(2)「一年六組、長門ユウキ」

 

 その結論はまちがっていないはずだった。しかし、今、私は旧校舎のとある部室の前にいる。隣には得意げな顔をした涼宮ハルヒコがいるのは言うまでもない。

 何の説明もしないまま、彼は勢いよく扉を開け、すたすたと中に入る。私は誰にも気づかれない程度の会釈をして、こそこそとその後につづく。いいのか、これ?

「ここが、今日から俺たちの部室となる」

 彼は誇らしげにそう宣言するが、何をもって「俺たちの部室」と言いきれるのだろう。

「だいたい、ここはどこの部室なの?」

「文芸部」

 言われてみると、机と椅子以外に、ぎっしりと本のつまった棚が見える。私の六畳間の部屋よりは広い。無理をすれば十人ぐらいの会議ができそうなスペースだ。奥には窓があって、そのそばには本を読んでいる男子生徒が一人?

「ああ、あいつが文芸部員。三年が来なくなって、実質一人なんだ。だから、部室を提供してくれるようになったわけ」

 そんな涼宮ハルヒコの発言を気にせず、彼は本を読んでいる。

「でも、文芸部の部室でしょ。ここは」

「本が読めたら、ここで何をやってもいいんだってさ。あいつがそう言ったんだから」

 眼鏡をかけて、知的な雰囲気をただよわせるその男子は、涼宮ハルヒコの自分勝手な物言いに動じることなく、本を読み続けている。おいおい、メガネ君、今は文芸部存続の危機ではないのか。

「じゃあ、俺は部員確保してくるから」

 涼宮ハルヒコはそう言って、身体を向き直るや、猛ダッシュで部室を出ていく。私は謎の文芸部員と取り残される。何だこれ?

 とりあえず、椅子に座る。見知らぬ部屋で見知らぬ男子と二人きり。これで平常心を保つことができる女の子がいたら教えてほしい。どうも、涼宮ハルヒコは私のことを女子だと思っていないふしがある。冗談じゃない。

「一年六組、長門ユウキ」

 声がしたので、その男子を見る。眼鏡の奥の瞳は、無表情に私を見ていた。私はぎこちなく愛想笑いをしようとしたが、それを見ることなく、彼は本に視線を移す。

 なかなか背は高そうだ。座っているだけでも体格が良いのがわかるのは、背筋を伸ばしているからだろう。足を組んでいるけれど、姿勢がいい。肌は色白だが、運動神経が無さそうではない。先輩かと思っていたら、同級生だったのか。

 とりあえず、私はその男子に話しかける。

「あの、いいの? その、私たちがここにいて」

「かまわない」

 短く鋭い口調だ。読書の邪魔をするな、という雰囲気がひしひしと伝わる。しかし、世の中には言わなければならないことがある。

「だけど、あの、涼宮ハルヒコっていうのは変なヤツで、宇宙人とか、超能力者とか、そんなものを信じていて、この部室でなんかそういうことをしでかそうと」

「聞いた」

 彼の鋭い返答に私は黙る。それを承知の上で、部室を提供したというのだろう。でも、涼宮ハルヒコというムダな行動力の持ち主がいたら、せっかくの静かな読書環境はぶち壊しではないか。

 それにしても、涼宮ハルヒコの言葉にたじろがなかったとは、長門ユウキ、ただものではない。もしかすると同じぐらい変なヤツなのかもしれない。変人二人に常識人一人。最悪だ。常識が多数決で否決されるという民主主義の根本をゆるがす事態になりつつある。私の思い描いた「普通の高校生活」は蜃気楼の彼方に消え去りつつある。

 しかし、涼宮ハルヒコが戻らないことには話が進まない。部員確保に奔走すると言っていたが、どうせ、見つかるはずあるまい。もし、涼宮ハルヒコ級のバカが五人そろったら圧巻だ。宇宙人到来よりもありえないことだが。

「ねえ、何の本、読んでいるの?」

 仕方なく、長門ユウキに声をかける。すると、長門ユウキは私のほうを向いて、表紙を掲げてみせる。カタカナ六文字の聞いたことがない題名だ。

「どんな本?」

「ユニーク」

 長門ユウキは短く答える。だめだ。コミュニケーションが取れそうもない。

 私は本棚に向かう。びっしりと詰まった本に、私が知っているタイトルを探す。ない。一つもない。文芸部だったら国語の教科書に載っているような定番の本があるはずなのに、まったく見当たらない。

 とりあえず、一冊取りだして、パラパラめくってみる。研究所とか、地球外生命体とか、宇宙船とか出てくる。ほかの本も似たような感じだ。なるほど、ここにあるのは、SF小説ばかりというわけか。

 SF小説。それは、私にとって無縁の物語であり、今後もできることなら無関係でいたい類の物語である。そんな荒唐無稽な話を読むのは、だいたい理系男子である。私は数学を天敵とする、れっきとした文系女子である。SFからもっとも遠い次元に存在する人間といっていい。

 そんな本がギッシリ詰まった棚を見ていると、長門ユウキが涼宮ハルヒコを受け入れた理由が見えてくる。彼も宇宙人を信じたいのだろう。あんな冷静な顔をしながら、奇想天外なロマンに憧れているのだ。あの眼鏡の奥では、宇宙船がドンパチをくりひろげているのだ。

 類は友を呼ぶという。涼宮ハルヒコは長門ユウキに出会った。結構な話である。つまり、私の出番は終わったということだ。これ以上私が付き合う義理はあるまい。私はそう決心した。次の部員が扉から入ってくるまでは。

 

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