(2)「映画、作るぞ!」
「映画、作るぞ!」
今回の騒動の元凶となった涼宮ハルヒコの第一声は、しかし、ゲームに熱中していた私たちの耳には、ほとんど届かなかった。
私たちがそのときプレイしていたのは『ブラフ』というボードゲームである。サイコロの出目を予想するという、トランプのダウトみたいなだまし合いゲームだ。
そんなマイナーなボードゲームを持ってきたのは、当然のことながら、オタクな朝比奈みつる先輩である。彼によると、これはドイツのゲーム大賞を受賞した作品だそうである。ドイツはボードゲーム先進国として世界的に有名らしい。みつる先輩が言ってるだけだから、イマイチ信用できないけれど。
みつる先輩は、そんなドイツ製ボードゲームを次々と部室に持ちこんできた。特にするべきことがない私たちは、喜んでそれらをプレイした。ただし、ルールが難しいものは、すぐに山積コーナーに追いやられてしまったわけだが。
この『ブラフ』はめずらしく私も気に入った作品である。だまし合いにすぎないところがいい。ほかのゲームと同じく私が一番弱かったのだが、時々みつる先輩が手加減をしてくれるので、負けてばかりではなかった。
そんなブラフで、圧倒的強さを見せたのが、古泉イツキちゃんだった。彼女の自分勝手さには、これまで何度も苦労させられたものだが、「にたぁ~」としたイツキちゃんスマイルの前には、すべてを許さざるをえなかった。イタズラ好きだけど、湿っぽいことは嫌いな性格で、彼女といると妙な安心感がある。そんな彼女が、ブラフというだまし合いゲームで無頼の強さを見せるのが、私には不思議だった。
「ねえ、イツキちゃん。どうしてそんなふうに私たちをダマせるの?」
「いやね、3に見えても、もしかすると、そのあと1に変身するかもしれないと考えて、むしろ1だ、と自分に言い聞かせるのよ。そうすりゃいけるのよ。そう、このゲームは気合のゲームよ!」
いやいや、白河法皇ですら嘆かせたサイコロの出目を、気合でカバーできるほど世の中は単純ではないと私は思うのだが、私だけでなくみつる先輩も、そんな彼女に対しては分が悪かったのである。
このブラフは、私でも思いつきそうな単純なゲームだが、みつる先輩によると、なかなか奥深いゲーム性を構築しているらしい。時折、みつる先輩は「むぅ、さすがはドイツ人」とか「やっぱ、ゲルマン民族は偉大だなぁ」とかオタクらしい気持ち悪いつぶやきを発しながら感心していた。
と、前置きが長くなってしまったが、そんなゲームに興じている間に、我がSOS団の団長である涼宮ハルヒコが前述した発言をしたのである。我々で映画を作るべし、と。
「映画って、どういうこと?」
ハルヒコ発言に、みつる先輩は律儀に反応する。彼はSOS団唯一の二年生であるのだが、誰にも敬語を使われない。それでも気にしないのが、みつる先輩の偉大なところではある。
「みつる、来月初めにビッグイベントがあるだろ?」
ハルヒコはそう言って、私たちを見わたす。
「何よ、ビッグイベントって」
「文化祭だよ、文化祭」
私の問いにオーバーリアクションつきで答えて、ハルヒコは立ち上がる。
「我がSOS団としては、この文化祭を最大のチャンスだととらえている」
「部員獲得のための?」とみつる先輩。
「いや、団員募集はもう締めきってるからな」とハルヒコ。
「じゃあ、何する気?」と私。
「だから、映画制作だよ」
いつものことだが、彼との会話がまったくかみ合わない。そもそも、私たちは映画研究部ではないから、カメラなんてない。それなのに、映画を作る必要がどこにある?
「なぜならば、我がSOS団には、北高が誇るべき二人がいるからだ。古泉イツキ副団長と朝比奈みつる団員。この二人の長所を生かすためには、映画制作しかない!」
そうなのだ。朝比奈みつる先輩と古泉イツキちゃんは、北高生徒の人気を集めるルックスの良い二人なのである。
みつる先輩はオタクな趣味をしているくせに、天使のような外見をした美少年である。女子の私より低い身長を愛嬌に変え、そこに理想の男子像を見出す女子は少なくない。北高内にファンクラブができているぐらいだ。
そして、イツキは不良娘として悪名をとどろかせる派手な外見の女の子なのである。今では悪い噂だけではなく、その容姿の魅力が上級生の間で話題にのぼっているとのこと。
ちなみに、この私はそんな二人とは比べものにならないぐらい地味な生徒である。日頃はそのことを気にしていないが、こうあからさまに言われると、一緒にいる私が何だか情けなくなる。こういうデリカシーのなさが、涼宮ハルヒコの嫌いなところである。
「で、ハルヒコ君、どんな映画を作るつもり?」とみつる先輩。
「それは、まだ決まってない」とハルヒコ。
「あんた、映画を作るのに、どんなものが必要なのかわかってるの?」
平然とした彼の口調にたまりかねて、私は口をはさむ。
「それは今から調べるとしてだな」とハルヒコ。
「文化祭が始まるのはいつだっけ?」と私。
「十一月の最初の土曜だよな」
「今日は何日?」
「十月一日。まだ一ヶ月もあるじゃないか」
「その間に、中間テストがあるんだけど? まさか、テストをサボって、映画制作する気じゃないよね」
「まあな」
「じゃあ、できるわけないじゃん」
私はきわめて現実的に彼を問いつめてみる。この半年間、彼の気まぐれに何度も付き合っただけあり、私の涼宮ハルヒコ対処能力は、格段の進歩をとげていたのだ。
しかし、ハルヒコはあきらめない。
「そこを可能にするのが、我がSOS団だ!」
意味不明なことを言って、彼は大げさに机をドンとたたく。
「なあ、みつると古泉、おまえたちは面白いと思うよな?」
そして、話の矛先を私から他の二人に変える。
「うーん、いきなり映画っていわれても」とみつる先輩。
「脚本によるわね」とイツキ。
二人とも慎重姿勢を見せたようだった。私は安堵し、ハルヒコはうなる。
「とにかく、近々、この映画制作についての詳細を発表する。それなりの準備をしてくれ」
そういって、ハルヒコは団長席にどしんと座る。彼の前には、パソコンがある。今日も彼は、そこで街の不思議を紹介するSOS団公式サイトを更新したり、情報収集という名のネット探索をするわけである。
そして、私たち三人は、何もなかったかのように、ボードゲームに戻り、その勝敗に一喜一憂した。こういうことはSOS団では日常茶飯事なのだ。明日になれば、ハルヒコ自身すら、この提案を忘れているに違いない。私はそう達観していた。
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