7月8日 1

 白石先輩の自転車がイタズラされた翌日、俺たちは昼休みに田村先生とともに自転車置き場の見回りをすることになった。

「ところで、いつ始めるんですか?」

「生活委員が見回りを終えてからだ。研究部は生活委員の見回りの邪魔になるそうだからな」と田村先生が答える。

「同じ時間に見回りをしてもほとんど意味はないからね」と冬樹先輩も付け加えた。

 昼休みが10分くらい過ぎたところで生活委員らしき生徒たちが1か所に集まる。見回り終わりの集合だろう。

「そろそろ行くか」と田村先生の一言で動き出す。今日は研究部5人と先生が一緒に行動する。それが学校側の条件だからだ。

「田村先生、別に昼休みはやらなくていいと言っているのに」

 川崎先生が田村先生に声をかけている。とにかく川崎先生は厭味ったらしいのだ。

「いいではないですか。やると言っているのですから」

 田村先生はそう言うと他の発言には無視を決め込んだようで俺たちを急かす。

「お、篤志、それに元気じゃないか!」

 俺たちは後ろを振り返った。

「あ、あきら!」

 俺と篤志は章の元に駆け寄った。田辺たなべ章は1年C組で、俺も篤志も同じ高浜たかはま小だった。俺と章は小学校のサッカー部で一緒だったし、クラスも5年生からは同じだった。

「なんでこんなところに?」

 章が聞いてきたので、俺が答えた。

「見回りだよ。自転車のイタズラが多いから」

「そうか、大変だな。章は?」

「同じく。こっちは生活委員の」

「そういえば生活委員か。道理でC組のメンツがいる」

 篤志がつぶやく。篤志と章は同じ1年C組だ。

「じゃあ2人ともがんばってな」

「ああ」

 そう言って俺たちは章と別れた。

「じゃあ澄ちゃんバイバイ」

「頑張ってね」

「ありがとう」

 一方の澄香は女子の集団に手を振っている。彼女たちの姿が見え無くなってしまうと牧羽さんが澄香の耳元で聞いた。

「知り合い?」

「うん、小学校が一緒だったから」

 そんな会話を交わしている。どうやら見回りに来た生活委員としゃべっていたようだ。

 1年生、2年生、3年生と鑑札の色は赤、黄、青と変わっていくが自転車の密度はそう変わらない。どの学年、クラスもぎっちりと並べられた自転車の中で、特定の自転車を見つけるのは自分の自転車でもたやすいことではない。この状態でイタズラされている自転車はないか、探すのはかなり根気のいる作業だ。

「そういえば先生、自転車の鍵が挿してあるときはどうするんですか?」

 篤志が聞いた。目の前には二重鍵の方の鍵をかけていない自転車がある。

「鍵のかけ忘れか? 生徒が発見し次第教員を呼んで、名前を控えて鍵をかけ預かっておくそうだ。で、見回りが終了した後で放送をかけて昼休み中に取りに来させる。たまに生徒が呼び出しを食らっているだろう? でもそっちの鍵はいいや。自転車自体の鍵はかかっているから」

 放送の呼び出しにはそういうものもあるのか。あまり深くは考えていなかったので分からなかった。

 そうこうしているうちに俺たちは南門までついてしまった。自転車の見回りは終わりだ。イタズラされた自転車はなかった。俺たちはそれはそれでほっとしているのだが、全くイタズラの犯人が分からないとなると次の被害を防ぐには自転車のそばで怪しいことをする人を探すことしかできない。

「じゃあ見回りは終わり。解散だな」

 田村先生がそう言い終えた矢先、南門から誰かが出ていくのが見えた。久葉中のジャージだから久葉中の生徒だ。

「おい、昼休みは外出禁止だ!」

 田村先生はそう叫んでいる。俺は白石先輩の話を思い出した。桜並木の木の1本をさすっていた、清水彩華。

「待て!」

 俺は駆けだした。もしかしたら、生活委員や俺たちに気付いて逃げ出したのかもしれない。後に篤志、牧羽さん、澄香が続く。

 ジャージ姿の生徒は桜の幹の陰に隠れた。このままではらちが明かない。

「昨日の白石先輩の話でか?」

 篤志が聞く。

「まだ犯人と決まったわけじゃないけど、これじゃ話もできない」

「どっちにしろ昼休みは外出禁止なのだから捕まえて来なければならないんじゃない?」

 牧羽さんが言う。

「オイ!」

 俺たちを追って、田村先生と冬樹先輩が駆けつけた。

「お前たちも生徒なんだから本当はダメだからな!」

 田村先生は苦虫を噛み潰したような顔をしている。今は逃げた生徒を捕まえる方が優先。俺たちは桜の木を取り囲んだ。これで逃げられまい。

 ところが俺たちの予想に反して、ジャージの生徒はいともあっさりと俺たちの前に姿を現した。

「オイ! 昼休みの外出は禁止だ!」

 彼女は悪びれもせず「あら、そうでしたか」と俺たちの目の前に歩み出た。

「いつもこうして出てますけど」

「だから校則で禁止」

「そう。まあいいか。何も持ってきてないし」

 彼女は田村先生に言われるがままそのまますたすたと校門に戻っていった。

「あのなあ――分かってるのか?」と田村先生は後を追う。だがそのまま帰られては困る。目が大きくて黒目がち、白い肌、若干カールした髪。誰が見ても美人といえる、まさに白石先輩が言っていた清水彩華の人物描写にぴったり当てはまる。

「ちょっと待ってください!」

 「へ?」と田村先生が反応した。彼女はすたすたと行ってしまう。

「だから待ってください! 清水さん!」

 苦し紛れに俺は清水さん、と声をかけた。どうして知っているのか、と思うだろう。もしかしたら人違いかもしれない。だが、彼女はそのまま立ち止まってこちらを向いた。

「何か用でも」

「あなたに話があります。――学校の中で」

 俺の意図に気付いたらしい篤志が田村先生に彼女を借りたい、と説得してくれた。どうやら昼休みの外出は見逃してくれるらしい。

 俺たちは清水彩華をとりあえず昇降口付近まで連れてくると、話を切り出した。

「まず清水彩華さん、で合ってますか?」

「そうだけれど」

「あんなところで、何していたんですか?」

 俺が聞くと、清水彩華は桜並木の方を見てこう言った。

「桜の観察」

「どうしてですか?」

「コンクールに出す絵に、夏の桜を描くから。昼休みは暇だし、放課後は時間がもったいない」

 そういえば彼女は美術部部長で、何回もコンクールで賞を取っていると白石先輩は言っていた。

「なら昼休みも絵を描けばいいのでは?」

 牧羽さんが疑わし気に聞く。

「昼休みは授業の課題をやりに来ている人優先。それに人が多いからいたくない。絵もさすがにここには持ってはいけないし」

「筋は通るな」と篤志は耳打ちした。

「なら清水先輩は、自転車のイタズラとは関係ないってことですか?」

「自転車のイタズラ? ああ、道理で先生と生徒たちが毎日うろうろしていたのね」

「この人本当に関係ないみたい」と澄香が囁く。この口調だと生活委員が見回っていることも知らないようだ。

「とすると、逆に言えば怪しい人を見ているかも」

 今度は俺がひそひそと篤志たちに話す。

「清水先輩、駐輪場付近で、怪しいことをしている人はいませんでしたか?」

「いや。そもそもあまり人は見ないから」

「何か些細なことでも」

「そもそも昼休みを邪魔された昨日と今日しか周りの様子を見ていない。今日はもちろん君たち」

 俺たちは昨日、という言葉に引っかかった。白石先輩の自転車、マイフェアキティがイタズラされたからだ。

「昨日何があったんですか?」

「まず、先生と生徒の集団が帰っていくところであたりを見回していたら男子2人組と目が合って気まずくなったから立ち去った。桜を観察していたらぎゃあぎゃあ騒ぐ女子生徒がいて、校門を出ようとしたら今日みたいに先生に注意された。それで仕方なく門近くのフェンスに張り付いて桜を見ていたら、南門のところに立っていた女子生徒に『キャア!』と悲鳴を上げて逃げられた」

 ほとんど清水彩華先輩の身から出た錆である。

 これ以上は何も知らないだろう。清水彩華には礼を言って帰ってもらった。彼女と入れ替わるように、離れた場所で俺たちのことを見ていた冬樹先輩が近づいてきた。

「白石に何を吹き込まれたかは知らないが、彼女が犯人なんじゃないかと疑っていたわけか。あの様子じゃ無理もないが。でも違うと判断した」

 俺たちはこくりと頷く。

「清水先輩は犯人じゃない、そう思いますか?」

「俺に判断を仰がなければならないほど君たちは馬鹿じゃないよ。

 ただ、俺も彼女ではないと思う。おそらくここ何日かは桜の観察のためにふらついているのは誰かが見ているだろうし、彼女は本当に手ぶらだ」

「どういうことですか?」

「彼女のポケットに何かが入っている様子はない。彼女が隠れていた辺りを調べても、何かを捨てたようなところはなかった。南門の排水溝にも。自転車にあんなイタズラをするにはカッターやはさみのような刃物が必要だ」

 言われてみればそうだ。田村先生にも『何も持ってきていない』と言っている。

「そういえばさっき、南門の排水溝って言いましたよね?」

 澄香が冬樹先輩に聞く。

「ああ」

「白石先輩の鍵も南門の排水溝に落ちていたんですけれど、まさか誰かに捨てられたんじゃ……」

「そういえばそうね」と牧羽さんも言う。「キーホルダーつきの鍵、溝にことはできてもことはないかもしれません」

 排水溝のふたの格子はそんなに大きくては意味がない。

「白石先輩に言うべきですかね?」

 澄香がそう聞いた瞬間に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

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