(9)「本気も本気、マジ本気」

 

「メガネ君が?」

 帰り道、私はイツキにだけ、あの憶測を話すことにした。防空壕で、長門くんの渡したペットボトルの中身を飲んだあと、意識を失ってしまったことを。

「ねえ、イツキちゃんは、毒を盛るとか、そういうことがありえると思う?」

「うーん、ありえない話ではないわね」

 意外とすんなりとイツキは私の言葉を受け入れる。

「どうして?」

「だって、メガネ君、キョン子ちゃんにホレてるみたいだし」

「へ?」

 予想外の言葉に、私は取り乱してしまう。

「あの、メガネ君って、長門ユウキくんのことだよね?」

「うん、そうよ。ああいう子ってわかりにくいんところがあるんだけどさ、キョン子ちゃんのことを好意的に見ているのは、まちがいないね」

「でも、私には心当たりがまったくないし」

 もし、長門くんにそんな気があったら、指定席でSF小説をおとなしく読んでいるはずがないじゃないか。みつる先輩に嫉妬して、今度は俺の番だ、と腕まくりして、私とオセロゲームをするぐらいことは見せてくれないと困る。

「まあ、キョン子ちゃんは知らないふりをすればいいんだよ。時機がきたら、向こうからアタックしてくるだろうしさ」

 長門ユウキアタック。いったい、どんな攻撃だろう。二人きりの部室で、いきなり、あの長門くんが告白してくる姿を想像する。ダメだ。イメージがわいてこない。

「まったく、キョン子ちゃんモテモテだよね。メガネ君に好かれるし、団長にだって」

 イツキはそう茶化すが、私は素直に喜べない。

「だから、そんなんじゃないって。だいたい、あいつとはロクなこと話してないんだし。イツキちゃんは、公園のベンチでの話、聞いてたよね?」

「うん。ああいうことって、普通の子には話さないじゃん。それだけ安心できる間柄ってことよ。団長相手にあれだけ会話が続くなんてキョン子ちゃんぐらいのものよ」

「でも、それは友達とかそういう関係で、恋人っていうのとは全然ちがうんじゃないかなあ」

 はっきりいって、友達というのも怪しいぐらいだ。勝手気ままに話している彼の言葉を聞いているだけだし。

「ふうん、そっか」

 イツキは人差し指を唇にあてて、なにやらたくらんでいるような顔をする。

「じゃあ、あたし、団長とっちゃおうかな」

「え?」

 いきなり何を言いだすんだ、イツキちゃん。

「だって、団長って、なかなかいい男と思わない? 人のことを考えないバカだけど、それぐらいのひたむきさがあるし、団長の考えこむ横顔ってカッコいいんだよね」

「で、でも、そんなこと、これまで言ったことないし……」

「甘いわね、キョン子ちゃん」

 イツキは私に人差し指をつきたてる。

「あたしは、恋愛よりも友情が大事だなんて言うつもりはないよ。キョン子ちゃんがいくら泣きわめいても、本気でとりに行くからね。そう、恋愛は仁義なき戦争なのよ!」

「ほ、本気なの?」

 私の声は、ちょっと震えているようだった。

「うん、本気も本気、マジ本気」

 胸の鼓動がはやくなる。イツキは美人で、こんな性格だ。まわりに誤解されているけど、SOS団のみんなは、そんなイツキの気まぐれさを愛している。もし、イツキがその気になれば、あいつが断る理由があるのだろうか。友達なのか犬なのかよくわからない立場の私と、副団長としてスカウトされたイツキ。勝てる見こみがどこにもない。私が男子だったら、迷わずイツキと付き合うだろう。

 そして、恋人になった二人は、部室でも仲良さそうに話をしているのだ。私はそんな二人の会話をBGMに、みつる先輩とオセロゲームをやり続ける。勝負に熱中しているふりをするためにしかめっつらをして。でも、いつまでたっても、みつる先輩には勝てなくて、二人の言葉がとぎれることはなくて。

「……イヤだ」

 私は子供っぽい声を出した。

「だって、そんなの、ずるい」

 私はそんな幼稚なことを言っている。あれ? SOS団を一度やめたとき、イツキがいるから安心できるといったのは、この私じゃなかったっけ。

「なーんて、冗談」

 私の言葉にイツキはにっこりと笑う。

「あたし、今のところ、恋愛する気ないの。五人でいるのが楽しいし……あれ? キョン子ちゃん、もしかして、泣いてる?」

「そんなことない」

 私は顔をそらす。手で目をこする。何かしめっていた気がするが、そんなはずがないと思う。

「私、泣いてなんかないからね」

「もう、キョン子ちゃんったら、かわいいんだから」

 そして、私に抱きつく。おいおい、ここは天下の公道だぞ。まわりの人が見てるって。あいかわらずの気まぐれなイツキの行動に私は大いに困惑する。

「キョン子ちゃんさ、そんなにあせったりすることはないんだよ。自分のペースでしっかり歩いていけばいいんだよ」

 私をなぐさめるように、彼女は語りだす。

「あたしさ、小学生から中学のときまで、ちやほやされてたんだよね。ずっと年上のヒトたちに囲まれて。だから、同級生がガキっぽく見えてさ。学校で友達がいなくても平気だった。あのヒトたちのところが、あたしの居場所なんだって」

 彼女はそして、長いため息をつく。

「でもね、どんどん変なことにまきこまれてしまったのよね。あたしはただ、あのヒトに会いたかっただけなのに、それさえもうまくいかなくなって。最終的には、そのヒトのことが信じられなくなって、やめちゃったんだ。そしたら、それまで仲がいいと思ってたヒトや、心から慕ってたヒトも、あたしを相手にしなくなった。そう、その立場を失えば、あたしはただの中学生なのよね。みんな、てのひら返すように、あたしを無視するようになった」

 私に気を使っているのだろうか、あえて具体的な言葉をさけるように、イツキは話し続けている。

「で、あたしは学校にしか居場所がなくなった。だけど、成績はどん底だし、部活には顔を出してないし、変なウワサは流されてるし、あたしの相手をしてくれる子は誰もいなかった。だから、あたしは気づいたわけよ。たとえ、男のヒトと付き合ったって、どこかに連れてってくれるわけじゃないんだって。いろんなことをしても、最後は自分しかいないんだってね。それからね、あたし、勉強するようになったんだ。キョン子ちゃんはどうかわからないけど、あたしはすごくがんばって、北高に入ったんだよ。知り合いの先輩、もちろん女子だけどさ、そのヒトが北高に通っていたからね。そのヒトだけが頼りだったの。でも、三年生だし、あんまりかまってもらえなくて。そんなときかな、団長があたしに声をかけたのは」

 そんなイツキの真剣な口調に、私はじっと耳をかたむける。彼女が大人っぽいのは、その外見だけじゃなくて、いろんなことを体験したせいだと思いながら。

「そんなことがあったから、あたしは、キョン子ちゃんには、あわてたりしないで、じっくり進んでほしいんだ。あたし、キョン子ちゃんのいいところっていっぱい知ってるんだから」

 そうかな、私ってどこにでもいるありふれた女子だと思うけど。

「ほらほら、そんな顔をしないって。女の子はね、そのときが来たら身体が教えてくれるんだよ。だから、そのときまで、自分をしっかり守っていけばいいんだって」

 そして、イツキは機嫌よさそうに歩きだす。私をはげましたかったのか、それとも、自分が気持ちよくしゃべりたかっただけなのか。どちらなのかよくわからないけど、私はそんな彼女と一緒に歩いていった。

 

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