(5)「あんなヤツのどこがいいの?」

 

 朝倉リョウ一味が去り、旧用具室に静寂が訪れる。隣の見張りの子は、ナイフを置いて携帯電話をいじっている。絶好のチャンス到来だ。私は何度も飛び箱にアイコンタクトを送る。しかし、長門ユウキは動かない。なぜだ?

 そういえば、私がSOS団をやめる前、彼からSF小説を借りていた。彼が「ユニーク」と評したあの本だ。いちおう目を通そうとしたものの、わずか3ページで挫折してしまった。私のSF嫌いに拍車をかける結果にしかならなかったのである。

 ひょっとして、そのことを怒っているのか。借りた本をちゃんと読まないから、SF好きにならないから、私を助けようとしないのか? そりゃひどいよ、長門くん。

「余計なことしないでよね」

 見張りの子が高圧的な態度で声をかける。なるほど、彼女の注意をもっと引きつける必要があるのか。私は彼女に話しかける。

「ねえ、あなたって、朝倉くんのなに?」

 軽い気持ちで声をかけたつもりだったのだが、それは予想外にも彼女の気分を害したようだ。彼女は何かを言おうとしたが、それをうまく言葉にできないみたいだった。しばらくして、なぜか怒った口調でこう返す。

「あんたこそ、涼宮ハルヒコのなんなのよ!」

 いわれてると、たしかに難しい質問である。頭上では部活動に精をだす生徒たちの声と足音が無関係に響いている。どこか遠い世界の物語みたいだ。彼らも床下でこのようなドラマが繰り広げられているとは思いもしないだろう。ナイフとロープと、飛び箱の中の男子。

「……とらわれのプリンセス、かな?」

 そんな私の答えに、彼女は大げさに笑った。いや、自分でも不相応だとは思っているが、そこまで笑うことはないだろうに。

「せいぜい今のうちに悲劇のヒロインぶっていることね。あんたたちが朝倉くんにかなうはずないんだから」

 彼女はそう断言する。先ほどまでは、命令におびえていたのに、私と二人きりになると、誇らしげに朝倉リョウの名前を持ちだすのはなぜだろう。

「そもそも、涼宮ハルヒコみたいな変人と一緒にいるのが信じられないのよね。あんなヤツのどこがいいの?」

「あなたこそ、なんで朝倉リョウと一緒にいるの?」

 私の返した言葉に、彼女はまたも感情を乱す。

「だから、涼宮みたいなヤツと朝倉くんを一緒にしないでよ!」

「で、命令どおりに刃物をにぎらされて、私のような無力な女子を脅してるわけだ」

「なによ」

 彼女はナイフを持って身構える。

「その気になったら、あんたなんて」

 そう言いながらも彼女の手は震えている。捕縛された身なのに、なぜか私は冷静だった。

 彼女の表情を見ながら、私は昔に見たアニメを思いだす。戦争が舞台の物語で、慣れない武器を手に、兵士を威嚇する若い女性の姿。彼女の後ろでは赤ん坊が泣き声をあげている。そんな子供を守る女性と、目の前の彼女が、なぜか重なって見えた。

 私はここで行われていることが何であるかはあえて考えまいとしていた。ただ、それを知られるのをおそれるために、他人を傷つけることをいとわない彼女の姿に、私はその行為の悲惨さを見た。この子は、もう朝倉リョウに従うことしかできないのだろうな、と思った。

「わかった。おとなしくしてるから」

「すぐに朝倉くんは戻ってくるんだからね。まあ、そのあと、どうなるかはあたしは知らないけど」

 それにしても、このやり取りの間でも、長門くんがまったく動かないのはどういうことだ。飛び箱が動いた気配はなく、それどころか、あのとき聞こえていたはずの、ページをめくる音ですら耳に届かなくなっている。

 もしかすると、私が見た長門くんは幻かもしれない。あのとき、私は極度の緊張状態に陥っていた。それがために、砂漠で倒れる旅人が見る幻のオアシスのごとく、見えないものが見え、聞こえないはずのものが聞こえたのかもしれない。

 でも、それだったら、長門くんじゃないよなあ、と思う。どうせなら、みつる先輩のほうがいい。みつる先輩が、飛び箱からぴょこんと顔をだすのだ。なんとも愛らしいではないか。オセロで私に手を抜いたり、女装趣味があったり、オタクだったり、スーパーハッカーだったり、最近はお茶くみに目覚めたりと、外見に似合わぬ変態的なところがあるのだが。

 そんな妄想は、背後からの物音にさえぎられた。その大きな音は、動かざること山の如しの長門ユウキによるものではなく、ふたたび朝倉リョウ一味が戻ってきたことを知らせていた。

「おい、人質の様子はどうだった?」

「だいじょうぶよ。じっとしてたから」

「そりゃ良かった。シナリオ通りにうまくいきそうだ」

 朝倉リョウは竹刀を手にしている。まったく、悪党にふさわしいヤツだ。なんで、こんなヤツをクラス委員にしたのか、我が北高のモラルを疑いたくなる。

「ということで、これから、面白い芝居が見られるよ。我々にとっても、君にとっても」

 朝倉リョウは楽しそうに話しかける。私はそれに答えず、そっぽを向く。

 どうやら、涼宮ハルヒコが動きだしたらしい。あの日の昼休みのイツキちゃん報告、飛び箱にひそむ長門くん。おそらく、涼宮ハルヒコは、この状況を正しく把握しているはずだ。まさか、簡単に「スズミヤホイホイ」にひっかかることはあるまい。私は楽観的にそう考えることにした。

 

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