第二章

(1)「変な彼氏を持つ子は大変だね」

 

 放課後、帰り支度をする教室のざわめきのなか、私はぼんやり座っていた。

 新しい部活を作る。そんな突拍子のない涼宮ハルヒコの思いつきに、いつの間にか、私は巻きこまれてしまっているらしい。しかも、その部は、名称どころか何をするかも決まっていないみたいである。順番があべこべだ。

「いやー、変な彼氏を持つ子は大変だね」

 気がつくと、グッチが前の席に座りこんでいた。五時間目のことをいっているのだろう。

「まあ、この時期は微妙なんだよ、男女関係ってものはね」

 訳知り顔であいづちうつのはクニ。まったくもって、二人の立場がうらやましかった。なぜ、平和を愛するこの私が、涼宮ハルヒコの気まぐれに付き合わなければいけないのか。

「だいたい、部室ってどこにあるのよ」

「部室って、キョン子、何のことなの?」

 ふとつぶやいた私の言葉に、クニが応じる。

「いや、文化系クラブとかって、どこで活動してるのかなって」

「旧校舎じゃない? あそこには茶室もあるっていうし」

 グッチが窓から指さした先は、北校舎の裏側の目立たないところだった。旧校舎の名にふさわしく、薄汚れている。授業で使ったことがないから、私は一度も足を向けたことはなかった。

「そういえばグッチ、運動部の部室とか、わたしたちの知らないところって、いっぱいあるよね」とクニ。

「ウチは剣道場には行ったことあるよ、朝倉くんを見に」

「さすがグッチ。行動早いじゃん」

「まあ、つきそいでね。ウチは、もっとねらいやすいヒトにシフトしてるし」

「へえ、誰なの? 教えてよグッチ」

「秘密よ、秘密。クニと一緒だったらやばいじゃん」

 そうか、涼宮ハルヒコは、入学してから一ヶ月の間、そんな私の知らない場所を、どんどん踏破したというわけか。だが、それで部室というものは確保できるのだろうか。

 ねえ、と私は二人の話をさえぎる。

「もし、新しい部活を作ろうとするんだったら、何がいると思う?」

「キョン子、いきなりどうしたの?」

 グッチが私の顔を見る。

「だ、だって、いっぱい変なクラブあるじゃん? うちの高校って」

「あれって、五人いないと廃部になるんだよね。だから、弱小部は新入生勧誘に必死になるんだって」

 そう言いながら、クニがポケットから生徒手帳を取りだす。

「えっと、まず、部活設立には、五人以上の本校生徒の同意が必要である。次に、申請書類を生徒会に提出し、学校側の認可を得なければならない。とまあ、こんな感じ」

 なるほど、仮に私を含めたとして、残り三人の協力が必要となるというわけか。

「わかった!」

 グッチが手をたたいて、うれしそうな顔をする。

「アンタたち、変な部活を作ろうとしてるんでしょ?」

「ああ、そういうことか」

 クニがグッチの言葉にうなずいて、

「ついに、キョン子もそっち方面の人になったってことね」

「愛の力よ、愛。スズミヤへの愛が、キョン子を変人たらしめることに成功したのよ」

 なかなか頼りになると二人に感謝しようと思ったら、すぐこれだ。なんで女子は、愛の力なんてものをすぐに信じたがるんだろう。

「でも、ウチらはずっとキョン子と友達よ。いくら、宇宙人を追いかける人になっても」

「じゃあグッチが涼宮くんの部活に誘われたら、どうする?」

「そんなの無理に決まってるじゃん。クニもそうでしょ? ウチらはあくまでもキョン子を温かく見守ってあげる立場なんだから」

 そんな二人の都合のいい友情話を聞きながら、私は考える。一匹狼の涼宮ハルヒコが他の部員を集めることはありえない。つまり、新しい部活の設立など無理だということだ。

 

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