Prologue of Destiny(4)-2

六月二一日午後一時二三分


 散々飲み明かしたせいか微妙に二日酔いの気が残っている。

 ヘヴンズゲートの面々はもはやヘロヘロだった。マクスもさすがに飲み過ぎたせいか少しへこみ気味である。

 アナスタシアに至っては完全に二日酔いだ。彼女、実はかなりの下戸なのだ。なにせサワーで酔ったことすらあるくらいである。


 そんな様子の集団を無視して元気極まりないのが一人いる。

 ゼロだ。食いまくり飲みまくり歌いまくったくせに滅茶苦茶元気なその様をヘヴンズゲート面々はかなり恨めしく見ていた。


「は~……食った食った。わりーな、三万もおごって貰って」


 ゼロは軽快に笑い飛ばす。

 腹がふくれたのだ。そりゃ気分も爽快になる。

 実際マクスは彼一人のために三万コールも使った。しかも一日の食費がこれだ。カラオケ代は割り勘とはいえ一人二千コール、正直少々痛手だ。


 傭兵家業はそのミッションを果たした賞金により収益が異なる。それも半分自由業だ。これほど不安定極まりない職業もない。せいぜい他にあるとすれば賞金稼ぎくらいだ。

 空っぽになったサイフを見ながらマクスははぁ、とため息を吐く。


 だが、朗報。すぐさま彼の所持していた端末が依頼を告げた。

 フェンリルからだった。反乱を起こした小規模企業国家軍の殲滅を頼むとのこと。

 さすがは傭兵業界トップレベルの存在だけのことはある。名は売れれば確かに仕事も大量に入る。要するにこの程度すぐさま挽回可能なのだ。

 しかも今回の任務、アナスタシアにも同じ物が来た。どうやら少し大変な仕事らしい。


「しょーがね。行きますか」


 マクスとアナスタシアは依頼を受諾すると端末のスイッチを解除してすぐさま待機していた輸送機に乗ろうとする。

 だが乗る直前、アナスタシアはゼロの方を向く。

 その表情は少しばかりの期待感に満ちていた。


「鋼さんよ、あんたとは、また近いうちに会う気がする」


 その言葉に、ゼロもまた少しばかり期待感を持つ。

 何故か、勘が告げているのだ、また会うと。


「……よくわかんねぇが、俺もだ」

「そっか。じゃな、鋼。また会おーぜ」


 アナスタシアは一瞬手を挙げた後振り向いてゼロに軽く会釈してから、輸送機の中へとサラスヴァティーと共に消えていった。

 そして、発進する輸送機。

 ゼロはそれを遠目に見つめた後、すぐに紅神の元へ行く。


 そこには、新品同様に紅蓮の炎をまとった紅の魔神が佇んでいた。修理が完全に終了したようだ。

 だからゼロはすぐに紅神の召還を解除し、そのまま基地を後にした。

 ほんの少しだけ、風雲急を告げるかの如く、風が吹いていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


同日午後一時三五分


「まだか、依頼の受諾はまだか?!」


 その頃ルナは相も変わらず苛ついた様子でペンを走らせていた。

 筆圧がどんどん濃くなる。相当いらだっている証拠だ。

 そして書類を一つ書き終え、横の人物に


「これ艦長室に持って行って」


と書類を渡す。


 すると、それと同時に彼女の前にマロンパイが一つ置かれた。

 思わずルナは横にいた人物の顔を見る。

 そこには少しばかり苦笑しているレムがいた。


「落ち着きなよ、姉ちゃん」


 そう言われてルナは少し肩の力を抜く。するとどうだ、体中の力が一気に抜けた感じがした。今の彼女はまるでリラックスしている猫のようでもある。

 更にマロンパイの香ばしい香りが彼女の力を抜いていくのである。それだけいい臭いということだ。

 間食には少し早いが、まぁいいだろうと、ルナは一つレムに礼を言ってからマロンパイにフォークを入れる。


 サクッと音がする。焼きたてだ。食後のおやつとしてこれ程嬉しい物はない。

 そして食べてみるとこれがまた美味い。もう骨抜きにされてしまいそうなほどに。


 しかしこれ、あくまでも作ったのは食堂のおばちゃんだ。別名『ストーカー』とも呼ばれており、実際それで被害を被った男は数知れない。だが料理の腕は確かなので置いておかざるを得ないのだ。

 だが女性にはやけに優しい。だからこうしてルナにマロンパイなんかを作ったりするのである。本職はラーメンなのにレパートリーは豊富だ。


 ちなみにレムは料理を作らない、否、作れない。

 彼女、ネーミングセンスのみならず料理のセンスも皆無だ。なにせ、おかゆの中に『座薬』をぶち込むといったことを平然とやってのけるのである。しかも不味い。実際それで四ヶ月ほど前にルナは死にかけたのだが、まぁそれはおいおい話すとしよう。

 そしてルナが一口頬張った後、レムは言う。


「急いては事をし損じる、そういうでしょーが」


 確かにそうである。焦ってもしょうがないのだ。頭ではそれがわかっている。

 だが、何故か自分の中の勘が唸るのだ。


『あの人物と出会わなければお前は昔のお前のままだ』、と。


 何故かは全くわからない。だが、彼女の勘が唸って外れたことはそうない。

 ブラッドも比較的勘が鋭い方であるが、彼女もかなり勘が鋭い、どうもこの勘はバカに出来ないのだ。


 しかし、今この時ばかりは少し休むとしよう。

 そう思って、ルナはレムに追加注文した。


「紅茶よろしく、ストレートでね。当然他の人に頼むのよ」


 ルナの釘差しに、レムは少しだけ苦い顔をしたが、少しだけ姉のわがままにでも付き合おうかと、部屋を出て紅茶を持ってくることにした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


同日午後二時一五分


 ゼロはあの町のホテルにいた。そこを起点として新たな依頼を待つつもりだ。

 しかし、想像を絶するほど、この安宿は酷かった。

 部屋はだいたい四畳のシングルベッド、しかしベッドのスプリングは何カ所かいかれていると来た。そのためベッドでの眠り具合は最悪の一言。その上天井が滅茶苦茶低い、何せゼロが屈まないと部屋に入れないくらいだ。しかも換気も悪い。


 そのくせに値段は一泊六千コール。いくら茶菓子と夕飯代込みとはいえこの値段は犯罪級だ。しかしここしか泊まる施設がないのでしょうがない。

 おかげで今や彼の所持金は六七〇コール、またもや草を食って過ごす生活になりそうな状況だ。


 ゼロはその寝心地の悪いベッドに寝転がるとすぐさま携帯端末を広げ、メーラーを立ち上げる。するとすぐさまメーラーは依頼の受信を告げた。

 暗号化されたその文章の暗号を解除した後、ゼロはその文章を見つめる。


『アシュレイ軍事基地の壊滅を依頼したい。三日後の午後九時までにアシュレイの酒場「ヘヴンオアヘル」に来い』


 ただこれだけしか書かれていない。あまりにも怪しい。迷惑メールの類かとも思った。

 だが、依頼人を見て、ゼロは呆然とした。


「依頼人……フレーズヴェルグだと?!」


 フレーズヴェルグ、ベクトーアの所持する『海軍第四独立艦隊『ルーン・ブレイド』』の戦闘隊長。

 凄まじい戦果を上げるプロタイプのイーグ、それが依頼してきたのだ。

 さすがにこれには驚きを隠せなかった。

 しかも依頼成功金も破格の収入だ。なんと、二五〇〇万。


 これだけの大金だ。金が全てのこの男が乗らないはずがなかった。

 彼はメールに暗号化を施し、フレーズヴェルグへとメールを返信する。

 そしてノートPCを一度閉じた後、ベッドサイドにそれを置き、ベッドに寝転がる。

 そして天井を眺めながら思った。


 フレーズヴェルグって奴ぁどんな奴だ?


 ゼロは期待に胸を膨らませながら、天井へ向けて上げた義手の拳を閉じた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


同日午後二時一八分


 ルナの横にあったパソコンがメールの受信を告げた。

 暗号化メールだ。期待しながら彼女は暗号を解く。

 結果は、予想したとおり、鋼からの依頼受諾。


 彼女は思わずガッツポーズをした。それくらい嬉しかった。

 その後は鋼に返信した後、雇えたことを艦長に報告、そして機体のチューンナップを行ってようやく今日の長かった今日が終わった。


 しかし、その間の彼女はずっと鼻歌交じりで凄まじくご機嫌だったというからこの女は分からない。

 そして夜、疲れたからか、彼女はそのままベッドに重く倒れる。

 眠る寸前、彼女は思う。


 鋼って言う人はどんな人なのかしら?


 ルナはまだ見ぬその出会いに思いを馳せながら眠りについた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


同日午後二時三五分


 ゼロの表情は何故か少しばかり浮いていない。


 原因は作戦を遂行する都市の名前だ。アシュレイなど聞いたことがない。というかどこだ、それ?


 ゼロは地図で調べるのが面倒になったからかホテルのフロントへ行ってアシュレイについて聞き出した。


「おっさん、アシュレイってどこだ?」

「華狼が接収した一都市ですよ。治安の悪さは世界でもトップレベルの場所でしてね、最大の名物はマリファナ、その密輸で儲けてるようなとこです」


 フロントにいる初老の男は淡々と答える。


「どうやりゃ行ける?」


 危険なところだと先ほど行ったのにまるで意に介さないその態度に少々の不信感を持ちつつも、フロントの初老は詮索もせず答えていく。


「ここから西へ五〇〇キロほどですけどね、ここから数十キロ先に砂上バスのルートがありますよ」

「じゃ、そこに行きゃいんだな?」

「そうですが、バスは明後日の一四時前後にならない限りポイントを通過しませんよ?」


 ゼロはその言葉に頭を少し抱えた。


「ち、しゃーねーな……わーった、サンキュ」


 結局彼は翌日、五時半に起床しすぐさまチェックアウトした後、砂上バスで聞くためのラジオを二四時間経営の百均で購入し、紅神で移動を開始……したのだが、関節にシーリングを施していないのが祟り、見事に紅神は足を取られ、動くのもやっとの状態であった。

 結果、買ったばかりの増加プロペラントはあっという間に空っぽだ。

 なんだかんだで彼もなんか一カ所抜けている。それも結構重要なことが。


 仕方ないのでプロペラントが切れた段階で紅神の召還を解除、そのまま暫く徒歩だ。

 で、かれこれ二時間以上この炎天下を歩いただろうか、水を大量に買っておいたのが功を奏しなんとか砂漠で死なずに済んだ。なんとか砂上バスの通過ポイントに辿り着いた。

 そして砂上バスに乗り、襲撃してきた強盗を叩きのめしたあの騒動を引き起こすこととなる。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 そして、運命の六月二三日午後七時五二分。

 この時間にルナは酒場に着いた。依頼文に記した時間まで後五分。彼女はゆっくりとドアを開けて酒場に入る。

 今の彼女は占領下であるこの地で面が張れないようにと少し深く帽子を被っていた。


 店の中に客は結構な数いる。少しやかましい。

 五月蠅いと思いつつも彼女は軽食を取っておこうと席に座りウェイターにサンドイッチを頼んだ。

 そして、彼女がそれを頬張っていたときだった。


 一人の客が酒場に入る。ルナはそれに目をやった。


 来たか……。


 その時の客の姿に彼女は妙な感覚にとらわれた。

 知っている顔だったからだ。

 フェンリル特務近衛騎士団『シャドウナイツ』のメンバーの一人『村正・オークランド』にそっくりだ。


 でも何か違う……。


 ルナはそうやって遠くからじっと見つめる。

 雰囲気や顔の作りは確かに似ていた。

 だが、よく見れば少しばかり違う点がある。

 金髪に黒メッシュの髪の毛と左頬の十字傷、そして、義手義足である点が村正とは根本的に違った。

 その男はカウンターに座り酒を注文する。

 初老のマスターは静かにキールを作って男の前に置く。

それを確認した後、彼女は少し残っていたサンドイッチを全て飲み込むように食べ、緊張の面持ちを浮かべながら男のいるカウンターへと向かった。


 そして、ルナは男の横に座った。


「『荒野に『月光の剣』が舞い降りた』」

「『それを鍛える鋼来たれり。その鋼、刃の糧とならん』」


 男は瞬時にそれを答えた。

 やはりそうだ、この男が鋼だ。その言葉に一瞬ルナは安堵したような笑みを口元に浮かべた。

 少しだけ間を開けて、鋼から話を切り始める。


「……依頼の正確な内容は?」

「前にメールで教えた通りだ。報酬は二五〇〇万。我々の部隊からも機体を派遣する。悪くはない条件のはずだ。貴君は基地の破壊のみに専念してくれればいい。その他のことは我々が受け持つ」


 その時小さな悲鳴が聞こえた。どうやら華狼の兵士がウェイターにからんでいるらしい。

 するとその様子に横の人物が立ち上がった。


「おい……」


 鋼が止めた気がしたが、それに構わずルナはゆっくりと華狼側の兵士達の所へと寄っていく。


「おい、やめておけ。嫌がっている」


 ルナは作った声のまま、兵士に言ったがまるで聞く耳を持たず、むしろルナの体に興味を持ち始めた。

 するとどうだ、彼女は問答無用で一人の兵士の顔面を殴っていた。さすがにこの行動には全員ぎょっとした。

 いや、一番驚いたのはルナ本人だ。何故すぐさま拳を出したのか、それがよくわからない。

 ただ、一瞬自分の『心』に誰かがいった。


『コロセ』と。


 何か嫌な予感がした。だが、彼女はそれを隠すように気丈に言い放つ。


「下らないな。気にくわないのなら掛かってこい」


 こうして、一人の男『ゼロ』と一人の女『ルナ』が出会い、全ての戦いが始まった。

 あまりにも大きな戦いが……。


(了)

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