(10)「もう来ないからね、ここには」
「まったく、冗談じゃないぜ、あいつら」
ドアを開けて、涼宮ハルヒコはぶつぶつ言っている。机にビラをドサッと置く。配れたのは半分ぐらいみたいだ。
「やっぱり、怒られた?」
不安そうにたずねるみつる先輩。
「でも、目立ったからいいじゃん。目的は果たせたよ」
開き直っているバニーガール姿の古泉イツキ。
そして、三人は私に向かって目くばせをする。みつる先輩が小声で何かをささやいている。
「着替えるから」
私は立ち上がる。
「あ、ああ」
涼宮ハルヒコはそれに答え、部室を出ていく。長門ユウキも席を立つ。二度も指定席から移動するとは、今日は彼にとって大変な一日だっただろう。部室を提供したことを後悔しているのではないだろうか。
古泉イツキはドアを閉め、鍵をかける。
「ねえ」
顔色をうかがうように話しかけてくる。
「今日はやりすぎちゃった。ごめんね」
バニー姿で謝る彼女はかわいかった。
「ううん、謝るのは私のほうだし」
自然と彼女に向かって言葉がでた。私の古泉イツキに対する劣等感は、涙とともに流れてしまったのかもしれない。
「あのね、キョン子ちゃん見たときにね、いろいろたまってると感じたのよ。だから、楽しいことをやろうと思って」
「そう」
彼女の読みはまちがってなかった。ただ、その感情がああいう形ででてしまっただけで。
「イツキちゃん、私、怒ってなんかないからね」
そう言って、ゆっくりとバニー衣装を脱いでゆく。夕日がカーテンをすりぬけて部室にさしこんで、なんだか、ずっと夢の世界にいたような気がした。
彼女も無言で着替えている。さんざん悪態をついた後でなんだけど、本当に彼女に悪気はなかったのだと感じてきた。彼女はただ楽しみたくて、私にこんなことをさせたのだけなのだと。
私は脱ぐのも着るのも遅い。着がえ終わった彼女はそんな私をじっと見ているようだった。話しかけられたらどうしようと思った。もし、彼女が笑ったら、私もつられて笑いそうだった。でも、そうして、今日のことを無かったことにするのはイヤだった。だから、話しかけられないように視線をそらした。
ドアを開けると、涼宮ハルヒコが身をのりだしてきた。
「あ、あのさ」
「ごめんね」
私は機先を制して声をかける。
そして、長門ユウキに上着をわたす。彼は無言で受け取る。
「いや、それより、俺のほうが悪かった。だ、だからさ」
涼宮ハルヒコの言葉が終わらないうちに、私は言った。
「もう来ないからね、ここには」
そして、歩きだす。ちょ、ちょっと、待てよ。そんな声が聞こえてきたので、ふりむいた。
「怒ってなんか、ないからね」
もう一度、その言葉をくりかえす。
このようにして、私は部室を後にした。涼宮ハルヒコ率いるSOS団は、早くも退団者を出してしまったというわけだ。
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