(8)「ねえ、イカロスって知ってる?」
「引き返そうと思ったんだ」
月曜の朝、席につくと、涼宮ハルヒコのほうから声をかけてきた。
「おまえが何にも言わなかったからさ。これまでの経験上、そんなときはロクでもないことが起こる」
あのバニーガール騒動のことを言っているのだろうか。その性癖には我ながら思い当たるふしがあった。
「こんなこと言っても信じてもらえないだろうけど、あれからすぐに俺は戻ったんだ。ところが、おまえたちはいないし、出口にもなかなかたどり着けなかった。どう考えても、おかしかったんだ」
言い訳をしているのか、問題提起をしているのかわからなかったので、そのことについては答えないことにした。
「とりあえず、みんな無事だったわけだし。それでいいじゃん」
「いや、俺はしばらくあそこについて調べようと思う。このままじゃ納得いかない」
「また、あそこに行くつもり?」
「もちろん。これからは、俺ひとりでやるよ。部活は休みにでもなんでもしてくれ」
今回のことで、団員の信用度が低下したことに、彼は気づいていないのだろうか。いや、だからこそ、彼はこの謎を解明することが自分の使命だとわりきっているのかもしれない。以前、私がSOS団を辞めたときと同じように。
「ねえ、なんでSOS団なんてものを立ち上げたの?」
次の休み時間、私はそんな疑問を口にしてみた。彼はノートによくわからない図形を描いていた。昨日の探検成果を彼なりにまとめているようだった。
「どうして、そんなことをきくんだ?」
「だって、一人でやるんだったら、部活である必要ないんじゃないの?」
「でも、一人じゃできないこともあるからな。例えば、おまえを助けたときのこととか」
そうだ、私はSOS団四人に助けられたという経歴の持ち主なのだ。
「それに、いろんな人の情報源を集めるには、個人では限界がある。今のところ、みつるにそそのかされた女子ひとりきりだけど、俺たちの知名度が上がれば、もっと多くの目撃情報が寄せられるはずだ」
「つまり、私たちは、部室で誰かが不思議な体験談を持ちこむのを、ただ待てばいいってこと?」
「そういうことだ」
もう少し、チームプレーとか考えつかないのだろうか。みんなで図書館に行って調べれば、意外とあの洞窟にまつわる話が見つかるかもしれないし。
そういえば、こいつ、何よりも大切な存在として、レオとかいう飼い犬を持ちだしていたっけ。もしかすると、私やみつる先輩は、犬ぐらいにしか思われていないのかもしれない。でも、私には犬のような脚力や従順さはないわけで。
「ねえ、イカロスって知ってる?」
私はそんな質問をする。
「ああ、勇気ひとつを友にしたヤツだろ」
「あんたを見たら、イカロス君のことを思いだすのよね」
「どうしてだよ」
彼は首をかしげている。まったく心当たりがないみたいだ。
イカロス君は、蝋で作った羽根で空を飛び、そのまま太陽をめざしたものの、蝋が溶けて墜落した愚かな古代ギリシャ人である。歌では、彼の勇気をほめたたえていたが、私はバカな男だと思ったものだ。涼宮ハルヒコには、そんなイカロスと通じる、危なっかしさがある。
でも、私には彼が太陽に向かうことを止める妙案が浮かぶことはなく、放課後になると、いつものように部室に足を運んでしまう。
すでに、残りの三人は集まっていた。みつる先輩とイツキは将棋の山くずしを真剣にしている。いつの間に将棋部になったんだ、ここは。
私が団長の欠席を告げても、三人が帰る気配はない。どうやら、涼宮ハルヒコがいなくても、この部は成立するらしい。
「みつる先輩って、なんで、ここにいるの?」
山くずしの勝負がついたあと、私がそうたずねると、みつる先輩は驚いた顔をした。
「もしかして、僕、ジャマ?」
「いや、そんなことないけど、ほら、入部のときなんて、無理やり連れてこられたみたいだし」
「でも、面白そうだったからね。今も、みんなといると楽しいし」
みつる先輩はあっけらかんと答えてくれる。ううむ、私もその境地に達したいものだ。
みつる先輩とイツキは、それから将棋の駒を転がして、すごろくみたいなことをして遊んでいる。私も誘われたが断った。私はイツキと曖昧な会話をしながら、誰かを待つわけでもなく、ただ部室にいた。
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