(4)「バカみたい」

 

 それからも、涼宮ハルヒコは、クラスから孤立していた。誰もが彼を避けていたし、彼のほうもクラスメイトには無関心だった。私が声をかけたことなど、一日もたたぬうちに忘れてしまったにちがいない。

 だが、私は涼宮ハルヒコの存在を無視することはできなかった。休み時間に、クニやグッチと話したり、廊下を歩いたりしながら、ひそかに彼のことを観察するようになった。私は彼のことが気になって仕方なかったのだ。それは淡い恋心とかそういうものではなく、知的好奇心と呼ぶべきものであったのは言うまでもない。

 そんな涼宮ハルヒコの特徴その1。彼は休み時間になると、すぐに教室から出て行く。いったい、何をしているのかと思いきや、学校中を探索しているみたいなのだ。あるときは、渡り廊下でうーんとうなり、あるときは、プールの側で何かを調べていたり、などなど。霊的スポットを探しているのかもしれないが、変な御札をはるようなことはしていなかった。何を考えているのかは涼宮ハルヒコのみぞ知る、である。

 涼宮ハルヒコの特徴その2。彼はいろんな部活に仮入部していた。ある日はバスケ部、ある日は陸上部、もしかしたら、書道部などの文化系クラブにも顔を出していたかもしれない。いずれにせよ、すぐに辞めていた。熱心な勧誘を受けたこともあった。体育の授業を見るかぎり、彼の運動神経はたいしたものだった。どの部活に入っても一年でレギュラーになれたにちがいない。それなのに、彼は全部断っていた。

 四月の涼宮ハルヒコをあらわす言葉は「いらだち」という一言につきる。学校中を歩きまわり、様々な部活に顔を出す、という人間離れした行動を取っているのに、それでも彼は不満なのである。時には寝ていることもあったが、授業中、質問されたらきちんと答えていた。

 勉強ができて、スポーツができて、ルックスも悪くない。それなのに、涼宮ハルヒコは、宇宙人とか超能力者とかそういうわけのわからない類のものを信じていて、それがいつまでたっても自分の前に現れないことにいらだっているらしい。バカなヤツだ。一流大学を目指して勉学にはげみ、県大会優勝を目指して部活動に精を出す。それこそが、高校生活という枠内でできる最善の努力ではないか。まあ、成績があまり良くない帰宅部の私が言っても説得力がないのだが。

 そして、涼宮ハルヒコの特徴その3。それは彼のブレスレットである。右手首につけているその安っぽいアクセサリーは、毎日、色が変わるのだ。その日のラッキーカラーをつけているのかと思いきや、曜日ごとにブレスレットの色を代えているらしい。なかなか手のこんだことをしている。いったい何のために?

 そんな観察をしながら、四月の終わりに近づいたある朝のこと。高校生活にも坂道を上るのにも慣れたころである。教室に入り、頬杖をついている涼宮ハルヒコのブレスレットを見て、今日は緑だから木曜か、と思いつつ、着席したあと、何を血迷ったか、私は彼に話しかけてしまったのだ。

「曜日でブレスレットかえてるのは、宇宙人対策?」

 彼は驚いた目で私を見た。

「いつ、わかったんだ?」

「ちょっと前」

「そうか」

 彼は再び頬杖をついて、窓のほうを見る。

「なあ、なんで、曜日に星の名前がついていると思う?」

 突然、そんな質問をされて、私は慌てる。

「ど、どうしてだろ?」

「そのインスピレーションを得たくて、色を変えてるわけだ」

「へえ」

「だから、月曜は黄色、火曜は赤、水曜は青で、木曜は緑」

 だんだんと熱を帯びてくる彼の口調が、なんだかおかしくて、私はたずねてみる。

「じゃあ、日曜日はどうなの?」

「そんなこと、おまえには関係ない」

 会話が成立したと思ったら、たちまち、こんなことを言われた。やはり、涼宮ハルヒコにとって、私を含め、クラスメイトはどうでもいい存在らしい。

 このまま、話を終えても良かったのだが、それだと気分悪くなりそうだったので、ひとりごとのようにつぶやいた。

「まあ、宇宙人に会うために努力はしてるってわけだ」

「それがどうしたっていうんだよ?」

「バカみたい」

 ふと、そんな言葉が出てしまった。言った瞬間、彼の動きが止まった。そして、私を見る。明らかに、私をにらんでいる。

「おい、今、なんて言った?」

 マズい。さすがの私もそう思った。しかし、残念ながら、口はそう簡単に止まるものではない。

「だから、宇宙人とか超能力者とか、そんなものを信じてるのが、バカみたいってこと」

 そう言い放って、私は彼を見た。彼はもう頬杖をついていなかった。身体が小刻みに震えていた。左手をにぎりしめている。か弱い私なんぞ、ひとひねりするぐらいに。

「じゃ、じゃあさ」

 彼がふりしぼるように言葉を出そうとしたとき、チャイムが鳴りひびく。私は平静をよそおって身体を戻す。チャイムに救われたとはこのことだ。

 ふと、見わたすと、クラスメイトがみんな私に視線を向けている。誰もが驚いていた。私だって驚いていた。あんなことを言うつもりで話しかけたはずではなかったのだから。

 その日の休み時間、私はいろんな子に声をかけられた。よくやった。ざまあみろ。キョン子ってやるときはやる子なんだな。みんな、口々に涼宮ハルヒコの悪口を言った。他人を見下してるだの、偉そうだの。グッチがもっともそれに熱心だった。

 しかし、私は誇らしい気持ちにはなれなかった。幼稚園のとき「サンタなんかいないんだぞ」と言って、隣の子を泣かせた男子のことを思いだす。私は涼宮ハルヒコに嫌われてもかまわなかったが、その男子と同じように見られるのはイヤだった。

 

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