神大陸 -魔銃の女帝-

蒼北 裕

第1話 見知らぬ森にて

 気づけば、そこは森の中だった。木々の間からは陽の光が差し、自分の目に入る。涼しげな風が吹き抜けてはざわめく。

 ここは、一体どこだろうか?確か、俺は図書館で夏休みの課題をやって、それで、眠りについてしまったような気がしたのだが。

 今、目の前に広がる光景にはどうやってもたどり着く訳がない。いつまでもここで寝ていても仕方がない。起き上がり、自分の頬をつねってみる、

「・・・痛い」だけだった。

 それからというものの、しばらくあたりを見回してみるも、時々風が吹いては地面の影が形を変えるだけであった。どうしようもないので、しばらく歩いてみることにする。

 いずれにせよ、この森から出なくては、せめてもう少し見通しのきく場所に出てみないと、そう思い足を動かした。

 しばらくして、何かが近くにいることに気付いた。獣のような、少なくとも風が茂みや木々を揺らす音ではない。何かが、茂みで蠢くような、音が聞こえる。ここは森だ、野生動物の一つがいてもおかしくはない。茂みに隠れるようなことができる大きさであり、なお且つ先ほどからしばらくついてきているように聞こえるのが気のせいでなければ、こちらに興味があるもの。

 だとすれば、それは野犬か何かだろうと感じた。

 足元に転がっていた木の棒を拾い、注意をそちらへ向け、身構えた。無闇に走るよりは、茂みに何が潜んでいるかを確認すべきだろう。野犬のようなモノであれば、この木の棒でもなんとかなるだろう。

 見えたのは、今まで見たことのない『生き物』の顔がそこにあった。左右から生える大きく尖った耳、とても小さく口というよりは穴に近い、そこから糸のように見え隠れする長い舌。極めつけに額に大きな目玉が一つ。あまりに異形すぎる姿から、一瞬、身動きが取れなくなった。


「(なんだ・・・この気味の悪い生き物は、こんなのTVでも見たこと無いぞ)」


 そう思ったのも束の間、その生き物は長い舌をこちらへと突き出してきた。慌てて、後ろへ下がり一定の距離を置く。

 その犬のような生き物は、茂みから出てきては、また先ほどと同じ距離まで近づいてきた。体長は1mほどだろうか、顔は自分の知っている生き物からは考えられないほどのものであったが、胴体部分は犬とさほど変わらなかった。全体的に緑色でツヤのある毛並、大きく伸びた尾、足に爪はない。こんなにも観察することができているのは、かの生き物が全く動かないためであった。もしや、人に対して臆病でないだけではないか、人を襲うことはないのではないか。

 そう思った矢先、またも生き物の舌が伸びてきた。動きは遅く避けることは簡単だった。やはり、遊んでいるだけなのだろう、そうして目を背後にあった木へ向けると、


「・・・おいおい、ウソだろ、冗談じゃないぜ」


背後にあった木にはしっかりと舌が刺さっており、!?


 まるで舌を刺した獲物を溶かして飲みこむが如く、舌は膨れ上がり、やがて木には大きな穴が開くまでとなった。これは人に対して友好的とかではない。自分を捕食せんがためについてきたのだ。

 マズイ、このままでは、かの生き物の前では木の棒などではダメージなどほとんど与えられない。しかもここは森の中、どこへ行けばいいかもわからず、近くに人が住んでいるといったこともわからない。ここがまだどこなのかもわからずに死んでしまうのは嫌だ。こいつから逃げるには、背中を見せてはだめだ。舌は注意して見ていれば避けられる。後ろに後退しながら、

 いや、でもあの舌がどこまで伸びてくるのかを自分は知らない。その間に詰められては結局意味がない。そうこう考えているうちに事態は急変したのだった。

 かの生き物はなんと一本だった舌を、穴のような口から、2本、3本と出し始めていた。まるで、お前をこれから喰ってやると言わんばかりに大きな目玉をより一層開いた。


「(このままでは、動けずに喰われてしまう・・・)」


 そう思ったとき、一瞬風を切ったような音がした、と同時に、かの生き物が奇怪な声を上げて倒れた。見ると、大きな目玉には矢が一本刺さっている。この矢が一体どこから飛んできたのか、打ったものがいるということは人が近くにいると思った。

 そうして、あたりを見回している内に、獣の皮で作られたであろう上着を羽織い、緑色の皮膚に覆われた、まるでファンタジー世界に出てくるようなオークのような外見の大男が近付いてくるのが見えた。すぐに矢をこちらへ放ってこないところを見ると向こうには敵対心がないものだと思ったが、念のため木の棒を握りしめたまま、彼がこちらへ来るのをじっと見ていた。


「オマエ、ケガ、ナイカ?」


 彼はそう言い放ち、倒れているかの生き物から矢を抜き取った。言葉が通じるか疑問であったが、カタコトながらもどうやら自分が知っている言葉で大丈夫なことに安心した。ここで意思疎通の方法が限られてくると、何ともやりづらい。


「あぁ、大丈夫。あんたが助けてくれたのか?」


「”トデッカ”ノ狩リ、途中ダッタ、偶然、オマエ見ツケタ」


 彼はかの生き物を『トデッカ』と呼び、その場で皮をはぎ始めた。どうやらこの生き物は『トデッカ』と言うらしい。彼は、手慣れた手つきでナイフを入れ、皮と肉を引き離していく。そうして、しばらく経って作業が終わったのか彼は立ち上がり、


「オマエ、迷ッタカ」


 ゲームや本でしか知らなかったが、現実のオークっていうのは、案外人と大差ないのだろうと感じた。 


「気が付いたらこの森の中にいたんだ。ここはどこなんだ、あんた教えてくれないか?」


 少し、この親切なオーク(?)のような人物に頼ろうと思い、今の状況を説明し付近の村へ、少なくともどこか休めるような場所へと案内してもらおうと考えた。


「ワカッタ、付イテコイ」


 思わず、笑みがこぼれる。やはり意志疎通ができるということは素晴らしい。このときばかりは、言葉というものにひどく感謝した。安心感からか、目には涙が貯まっていた。うれし涙というやつだ。

 今の自分の心は、目の前を歩いているオークへの感謝の気持ちでいっぱいだった。

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