても、彼の上機嫌は維持されていた。

「諸君、朗報だ!」

 文芸部室のドアを開けるなり、ハルヒコはそう言い放つ。みつる先輩とイツキは優雅なティータイムを楽しんでいる途中だったが、いちおう、我らが団長の顔を見る。

「映画制作は我々にも可能であることが判明した」

 そして、ハルヒコは部室の上座である団長席に向かう。

「映画って、昨日言ってたやつ?」

「そうだ、みつる。昨日の時点では確定事項ではなかったが、本日から正式に映画プロジェクトを開始することにした」

「まさか、団長ったら、もう企画書を書き上げちゃったとか」とイツキ。

「へえ、すごいじゃん。見せてよ」とみつる先輩。

「いや、そういうんじゃなくてだな」

 イツキとみつる先輩が興味を抱きはじめたのに、ハルヒコは決まり悪そうに頭をかく。

「実は、シナリオは全然できていない」

「じゃあ、昨日と何ら変わってないじゃん」とみつる先輩。

「そうよ、あたし、くだらない映画だったら出演する気ないからね」とイツキ。

「そんなことは些細な問題だ」

 ハルヒコはそう断言する。全国の脚本家の人々が聞いたら、どんな顔をするだろう。

「それよりも、テクニカルな問題だ。かつて、映画を作ることは、素人には難しいものだった。ところが、今では動画共有サイトの発達により、アマチュアでも手軽に動画編集できる時代になったのだ。つまり、タダで手に入るソフトを使っても、映画が制作できることが判明したのだ!」

 彼は自信に満ちた表情でそう話す。しかし、聞いている私たち三人の不満は何ひとつ解決できていなかった。

「…………で?」

 さすがに、このまま不毛な時間をすごすのもイヤなので、私が声をあげてみる。

「だから、カメラで映像を撮りさえすれば、俺たちでも何とかなるということだ」

「その映像がない状態で何言ってんのよ」

「そんなものは、どうにだってなる」

 ハルヒコは私の現実的な意見にもひるまない。

「俺たちには大がかりなセットを組むなんて無理だ。それに、主演である二人の長所をいかすことを考えれば、作るべきシナリオの方向性は一つしかない」

「どんな方向性?」

「正義のスーパーヒロイン古泉イツキと、頼りないけど頑張るパートナー朝比奈みつるによる、冒険活劇だ!」

 コブシを握りながら、そう宣言するハルヒコに、私は乾いた笑いを返すことすらできなかった。

「つまり、僕たちが正義の味方を演じるってこと?」

 戸惑いながら、みつる先輩が声をあげる。

「そうだ、これからおまえたち二人は、正義のために戦ってもらうことになる」

 腕組みをしながら、当然のようにハルヒコはうなずく。

「じゃあ、悪役は?」とみつる先輩。

「そりゃ、残りのメンバーとなる」とハルヒコ。

「私はイヤよ」

 あまりにも実現性の乏しいハルヒコのプランにあきれながら、私は立ち上がる。

「それにあんただって、とても悪役がつとまるとは思えないし」

「いや、俺は監督だから、出演する予定はない」

 そんな彼の言葉を聞いて、私は不作法ながら、軽く舌打ちをしてしまった。

「そういうことね。で、あんたは私を悪役にして、どんなシナリオを書くつもりなの?」

「そ、それは……」

 すっかり分が悪くなったハルヒコは慌てる。どうやら、そこまで考えが至らなかったようだ。まったく、思いつきでべらべら発言するからこうなるのだ。高校生なんだから、もう少し落ち着きを見せるべきじゃないのか。

 そのとき、沈黙を保っていたイツキが静かに声を発した。

「それじゃダメね、話にならない」

「な?」

 イツキのダメ出しに、ハルヒコのみならず、私もみつる先輩も驚いた。そもそも、こういう面白そうなことには、後先考えずに突っこむのがイツキちゃんスタイルではなかったのか。

「だって、あたしが正義のヒロインだなんて、ダサすぎるわよ」

 その通りだ。すっかりSOS団気質に染まっているように見えるイツキだが、もともと黒い噂が絶えない女子なのだ。中学時代は色々やっていたらしいし、今でもクラスメイトとはほとんど口をきかない。私はすっかり心を許しているけど、本当は怖い女の子なのである。

「それより、あたし、セクシーな女幹部のほうが似合うと思わない?」

 しかし、そんな私の予想は見事に裏切られた。イツキは優雅に立ち上がり、口火を切る。

「そもそも、あたしとみつる君がコンビを組んだところで、それを見たみつるファンクラブの人が、どんな顔をするか考えたことある? あたしは彼女たちに嫉妬されて、殺されるかもしれないわよ。そんな誰も望んでいない展開にする必要がどこにあるの?」

 やたらと熱気を帯びているイツキの声に、私たち三人はおとなしくうなずく。

「だから、あたしが悪役で、みつる君が正義の味方。これしかないじゃん」

「古泉、おまえ、悪役でいいのか?」

「そうよ、あたし、姉御肌の女幹部に憧れてたからね」

 そして、イツキちゃんは不敵な笑みをこぼす。

 なるほど、たしかに彼女らしい。私はそういう番組を見るとき、正義側に立ちながら、都合のいい展開にうんざりしたものだが、イツキはむくわれない努力を繰り返す悪役に共感を抱いていたということか。

「でも、正義の味方がみつるなんて、パンチ力が足りないんじゃないか? いささか頼りない」

「ハルヒコ君、そりゃひどいよ」

「そう、そのイメージが大事なのよ」

 イツキはみつる先輩を完全に無視して、ハルヒコをビシッと指をさす。

「むしろ、あたしがみつる君をひたすらイジめるという内容なのよ。みつる君は果敢にもあたしに挑みつづけるけど、正義の力をもってしても、あたしにはかなわないわけ」

「じゃあ、イッちゃん。僕はただのやられ役ってこと?」

 みつる先輩が不満の声をあげる。

「最終的に正義が勝つんだけどね。大切なのはその過程よ。みつる君があたしにボコボコにされるという展開が、この映画の最大の魅力なのよ」

 イツキの言葉に、ふうむ、と私たち三人はうなる。

「でね、みつる君の変身コスチュームなんだけど、背丈の都合で女性用しかないんだよね。それでも、みつる君は正義のために、恥ずかしがりながらも、ヒロインの格好をして、あたしに挑むわけよ。あたしはそれを散々笑いものにしながら、何度もみつる君をやっつける。この変態がっ、とののしりながらね」

 私はセクシー姿のイツキにイジメられる女装したみつる先輩を思い描く。イツキの短いスカートは、愚かな男子の視線をトリコにするだろう。そして、かわいそうなみつる先輩には――。

 ちょっと待て、これ、ディープすぎないか?

 私はみつる先輩を見る。彼は以前、セーラー服を着て喜んだという悪しき事例がある。とはいえ、今回は慎重な姿勢をとっているようだ。さすがにオタクといえども、イツキにいたぶられて喜ぶような性格ではないはずだった。

 と期待していたら、何やらブツブツつぶやいている声が聞こえてくる。

「最近、女装男子がブームになってるみたいだけど、僕が本気を出せば、あんなヤツら、軽く粉砕できるはずだし……単なる女装なら、流行に乗っかったようでカッコ悪いけど、映画制作のためだと考えたら、これは、むしろチャンスと受け止めるべきかも……」

 な、なにいってるんだ、この人は? 女のカッコなんてしたくないとか、そんな単純な返事でいいじゃないか。

「みつる君、これ、いけそうだと思わない?」

「たしかに」

 そして、うなずくみつる先輩。ああ、やっぱり、この人はオタクな変態野郎にすぎなかったようだ。

「団長はどう思う?」

「うむ、面白そうではあるな」

 ハルヒコも同意する。もともと、彼は部員勧誘のためにみつる先輩を女装させたという前歴がある。そう、このSOS団は、まともな人間が私しかいないという変人集団なのだ。私の常識的な意見なんて、この部室では無力に等しいのである。

「まさか古泉に企画の才能があったとはな。何かしらの可能性を感じさせるシナリオだ」

 ハルヒコが他人を認めるとは珍しい光景だった。でも、これは思いつきでしゃべっているだけだと思う。明日になれば、イツキ自身忘れてそうだし。

「よし、その方向性で考えてみよう」

「せっかく映画するんだったら、とことん突き抜けないとね。ねえ、キョン子ちゃん?」

 うれしそうな笑みを浮かべるイツキ。こういうときのイツキちゃんを止める方法を私は知らない。すべてをあきらめて、私は苦笑いをしてみせる。

「よし、副団長のおかげで、SOS団映画プロジェクトは大いに前進したようだ。まちがいなく、この企画は成功する」

 ハルヒコは大胆にそう宣言した。しかし、議論は白熱したものの、まだ大事なことを忘れているような気がする。映画に必要な根本的な何かを。

 

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