3rd Attack

第十四話『強き者』

AD三二七五年六月二九日午前六時五八分


 朝日が照りつけていた。その日差しは強い、もう夏が近いことを改めて思い知らされる、そんな日差しだ。

 男は一人、そんな日差しを浴びながら、警備用のM.W.S.しかいない朝の基地のど真ん中で身の丈に匹敵する両刃刀を持ち演舞を行う。


 金髪に黒いメッシュの入った髪の毛、赤い目、そして物々しい義手と義足を持つ男。

 ゼロ・ストレイ。『鋼』という名の異名を持った元傭兵。


 現在彼は、西ユーラシア大陸を牛耳る巨大企業国家『ベクトーア』の『軍課』の一社員となった。

 そして昨日は遠征の打ち上げで飲みまくったのだが、さすがアルコールと水がイコール関係のこの男、かれこれフルボトルのワイン五本以上自分で飲んだのに酔っぱらいすらせず、今日も朝早くから一人で黙々と演舞を行う。

 その様は、荒々しくもどこか美しい。弧を描くように彼の手に握られた両刃刀が舞う。そして剣を振る度に重い音がする。


 この重い音がたまらない。風を斬る時、彼は自然と完全に一体化したかの様な感覚を覚える。その感覚がまた、たまらなかった。

 その時、ゼロは一気に横へと剣を振るった。それとほぼ同時に軽い金属音が一回響き渡る。

 ゼロは一回舌打ちしてから少し強く剣をはじいた。鋭い金属音が響いて、誰かが後ろに飛んでいった。


「何しに来やがったんだ、こんな朝っぱらから」


 ゼロは気怠そうに後ろを振り向きながら言った。

 その視線の先には不敵に笑う一人の少女がいた。

 ブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳を持った両腕に双剣を携えた少女。

 レミニセンス・c・ホーヒュニング、それが少女の名だ。


 レムという愛称を持つ、一六歳という若さでルーン・ブレイドにおける主力イーグの一人として名を連ねる女傑。そして、ゼロと出会ってから僅か三十分で犬猿の仲と化した(もっともゼロがおちょくったのが悪いのだが)気性の少し荒い少女でもある。


「ほ、やるやるぅ。やっぱし朝っぱらはこーじゃないと、刺激がないじゃん。それに、この間の勝負、まだ決着着いてないからね」


 レムはにやりと笑いながら双剣『Bang the gong』を手で回転させ、再度構えた。朝っぱらから戦う気満々である。

 そんな様子にゼロは答え、両刃刀の剣先をレムへと向ける。


 不適に、二人の口元が笑う。


「調子扱くなよクソガキ」

「なめてると、痛い目見るよ?」


 ほぼ同時に、二人が片足を少し後ろへ下げ、疾走する構えを見せる。

 そして、近くにある時計台が七時を告げる鐘を鳴らした瞬間、二人は、まるで弾丸のように一気に互いに向けて疾走した。

 ちなみにこの勝負、八〇合も打ち合った末に結局決着が付かず、互いに朝食の時間となってタイムアウトとなった。

 そしてまた、この二人の剣術ライバル関係は続いていくこととなる。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


同日午前七時三〇分


「すっかり墓参りが遅くなっちゃったわね」


 少女は一人、墓地の前にいた。

 少し緑掛かった黒髪にダークブラウンの瞳を持つ、少し憂えた顔をした少女が、家族の墓の前にいた。


 ルナ・ホーヒュニング、それが彼女の名だ。

 ベクトーア海軍第四独立艦隊『ルーン・ブレイド』の若き戦闘隊長で階級は大尉。だが、現在謹慎中だ。


 前回の戦闘で、彼女の中にある『何か』が今までにないほど暴走した。結果敵軍をほぼ壊滅状態にすることに成功したが、味方側の方も被害が尋常ではなかった。

 処刑されて然るべき処置だった。だが、彼女は無罪となった。

 自身が今までに世界で四例しか報告されていない『先天性コンダクター』であることが影響したのだろうと、彼女は推理した。


 結果は案の定だ、三日間の謹慎とその間バイオ工学を専門とする化学部第六課への協力を最優先しろと命令が出た。

 今彼女はそこへと向かう途中であった。そんな中、ずっと家族の墓参りに行ってないことに気付き、立ち寄ったわけである。

 ルナにとってここは、もはや僅かな肉片しか残っていなかった家族の、その僅かな破片が眠る場所であると同時に、未だに癒えることのない心の傷の眠る場所でもあった。


 彼女の左腕から覗く包帯の下にある火傷の跡がここに来るといつも疼いた。

 墓前に花束を捧げる。そして手に握られていた土産を墓の前に置く。年代物のバーボンだった。


 朧気な記憶だが、父はよくバーボンを飲んでいた。だからこの土産を選んだ。

 もっとも、間違っていたとしてももう確かめる術はないのだが。


「土産受け取ってよ。ま、みんなで飲んでね」


 ルナは墓前に苦笑する微笑んだ。だがどうしても影が見えた。

 少し風が吹く。その風が彼女の髪を揺らす。

 そして彼女はその墓の前で軽く祈りを捧げる。その後少しすっきりしたような表情を浮かべた。


「じゃ、また来るわね」


 そう言って、ルナは踵を返した。

 これ以上いるのが辛かった、と言うのが正直な気持ちになる。


 泣いてしまいそうだった。あの葬式の日以来、この墓場の前では絶対に泣かないと心に誓っている。

これ以上ここにいると、その誓いを破ることになりそうだ。そんな感じがしたからそこから去った。


 逃げているのかしらね、あたしは……。


 心の奥底に、ルナは僅かばかりの罪悪感と情けなさを覚えながら、墓場を後にした。


 そんなことから始まる今回の話、殺伐とした戦争とは少し離れているが、これもまた一つの重要なファクターだ。

 そんな物語の語り手は、相変わらず私、トラッシュ・リオン・ログナーが務めさせていただく。

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