(6)「中学のときモテてたって本当?」
このような経緯により、涼宮ハルヒコと声をかける関係になった私だが、話す内容といっても、
「宇宙人、見つかった?」
「そんなわけないだろ」
「そう」
三行で終わった。宇宙人にまったく興味がない私にとって、それ以上の話は聞く価値もなかった。
あいかわらず、涼宮ハルヒコは休み時間や昼休みには教室に出て行く。だから、彼のことを気にとめる必要はなかった。基本的に、私はクニやグッチと話しながら、平和な日常をすごしていたわけだ。
そして、五月一日、席替えの日。出席番号が近かっただけで、後ろの席に座っていた涼宮ハルヒコとも別れるときがきた。ちょっと名残おしいが、彼と同類と見なされることには耐えがたい私にとって、これは喜ばしきことであるはずだった。グッバイ涼宮ハルヒコ、フォエ―バー。
私の席は窓際で後ろから二番目の席となった。クニやグッチとは、ちょっと離れている。残念だが仕方ない。早くも数学の授業についていけなくなった私だ。親しい子がまわりにいない方が良いではないか。そう自分をなぐさめていたら、なんと後ろの席が、驚くなかれ、またもや涼宮ハルヒコになった。
これに運命を感じるのはまちがっている。誕生日が重なる子がクラスにいてもおかしくない理屈と同様に、席替えで後ろの生徒が変わらずとも不思議なことではないはずだ。それほど確率的には低くないと思う。数学を苦手とする私が言うのもなんだけれど。
せっかくの機会だ。知的好奇心を満たすべく、グッチから聞いたウワサの真相をたずねることにした。
「ねえ、中学のときモテてたって本当?」
そんな質問をすると、彼は不機嫌そうに窓を向いた。
「谷口だな、そんなこと話すの」
「誰からでもいいじゃん」
ちなみに、谷口とはグッチの名字である。
「なんで一回きりのデートで女の子をふったりするわけ? もっと付き合わないとわからないことがあるでしょうが」
「面白くないんだから、しょうがないじゃねえか」
そんな無神経な彼の発言を聞くと、さすがに女子として許せないものがある。私は正義感にかられて反論する。
「街をぶらぶら歩いただけで、その子のことがわかるはずないでしょ? デートするんだったら、もっとやり方ってもんが」
「映画とか、カラオケとかに行けっていうのか。なんで、そんな金のかかることしなくちゃいけねえんだよ」
「だって、デートでしょ?」
「そもそもだな、俺はその子のことを好きになれるかどうか知りたくて、一日付き合ってみたんだ。告白されたときに、ちゃんとそう言った。ところが、そいつときたら、質問に答えるばかりで、気のきいたこと一つ言えやしない」
涼宮ハルヒコはぶつぶつ話し続ける。
「おまけに、歩くスピードが遅すぎる。ペースを合わせるだけで疲れる。もし、本当に恋愛関係が成立するならば、ただの並木道を歩いても、楽しいと感じるもんだろ? そういう気配がちっとも伝わらないんだよな。どう考えても、一日をムダにすごしたとしか思えない」
ふーっと私はため息をついた。こいつはダメだ、女心というのがまったくわかっていない。嫌われまいと必死で歩く女の子の気持ちを理解しようとすらしていない。その子を喜ばせる努力もせずに、何が「一日をムダにした」だ。
「だいたい、告白の時点からおかしいんだよな」
涼宮ハルヒコのグチはつづく。
「放課後にどこそこに来て、と女子に言われたら、当然、そいつが待っていると思うじゃないか。だのに、別の子がいるんだよ。なんで、別のヤツに『放課後に来て』と言わせるんだ? それぐらい、自分でしろよ。せめて、待ってるのが誰かぐらいはわかるようにしてくれ」
女子の恋愛における友情も、こいつにかかるとこの通り。こんなヤツにホレた女子には不幸しか待っていないのだ。
もし、私に「好かれたい」という気持ちがあったら、涼宮ハルヒコと今のような関係になっていただろうか。「バカみたい」という言葉が、よくわからない作用を起こして、現在の関係に至っているのである。つくづく男女関係というのは難しいものだと思う。
しかし、周囲の子たちは、私がそんな話をしているとは考えていないようだった。次の休み時間に、グッチは大げさに言う。
「ねえ、キョン子。スズミヤと仲良さそうじゃん。いったいどうしたのよ?」
どうしたもこうしたも、あんたのウワサが事実かどうか確かめただけ、と反論しようとすると、クニがしたり顔で言う。
「やっぱり、キョン子には涼宮くんぐらいの子がちょうどいいんだよ」
「だ、だけど、あのスズミヤとだなんて」
いや、それはあんたの早とちりだから、とグッチの誤解をとこうとしたとき、予想外の男子が声をかけてきた。
「いいことじゃないか。涼宮君には、誰も友達がいなかったんだから」
視線を上げると、そこにはクラス委員の朝倉リョウがいた。
「正直、涼宮君には困っていたんだよ。なかなか、クラスになじんでくれなくてさ。だから、これからもお願いするよ」
いや、なんで私がそんなこと頼まれなくちゃいけないんだ。まるで、私が犠牲になってクラスの平和を維持しろ、と言わんばかりではないか。
しかし、私が答えるよりも、グッチが言葉を出す方が早かった。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。キョン子はスズミヤ対策委員長だから。スズミヤのことは、キョン子に任せたらきっとうまくいくよ」
「それだったら助かるよ」
そして朝倉リョウは、私たちの元を去った。どうやら、私に発言権は与えられていないようだ。
「すごいじゃん。朝倉くんにも認められてるよ、あなたたち」
グッチはやたらとうれしそうだ。私は反論する気力もうせて、窓の外を見る。今ごろ、涼宮ハルヒコは、どこで、うーんとうなっているんだろう。来るはずのない宇宙人を、どんなふうに待ってるんだろう?
「それにしても、男子に『バカみたい』って、けっこう使えるんだね。今度、やってみようかな」
「グッチ、それはやめといたほうがいいよ。相手が涼宮くんだからできたことで」
「ははは、そうか」
そんな平和な二人の会話を聞きながら、私はため息をつく。どうやら、私も涼宮ハルヒコと同じように変人の烙印を押されてしまいそうである。人のウワサも七十五日と、昔の人は言った。七十五日。それは、高校一年生にとって、いかに長い年月であることか。私はもう一度深いため息をついた。
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