第三章

(1)「ねえキョン子、元気出してね」

 

 翌朝、教室の雰囲気はピリピリしていた。何かあったのだろうか、と思っていたら、その悪意はどうやら私に向けられているようだった。いや、正確には、涼宮ハルヒコと私である。なるほど、SOS団ビラ配り作戦は大失敗に終わったということか。

 たしかに迷惑千万な話だ。帰宅しようとしたら、ビラを持った涼宮ハルヒコとバニーガールの古泉イツキが、校門に立ちふさがっているのである。古泉イツキのバニー姿をまじまじと見つめた男子生徒もいただろうが、面倒なことに巻きこまれて、心底うんざりしたと思っている生徒が大半であろう。

 クニやグッチも同じような感想を抱いていたみたいで、休み時間になると、すぐさま私に苦情を言ってきた。すでに、涼宮ハルヒコは教室を出ている。

「なに考えてんのよ、アンタたち」とグッチ。

「そうそう、いくら宣伝とはいえ、あれはやりすぎだよ」とクニ。

「キョン子、もっとしっかりしてよね。スズミヤの暴走を止めるのはアンタの役目でしょ?」

 まさか、そのとき私もバニー姿になっていて、部室の床を叩いていたとは、この二人には想像すらできないだろう。もし、私が古泉イツキと一緒にビラ配りをしていたら、クニやグッチは二度と口をきいてくれなくなっていたかもしれない。

「SOS団だか何だか知らないけど、せめて、ウチらの見えないところでやってよね」

「いや、私は」

 グッチに反論しようとしたとき、男子の声がわりこむ。

「まったくだ。君たちのやり方にはとても賛成できないね」

 クラス委員の朝倉リョウだ。律儀にも、昨日のビラを持参している。こいつ、いったいどんな顔をして、ビラを受け取ったのだろう。

「このビラによると、不思議な体験談を募集しているみたいだけど、学校のことをかぎまわったりとか、今回のような非常識行為をしたりとか、まわりに迷惑かけることばかりしてるじゃないか。まだ生徒会の認可を受けてないんだろ? 君たちの部は」

 ビラをこぶしで叩きながら、朝倉リョウは私に説教する。毎度のことながら、彼の物言いは神経にさわるところがある。

「そんなの、あいつに直接言えばいいじゃん。あいつが部長なんだから」

 私は朝倉リョウの顔を見ないまま、そうつぶやく。そんな私の態度にあわてたグッチが早口で言葉をかぶせる。

「だから、スズミヤがいないんだから、アンタに言ってるんでしょうが。ねえ、朝倉くん?」

 そんなグッチの言葉にも、朝倉リョウの口調は変わらない。

「とにかく、今後、こういうことをしたら、君たちには何らかの罰が下されることになるだろう。覚悟したほうがいい」

 脅し文句とともに、朝倉リョウは去る。やれやれ、と私は肩をすくめる。

「それにしても、キョン子。なんで、古泉さんなの?」

 しばらくの沈黙のあと、クニが話しかけてくる。

「そうそう、諸悪の根源は古泉イツキよ。なんで、あんなビッチ女が一緒にいるわけ? スズミヤとコイズミって、最悪の組み合わせだと思わない?」

「キョン子だって、古泉さんのこと知ってるよね? 相当遊んでるってウワサだけど」

「あ、そうか」

 グッチは何かを思いついたかのように手を叩く。

「なにが?」

「つまりね」

 グッチがクニの耳元で何かをささやく。え、でも、そうか。クニは納得したみたいで、私を気の毒そうな目で見た。

「ねえキョン子、元気だしてね」

「そうそう、悪いのはスズミヤなんだから。ウチはあんな男子にホレるなって、何度も言ったはずだけど」

「こらグッチ。そういうこと言っちゃダメだって」

 どうやら、二人の間では、涼宮ハルヒコが古泉イツキにホレて、私を捨てた、というストーリーができあがったらしい。

 そう考えたほうがわかりやすいだろう。古泉イツキは誰もが認める美人で、それが目的で涼宮ハルヒコは部に勧誘したのだ。わざわざ「副団長」という役職を用意するという、彼なりの破格な条件で。

 私は古泉イツキに嫉妬しているのだろうか。いいや、私は彼女を恨んではいない。憎んでもいない。逆に、彼女のような子が入ったから、私は安心して部をやめる決意ができたと感謝したいぐらいなのだ。

 それはつまり、涼宮ハルヒコのことを私は好きではないということだ。恋愛対象として彼を見ていないということだ。

 話すだけならば、彼の相手をするのは楽しい。でも、それ以上の関係になって、いろんなものに付き合わされることに、私は耐えられなくなったのだ。二度と自分の日常に戻れなくなるような気がして。

 私の選択はまちがっていないはずだった。しばらくしたら、SOS団なんてものは忘れて、普通の高校生活を過ごすことができるようになるだろう。そして、ただのクラスメイトとして涼宮ハルヒコに気軽に声をかけ合う関係になるはずだ。私はそう信じていた。

 

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