Prologue of Destiny(3)

AD三二七五年六月二一日午前一一時二一分


「行くぜ、オラァァァァァァ!」


 ゼロの叫びに呼応し紅神はデュランダルを持ちながら戦場のど真ん中を疾走する。

 その紅神を起動が完了した華狼の主力量産型M.W.S.『六九式歩行機動兵器ゴブリン』が二機編成になりながら『六四式機械歩兵用円筒形薬莢型機関砲』を放ち迎撃する。

 落ちていく空薬莢、乾いた大地に鳴り響く銃声、機体の倒れていく轟音、それが今のこの大地の全てを表していると言っても過言ではない。


 しかし、紅神はそんな迎撃を物ともせずに突き進む。何せ機動性とパイロット自身の腕が違いすぎる。信じがたいことに全弾当たっていない。

 その機動性で紅神は目の前に展開していたゴブリン二機の前へと瞬時に現れ二機とも真っ先に切り裂いた。


 その直後、コクピットに鳴り響く警報。

 レーダー確認。敵機、後方に三機出現。

 だが、そんな物紅神にとっては朝飯前だ。

 ゼロはフットペダルを強く踏み込んで紅神を急旋回させ、すぐさま敵へと向かっていく。


 その接近する間に、予備武装として装備していたMG-65を連射する。

 四五ミリ弾の空薬莢が甲高い音を立てながら大地へと落ちていくが、その音はブースターの音にかき消される。

 そして、その薬莢が落ちる度にゴブリンの一機は装甲がひしゃけていき、そして戦闘不能となった。

 轟音を立てゴブリンは大地へとひれ伏す。


 だが、ここで弾切れ。だからゼロはMG-65を敵に投げつけた。

 当然当たるとは思っていない、牽制だ。

 当然のことながらゴブリンはブースターを蒸かしながら回避する。


 だが、その回避行動だけでこの機体にとっては十分に入り込める余地を与える。

 そして、ゴブリンのパイロットが気づいたときにはすでに紅神は二機残っているゴブリンの目の前だ。

 紅神はデュランダルの刃を一閃する。

 そのたった一撃で、二機のゴブリンは瞬時に切り裂かれた。轟音を立て上半身が大地へと落ちる。

 それによりゴブリンの人工筋肉に通っていた培養液がまるで血のように紅神へと降りかかる。

 紅神のその様は、まるで血を被った悪鬼のようにも見えた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ルナは荒野の中にそびえ立つ山の一角から双眼鏡を使ってゼロの戦闘能力を確認していた。

 だが彼女はただ、唖然とするばかりだった。

 一件無茶苦茶そうに見える戦い方だが実際にはかなり計算された動きである上、相当多くの経験から学んだであろうあらゆる戦闘に対する対処法まで身に付いている。

 戦った場合勝てる気がしなかった。彼女は息をのんだ。


 噂に違わぬ、いや、噂以上の力だ。

 世界は広い、彼女はそう思う。これほど強い男が未だに世の中に存在していたとは。


 この時だった、彼女が彼の力を欲しいと思ったのは。

 これだけ強い奴を野放しには出来ない、それが理由の半分。残り半分の理由は自軍の戦力補強のためだ。

 この時、彼女はまさかそう考えていた男によって運命が大きく動かされるとは思いもしなかった。


「すごいわ、彼……想像以上ね……」


 ルナは息をのむ。

 アリスはと言うと自分の愛機である遠距離狙撃能力重視型エイジス『BA-08-Lレイディバイダー』のコクピット内で戦闘行動を観察していた。

 この機体には遠距離狙撃に対応出来るように高感度センサー並びにスコープユニットを取り付けてある。

 それを最大限に有効活用しようというわけでアリスはコクピット内で監視というわけだ。

 アリスは外部マイクの出力を最小にした状態でルナに聞く。


『で、どうなの? 今回の任務に向きそう?』


 ルーン・ブレイドがリア海軍基地に身を寄せる理由はあくまで補給だ。三日後には作戦が控えている。

 その作戦にルナはゼロを雇うつもりだ。

 これほどの戦闘能力ならばいける、そう思っている。


 そんな中、彼女はベクトーアの戦列の中にいながら凄まじい戦いぶりを見せている一機に望遠鏡のレンズをあわせた。

 その視点の先にいるのは、アナスタシアの駆るサラスヴァティーだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「悪く思うなよ」


 アナスタシアは姿の見えない敵に対して言った。

 それと同時に彼女はトリガーを引いた。サラスヴァティーの腕部に装備された四五ミリマシンガンがゴブリンを射抜いていく。

 汎用性を削ってまで装備したこのマシンガン、元は空中戦闘能力重視機が重量を削減して機動力を確保しながら強力な破壊力を生むことをコンセプトに開発された武装だったのだ。


 わざわざ大金を払って武器商人から手に入れたのだ、役に立ってもらわなければ困る。

 だが、現にそれは役に立っている。


 この間高い金払って買って損はなかったな。


 アナスタシアはふとそう思った。

 そんな中、左腕に装備していた武装ユニットの一つであったSMGの弾が尽きた。

 彼女はサラスヴァティーにSMGを大地に捨てさせた後、コンソールパネルで背部のコンテナラッチから新たな武装を取り出すように指示した。

 それと同時に左腕からサブアームが伸びバックパックに積まれている大量の『尾っぽ』から一本の『尾っぽ』を取り出す。


 その武装は華狼製のM.W.S.用一二〇ミリカノン砲。本来『ゴブリンガンナー』用に開発されているカノン砲を通常のM.W.S.にも持てるように改良、銃身で折りたためるようにして携行性を向上させた代物である。

 サブアームが尾っぽの一つであるそれをマニピュレーターへと運び、機体とFCSのリンクをさせる。


 M.W.S.を筆頭とした大型二足歩行兵器の所持する射撃武装には全てナンバーが施されている。

 そのナンバーは各々の軍隊で異なっているためマニピュレーターにある武装接続コネクタの形も各々の軍によって違う。

 射撃系武器のグリップに装備されているコネクタとマニピュレーターのコネクタとが接続することでコネクタを介してFCSに武器情報を転送、その機体がその武装に対応していればすぐさま使用可能となる。


 ナインテイルはその武器対応数が全軍のM.W.S.の中でもトップクラスに入る。その上高性能、高機動と来た物だ。コストがバカ高くなるのも道理である。

 しかし、この理論で考えていくとナインテイルベースであるサラスヴァティーが華狼のカノン砲を扱える分けないだろうと思うだろうが、アナスタシアは傭兵だ、改造技術くらいいくらでも持っている。


 傭兵達は既存の機体を自分達の能力を最大限に発揮できるようにチューンナップを施している。サラスヴァティーなど改造が優しい方だ。

 凄まじい機体になってくると顔はクレイモア、体とマニピュレーターはゴブリン、腕部自体とバックパックはナインテイル、下半身はスコーピオンという意味不明な無茶苦茶極まりない事をやった傭兵もいるらしい。

 ここらで話を元に戻すとしよう。


 ナインテイルとカノン砲とのリンクが完了した。

 装弾数、一〇発、後の敵勢力を考えれば余裕だ。

 アナスタシアはターゲットをすぐにロックした。

 目標、前方に展開するオーガー二機、いける。


「よっしゃ、行ってこい!」


 アナスタシアはトリガーを引いた。

 凄まじい重低音が周囲に響き渡る。空薬莢の落ちる音はその音によってかき消された。

 そして一秒も経たないうちに前方で爆発が起こった。直撃したようだ。

 それを確認し終えたらアナスタシアはすぐさま機体を後ろへと向け、戦闘行動を再開しようとした。


 だが、その必要はもう既になかった。

 華狼軍ベースキャンプ、全面降伏の証として白旗が出た。

 ベクトーア側の損害、クレイモア二機大破、ただしパイロットは生存。

 ミッション終了である。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ゼロはふうと一息ついた。


「終わりか」

『ま、そーなるぜ。とっとと金貰って帰るとしますか』


 アナスタシアは気楽そうにそう言った。

 しかし、ここでゼロが事前にチェックさせておいたカメラが反応した。

 クレイモアが自分たちに向かってきている。

 しかも、向けられているのは、敵意だ。


 そしてクレイモア部隊は、紅神とサラスヴァティーに銃口を向けた。

 そこにあの司令官からの通信が入る。


『まさかこうも見事に引っかかってくれるとはな!』


 下衆な笑いが聞こえた。

 司令官は後方の砲撃部隊の真ん中にいた。


「ち……! 周囲全部敵かよ!」

『うぜぇ! 連中あたし達を填めたんだ!』


 ゼロとアナスタシアは両方とも舌打ちした。


『填めたも減った暮れもないわ! 我々の『計画』にとって、貴様らは邪魔になる存在だ! というわけで早急に消えて貰うが、それ前に! 鋼、そのプロトタイプをよこせ!』


 司令官はゼロに対して要求する。

『計画』、その言葉の意図がいったい何なのか、この時二人は知る由もない。

 だが、噂くらいは二人とも知っていた。

 ベクトーアが現在タカ派と穏健派とで真っ二つに割れており、そのタカ派の方が何かしらの計画を練っていると。

 つまり、彼らはタカ派の一派なのである。ルーン・ブレイドなどの穏健派からしてみれば反乱軍だ。

 そのためルナ達が増援にくるかに見えたが、反応がない。


 ルナとアリスはここで彼らの戦闘能力をチェックするつもりだ。

 まぁ、ここで彼らがやられた場合は自分たちが手を下すつもりだったが。


『抵抗せず大人しく出てこい! 周囲は完全に包囲されている!』


 ゼロはそう言われたからか、紅神の召還を解除した。

 その瞬間、紅神はその大地からふっと消え去り、紅神の立っていたところには、あの男、鋼ことゼロがいた。


 何考えてんだ、あいつ……。


 アナスタシアは一瞬躊躇する。


 ゼロを置いて逃げるか、それとも……。


 だがその時、ゼロが一瞬アナスタシアにアイサインを送ったのを彼女は見逃さなかった。

 彼は、わざとあそこにいる。

 彼の目の前にはB-72サブマシンガンを向けた兵士が多数いる。その上更にその後方にはディザスター1000を装備した砲撃兵もいる。

 迂闊に動けないため投降する、かに見えた。

 だが違う、彼はそうやって兵士達の油断する一瞬に全てをつぎ込んだのだ。


 ゼロは近づいてきた兵士の鳩尾を瞬時に一発殴り飛ばして気絶させると、B-72を奪いフルオート状態にして一斉に相手に向けて放った。

 銃声があたりに響き渡る。

 しかしフルオートでめくらめっぽうに撃っているようだが、かなり的確な狙いだった。目の前にいた歩兵部隊はほぼ全員戦闘不能状態である。

 それとほぼ同時に弾切れ、ゼロは乾いた大地にB-72を捨てた。


 その時、飛んでくるディザスター1000から放たれる一五.二ミリHEAT弾。

 狙いは的確、さすがのゼロでも対応できない……かに見えた。

 だが、彼は信じがたいことに秒速八〇〇mで飛んでくるそれを、武装ケースから取り出した大型両刃刀で真っ二つに切り裂いた。


 ゼロの足下に真っ二つに割れた弾丸が落ちる。

 もはや人間業を通り越して化け物だ。

 さすがに他の兵士達にも相当の動揺が走る。

 司令官も動揺し始めていた。


 計算外だった。まさかこの男が生身でもこれほど強いとは……。

 噂以上である。

 しかも、なんだかんだでサラスヴァティーに向かわせたクレイモア隊も全滅寸前、あっさりと一機に十機が翻弄されていた。しかも六機が既に戦闘不能状態である。

 そのため生き残っていたクレイモア隊は撤退を始めている。

 さすがにこれでは分が悪すぎる。


 これほど大量に、わざわざたった二人の傭兵を殺すためだけにこれほど持ってきたのに、壊滅寸前。

 司令官の頭はパンク寸前となっていた。

 それによって一瞬起こる指揮系統の混乱による攻撃の一時的麻痺、そこがゼロのつけいる最大の要因となった。

 両刃刀を持ちながらゼロは凄まじい早さで砲撃部隊の中心に移動した。


 そこは、司令官が顔を出していた装甲車『グレイプニル』の真ん前だ。

 恐怖に引きつり、頭を引っ込めることすら出来ないほど硬直している。

 それもそうだろう、ゼロから放たれる殺気の具合が並ではないのだ。


 動けない、殺気だけで動けない。


 これほどの殺気が何故放てる?!


 ゼロは静かに歩み寄り、そして


「『仏の顔も三度まで』っつーが、俺仏も神も信じねぇンだ。だからよ、一度すら与えねぇ」


 ゼロは両刃刀を振りかぶり、そして一閃のもと、首をはねた。

 司令官の体を切り裂いた際の返り血が彼にはねる。

 それに恐怖した兵士達が我先にと戦場から逃げていった。


 全滅。たった二人によって、全滅。

 両方とも戦闘を終えた後だというのに、一人はクレイモア六機撃墜、もう一人は歩兵一六人を戦闘不能に追い込んだ上司令官を殺害。

 この噂は瞬く間に兵士達の間に知れ渡り、また、新たなる鋼の伝説が生まれることとなる。


 人間業とは思えない所行をなしえた『化け物』として。

 無惨に砕け散った機体の破片の転がる戦場で、ゼロはただ一言だけ、述べる。


「裏切るからこうなンだぜ……」


 哀しみを帯びた声が、戦場に響いていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 遠くから眺めていたルナはもう呆然とするしかなかった。

 戦闘行動を終えた後でもベクトーア反乱部隊を壊滅に追い込んだのだ。それも一人は生身で。

 もはや人間業とかそう言う次元を軽く超えている。


 これほどの力があるならば……あたしもひょっとしたら……あの事件の真実に近づけるかもしれない。


 ルナはそう思った。

 気づけば、あの時さんざん悩まされていた眠気も今やすっかりなくなっていた。


『で、どーする? あの傭兵』


 アリスが聞く。

 するとルナはレイディバイダーの方を向き


「どっちを雇うかは、おいおい考えるわ」

『了解』


 ルナは空破のコクピットにすぐさま移動し、戦場での高みの見物を終え、リア海軍基地へと帰っていく。

 その最中、またさっきのようにモニター越しに空を眺める。

 今度は夕焼けが広がっている。荒野に夕焼け、見慣れているとはいえ実に映える風景だった。


「少し機嫌直りましたね、マスター」


 AIが少し陽気な口調でそう言った。

 ルナはそれに対し、一回、くすりと笑ってから、自らの機嫌の良さを再現するかの如く、フットペダルを思いっきり倒して空破を一気に加速させた。

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