Prologue of Destiny(4)-1
4
AD三二七五年六月二一日午後五時二七分
辺りは夕焼けに包まれていた。
先ほどの戦場から百キロほど西へ行った先にある町の中にある飛行場、そこにアナスタシアとゼロはいた。
結局今回の任務、ベクトーア側の任務放棄と見なされ報酬はなし、というより元々から殺すつもりだったため払う気がなかったようだ。金はいっさい用意していないとベクトーアから返答があった。
もうここまでくればお手上げだ。
あれだけ苦労して包囲網を粉々にしたのに結局報酬は一コールとて入ってこない、理不尽極まりない、とゼロは心の奥底で思っていた。
しかし、さすがに金が全てのこの男、さすがにそろそろ冷静に考えて苛つき始めた。時間を追う毎に顔にいらだちが見えてくる。
そんな様子を無視してアナスタシアはサラスヴァティーにシートを掛けた。
現在彼女は仲間との合流までの待機中の身だ。
彼女はゼロと違いフリーの傭兵ではなく中立国『ダムド』にある世界最大の傭兵派遣企業『ヘヴンズゲート』の一員なのだ。ここはヘヴンズゲートの一支社である。
ダムドは『海上国家』と呼ばれる国で海上を巨大な船舶で移動している国家である。
全長五キロ、五層構造の超巨大都市がまるまる世界の様々な地域を移動しているのだ。
しかも中立国家である故か、戦争の難を逃れるために移民してきた人物も多い。
アナスタシアも最初はそうだった。彼女は華狼のある国家の出身で元ジャーナリストの卵だった。
だが、彼女は華狼で暮らしていた頃、ある兵士に惚れていた。そう言われても、スクープをあさるために生きているかもしれない兵士をとっつかまえてネタにしようと考えていただけだったのだが、どういったわけかアナスタシアはそんな彼に少しの恋心を抱いたらしい。
こうなる理由もわからなくはない。彼女は結構がさつな性格で男勝りな上、かなり好奇心旺盛だ。
そんな彼女だからこそ、恋心という物がやたらと新鮮に思えたのだろう。
しかし、彼も無事に復帰し、それから別れたのだが……どうも彼は復帰から僅か三日後、上官を殺害して逃亡したというのだ。
あの彼が何故そのような行動に出たのか、その興味から彼を追う事にしたのである。
だが何故、自分はこうまで彼のことを必死になって追っているのか、それが微妙に分からない、いや、彼女自身が分かっていない。
彼女、意外にも根が一途|(悪く言ってしまえば頑固)なのだ。それ故にまだこの男を追い続けている。
でも、結局今日も成果なしだ。
今どうしてんだよ……。
アナスタシアは少し、途方に暮れた。
そんな時、輸送機が遙か前方に見えた。迎えだ。
「来たらしいな」
輸送機はすぐさまライティングギアを出して基地に着地する。
着陸した輸送機の扉が開くと、一人の男がタラップを伝って出てきた。
真っ赤に染め上げた髪に黒瞳、しかも耳には左右併せて十個くらいピアスをしている見た目からしてふざけた男だ。
マクス・ウィリアム、年齢二三歳。ヘヴンズゲートメンバーの一人で、こう見えても現在傭兵の中でもゼロと一、二を争うほどの人気株の男だ。
異名は『フリーマン』。気楽すぎる性格と機体の装備武装がこの異名の由来だ。
「よーっす、ゼロじゃねぇ? 元気してた?」
マクスはゼロに近づくなりこう言い出す。
「てめぇか」
まぁ、当のゼロはと言うと凄まじく迷惑そうな表情をしているが。
マクスははぁと大きなため息を吐き、その後ゼロの肩を強引に組む。
「つれないねぇ。俺としてはシーラカンスに会ったくらいの感動的な対面を望んでいたというのに」
意味不明だ。
こんな事を彼は頻繁に口にする。
何せ口癖が
『スプートニクを打ち上げられたアメリカのショックもこれには匹敵できまい』
などというのだ。
しかも傭兵のくせに復職でバンドのギタリストをやっているため仕事を放り出しかねないし、趣味は不気味なまでによく似ているM.W.S.プラモ|(1/144にも関わらず指は動くし武装は構造がちゃんと再現されている。それだけでなくコクピット内のパネルまで完全に再現してある)の制作以外にバンドから社会科見学からありとあらゆることを趣味にしてしまう男なのだ。
とりあえず、立派な変人である。
「てめぇはいつまでンなバカなことやってるつもりだよ」
ゼロはつれない返事を呆れた声で言った。
「せっかく俺が補給物資格安で提供してやろうと思ったのになんだ、そのドライな態度。あまりに放置しすぎてパリパリになっちまったセンベイじゃあるまいし」
ゼロがぴくりと反応した。当然最後の変な言葉にではなく、補給物資という言葉に、である。
確かに紅神の補給はしたい。だからゼロはすんなりマクスの提案を受け入れた。
で、商談が始まったのだが……
「だいたいこれ全部で……百万っつったところだな」
マクスがゼロに計算結果を表した電卓を見せた。
だがゼロはものすごく不服そうな顔をして
「高ぇ、まけろ。三十万にしろ」
などと言ってきた。
冗談ではない、これでも十分にまけている方だ、無茶な要求にも程がある。
が、このままでは議論は平行線だ。仕方ないので値をいくらにするかと言うことで競りのように大声を上げながら二人は値段を決める。
決着付くまでに一時間も要したが、補給材料は推進剤と増加用プロペラントタンク、一部に微かにある装甲欠損部分の応急処置|(いずれレヴィナスが自然に回復させてくれる)、それと義手内SMGの弾丸を一二〇〇発と何とか換えの効く汎用アーマードフレーム調整用パーツを少々、それと防弾用カーボンナノシャフト内蔵簡易マント一枚、これら全てを合計してなんと五〇万コールと言う超格安値で手に入れたのである。
が、正直これが限界だった。
現在のゼロの所持金、全財産合計して六六七〇コール、一人暮らしの大学生とタメが張れる。
俺、明日飯食えるか……?
これで彼は今日の断食が決定した。
考えても見れば今日は朝食、昼食、夕食、全部抜き。しかも思い返せば昨日もそうだった。
で、一昨日は……あ、死にかけたけど依頼が入ったから有り金使ったんだ……。
なんかどうも意識が朦朧としてきた。
ゼロがふらりふらりとマクスに寄っていく。
さすがにマクスはやばいと思ったのかポンと肩を叩いて
「飯おごってやるから。な?」
と、言ったが時既に遅し。
ゼロは大地にばたりと倒れた。微かにだが意識はある。
マクスは片手で頭を抱えた。
「しょーがねーなー。酒も付けてやるから。来るか? ん?」
ゼロは断固としてマクスの誘いを拒否しようとする。
酒ともなればかなりまずい。かつてマクスはゼロとビール早飲み競争をした際十五杯目くらいから言動がおかしくなり始め、二十杯目でついにゼロに絡んできた。
酒に強めとはいえ癖がとにかく悪いのだ。だからこそ誘いには乗りたくなかった。
だが、もう体力限界、グロッキー確定。さすがにここまで来たら形振りかまっていられない。
仕方ないのでマクスに飯を頼むこととした。
結局彼らは町に繰り出し、午後六時からバーで四時間、カラオケで八時間も時間をつぶしたという。
ちなみにゼロは持っている驚異的な記憶力を頼りに今までラジオで散々聞いてきた曲をいくつも熱唱しまくっていた。
ただし、出てきたメンバー全員が憔悴しきった顔をしていたが。
そのため一日が完全に潰れてしまい、結局ゼロの体力が復旧したのは六月二二日午前一二時のことだったという。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
同日午後一一時三分
ルナは一人、部屋のコンピューターに向かって仕事をしていた。今日チェックしたあの二人の傭兵の情報をチェックしていたのである。
とりあえずデスマスクの方はあっさりとわかった。ヘヴンズゲートの傭兵情報の中にあったためだ。もっとも、この情報を手に入れるために少し違法な手段を用いたのは言うまでもないが。
しかし、鋼の方はさっぱりである。
国籍、本名、経歴、一切不明。傭兵組織から独立したのかと最初は思っていたが、最初から独立した傭兵だったようでどの組織にも彼のデータはなかった。
とにかく情報が徹底して不足している。唯一分かるのは彼の乗っている機体、紅神についてのみだ。
元々この機体、華狼の所持していた機体なのだが、十年前にジェイス・アルチェミスツが何者かに譲渡してしまい、今は鋼の乗機となっている。
最大の特徴はかなり少なめの出力でも周囲一kmを一瞬で消し飛ばせるとも言われているあの両刃銃剣『デュランダル』にある。二百年近く前には、その機体が日本地区の『山口』と呼ばれていたあたりを消滅させたとすら言われている狂気の武装だ。
そんな物をこれ以上敵に回したくはない。ルナの感情はそこにある。
そしてもう少し調べてみると、妙な情報があった。
『鋼の人体は僅か数秒で腹の穴が埋まる』。
なんの都市伝説かと、最初のうちは笑っていたルナだったが、どうもその目撃件数が尋常ではない数に及んでいる。傷口が瞬時に塞がるというのはどうやら間違いないらしい。
しかし、にわかには信じがたい話だ。いくらイーグが色々と超人的な動きを見せることが可能と言われても、傷口が瞬時に塞がるなどあり得ない。
何かある、そうとしか思えなかった。だから彼女は興味を持った。
こうなると彼女の行動は早い。すぐさま鋼を雇うことを艦長や作戦司令部に報告、それの許可が下りるやいなや、鋼に暗号化が施されたメールを送る。
メールの添付ファイルには出会った際の合い言葉を、そしてメール本文にはこう記した。
『アシュレイ駐屯地の壊滅を依頼したい。三日後の午後九時までにアシュレイの酒場「ヘヴンオアヘル」に来い』
たった二文、されど二文。
この言葉が二人のファーストコンタクトになった。
この時、これから巻き起こる戦いを、誰が予想したであろうか。
そして、その中心にこの二人が来ることを、この二人は知る由もない。
だが、メールを送信してから、実に五時間が経過し、空も白んできた頃……
「遅い! 遅すぎる! 何時間経ったと思っとんじゃぁ! 世の中をなめてンのか、この○#$&!」
ルナは一人、放送禁止用語を発しながらデスクを思いっきり叩いた。
彼女は明らかに苛ついている。
理由は簡単、貯まりきっていた報告書を片づけながらメールの返信を待ってかれこれ五時間も経つのに、一向に返信メールは来ないからだ。
華狼が手を結んだのかとも思い探りを入れたが契約された様子なし。
そして、五分後。ブラッドから報告の知らせが入った。
「どうだった?」
『なんかよぉ、目撃情報に寄れば、傭兵連中と飲み明かした後カラオケで八時間も時間潰したんだとよ。つまり今現在グロッキー状態って訳だ』
ルナの頭の血管が、一本切れた気がした。
「ぬぁんですってぇ?! つまりメールが来ないのはあちらさんの都合?!」
ルナの表情は憤怒に燃えさかっている。わからないでもない。
『そゆことだな。しょーがねーからもう少し待ってろ。ほんじゃ』
ブラッドはとっとと通信を切った。
このままブラッドを奇襲したい気分満々だったが、さすがにそればかりは僅かに残っていた理性が抑えたのだった。
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