(7)「もうあきらめたら?」

 

 もちろん、UFOが平和なこの街に姿を見せることはなく、たんたんと日々はすぎる。私にとっては好ましく、涼宮ハルヒコにとっては願いむなしく。

 グッチにめでたく涼宮ハルヒコ対策委員長に任命された私だが、あまり対策をねる必要はないみたいだった。四月の彼をあらわす言葉が「いらだち」だとしたら、五月の彼は「ユウウツ」である。どうも、彼は万策尽きたようだった。わずか一ヶ月で、やることをやり終えるとはたいしたものである。私なんか、テストが返るたびに「今度こそは」「きちんと勉強さえすれば」と数年間思い続けているのだから。

 めずらしく、休み時間になっても席を立たない彼を見ると、さすがにかわいそうになったので声をかける。

「もうあきらめたら?」

「何をだ」

 私のほうをふりむく気力もないらしい。腕に顔をうずめたまま返事をしている。

「あんた、頭もいいし、運動神経もいいんでしょ? やろうと思ったら何でもできるじゃん。いつまでも来ないものを待ってるんだったらさ、もっとほかのことを」

「そんなありきたりのことをしたくねえよ」

 涼宮ハルヒコは髪の毛をむしる。

「なあ、なんで、こんなにつまらねえんだ。高校生になったんだから、新しいことが起こると張りきってたのに、中学のときとたいして変わらないじゃないか。いったい、どうなってんだ、この世の中は」

 いやいや、宇宙人みたいな物騒なものを望んでいるのはごく少数派で、大半の人は平和な日々を望んでいるのだ、と私は彼に説教したかった。

 たしかに今の私たちは物足りない日々をすごしているのかもしれない。だが、世界には飢えて死ぬ子供たち、文字を知らない子供たちが、たくさんいるというではないか。彼らからすれば、涼宮ハルヒコの憂鬱なんて、どうでもいいことなのだ。憂鬱しているだけで、贅沢なのだ。

 でも、そんな当たり前のことを言っても、彼は耳を傾けないだろう。私は頭を働かせる。

「ねえ、高杉晋作って知ってる?」

「ああ、幕末の長州藩士だな。奇兵隊を作ったヤツだろ? おまえ、歴史くわしいのか?」

「ええ、まあ」

 実をいうと、くわしいのは日本史の一部にすぎないのだが、私はかまわずに続ける。

「でね、その高杉晋作って人、明治維新が始まる前に亡くなっちゃったのよね。27才かそこらで。その辞世の句って知ってる?」

「『残念だ、明治維新を、見たかった』とかか」

「ちがうわよ。『おもしろき こともなき世を おもしろく』っていうの」

 ほう、と彼は身を乗りだしてきた。

「高杉晋作はね、家柄が良くて、優等生だったのに、そういう地位を捨てて、幕府を倒すためにがんばったわけよ。百人にも満たない兵士でクーデターを起こしたこともある。そうして心身を投げうって努力したから、ああいう辞世の句が遺せたわけよ。だから、あんただって、来るはずがないものを待つんじゃなくて」

 と、話しかける途中で気づいた。いつの間にか、彼は考えこんでいるようだった。偉大なる高杉晋作の生涯には、てんで興味がないらしい。

 もし、涼宮ハルヒコが幕末の長州藩に生まれていたら、奇兵隊に入って活躍していたかもしれない。しかし「一将功なりて万骨枯る」という漢文で習った故事成語のように、戦争は多くの悲劇を生む。この時代でも、充実した生き方というのは、いくらでも見つかるはずなのだ。私たちは日々の平和に感謝して生きていかなければならないはずなのだ。

 そう伝えようとした私の言葉の続きを待つことなく、涼宮ハルヒコは腕を組んで、うーんと考えこんでいる。これは良い兆候ではない。そんな彼の姿、これまで一度も見たことがなかったからだ。

 

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