(3)「おまえ、バカか?」
SOS団――この物語は、そんな秘密結社を中心に繰りひろげられる。
構成員は現在五名であり、本部は北高文芸部部室に置かれている。団長は涼宮ハルヒコで、副団長は古泉イツキちゃんである。SOS団結成にまつわるゴタゴタは以前に紹介したので、そのいきさつを知りたい人は、まずそれを読んでほしい。
「SOS団」という名称を見て、人助けをする立派な部というような印象をもたれるかもしれないが、その内実はぜんぜん違う。団長である涼宮ハルヒコの思いつきによって、気まぐれな活動を行っている100%怪しい部なのだ。
そして、涼宮ハルヒコ団長は宇宙人とか超能力者とかそういうものを信じていて、それが我が北高に訪れるのを待ち望んでいる愚かな男子なのである。かつて私が提案した「世界不思議発見部」のほうがわかりやすいと常々思っているのだが、ハルヒコは「SOS団」という名称に格別のこだわりを見せていた。
そんな組織を結成するぐらい涼宮ハルヒコはバカな男子だが、ただのオカルトバカではない。彼のありあまる行動力は、宇宙人以外のものを見つけて、ちょっとした騒ぎを起こすことがあった。
例えば、この夏休みに街の不思議発見にいそしんでいたときに、川に飛びこんで子犬を救助したりとか。
その後、飼い主の人が地元新聞社に連絡したせいで、ハルヒコは取材を受けることになり、なんと写真つきでその行為が報道されたのである。
しかし、ハルヒコは記事の内容に大いなる不満を抱いていた。
「俺はSOS団のことを宣伝したのに、ヤツらはそのことにまったく触れなかったんだ、許せない」
ハルヒコからすれば、自分がありふれたイマドキの若者であるつもりはさらさらなく、SOS団団長という特別な存在であると自負していた。だから、新聞記事にSOS団の文字が踊らなかったことが不服だったのである。
ただし、このような新聞デビューのおかげで、それまで変人のレッテルを貼られていたハルヒコは、クラスでも好意的に受け止められるようになったのだ。あいかわらず、本人にはみんなと仲良くする意思が微塵もなく、クラスでの涼宮ハルヒコ対策は私ひとりにゆだねられているのだが。
そうそう、九月に、彼がらみの興味深いエピソードがあった。
ある休み時間、私はクラスメイトに呼ばれて廊下に出た。そこには面識のない女の子が立っていた。私と同じく高一であるその子は、少しためらいがちに、しかし、強い口調で私にたずねた。
「あなた、スズミヤ君の彼女なの?」
「いや、そんなことないし」
私は即答する。その言葉に彼女は安心したようだった。
「じゃあさ、スズミヤ君に伝えてくれないかな? 放課後に屋上前の踊り場で待ってるって」
「へ?」
まさかの展開に私は間抜けな声を発してしまった。
「あの、本気なの?」
「ちょっとちょっと、あなた、やっぱりスズミヤ君のことが……」
「ちがうちがうって。だいたい、あいつは宇宙人とかそういうのを信じて、変な部活やってるの、知らないの?」
「いいじゃん。宇宙へのロマンを持つ男の人って、夢があっていいと思う」
一学期のときの殺伐とした雰囲気を肌で知っている私としては、この発言に大変驚いたものである。変人の代名詞だった涼宮ハルヒコも、今やロマンティスト扱いされるようになったのだ。
「それに、新聞のあのニュース。いざというときには我が身を犠牲にして命を助ける正義感、ステキじゃない! みんな誤解しているけど、アタシはゼッタイに違うと思うのよ。本当のスズミヤ君は優しい心の持ち主だって」
まったく、乙女の恋心はどんな色眼鏡よりもタチが悪い。これまでのハルヒコ問題発言を、解説をつけながら逐一教えたくなったものだが、こう思い直してみた。彼女の淡い幻想を打ち砕く権利が私にあるのだろうかと。
「ねえ、だから、伝えてよ。あなたぐらいしか、スズミヤ君と親しい子いないみたいだし」
私には断る理由がまったく思いうかばなかった。
「わかった、ちょっと待ってて」
そして、休み時間にぼんやりと窓の外を見ているハルヒコの前に座った。最近の彼は、休み時間を謎の探索に費やすことがなくなったので、こういうときは楽である。
「ねえ」
「ん?」
ハルヒコは私を見る。さて、彼にどう話を切り出すべきか。気のきいたことが言えばいいのだが、何も思いつかない。それよりも、与えられた任務をさっさと遂行すべきだと、単刀直入に切り出すことにした。
「あんたに会いたい女の子がいるんだって」
「へえ」
たいして興味ない口ぶりである。
「で、どんな体験談なんだ?」
「はぁ?」
「そいつに、どんな不思議なことがあったんだ?」
私は溜息をついた。普通、女の子から話があると聞けば、もう少しトキメキを感じるのが世の男子というものではないだろうか。いくらSOS団が不思議な体験談を常時募集しているとはいえ。
「いや、そういうんじゃなくてね、その、あれよ」
「あれってなんだよ」
「放課後に屋上前の踊り場に来てほしいって」
その言葉に、ハルヒコはようやく真意に気づいたようだったが、その返答は予想外のものだった。
「で、なんで、おまえがそんなことを伝えるんだ?」
「だって、頼まれたから」
「おまえ、バカか?」
この返答にはカチンときた。どうして、他人の伝言を届けただけなのに、バカにされなければならないというのか。
「いや、だから、あんたのような変人を好きになった女の子がいるって伝えたかっただけだし」
「それを俺に伝えて、どうなると思ったんだよ」
「だって……」
ハルヒコの外見は悪くはない。そのために、中学時代はそれなりにモテて、告白されたことが何度かあったらしい。彼は必ずOKを出して、デートの約束をした。ところが、デートといっても、彼は好き勝手に歩きまわるだけで、女の子には後ろをついていくのがやっという代物だった。こうして、自分本位に行動したあげく「ごめん、俺、普通の女の子に興味ないんだ」と言って断ってきたそうだ。ひどい話である。
だから、今回もOKだけはするかもしれないと思っていたのに、彼の反応は私への罵倒だった。
「まったく、これだから、おまえはダメなんだよ」
そう言って彼は教室を出ていく。休み時間は残り少ないというのに。
廊下に戻ると、先ほどの子が待っていた。
「ねえ、あなた、何話したのよ」
「いや、ちゃんと伝えたんだけど、ね」
「やっぱり、あなた、スズミヤ君と……」
彼女が不審そうな目をしてきたので、私はあわてて首をふる。
「ちがうって。そもそも、あいつ、女の子に興味ないみたい」
「まさか、男子と?」
「いやいや、女の子よりも宇宙人のほうが好きみたいだから」
その言葉は彼女を大いに沈めさせるはずだった。しばらく、私たちの間には良からぬ沈黙が流れた。しかし、彼女はそれでも屈しなかった。
「……ということは、まだチャンスはあるってことね。うん、今度は手紙を書いてみる。ありがとね!」
こうして、彼女は立ち去った。私はそれを見送りながら思った。まったくもって、愛の力は偉大なりと。
その後の彼女の足跡について、私は知らない。もしかすると、彼女はハルヒコにラブレターを渡すことに成功し、祈る思いで屋上前の踊り場で彼を待っていたのかもしれない。しかし、残念ながら、そんな色恋沙汰とは遠く離れたところにこの物語は存在しているのだ。
このように、夏休み以降、涼宮ハルヒコの評価は好転していたが、本人はそれがあまり気に入らないようだった。そのくすぶりが、映画制作宣言を生みだしたのではないかと、私は推測している。
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