Prologue of Destiny(2)

AD三二七五年六月二一日午前一一時〇一分


「こちら鋼。予定時刻通りポイントへ到達。三〇秒後に奇襲を掛ける」


 ゼロは司令部に暗号コードで通信を入れた。

 司令部からはただ


『了解』


とのみ返事が返ってくる。

 そんなことをやりとりしている最中でも、ゼロの疑いは晴れない。

 相手が自分たちに比べて小規模すぎるのだ。いくらなんでもこれほど多くの兵士を連れて行く意味がわからない。


 大軍勢裂いてる余裕はねぇはずだぜ……。


 ゼロは先ほどから監視しているベクトーアの部隊が映っているモニターに目をやるが、特に不振な動きはない。だからなおさら何が起きるか分からない。


 何考えてやがる……。


 そんなことを考えているうちにカウントダウンが始まる。

 仕方がないので、ゼロは耐Gスーツのヘルメットのバイザーを閉じた。

 そして、カウント〇。奇襲開始。


「行くぞ」

『了解!』


 ゼロはフットペダルを深く踏み込んで紅神を加速させる。

 現在速度、時速二八〇キロ。一瞬でこの速度まで到達するのだ。強烈なGが体を襲う。

 紅の弾丸に続く六機のクレイモア。そしてそれを援護するディザスター1000を抱えた砲撃兵。


 その事態に相手側は相当焦っているらしく、待機していた機体のうち数機は迎撃状態に入る前にあっけなく破壊されていく。

 その中心に紅神はいた。

 腕に出現させた巨大ライフルを上下に付けたような特殊両刃銃剣『デュランダル』の銃口から気の刃が出現する。

 まるで彼の闘志を表すかのように赤く燃えさかるその気が、いくつもの敵を切り裂いていった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 リア海軍基地の司令室。そこにロニキス達はいた。

 彼らは机で書類を確認している司令官に敬礼する。

 どうもノホホンとしすぎている感もあるような司令官だった。


「申告します。ロニキス・アンダーソン中佐以下乗員二八一名、海軍第四独立艦隊『ルーン・ブレイド』、補給のためこちらの基地に着艦いたしました」

「長旅だったであろう? ご苦労だったな。連日戦闘だろうに」


 司令官はロニキスに労いの言葉を言うが彼はそれを早急に切り上げる。


「その手の話は無用です。我々には次の任務があります故、五時間以内に出立しなければなりません」

「わかった。早急に補給作業を行おう。それと、新型装備も明け渡す」

「新型装備?」


 ルナが聞き返すと司令官は自信ありげに一つ頷く。


「ああ。ビーム兵器だよ」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 叢雲の整備デッキ内部。

 そこに搬入されていく武器を物珍しそうに見る三人の若者がいた。

 全身黒服の男、傷だらけの大男、そして少し身長が高いきつそうな印象を持つ女。

 ブラッド・ノーホーリー、ブラスカ・ライズリー、アリス・アルフォンスの三人である。


 三人ともルーン・ブレイド所属のイーグであり、ベクトーアでもその名をとどろかせる戦闘のプロ達である。


「なんやろ、あれ?」


 ブラスカは整備デッキの手すりに肘を乗せて頬杖を付きながら、横にいるブラッドへ問いかける。


「ライフルか? いや、なんかちげーな。なんかチューブみたいなもん通ってるぜ? 何に使うんだよ、あれ」


 確かにブラッドの言うとおり、そのライフルは妙だった。

 M.W.S.用に開発された巨大ライフルでその全長は一五メートル程、スナイパーライフルのようにも見える。


 だが、どこを探しても冷却口は見つかるがマガジンの挿入口が見つからない。それどころかマガジンが支給されていないのだ。

 その代わりライフルの中間ら辺から妙に太いチューブが通っているのだ。

 誰しも妙だと感じる兵器である。


「まさかここに来てエアガンで「空気を供給して撃つんです」なんて言ったら傑作だけどね」


 アリスが軽く冗談を言う。

 そんな意見をブラッドは呆れた。それと同時にジャルムスーパー16というタバコを出して整備デッキにもかかわらず吸い始め、そしてアリスに一言。


「最高に頭悪い意見どうも」


と小さく言った。


 その瞬間、風がひゅっと、ブラッドの前を通る。

 それによりスーパー16はバッサリと切られていた。

 しかもブラッドの鼻の高さと全く変わらない長さにまで切られている。


 ブラッドは恐怖に引きつりながらアリスの方を向く。

 彼女の手には愛用の大型ナイフが握られていた。

 間違いない、やったのは彼女だ。何より表情が決め手だ。彼女の頭の血管が少し唸っている。完璧に頭に来ている証拠だろう。

 しかもことここに来てアリスは


「あー、悪いわね。ここって禁煙だったのに吸っているハエがいたもんで」


と言うのだ。

 それも凄まじく爽やかな笑顔で。


 さすがにブラッドも反撃することが出来ない。

 いくら自分が元大量殺戮者だったからといっても、自分からむやみやたらと突っ込むのはタダのバカだし、何より、相手に逆らったら百%殺されると、彼の堪が囁くのだ。


「ご、ごめんなさい……」


 ブラッドは深々と頭を下げる。ただし声は相当引きつっていたが。

 アリスはホント、怖い女である。


「せ、せやけど、あれ説明書あらへんのかいな?」


 ブラスカが話を元に戻す。ただし彼の言葉にも多少の不安が混じっている。

 逆らったら殺られる。彼の彼女に対する心理には常にそれがある。


 何せかつてブラスカは趣味である車|(今の時代珍しいガソリン車だ。車種はTVRグリフィス500である)の運転中に性格が暴走、スピード狂と化して|(まぁ、車に乗ると彼は年がら年中こうなるが)町中を法定速度の四倍の早さで爆走し警察の交通課に捕まり一日留置所で過ごして帰ってきたまさにその日にアリスによって半殺しにされた上給料を三割もカットされたのだから。


「あるだろ、普通」


 ブラスカの言葉でようやく落ち着きを取り戻したブラッドが素っ気なく言った。


「ワイの機体や無理やしなぁ、装備。レイディバイダー向けなんやないか、あれ」


 ブラスカのエイジス『BA-012-H不知火』は重装甲高火力を売りにした機体である。そのため装備品は専用の『BHG-012-H三〇ミリガトリングガン』が支給されているのだ。

 レイディバイダーはアリスのエイジスで遠距離砲撃戦闘を目的に開発されており、任務によって結構頻繁に武装を取り替える。そのためあの装備を使うのはレイディバイダーが適任だろうとこのとき思われていた。


「補給作業どこまで進んだ?」


 ルナが突然彼らの会話に入ってくる。


「一応ほとんど全部ね。それにしても、あれ何?」


 アリスはルナに聞く。


「ああ、あれ? なんでも試作品らしいわ、携行型ビーム兵器の」


 その言葉にブラッドとブラスカははぁ、と大きなため息をついた。


「ビームかよ……うさんくさいな……」

「あたしもそう思うわ。そろそろ警備も交代するから少し休むわ……って、どうしたの、アリス?」


 ルナがアリスに問いただす。

 アリスは先ほどから少しふるえていた。

 そして、アリスの口からわずかながら、不気味な笑みが聞こえてくる。

 そして、大笑いをした。


 バカにしているのか、とでも思ったが全然違う。

 彼女の目が凄まじいまでに輝いているのだ。


「ああ、これよ! これこそ待っていたのよ! ロボットのお約束、携行型ビーム兵器! これを持ったRX-78-2に赤い機体に乗った仮面の人は恐怖したのよ! わかる」


 完全に暴走している。

 彼女、実はかなりのゲーマーでありマニアだ。その上クールなくせして多少電波系の性格でもあるなど、もう負の要素が結構固まりとしてできあがっているのである。

 そんなアリスの暴走に対し、全メンバーが一言で


「わかりません」


 と返したらアリスはただ


「あっそ」


と不機嫌そうに返答し演説を終えた。

 そんな様子を呆れながらルナはとっとと整備デッキを後にした。


 さぁ寝よう、すぐ寝よう、今寝よう。

 とっとと部屋帰って寝よう。


 そう思っている最中通路で声がする。


「おーい、姉ちゃん」


 その声の主はブロンドの髪の毛にエメラルドグリーンの瞳を持つまだあどけなさの残る少女だ。

 レミニセンス・c・ホーヒュニング、年齢一六歳。名字からもわかるようにルナの妹である。

 もっとも、義理であるが。家族を血のローレシア通り事件で失った彼女を親類だったレムの父親『ガーフィ・k・ホーヒュニング』が引き取ったのだ。

 だが、義理だろうと何だろうと関係なく彼女たちは互いを大切に思うというかなり仲のいい姉妹である。


 実は彼女もルーン・ブレイド所属のイーグである。その証拠にタンクトップシャツから微かに覗く胸には召還印が見えていた。


「うい」

「ああ、レム? あたしとっとと寝たいの、マジで」


 ルナは不機嫌そうに言い返した。

 レムというのはレミニセンスの文字を縮めた結果出来た愛称だ。

 しかし、ルナの不機嫌さもレムにとっては『どうでもいい』らしく、お決まりの気楽な態度でルナと話す。


「あ~そーだろーけどさ、ちぃと聞いて欲しいンよ。さっきさ、またあの夢見た」


 その時、ルナの表情が一瞬こわばった。

 実はレム、数週間前から三日に一度くらいのペースで同じ夢を見るのだ。

 しかもこれがまた凄く変な夢なのだ。


「その六枚の羽の生えたもう一人の自分に似た何かが花畑で自分に話しかけて、なんか色々変な事言うっていうあれ?」


 こういう感じの夢である。

 別にそんな物たいしたことないだろうと最初のうちは笑っていたが、こうまで続けざまに見るとなってくるとどうも気になる。

 しかもルナにはどこか、『羽の生えた自分』という言葉がイヤに引っかかるのだ。


 ルナは何かわからない『力』に押され暴走したとき、背部に何枚もの羽が生え、辺り構わず破壊する、『何か』が目覚める。

 それ故、その『羽の生えた自分』という言葉を聞いたときから少しばかりの不安を抱いている。

 彼女の中にも、自分と同じような存在がいるのではないかと。

 だが、そのことをレムに言ったらショックを与えかねないだろうなとルナは思っている故言わなかった。


「そ、あれ。もーなんだかわかんないよ~。それに寝てるような感覚もないしさぁ……」


 レムはこの夢を見ると、寝ているはずなのに寝不足に近い状態になっている。寝足りないとかそう言う話ではなく、本当に寝ていないのだ。

 かつて心配したルナがレムの寝ているときの脳波を測定した結果、本当に彼女は寝ていなかった。


 その間、意識がないのだ。脳波は正常に作動、心拍数も正常、だが、意識だけがない。

 そう言う状態が続く物だからこのごろ彼女はバックアップ担当に回ることが多くなっていた。


「確かに気になる話ではあるけど、ま、それは自分で解決して。あたしゃとりあえずとっとと寝るから」


 ルナは大欠伸を一つした。

 レムにとっては実にうらやましい話だ。


 寝られるって言うんだから。それだけでもありがたい。


 しかし、それを邪魔する放送が入る。


『ルナ・ホーヒュニング大尉、至急、艦長執務室へお越しください』


 ルナはがっくりと肩を項垂れた。


「え~……? あたしに休む暇って物はないわけ?」


 本当にげんなりしている。まぁ、気持ちはわからないでもないが。


「ま、ドンマイだよ。どーせお小言かなんかじゃないの?」

「あたし悪いこと何もしてないわよ」


 ルナは苦笑したがすぐさまムッとした顔つきになって艦長執務室へと向かっていく。

 その背中を、レムはなぜか、にやりと笑いながら見送っていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「艦長、話というのは?」


 ルナは執務室の椅子に座るロニキスに問いただした。

 艦長の執務室は結構広くできている。しかもこの部屋は執務室と言われてもプライベートルームも込みになっており、奥の扉はプライベートルームとなっているが、叢雲において一つの居住スペースに二部屋(シャワールームなどは抜きにして)あるのはこの部屋だけである。そのため全てを合計すると一六畳にもなる。かなりの広さといえよう。

 さすが叢雲居住区において最も広い部屋だ。


 ルナと一部乗員は仕官用の八畳間、その他の隊員は六畳の部屋を与えられている。しかも全員個室だ。

 艦全土が比較的広い上何層にもなっているためこれほど部屋が広く取れるのだ。おかげでプライベートルームは本当に各人の趣味の固まりになっていたりする。

 そんな話はさておき、ロニキスが報告書にペンを滑らせながら口を開く。


「うむ、まぁ、大した話ではないのだが、少し興味深い話があってね。君は、鋼鉄の放浪者という傭兵を知っているか?」

「噂だけならば聞いたことがあります。相当の派手好きとか、赤い機体に乗っているとか……」


 確かにこれは噂で流れてきた情報だ。実際ルナは鋼こと、ゼロとはいっさい面識がない。


「その彼が、ここから一〇〇キロ離れたところにいる」

「かなりの近距離ですね。空破で飛ばせば二十分以内には着けます」

「そこで今、華狼とベクトーアが戦闘中だ。我々の側が彼を雇ったらしい。そのときの彼の機体、何だったと思う?」


 そう言われてルナはハッとした。

 噂で聞いたことがある。

 紅蓮の炎のようなプロトタイプエイジスを操っている傭兵がいる、と。

 その傭兵の名は、鋼-即ちゼロだった。


「……まさか、あの噂通り……?!」

「そうだ、プロトタイプだ。XA-006紅神だそうだ」

「それをどうしろと?」


 ロニキスの手の動きが止まった。


「戦闘行動の偵察に行ってもらえないか?」

「それだけのために、ですか? いや、あなたの考えることですからそれ以外にもある。不穏な動き、ですね?」


 ルナの言葉にロニキスは一つ頷いた。

 偵察隊が送りつけてきた情報をプリントアウトした物をルナに渡すと、彼女は怪訝そうな顔を見せた。


「重装備ですね。気になる。わかりました。行ってみます」

「すまないな、時間外なのに」


 ロニキスはため息を吐く。


「いえ、艦長が気にすることもありません。ただ……」


 ルナが言葉を切った。


「ただ?」


 ロニキスが聞き返すと、ルナは笑顔で


「休暇をつぶされたのが凄まじく腹立たしいだけですから」


と言った。

 ロニキスは後ろめたい気分だった。


「……すまん」


とただ一つ謝る。


「い~え~、気にすることもありませんよ~」


 ルナはまた笑顔で言うが、なぜか言葉が棒読みだ。明らかに怒っている。


「……怒ってないか、大尉……」

「いえ、特には。では、これにて」


 ルナは静かに去る、かに見えた。

 が、彼女はロニキスの部屋を出る前に、彼に背を向けたまま


「……時間外手当と危険手当上げておいてくださいね!」


 と、明らかに怒っている口調で言って、部屋を去っていった。


 その瞬間、ロニキスの胃が痛み出した。

 持病だ。この部隊に配属が決定してから胃袋に穴が開きそうになる日の連続だ。

 何せここ最近、自分に『世界一の苦労性』なんて嬉しくもない異名が付いたというくらい彼は苦労性なのだ。

 まぁ、わからないでもない。士官学校を首席で卒業した超エリート街道まっしぐらの彼に四年前に告げられた指令が『階級を中佐まで引き上げるからルーン・ブレイドに行ってくれ』である。


 当時から『問題児集合所』と悪名高い集団だったが、それを指揮するなどもはや地獄以外の何者でもなく結果体重はみるみる減り、銀髪は白髪と化し、そして極めつけは胃薬だ。

 もはや最悪の生活を歩いていると行っても過言ではないが、それでも四年間この部隊にいるのだから彼も彼で図太い気がする。それとも慣れたのだろうか?


「く……胃が……い、胃薬を……なぜだ……なぜこうまで最近疲れなければならんのだ……」


 ロニキスは錠剤の胃薬を一気に口に含んで飲んだ後、深く、そして大きくため息を吐いた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ルナは早くも整備デッキにいた。別に耐Gスーツは着込んでおらず相変わらずのジャケットにスラックスという格好だ。


「あれ? 寝たんじゃなかったの?」


 偶然ルナを見かけたアリスが聞いた。

 その時、ルナの顔が悪魔の微笑みをしたことにアリスは気付かなかった。


「アリス、ちょっと暇なんでしょ? つきあわない?」

「何に?」

「鋼を見に」

「はい?」


 アリスは聞き返すが、ルナは問答無用でアリスをレイディバイダーに押し込み、そして自分は、愛機である戦乙女へと乗り込む。


 凄まじく有機的なデザインをした機体だ。

 腕部に装備された小型シールドのごとき何かの展開システム、そして白とライトグリーンに塗られたボディ。

 これこそがXA-022空破、プロトタイプエイジスの一機にしてルナの愛機である。


「ルナ、空破出すのか?」


 大柄な整備班班長であるウェスパー・ホーネットがルナに聞く。


「出させてもらうわ。スタンバイできてるんでしょ?」

「問題ねぇけど、ゲイルレズは弾薬がねぇからMG-65で我慢しろ」


 ゲイルレズとは空破のための特注アサルトライフルである。

 そのゲイルレズの弾丸が現在補給中でまともに供給できる状態ではないのだ。

 そのことは当然ルナも知っているためMG-65で我慢することにする。


「リョーカイ」


 ルナはコクピットを閉め、シートベルトを締めた。

 足下からコンソールユニットが出現し、横に待機してあった操縦システム『IDSS』用の操縦桿がセットされる。

 その後、三面モニターに光が灯り、AIが淡々と起動状況を述べていく。


「XA-022、スタンバイ完了、推進剤、問題なし。イーグ、メンタル面で多少の疲労が見られますが、これと言って問題なし。最大限界行動時間は五時間を想定しています」


 エイジスは自分の力がダイレクトに機体に伝わる習性がある。

 今のルナの体力では本来九時間三〇分が限界行動時間である空破にとって半分近くの能力しか出せない状況にあった。そのためにアリスを護衛兼『道連れ』という形で同行させたのである。


 この女、自分のためなら他人を平然と犠牲にするあたりかなり酷い。

 どうもロニキスの胃薬の量が増えたのは彼女が隊長になってからで、隊員がかなり若いことも相まって血気盛んに色々とやってのけるからますます彼の気苦労が絶えないのだ。

 もっとも、ルナもルナで少しは責任を感じているようだ。だからこうやって命令にはきちんと従うのだ。


 空破のデュアルアイに光が灯り、機体が起動する。

 この時に各部ユニットから発せられる少し甲高い駆動音が彼女は好きだった。

 何もかもの恐怖を捨て去り、機体と完全に一体化できる、そんな気がするからだ。


「三番デッキへ移送」

「了解」


 空破は重苦しい足音を立てて後部の三番ハッチへ向かった。

 ハッチのランプが赤から青へと変色した瞬間、重苦しい音を立ててハッチが開放され、目の前に太陽光が注ぐ。

 本来昼寝をする予定だった、爽やかな空だった。


 そんな様子を恨めしく思いつつ、ルナはフットペダルを軽く踏んで少しだけ空破を加速させ、噂の存在がいる戦場へと向かっていった。

 そんなことをしている間に、ふと、空破のAIはルナに尋ねた。


「何か、嫌なことでもあったんですか?」


 そう聞かれてルナはため息を一度吐いた後、モニター越しに広がる青空を見ながらこう言った。


「別に。この青い空が、少し恨めしいだけよ」

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