(3)「こいつに関わるとロクなことにならないわよ」
「待たせたな」
そんな威勢のいい言葉とともに、乱暴にドアが開く。静寂に包まれた長門ユウキタイムは、予想より早く幕を閉じたようだ。
「紹介しよう。こいつが、新しい部員だ」
そんなさわやかな涼宮ハルヒコの言葉は、しかし、連れてきた男子には届かないみたいだった。いや、男の子といったほうがいいだろう。女子の私よりも小柄なその少年は、肩をガッチリつかまされて、身動きできない状態だった。おびえた目つきで私たちをうかがっている。
「あの、ここは?」
「だから、おまえの新しい部だよ、ここが」
「ちょっと待って」
私は立ち上がって、涼宮ハルヒコに向き合う。
「まさか、あんた、この子を無理やり連れてきたわけじゃないでしょうね」
私は被害者の少年を見る。警戒心をまだ解いていない。興奮のためか頬が染まっている。戸惑いの色をかくせない瞳は、私にすがりついているように見えた。
上着は涼宮ハルヒコのせいで乱れているが、ネクタイはきちんとしめている。男子のわりには長い髪、清潔感ただよう外見。むむむ、と私はうなった。
「いや、それは関係ないから」
「なにがだよ」
「だから、この子のことよ」
私は気をたしかにするべく、語気を強め、涼宮ハルヒコににじり寄る。
「ええと」
少年がおずおずと言葉をだす。
「あの、入部の勧誘だったら、僕、無理です」
僕か。僕と自称するのか! 私は思わず嘆息する。最近は、小学生の我が弟ですら使わなくなった「僕」。それを完璧に使いこなす少年をまのあたりにして、私は動揺をかくしきれない。
「だって、僕、書道部に入っているし」
「でも、おまえ、ヒマそうじゃん。放課後いつも」
「そりゃ、書道部は毎日やってるわけじゃないし」
「そんな遊びみたいな部やめちまえ」
強引な論理がくりひろげられているなか、私は考える。なぜ、こんな私好みの子を涼宮ハルヒコは連れてきたのだろう。彼が私のことを考えているはずがない。つまり。
「あんた、この子をパシリにする気でしょ?」
「なんだよ、キョン子。人の邪魔をするなよ」
「ジャマもへちまもあるもんですか」
すっかり、少年を自分の弟と同一視してしまった私は、勝手に保護者役を買ってでる。
「あんたのやってることはね、イジメなのよ、イジメ。気が弱そうで、おとなしそうな子を、部にひっぱって、面倒なことをおしつけて、自分がラクしようとしてる。そんなの私が絶対に許さないんだから」
「いやいや、そういうつもりじゃないって。だいたい、パシらせるぐらいなら、自分でやったほうが早いし」
「そういえばそうね」
こいつは、他人に仕事を任せるぐらいなら、自分でやったほうがいいと考えるヤツだ。そのありあまる行動力だけは私も認める。
「あの、いいですか?」
私が納得したのを確認して、少年は口を開く。
「そもそも、何部なんですか、ここ」
「それはだな」
「世界不思議発見部」
私は短く答える。
「ちょっと待て。なんだよ、そのダサいネーミングは」
「だって、そういうとこにするんでしょ。宇宙人とか超能力者とかを探すんだから」
「いやいや、そんな安っぽい名前じゃなくてだな。なんていうか、その、魂をゆさぶる何かっていうか」
「あの、そういうのだったらいいです、僕」
これ幸いとばかり、少年はドアに向かって歩み寄る。もちろん、それに気づかぬ涼宮ハルヒコではない。彼の肩をつかみ、強引に向き合わせる。
「だから、俺たちの部に入れって。何しろ、まだ始まったばかりなんだ」
涼宮ハルヒコは熱弁をふるう。
「いわば、この部は真っ白いキャンパスなんだよ。それに、どんな色を塗るか。その一員として、おまえが欠かせないんだよ。おまえ次第で、この部はどんな色にも染めることができる。魅力的だと思わないのか?」
どこかで聞いたようなクサいセリフなのだが、それは少年の注意をひいたようだった。
「つまり、これから新しい部を始めるってこと? そして、その一員に僕がふさわしい、と」
「そうそう」
「でもね、その部っていうのは、この涼宮ハルヒコが自分勝手にやりたいことをする部活なのよね」
少年がだまされているような気がして、私は口をはさんだ。
「こいつに関わるとロクなことにならないわよ」
「キョン子、おまえ、どっちの味方なんだよ」
「この子の味方に決まってるじゃん」
そういって、私は涼宮ハルヒコと向き合う。
「だいたい、断りきれそうにない男子に声をかける、その神経が許せないのよね。おまえが欠かせないなんて心にもない言葉、いまどき宗教の勧誘でも使わないわよ」
「いやいや、こいつはだな、俺の見るかぎり、この学校で一番人気のあるヤツなんだ。俺たちの部の発展には、欠かせない人材なんだよ」
むう、そうきたか。私は涼宮ハルヒコの言葉に納得してしまう。こういう子は、男子からどう思われてるかともかく、女子の支持率はきわめて高い。そして、気のきいた性格が備わっていたとしたら、これはもう、信用するなというほうがおかしい。そこまで考えていたとは、涼宮ハルヒコ、たいしたヤツではないか。
「あそこの人は?」
少年が指さした先には、うっかり私も存在を忘れていたメガネ君がいた。あいかわらず無言で本を読んでいるようだ。
「ああ、あいつは、長門ユウキ」
「へえ」
予想外にも、少年は長門ユウキに興味を持っているようだった。そうか、と何度かうなずいたあと、少年は涼宮ハルヒコに向き直る。
「わかりました。僕、書道部やめて、この部に入ります」
その力強い言葉を聞いて、涼宮ハルヒコは諸手をあげて喜んだ。
「偉い! よく言ってくれた。そう言うと信じてたよ、俺は」
そんな彼の感動を無視して、私は小声で少年に語りかける。
「いいの? 書道部だって入ったばかりなんでしょ? もうちょっと考えたほうが」
「いや、僕は、その、二年だし」
「二年っていうことは、まさか、先輩?」
「そうですよ。僕は二年二組の朝比奈みつる。これからよろしくお願いします」
私は涼宮ハルヒコをにらむ。
「あんた、二年って知ってたの?」
「そりゃ知ってたよ」
「だったら、なんでタメ口で」
「いや、なんとなく」
「ちょっと、先に言ってよ。そういう大事なことは」
そして、私は少年改め朝比奈みつる先輩に向き直り、深々と頭を下げる。
「あの、ごめんなさい」
「いいですって。慣れてますから」
とんでもなく無礼なことを言った気がする。すっかり、涼宮ハルヒコのペースに乗せられた自分が情けないと私は反省する。
しかし、朝比奈みつる先輩は、そんな愚かな私を許してくれると思った。「僕」を使う男子で悪い人はいないはずだ。たぶん。
それにしても、活動初日で、部室ならびに部員を確保できたとは驚きだ。彼が費やしてきた学校探索の成果を見せられた思いである。ただし、長門ユウキが人数に入っているのかどうかなど、かなりの不確定要素がある。
まだまだ、世界不思議発見部(仮)は出発点にも達していないのだ。私だって、部活設立の申請書類を準備していないし。
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