7月7日 ②

 こうして私たちはまた多くの先生方に事情を説明した。田村先生は私たちのことを信用してくれているみたいだったけれど、他の先生の反応はいいものじゃなかった。そりゃあ、もう5回目ともなれば怪しまれるのは仕方のないことだけれど……。

 結局私たち研究部はこれ以上何も知ることがないと判断されたようで意外とすぐに解放された。私たちはまた何もできないまま、そういう思いで職員室のドアを開けた。

「みんな!」

 目の前に立っていたのは白石先輩だった。白石先輩の方は落ち込みがひどいのと自転車通学をどうするかの相談で別の場所で話をしていたということだったので、心底驚いた。

「マイフェアキティの敵は取る! 絶対によ!」

 職員室の前で、白石先輩はそう断言した。誰もがその気持ちで動いている。

「よし、ではみんなで犯人を考えようではないか!」

「ここでは邪魔になりませんか」

 美緒ちゃんが助言する。私も薄々先生たちの厳しい視線を感じていた。

「んー、そうだね……ではマイフェアキティの紹介も兼ねて、再びチャリ置き場に来てもらおう!」

 そう言って拳を挙げると白石先輩は大股で歩き出す。それに続いて元気も「行こう!」と歩き出す。

「ついて行くのか?」

 城崎君が聞くと、元気は「もちろん」と答えた。

「俺たちはこの人の時だけは何も知らないし、協力してくれるというなら話だけでも聞いてみた方がいいんじゃないか?

 まあ付き合いきれるかは分からないけれど」

「そうだよね。話は聞いておかないと」

 元気と私は城崎君を促す。

「情報は多いに越したことはないわ」と美緒ちゃんも歩き出す。

「すべての可能性を考慮しなくちゃ分からない、か」

 城崎君はやっと歩き出た。

 白石先輩は駐輪場に着くと、「その前に」と前置きして私たちの方を振り返った。

「小倉ちゃんと牧羽ちゃんには2回目だけれどもう1回!

 アタシは白石麻里奈。2年B組で、ソフトテニス部。ポジションは後衛。放送委員であり――」

「そこまででいいです」

 長くなると悟ったのか、城崎君が途中で自己紹介を遮った。

「あ、じゃあそこの男子2人、名前は?」

 元気と城崎君は「蓬莱元気です」「城崎篤志です」と気圧された調子で答えた。

「そういえば君たち何の集まりなの?」

「俺たちは研究部です。毎日交代で自転車置き場の見回りをしています」

「ふん、いいことだね」

 それが済むと白石先輩は自分の自転車紹介に移った。白石先輩は自分の自転車についてかなり長い時間語った。私が分かったのは、マイフェアキティはサドルをいいものにした他の自転車よりも目立つ自転車だったこと、丁寧な手入れが行き届いていたこと、いつもきちんと2重ロックをかけていたことだけだ。

「で、今日何か変わったところとかありますか?」

「それがね、昼休みカバンの中を覗いたら自転車の鍵がなかったの! 今日に限って朝練に遅刻しそうで急いでいたから自転車の鍵を二の次にしちゃったのが悪いんだけどさー。それで――」

 白石先輩は私たちに語ったいきさつを繰り返した。

「そういえば思ったんだけどさー、毎日毎日放課後チャリ置き場をふらついている怪しい連中が第一発見者だって言うじゃない? 絶対その人たちに決まっているのよねー、誰だか知らない?」

 私たちは顔を見合わせた。

「ん? でも君たちは毎日交代でチャリ置き場の見回りをしていて犯人を見つけようとしている……まさか! 君たちのことか!」

 白石先輩は目を見開いて飛び上がったと思えば急に背を向けた。

「でも君たちは素直に名前を名乗ったし見回りをしているのはきっと嘘じゃない。

 うん、君たちのことは信じるよ。君たちは犯人じゃない」

 白石先輩が1人で頷いている。疑われなくてよかったという思いが胸に広がる。

「あ! あともう1人!」

「誰ですか?」

 元気が白石先輩に迫る。私たちも固唾をのんでその答えを待つ。

「校門付近にいた女子生徒! どっかで顔を見たことだあるんだけれど、ええと、結構な美人で、目が大きくて黒目がちで肌が白くて、髪が若干カールしていて、ええとええと、あ、小倉ちゃんも横ポニが似合ってて背が高くてもっちりした肌で本当にかわいいし、牧羽ちゃんもピン止めのショートカットで背もちっちゃいって意味もあるけどやっぱりかわいいよ、後蓬莱君も目がパッチリしているし、城崎君も引き締まったから出しているからそこそこかっこよくて――」

「お世辞はいいですから、早く」

 美緒ちゃんは相当イライラしている。

「その人何していたんですか?」

 元気が聞くと、白石先輩は「生活委員の見回りではなさげ」と答えた。

「なんか桜並木の木の1本をさすっていたのよ。こいつ何しているんだろうって思ってて、そうしたらやっぱり見回りに来ている先生に目を点けられたっぽくてー、そこまでしか見ていないんだけれどやっぱりただの文化部系の変な人だったのかな、ってあー! 清水しみず彩華あやかだ! よく美術のコンクールで賞取ってる! 確か美術部の部長の!」

 私たちはやっと思い出したか、と胸をなでおろした。

「あ、コラ麻里奈!」

 白石先輩はびくっと体を震わせたと思うと、後ろを振り返った。

「あ、あー佳奈美かなみ

長島ながしま先生からそろそろ来るんやないか、って言われたところなんよ。鍵探しだから言い繕っていたのに駐輪場で無駄話なんかしてたら格好もつかないやろ。さっき姉ちゃんから聞いたで、『昼休みも鍵探ししていたけれど鍵見つかったの? 駐輪場で何やら語っていたけど』って。マイフェアキティのことで大変なのはわかるけどそろそろコートに戻ろ、麻里奈。総体も近いんやし、佐瀬先輩も困ってる」

「さすが佳奈美の姉さま、ランニング中も抜かりナッシング……あ、この人は西村にしむら佳奈美。同じテニス部で同じクラスの友達」

 白石先輩は蛇に睨まれた蛙のようにしゅんとなっている。おそらく帰ってこない白石先輩を探しに来たのだろう。

「麻里奈が話長いせいで仕方のない所もあるけど、あんたらも油売ってる暇ないやろ。部活に入っているなら戻りな。マイフェアキティ、この子の自転車のことは関係ないんやし」

 そう言い残して、西村先輩は「何か気付いたら教えて!」と言う白石先輩を引っ張っていった。

「テニス部、大変だな」

 元気がつぶやいた。

「テニス部だけじゃないみたいだぞ」

 城崎君がグラウンドの方を向く。運動部の練習風景があった。

「アダチ! ミツムラ! 何やってる!」

「遅い! どれだけ準備に手間かかってる!」

「そんなんじゃ強くならないよ!」

「4番フォロー!」

「ソウダ! 声出せ!」

 部員や顧問の声がひっきりなしに聞こえる。

「あれだけ言わないと勝てないものなのかな?」

「久葉中の部活動は結構厳しいとは聞いていた。小学校のサッカー部の時はここまで怒られることはなかったけれどな」

 私がぽつりをつぶやくと、元気が答えてくれた。元気が小学校の頃サッカー部に入っていたことは聞いたことがある。

「もう少しやり方がありそうなものだけれどね」と城崎君は昇降口の方を向いた。「それより早く講義室に戻ろう」

「どうして?」

「やっぱりここにいたか」

 そこには若干あきれ顔の高瀬たかせ先輩がいた。私たちは顔を見合わせた。すっかり高瀬先輩のことを忘れていたからだ。高瀬冬樹ふゆき先輩は研究部の部長で唯一の上級生。いつもは高瀬先輩を含めた5人で活動している。今日は運動会の実行委員で見回りには来られなかった、と聞いている。

「どうしてここに?」と元気が聞く。

「とっくに見回りは終わっているはずなのに講義室にいなかったから探したよ。職員室まで行ったらまた自転車が被害に遭い、研究部が見つけてきたという話をしていたので、田村先生から事情は聞いた。白石に捕まっているなら、もしかしたら駐輪場にいるかもしれないと思って」

 これを聞いて城崎君は「心配かけました」と言う。

「でもまたイタズラの被害が出た。でも生活委員と一緒に見回りをさせてくれと頼んでも、いい答えは出なかった。『君たちが一番怪しい』と言われてしまってな」

「そうだったんですか?」

 ここまで被害が大きくなっても何もできることはない。何より、研究部が断られてしまったことがショックだった。

「でも被害は深刻になっています。こういうのって……」

 城崎君が不安に駆られた表情で高瀬先輩を見る。

「……野放しにしておけばさらにエスカレートする。歯止めが利かなくなってからでは遅い」

「これから、どうすればいいんですか?」

 辺りが沈黙した。無責任なことを言ってしまったのは、自分が一番よく分かっている。

「これからは先生方についてもらい、昼休みに見回りを行う。放課後すぐに見回りをしている研究部がこれだけイタズラされた自転車を発見しているということは、やはり昼休みにイタズラしている人間がいるということだからね。ただ、ちょっと気になることがある」

「何ですか?」

「見回りを始めた17日以降、間隔がかなり空いている。1週間おきかと思えばそうでもない。ちょっと不自然だと思ってね。ついでに言うと、被害に遭っているのは1年生と2年生のみ。3年生の自転車は1台もやられていない。

 でも、今日はもう解散しよう。下校時刻まで時間がないし、できることもほとんどない」

 結局そのまま私たちはそのまま活動を終えることになった。

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