(3)「スズミヤはホントにヤバいって」

 

「だから、スズミヤに話しかけるのはやめといたほうがいいって」

 昼休み、お弁当をもぐもぐ食べている私の耳に、そんなありがたい忠告が聞こえる。

「でも、見た目、カッコいいしね。キョン子って昔から、面食いなところがあるし」

 そう言われても、私は反論しない。なぜなら、食事中だからである。食べ物というものは、よく噛むことで、栄養を最大限に摂取することができるのだ。太る原因の一つが、噛まないで物を食べるせいだと聞いたことがある。

 ちなみに、キョン子というのは私のあだ名である。この名づけ親が、私の弟というのがちょっと情けない。親戚のおばさんが、私の名前を中途半端に「キョン子」と呼んだのを面白がった弟が、その真似をするようになり、それを知った友達が定着させた。

 できれば、弟には「お姉ちゃん」と呼ばれたい。さらにいえば、最近弟が自分のことを「おれ」と言いだしたのが、不満で仕方ない。きっと、悪い友達と付き合っているのだろう。私の悩みの種は尽きないのだ。

「いやいや、スズミヤはホントにヤバいって。マジやばいから」

「なにがヤバいの?」

 二人は私を気にせず話し続ける。私も気にせず、もぐもぐ食べる。

「自己紹介で言ってたじゃん。宇宙人とか、超能力者だとか」

「そうだよね。オカルトだよね」

「あいつ、スズミヤは本気で信じてるんだよ。そういうの」

「でも、いいじゃん。変なことしないんだったら。班組みで同じになったらイヤだけど」

 そうだ、と私はクニの言葉にひそかに同意する。他人に迷惑をかけるようなことを、涼宮ハルヒコはしていない。

 ちなみに、クニというのは、私と同じ中学出身の同級生のあだ名である。中三のときにわりと親しかった友達だ。クニと同じクラスになったことは幸運だった。私は新しい友達を作るのが得意ではないからだ。

「いやいや、中学時代にスズミヤが何をやったかを知ったら、アンタら、驚くって」

 そして、こんなことを言う子が、涼宮ハルヒコと同じ東中出身のグッチ。彼女がクニと仲良くなったことで、いつの間にか、私と一緒にお弁当を食べる関係になってしまった。

「例えば、屋上に御札をはりまくったことがあったよね」とグッチ。

「御札って、どういうの?」とクニ。

「魔除けだかよくわからないけど、とにかくそういうの。スズミヤは、あとで先生にたっぷり叱られたんだけど、ぜんぜん反省してる顔見せなかったのよ。信じらんない」

 なお、グッチが「スズミヤ」と呼び捨てにして、大音量で話しているのは、彼が昼休みに教室にいないからである。きっと、学食を利用しているのだろう。

「そして、そのあとに起きたのが、運動場落書き事件」とグッチ。

「何それ?」とクニ。

「ライン引きでね、なんていうか、キテレツっていうか、マカフシギっていうか、そんな模様を運動場いっぱいに描いたのよ」

「それ、新聞に載ってたやつじゃない?」

「うん、載った載った。もう、先生みんな大騒ぎでね。スズミヤは、真夜中の校庭に忍びこんだことをすぐに白状したんだけど、パトカーも来たりしてさ。ホント大変だったよ」

「ははは、そりゃ迷惑だよね」

「笑いごとじゃないって」

 二人の話を聞きながら、私は不謹慎にも感心していた。そうか、涼宮ハルヒコは宇宙人を待ってただけじゃないんだって。

 御札を貼ったり、運動場に落書きするなんて、バカげたことかもしれない。だけど、それを涼宮ハルヒコはやりとげたのだ。たぶん、一人で。たいしたヤツではないか。

 私は、夜の校庭でひとりきり白線を引いている彼の横顔を想像する。きっと、真剣そのものだったのだろう。あのときの自己紹介と同じように。

 なぜ、そこまで夢中になれるんだろう。なぜ、いつまでたっても来ないものを信じることができるんだろう。

「あれ、キョン子? ますます、スズミヤに興味持ったとか?」

 思わず箸をとめていた私に気づき、グッチがうれしそうに話しかける。

「でも、絶対にやめといたほうがいいよ。アイツにはもう一つの特徴があってね。なんと、女の子にまったく興味ないのよ」

「え? まさか、あっち系の人とか?」

「ちがうよ。クニったら、何言ってんのよ」

「だって、グッチがまぎらわしい言い方するから」

「ごめんごめん、そういうことじゃなくてね。スズミヤって、ルックス悪くないじゃん? だから、そこそこモテて、告白されたりしたんだよね。そしたら、アイツ、OK出すのよ、必ず」

「へえ」

「でもね、デートといっても、特に何するわけでもなく、ただ街を歩きまわるだけで、そして帰りにこう言うのよ。『ごめん、俺、やっぱり、普通の人間に興味持てないんだ』って」

「ひどい。なんで、最初から断らないのよ」

「せっかく勇気出して告白した子に、そんな態度取るなんて許せないと思わない?」

「うんうん」

「だから、東中では、スズミヤには話しかけるな、という暗黙の了解があったんだよね。それでも、ホレる子はいたんだけど。キョン子みたいに」

 グッチはいたずらっぽく笑って私を見る。

「なんで私には教えてくれなかったわけ?」

 食事が一段落ついた私は、ここぞとばかり反論する。

「だって、あんな自己紹介のあとに、スズミヤに話しかける子がいるとは思わないじゃん」

「それに、だいたい私は」

「まあまあグッチ、キョン子の趣味が変わってるのは、昔からのことだし」

「そうだよね。キョン子ってどこか変わってるよね」

 援護をしてくれると思いきや、またもや根拠不明なウワサを流すクニと、それに同意するグッチ。私はまったく無力だった。だいたい、私のどこが変わっているというのか。

 私はミルクを取りだす。私は食後に必ずミルクを飲む。昼休みが始まってすぐ自販機で買い、その新鮮さを噛みしめながら飲む。私ほどミルクをマジメに飲む子はそうはいるまい。

「最初はおとなしそうに見えたんだけど、キョン子ってガサツなところがあるよね」

「そうそう、女の子っぽくないんだよね。いろいろと」

 それというのも、こんなことをすぐ言われるからである。だいたい、お弁当を食べながらしゃべる子が、黙々と食べる子をガサツというのはまちがっている。つまり、原因は私の性格にあるのではなく、私の貧相な体格にあるのだ。私がミルクを噛みながら飲む理由がそこにある。

 胸がないせいで、私は女の子らしくないと言われる。髪を結んでみたら「侍みたい」「セッシャ、セッシャ」と言われる。「キョン子」が定着しなければ、あやうく「セッシャ」と呼ばれていた可能性があるのだ。いつか「そのポニーテール、似合ってるよ」と素敵な男性に言われるまで、私は髪を結い続けるであろう。

「でも、キョン子だったら、涼宮くんとうまくいくんじゃない?」

「いやあ、さすがのキョン子でも、スズミヤはダメでしょ。面食いでも、相手は選ばなきゃ」

 二人は勝手なことを言っている。たしかに、涼宮ハルヒコの外見が悪くないことは認める。いたずらっぽい笑顔が似合いそうだ。だが、それが彼に話しかけた理由ではないはずだ。絶対に。

「それより、やっぱり、朝倉くんよね。朝倉くんのほうがカッコいいと思わない?」

「朝倉くん、がんばってるよね。クラス委員、ちゃんとやってるし」

「おまけに剣道もうまいんだって。総体からレギュラー確定っていうじゃん?」

「へえ、すごいね。文武両道なんだね」

「まあ、スズミヤだって、勉強もスポーツもできるんだけど、性格があれだからね。もう、このクラスの半数は朝倉くん派といっても過言ではないわ」

 クラス委員である朝倉リョウのルックスも悪くない。だが、誰とでも親しくなろうとする彼の態度は、あまり感心しない。男子なんだから、もっと友情はじっくりとはぐくんでほしい。

「ねえ、キョン子はどっち? 朝倉くん派、それともスズミヤ派? 今、スズミヤ派に入ったら、ファンクラブ会長になれると思うよ。このグッチが保証するからさ」

「好きにしてよ」

 私はグッチの無責任な言葉を軽く聞き流して、窓を見る。こんな女の子らしくない身体では、まともな恋愛は期待できそうにない。地道な運動とミルク摂取で、いつか人々を見返す日がくるのであろうか。

 私はため息をつく。つくづく世の中は理不尽だと思う。私のスタイルとか、入学早々涼宮ハルヒコの前の席になったりとか。

 

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