プレスト・サイクル
平野真咲
7月7日 ①
「マイフェアキティの敵は取る! 絶対によ!」
職員室の前で、
私たちだって、絶対許さない。
ついさっきまで、私たちは研究部の活動の一環として自転車置き場の見回りを行っていた。研究部は、私たちの通う
今日は、私、
私は美緒ちゃんと南門に向かう方の自転車置き場の見回りを始める。赤い鑑札の自転車が所狭しと並んで、自転車を出すことさえ一苦労しそう。
「これだけ起きていて、しかもそのうちの7割が研究部が見つけたもの、とはね」
美緒ちゃんが1枚のプリントを見ながらつぶやく。今、美緒ちゃんが見ているのは研究部がまとめ上げた、自転車をイタズラされた生徒のリストだ。
日付 氏名 学級 部活 被害状況
14(火)戸松萌 1年C組 バレーボール部 サドル取り外し
16(木)飯沼嵩 2年A組 陸上部 前輪パンク
20(月)喜屋武優香 1年A組 剣道部 ブレーキ切断
27(月)長谷川光 2年C組 野球部 ブレーキ切断
27(月)松本梢 2年C組 吹奏楽部 ブレーキ切断
1 (金)野崎美久 1年B組 バスケットボール部 前輪・後輪切れ込み
1 (金)林文典 1年B組 卓球部 サドル切れ込み
これと言って特に狙われているクラスや部活があるわけでもない。おまけに委員会や出身小学校も固まっているわけではないみたい。それに、破損箇所もバラバラだからこんなことをする理由もよくわからない。要するに、見当がつかない。だから暇な生徒が遊び半分で自転車を壊しているのだろう、と先生たちは考えている。風の噂では一番怪しいのは私たち研究部のようだ。確かについ最近七不思議を調べると言って残留許可をもらってまで調べたけれど。でも、犯人の説は他にもいて、誰も検討がつかないみたい。それに、被害の状況が違うのでそれぞれ違う生徒がやったのではないか、と考えている人もいる。
2年生の自転車の印である黄色い鑑札のついた自転車が途切れると、今度は青い鑑札の波が見えてくる。これは3年生の自転車だ。ここも自転車がひしめき合っている。1台1台自転車を確認するが、どれも普通の自転車だ。今日はそのまま最終地点である南門まで着いてしまった。
「今日はなさそうね」
「そうだね。でもあの人……」
南門の近くにかがみこんで何かしている女子生徒がいる。私たちは彼女の元へ近寄った。
「どうかしたんですか?」
私が声をかけると彼女はパッと振り向いた。
「ちょーど良かった! いやー、マイフェアキティの鍵がこの中にあるみたいだからさー、これ、開けるの手伝ってくれる?」
そう言って彼女は排水溝のふたを指した。私たちは「いいですよ」と言ってふたを持ち上げた。金属でできているから2人係で持ち上げても結構重い。ふたを持ち上げると、彼女は排水溝の中を覗いて鍵を持ち上げた。
「やっふー、お帰りマイフェアキティの鍵!」
「あの、喜んでいるところ悪いのですが、ふたを閉めさせてください」
美緒ちゃんが大声で言う。彼女は「あー! メンゴメンゴ!」と言って顔を持ち上げた。ようやく私たちはふたを閉じることができた。
「2人ともサンキューベリマッチョ!」
彼女は鍵を自分の頬に摺り寄せている。一応お礼を言っているみたい。
「いやー、鍵かけ忘れたのかと思ってたまたま今日生活委員の見回り当番だったらしいこのみっちとかふくちゃんとかひっしーに鍵のかけ忘れがなかったか聞いても3年生の方を見ていたから知らないって言われてやっぱり見つからなくて、あ、このみっちは
今までのいきさつもそうだけれど、他にもいろいろ聞きたいことがあるのにおしゃべりが止まらないからタイミングが掴めない。
「ええと――」
「そーだねー! 名前を名乗らないやつは怪しいよね!
アタシは白石麻里奈。2年B組で、ソフトテニス部の後衛。ああ、後衛っていうのはポジションみたいなもんね。後、放送委員で――」
「へえー」と美緒ちゃんが白い目で白石先輩の方を見る。ずっと聞いていたら日が暮れてしまう、としか思っていなかった私よりずっと強い嫌悪感を感じているみたい。
白石先輩は、私の顔をまじまじと見つめた。
「君はもしかして、小倉澄香ちゃん?」
「どうして知っているんですか?」
私は白石先輩に会った記憶はない。
「放送委員で一回会ったよね? 放送室の使い方講座みたいので」
確かに私は放送委員で、先輩方から放送器具の扱い方を教わったけれど、1人1人の名前は覚えていない。
「そこまで覚えているんですか」
「まあねー、人の顔と名前はすぐ覚えられるから」
白石先輩は得意気に胸を叩いた。
「で、まさかマイフェアキティって――」
「そう! マイバイシクル!」
発音はよさそうに聞こえるけれど、マイフェアキティが白石先輩の自転車を指しているということに気付くには3秒かかってしまった。隣で美緒ちゃんが「ややこしいわね」とぼやいた。
「ということで久葉中1有名な自転車、マイフェアキティのこと、覚えておいてね! 小倉ちゃんに、隣の子は……」
「牧羽美緒です」
「そうか、牧羽ちゃん。今後お見知りおきを!」
白石先輩はサムズアップをしながらウインクをした。
「澄香! 牧羽さん!」
今度は後ろから叫び声が聞こえた。しかも聞き覚えのある声。後ろを振り返ると、元気がこちらに全力疾走して向かってくるのが見えた。
「どうしたの、元気?」
元気は私たちの前で足を止めると息が整わないうちにしゃべり始めた。
「またやられた。2年B組の自転車。
――一体誰がやったんだ。ちゃんと生活委員も見回りしていたはずなのに」
「城崎は?」と美緒ちゃんが聞く。
「篤志は先生を呼びに行った。2人も終わったのなら来て」
美緒ちゃんは「終わったところだから行く」とだけ答えた。
「ちょっと待った!」
白石先輩は待ったと言わんばかりに手を出した。
「この人は?」
元気が聞いてきたので、「2年B組の人みたい」と答えた。
「一応来てもらった方がいいわね」という美緒ちゃんの助言で白石先輩も一緒に来てもらった。
2年生の自転車置き場のど真ん中、2年B組の札のついたところに自転車があった。ちょうど私たちが着いたと同時くらいに城崎君が
「今回はどうした」
田村先生は自転車に近づいた。だが先に、自転車に近づいた人がいた。
「そ、そんな、マ、マイフェアキティ!」
白石先輩はそう言って自転車に飛びついた。
「まさか、こいつの……」
田村先生はそう聞くと、私たちはええ、まあ、おそらく、というように言葉を濁した。
白石先輩の自転車、本人曰くマイフェアキティはサインペンでグチャグチャに線が引かれていた。今までもブレーキやサドルやタイヤをすっぱり切られた自転車を見てきたけれど、ここまで悪意のあるものを見るのは初めてだった。
「お前ら、怪しい奴は見なかったか?」
私たちは誰もそんな人を見ていないと答えると、後ろから声がした。
「全員そんなのは見ていないということだな。まあ、見ていたら捕まえているわな。とりあえずみんな職員室に来てくれ。また詳しいことを聞かなきゃならん」
田村先生はそう言って私たちを手招きした。
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