第十五話『戦いを挑む者』(1)

AD三二七五年六月二九日午前八時二一分


 ベクトーア首都『フィリム』。

 人口二五〇〇万を抱えるベクトーアの中心を支える都市である。


 ベクトーアは三一一七年、小さな町工場から始まった。当時、西ユーラシア大陸は『ラビュリントス』という巨大企業国家が支配しており、ベクトーアはその国家に所属する工場であった。

 そんな町工場が台頭する原因となったのがM.W.S.である。電力を抑えながら従来以上の性能を発揮する画期的なアクチュエーターの開発に成功したのである。


 当時ラビュリントスでは小規模企業国家の反乱が相次いでいた。そのためM.W.S.の大量生産が急務であった。しかし、M.W.S.は運用に莫大な費用がかかる。

 そこにこのアクチュエーターをベクトーアが売り込みに来たのである。

 電力消費が抑えられると言うことは総合的なランニングコストの大幅な低下につながる。ラビュリントスは当然それに乗った。

 結果、ベクトーアの名は一気に売れ、徐々に企業規模を巨大化、ついにはいくつもの企業を買収できるような存在となり、三一五〇年、それらの技術力を利用して自社ブランドのM.W.S.の開発に成功した。


 この時既にベクトーアは虎視眈々と支配力の弱まりつつあったラビュリントスから西ユーラシアの実権を握るためのチャンスを伺っていたのだ。その証拠として彼らはこの時より一〇年以上前から『社内警備向け』とは名ばかりの戦闘訓練を繰り広げていたのである。

 この時になって初めて、ラビュリントスはベクトーアに危機感を抱いたと言うが、もう遅すぎた。


 三一五一年、ラビュリントス崩壊。結果、西ユーラシア大陸は無政府状態と化した。

 そして起こったのが『第八次ヨーロッパ企業間大戦』という企業による『天下統一』を成し遂げるための戦である。

 ベクトーアも当然これに参戦。

 あらゆる技術を行使し当時では考えられなかったM.W.S.やエイジスを数多く生産。また、昔から戦のために兵士を育て上げていただけあって優れた指揮官やパイロットも多く、数多の戦役で大々的な勝利を収めたのである。


 そして大戦勃発より八年後の三一五九年、統一宣言を出し、西ユーラシアを統一した。

 この大戦によるM.W.S.の大量生産がベクトーアと重工業の切っても切れない関係を生み出し、ベクトーアの主産業として長い繁栄を支えているのである。

 こう言ってみると古いように見えるが、華狼の成立年は西暦三一四〇年、アフリカ大陸を牛耳る『フェンリル』は西暦三一五二年に設立だ。これらを考えるとベクトーアはまだ新参の部類なのである。


 そしてベクトーアの台頭により『三国志』よろしく奇妙なバランスの上に世界は立つようになったのである。

 そんな設立してから一一六年もの月日が経過した現在、結構作られたのは古いが中身は最新鋭という基地『フィリム第二駐屯地』では、超大規模基地祭の準備中だ。


 毎年開くこの基地祭でルーン・ブレイドは莫大な収益を上げると同時に立派なプロパガンダ活動を担い、軍に入ろうとする若者を助成するのである。

 莫大な収益と言うが嘘ではない。実はこの基地祭において各部隊の出す出し物の収益はほぼ全額その部隊に配分されるというあまりにもイカレた手法を用いている。

 この基地祭、毎年三日間の公開でのべ三〇〇万人以上が来る。それらの人員が落とす金は莫大だ。それらを出来るだけ自分の部隊に入れてもらう、そうすることで補給以外の新型の装備買うことが出来る。


 自由裁量といってしまえば聞こえはいいが、実際のところ部隊の収益をそういう風に利用していいのかはいささか、いや、かなり疑問が残る。というか端から見れば横領といっても文句は言えん。

 そんなことをゼロは食堂でルーン・ブレイドメンバーの一人であるブラッド・ノーホーリーから聞いた。


 何かと彼はゼロと話が合う。割と一緒にいることが多いし、酒の付き合いも悪くはない。

 最初のうちは互いに銃を向けあったりしたが、ブラッドの方が何かと気を遣っていた。

 基地事情も大概話してくれるし、何よりも気さくだ。話していて割と安心出来る部類に含まれる。


 といわれても、彼は元々『千人殺し』とまでいわれた暗殺者だ。

 それなのに何故この男には追っ手が来ないのか、全くゼロには分からなかった。

 で、そのことを聞こうかと、ゼロは目の前にいる漆黒の服に身を包んでいるブラッドに尋ねようかと思い、結局言葉を飲んだ。


 いつもブラッドは漆黒の服装でいる。おまけに髪の毛に目の色も黒だ。その姿はまるで闇にとけ込まんばかりである。

 そこら辺はまだ暗殺者としての癖が抜け切れていないと、ゼロは何となく感じている。実際、時々凄まじいまでの狂気を彼から感じることがある。

 が、ブラッドはそんなことお構いなしに、コップ一杯の牛乳を一気に飲み干した。


「やっぱし朝はこれに限るな。どうだ、飲むか?」

「いや、俺はいらねぇよ」


 そう言いながらゼロは顔の前で手を振って拒否した。


「そうか、実に残念だ。なかなかに美味いんだぞ、こいつは」


 そういった後、ブラッドは先ほどのコップを机に置き、また机に置いてあった二杯目の牛乳を手に取りそれもまた一気に飲み干した。

 そしてその牛乳の横に目をやってみると、特盛りの焼きそばとチャーハンを平らげた皿が置いてあるのだ。ブラッドの胃袋は果たしてどういう構造をしているのか、それは未だに判明していない。


「で、なんかわからんことあるか?」


 ブラッドは牛乳を飲み干したコップを机に置いた後、ジャケットの胸ポケットからジャルムスーパー16というタバコを取り出して吸いながらゼロに聞く。


「いや、特にゃねぇな」

「そうか。しかし、これからが忙しくなる」

「基地祭の準備がか?」

「いや、そんなことはどうでもいい。戦のことがだ」


 急にブラッドの表情が真剣になった。ゼロもそれを食い入るように聞くこととした。


「まず俺達の兵装だ。今のうちにデータのフィードバックを行うっつーことは何かしらの新兵器を開発してる証だ。ついでに叢雲も修理ときたもんだ。近々でけぇ戦がある、俺はそう踏んでる」


 ブラッドの扱うエイジス『BA-012Sファントムエッジ』は『012シリーズ初期ロッド』と呼ばれている機体の一種だ。

 ベクトーア機械開発部第十二課初のエイジスの一機であるため、未だに第十二課はエイジス、並びにM.W.S.の戦闘データのフィードバックやどういった動きが有効かと言ったノウハウを研究している。

 そのためこの機体は本国に持ち帰ったその瞬間に研究所に一時的に返されるのだ。


 ここ最近はそういったことがなかったため、久々に行われたこのフィードバックが何かあるのではと、ブラッドは勘ぐっていた。


「おめぇもそう感じるか。期間はどう見る?」

「お前は?」

「そうだな……」


 ゼロは少し考える。その後、ブラッドに


「おめぇはどう思うんだよ?」


 と、探る様に聞いてみた。

 すると、ゼロとブラッドが同時に、


「「三週間以内」」


と答えた。


「お前もそう思うか?」

「でけぇ戦ってーのは近いうちにやるもんだ。だが、俺達だけでやんのか?」

「さぁな。そこら辺はまだ俺の勘が何も言わん」

「そうか」


 ゼロの言葉の後、ブラッドはジャルムスーパー16を吸い、食後の一服を行う。

 もうトレーの上に食事はない。そろそろ朝のメンテナンスに掛かりたいところだ。

 だからゼロは一言


「邪魔したな」


とだけ言って、椅子から立ち上がる。

 そしてそこから去ろうとしたとき、ブラッドは思い出したように言った。


「そうだ、お前、一度ここの第五整備デッキに行ってみろ。面白ぇもんが見れるぞ」


 ゼロは


「そうか、わかった」


とだけ言って、食堂をそのまま去っていった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ライエン・ケミカル。それがベクトーア化学部第六課の正式名称である。

 そんな会社の所長『ゴード・ライエン』は、今日来るとかいう少女のカルテを眺めていた。


「ルナ・ホーヒュニング、西暦三二五五年七月一四日生まれ、満一九歳。血液型はA型RH+。身長一六三センチ、体重四七キロ。過去大きな病例といえばせいぜいA香港型インフルエンザに二回掛かったくらい。血圧が低いことが健康上の難点、か」


 ゴードは言った後、眼鏡をかけ直し、呆れるように溜め息を軽く吐く。

 普通の少女だ、このカルテを見る限りでは。

 どう考えても、この少女がフレーズヴェルグの異名を持つイーグには見えないし、それ以前に先天性コンダクターにすら見えない。

 しかも超健康優良体である。


「ホントにこんな子がコンダクターなのか、玲?」


 ゴードはそのカルテを持ってきた男-玲・神龍に呆れながら尋ねた。

 ナノマシン工学第一人者にしてルーン・ブレイド医療班班長、それが彼である。

 ゴードと彼は学会で知り合って以降の仲だ。マッドサイエンティスト同士で気があったのだろう。

 現にこの二人、ベクトーア、いや、世界でも指折りのマッドサイエンティストである。


「ああ、まごう事なき四例目の先天性コンダクターだ」


 玲は頷いて答えた。

 彼の少々目つきの悪い黒瞳がゴードに向けられる。ゴードはこの目を嫌いにはなれなかった。


 根っからの科学者の目だ。ある種の狂気が宿っている。それこそがゴードの求めている目だった。

 玲が元々華狼で『ジェイス・アルチェミスツ』として名を馳せていたことも彼は知っている。だからこそ余計に好きになった。

 化学のために、自分の追求のために祖国を捨てる。まさしく狂気じみている上、自分に恐ろしく正直だ。

 こういった存在がゴードは好きなのだ。


「僕ぁどーしても信じられないんだけどねぇ……。しかも彼女、血のローレシアの生き残りなんだって?」

「ああ、実際奴の左腕にそれの火傷跡がある」

「ふーん、ま、会ってみないことにはしょーがないか。ところで玲、何で君スーツなんかばっちり着ちゃってるの? 普段の君らしくない」


 確かにスーツ姿の玲というものは妙な感じである。普段からダボダボの白衣とTシャツに身を包んでいる彼からすれば考えられないほどしっかりした服装である。


「ああ、これか? 今から学会でな。人材不足で仕方ないから俺が講師として呼ばれた。ダルいったらありゃしねぇ」


 玲は本当にそうやって怠そうに、かつ面倒くさそうに答えた後時間が差し迫っているらしく


「邪魔したな」


とだけ言って踵を返して部屋を去っていった。

 ゴードは一人になったその部屋で一息ついた後


「ま、僕にとっての研究対象が増えるなら、それもいいか」


と言って、ルナのカルテを机の上に置いた。

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