第2話 オークの村

 しばらくオークについて行くと、木でできた塀が目の前に現れた。その塀に沿って歩いていると門のようなものが見えてきた。


「イマ、帰ッテキタゾ。ニンゲン、助ケタ」


 オークは上を見上げそう言った。すると、上には物見やぐららしきものがあり、そこから兜をかぶった、これまた緑色のオークが顔を見せた。守衛らしきオークは、僕を少しの間、睨んだかと思えば、


「・・・ワカッタ、今開ケル」


 そう言い、守衛らしきオークは姿を消した。直後、軋む音を立てながら門は開いた。門が開いてから、目に飛び込んできたのはオークたちの数の多さだった。どこもかしこも、全身緑色の人々。

 走り回る子供たち、織物をしている女性のオーク、畑を耕している者までいる。まるで、ファンタジー世界に紛れ込んでしまったかのような光景がそこには広がっていた。

 

 いや、紛れ込んでいることには違いない。

 

 しかし、想像していたものと少し違うことに違和感を覚えた。オークがこうも文化的な生活を営んでいるとは知らなかった。ゲームやアニメからの知識だけだが、それらに登場するオークという種は、野蛮でこのような生活からはほど遠い存在として描かれていたのだから。

 俺は、しばしその光景に足を止めるのだった。それに気づいてか助けてくれたオークは不思議そうな顔をして聞いてきた。


「珍シイカ、オークノ里ガ?」


「あぁ、このような場所を見たことない・・・というかそもそもオークっていうのを初めて見た」


 俺はありのままを彼に言い、俺の言葉を聞いた彼は再び歩き出した。彼曰く、この村ができてからすでに100年以上が経っているという。

 元々、この村のオークたちはここの生まれではなく、いろいろな場所から集まり、そうして村ができたという。彼に、話を聞いている内に目的の場所にたどり着いたのか、急に足を止めた。目の前には、立派な木造の家があり、この村でも地位の高い人物の家なのだろうか、何か体に張り付くような緊張を感じた。


「ココ、村長イル。話、シテオク、勧メル」


 彼はそういいながら、家先に設置してあるベンチのようなものに腰を下ろした。どうやら話が終わるまで待っていてくれるらしい。俺は恐る恐る家の中へと入っていった。

 

 家の中に入るなり、部屋の奥から声が聞こえた。


「珍シイ人間ノ客人ヨ、コッチマデ来ナサイ」


 老人のような声色で、しかし守衛や助けてくれたオークとは違い、カタコトではない、しっかりとした口調で声の主は僕を呼んだ。

 家の中は暗く、奥の方がどうなっているのかわからなかったが、足を一歩前に出したその時、両脇から明かりが次々と灯り、一本の道を浮かび上がらせるが如く揺らめいた。やがて、明かりが端まで灯ったかと思うと、声の主の姿を見ることができた。

 驚いたことに、おおがらなオークではなく、人間でいうところの中学生くらいの大きさしかない老人オークの姿がそこにはあった。さらに、声の響き方からして数10mくらいは距離があったのではないかと思ったが、実際は、数mほどしかなかったのである。


「マァ、ソコニ座ルトイイ。・・・ナンデモ『トンム』ニ助ケラレタトカ、コノヨウナ辺境ノ地ニ、一体ナニヨウカナ、人間ノ若者ヨ」


 『トンム』というのは自分を助けてくれたあのオークのことだろう。俺は目が覚めたら森にいたこと、ここがどこなのかわからないことを伝えた。


「それで右も左もわからず、これからどうすりゃいいのか」


「フゥム、ソウカソウカ。モシカシタラジャガ、オヌシ『召喚』サレタカモシレンノォ」


「(召喚?誰が?なんのために?)」


 多くの疑問が浮かぶ中、年老いたオークは話し続けた。


「自分ノ置カレタ状況を知ラナイト身動キモトレナイカラノ、オヌシハコノ世界ニツイテ知リタイノジャロ?」


 そう言い、彼は後ろを向き何かを探しに腰を上げどこかへ行ってしまった。この世界についての情報を得られることに僕は喜んでいた。何はともあれこの世界について知ることができれば、いろいろと考えようはある。

 しばらくして、年老いたオークは大きな紙のようなものを持ってきた。丸められて紐で閉じられたそれをほどき目の前に広げた。

 

 そこには、大きな大陸のようなものが描かれていた。




 そう、これは地図だ。


「儂ラノ村ハ、ココラ辺ニアル」


 そう言い彼は地図、大陸の北西にある『迷宮跡地:終わりの森』と書かれた場所を指した。

 この『迷宮跡地:終わりの森』とは、500年以上も前に、魔族と人とが衝突した魔滅戦争と呼ばれる戦争の最後の戦いの場になった場所で、過去の大戦時に魔国側の本拠地であった地下迷宮が跡地となって残っている場所だと伝えてくれた。

 この村ができたのも戦争で生き残った一部のオークたちが森に姿を隠し、その噂を聞きつけた他の地域のオークたちが集まってできたのだという。

 次に彼は、この世界の国について教えてくれた。この大陸、【ディーヴァナ大陸】には、の国が存在する。

 

 第一に、大陸南端に位置する、天上神『オルメライ』を信仰し竜と人とで成り立っているという『オルエン皇国』。

 

 第二に、オルエン皇国とは真逆の位置に存在する、魔族の国である『セプティス帝国』、通称『魔国』。魔滅戦争の際に争っていたのは、オルエン皇国とこのセプティス帝国であったらしい。

 また、オルエン皇国には、神に選ばれし聖騎士、『オルメライの一二騎士』なる者たちがおり、魔国側にも『帝国七魔人』と呼ばれる者がいたらしいが、両陣とも先の大戦で何人かはすでに死んでしまっているという。

 

 第三に、大陸北西から大きく西南までを占める国、『獣人連合アッシュ・パース』。この村周辺もアッシュ・パースの領土に含まれているそうだ。

 

 第四に、大陸東に位置する、「自由貿易都市国家ティアスティル」。その名の通り貿易がとても盛んで、他の国とのパイプも強い国家である。

 また、アッシュ・パース、ティアスティルは共に、多種族国家である。

 年老いたオークは話し終えたのか、一息つきそしてふと、こう言った。


「言イ忘レテオッタガ、儂ハコノ村デ村長ヲヤッテイル、『ゴーダ』ジャ、オヌシ、名ハ?」


 どことなく日本人のような名前で思わず笑いそうになってしまった。緑色のシワ顔が神妙な顔で俺を見つめた。俺は、今後の方針を考えながら、


朝倉秋あさくらあきだ」

 


 ここから

 いろんな人たちに出会い

 別れ、時には戦い

 元の世界では得られない多くの経験をし

 この世界に召喚された真実を知るまでの長い長い物語が始まった


「サテ、”アキ”ヨ。コノ先ドウスルノダ?」


「どうにかして元の世界に帰る。ただ俺にはその方法がわからん、何か知っているか村長さん」


 村長はあごに手をあてこう答えた。


「可能性ガ高イノハ、オ前サンヲ召喚シタ本人ニ直接会ウコトジャ」


「こんなだだっ広い大陸でそんな簡単に見つかるのか?」


 俺は地図を指差しそう言った。村長の説明を聞いた限り、元の世界で言うところのユーラシア大陸並みの大きさはあるのではないだろうか。そんな心配をよそに村長はこう続けた。


「ソモソモ召喚魔法トハ、セイゼイ離レタ場所ニ居ル者ヲ呼ビ寄セル魔法ジャ、別ノ世界ノ者ヲ呼ビ寄セルニハ相当ノ魔力ガ必要ニナル。ツマリジャ、カナリ高位ノ『魔法使い』ナドデナケレバ不可能ナンジャヨ」


「つまり限られた人物しか使えないということか、それでその高位の魔法使いとやらはどれくらいなんだ!それに居場所は!!」


「外ノ村トノ交流ナドホボ無イ、儂ニハ皆目見当モツカンノジャ」


 村長は力になれないとばかりに頭を下げた。話し込んでいるうちに日も落ちてしまったらしい。村長は夜の森は危険だと言って、トンムの家に俺を一晩泊めてやってはくれないかと頼み、トンムはそれを快諾してくれた。

 かくして、異世界ディーヴァナ大陸での一日は終わった。まだまだこの世界について知らないことばかりだが、トンムの作ってくれた飯が美味しかったこと、それにここの人たちは温かかったことだ。

 トンムの家に行く際に、村長がここから森を出てその先に人の住む村があることを教えてくれた。そこにいけば魔法使いの手がかりを見つけることができるだろうと。

 寝床に横になり、自分の意識が深い闇に落ちていくように眠りについた。

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