(2)「あんたたちになにがわかるっていうんだ!」

 

 三日間、涼宮ハルヒコは私に話しかけようとしていた。しかし、四日目には、そういう気持ちがきれいさっぱり消えてしまっていた。私も女子のはしくれだから、それぐらいのことはわかる。

 彼がそう決断したことは、さみしいことではあったが、それが最善の道だろうと思った。彼は彼の道を行き、私は私の道を行く。ただ、それだけのことなのだ。

 それにしても、一日ってこんなに長かったけ? 学校生活はとても退屈で、色あせたもののように感じられた。これこそが、私の愛する平和な日々であるというのに。

 たとえてみると、涼宮ハルヒコに付き合うのは、新幹線に乗るようなものだ。私はそれまで各駅停車の鈍行列車に乗っていた。新幹線のスピードに慣れると、当たり前だったはずの鈍行の速度が遅く感じてしまう。もちろん、新幹線では見落としてしまう景色を、鈍行ではじっくり見ることができる。ただそれは、あまり個性のない、似たようなものばかりだった。

 おかしいな、と思う。彼と接したのは、一日のわずかな時間にすぎなかったのに、それがなくなっただけで、一日の景色ってこんなにも変わってしまうものなのか?

 私は普段と変わらない生活を送っているつもりだった。数学の時間は睡魔と闘い、現国の時間は授業と関係ないページに熱中し、体育の時間は全力をだしきれない言い訳ばかり考えた。クニやグッチといるとき、私はもともと口をはさむタイプではなかった。お弁当を食べながら、二人のおしゃべりを聞いているだけのポジションだったはずだ。

 でも、二人には私がいつもどおりだとは見えなかったらしい。

「やっぱり、こういうときはカラオケよね」

「うん、思いきり歌って、いろいろ発散しちゃおうよ、キョン子」

 こうして、週末に、私たちは遊びに行くことにしたのだ。待ち合わせ場所に着いて驚いたのは、二人の服装だった。私は可も不可もない服装をしていたが、二人は短いスカートでカジュアルに決めている。まるで、デートにでも行くかのような勢いだ。

「これぐらい、女子高生なんだから、当たり前じゃん」とグッチ。

「そうそう、キョン子も服買いなよ。お金持ってるよね?」とクニ。

 どうやら、私は普通の女子高生にもなれていないらしい。

 まったく、人並みの格好をするのも大変な世の中になったものだ。まわりの視線を気にしながら、私は商店街を歩く。果たして、自分はどんなふうに見られているのだろうか。

 カラオケショップに入り、主にグッチが歌っているのを聞いた。私だって、TVで流れている曲ぐらいは知っているけれど、あまり歌がうまくない。上手じゃない歌を、他人に聞かせるのは、ストレス発散のためとはいえ、ためらってしまうところがある。でも、このままでは、いつまでたっても、自分のレパートリーを持つことはできない。友達同士なんだから、ちょっとぐらい外したって許してくれるはずだ。そう思って、果敢に新曲に挑戦してみたが、この日、持ち歌を増やすことはできなかった。

 店を出ると、雨が降っていた。やっぱり、とつぶやきながら、二人は傘を出す。

「あれ? キョン子は傘持ってきてないの?」とクニ。

「ちゃんと天気予報を見ときなさいよね」とグッチ。

 そういえば、今日は家を出るときに天気を確認していなかったことに気づく。私はそういうことは欠かさない性格だったはずなんだけど、おかしいな。

 クニの傘に入って、グッチおすすめの古着屋に向かう。どうやら、グッチも行ったことがない店らしく、私たちは立ち往生する。ぜったい、この近くにあるんだって。そう主張するグッチに、クニは笑う。まあまあ、時間はたっぷりあるんだからさ。

 こうして、行ったり来たりを繰り返し、同じ横断歩道を再び渡ろうと信号待ちをしているときだった。

「あれ、スズミヤじゃないの?」

 グッチの声のすばやく反応して、私は向こう側の歩道に目を走らせる。まちがいなく、涼宮ハルヒコの姿だった。雨の中、傘をささずに歩いている。何かを探すように、目を光らせながら。

「なにやってんの、あいつ」

 グッチがあきれた声をだしている。涼宮ハルヒコは向こう側の歩道を早足ですぎてゆく。思わず追いかけようとしたが、私は傘を持っていない。だから、私は彼の姿を目で追うことしかできない。

 ほんとにバカなヤツだ、と思う。雨にぬれて、ひとりぼっちで、バカにされて、それでも宇宙人か何かを探しているのだろう。風邪でもひいたらどうするんだ。宇宙人よりも自分の身体のほうが大事じゃないか。なんで、休日にそんなバカなことをやってるんだ。

「親戚の子とか探してるんじゃないかな?」

「いいや、どうせ、コイズミに置いてけぼりにされたんだよ。あんなビッチ女と付き合うから、こういうことになるんだよ。ざまあみろね」

 だから、ちがうんだって。あいつはそういう人間じゃない。何回言ったらわかるんだ。あいつはバカだけど、あんたが考えているようなバカじゃない。あいつがどれだけ必死になっているか、あんた知ってるか? いつまでも来ないものを待って、そのためにどんなにバカにされても、あいつはひとりきりで、ずっとなにかを探してるんだ。そんなことを知らずに、勝手なことばかりしゃべるんじゃない。あんたたちになにがわかるっていうんだ!

「ちょっと、キョン子!」

「だから」

 私は口を止めた。クニは私の腕を力強く引っぱっていた。我に返る。グッチは目を伏せている。まわりの人たちは、一定の距離を置いて、遠巻きに私を見ていた。しまった、と思った。

「ご、ごめん」

 私はすぐにグッチに謝る。

「こんなこと、言いたかったわけじゃなかったのに」

「いや、いいって」

 そう答えながらも、浮かない顔をしたグッチ。そんな表情は、これまで見たことがなかった。どれだけ私をからかっているときでも、決して見せたことのなかった視線。

「あのさ、今日は雨だし、もう帰ろうよ。またいつでも遊べるんだから」

 クニがあわててそう言う。でも、私はそんな言葉を聞くことに耐えられなかった。

「じゃ、じゃあ、私、帰るから」

 そして、きびすを返して、私は走りだした。傘を持っていないのも忘れて、その場から逃れるように、商店街のアーケードまで全力疾走で。雨にぬれない場所に着いてから、ふりかえる。二人は追ってきてはいない。ふーっと、一息つく。

 私は何をやってるんだろう。グッチなりのなぐさめにムキになった自分。それなのに、涼宮ハルヒコにはかける言葉が何もない自分。もし、私が彼のことを好きだったのなら、もっと単純な話だった。「好きです」と告白すればいいだけの話で。

 ハンカチで雨をぬぐい、私はとぼとぼと歩く。結局、近くのコンビニで傘を買った。誰とも会いたくなかったら、バスに乗って帰った。窓から流れる景色をぼんやり眺めながら、私は思う。クニとグッチを失ってしまえば、私は本当にひとりぼっちになる。あんなセリフを言うなんて、いったい、なにをやってるんだ、私は。

 

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