第二十九話『心を持つ者達』(1)-3

 揺れる。とにかく、揺れる。

 楼巴の操船技術は、確かになかなかの物がある。実際、想定していた通りの時間に着岸できることも間違いない。

 だが、それにしたってここまで荒っぽい操船だったというのが、ザウアーには予想外だった。


 タブレット端末を見ようにも、揺れるから字がよく読めない。仕方がないので、通信に切り替えた。

 ベクトーアからも通信、というより小さな電話会談もあった。


 撤退を援護する代わりに二週間の休戦をしてほしいとのことだった。

 相手も相当だが、こちらもプロトタイプエイジス一機が既に制御不能で失ったも同然の上に、更にプロトタイプエイジスを失いかねない状況だったのだ。


 百機しか製造されていない機体だ。いくらなんでも簡単に出てくるとは思えない。

 今のこの状況を考えると、条件の善し悪しなぞ考えなかった。そのまま、休戦を承諾し、休戦の勅を船上ですぐに出した。事後処理に関しては、幹部会の方に一任してある。

 今は、この戦をどうにかすることだ。


「会長、岸が見えました。既にベクトーアは増援に入った模様です」

「想定通りだな。楼巴、ケツアルカトルに入電、俺達が接岸するまで援護射撃、接岸後は射撃を終了、味方の収容準備に取りかかれと」


 楼巴が直立して復唱してから去っていく。

 自分もまた、揺れる中、格納庫にいる九天応元雷声普化天尊のコクピットに入る。

 わざわざ自分のサイズに完全にあわせたコクピット周りにしたのだ。自分は一族の中では小柄な部類だから、かえってやりやすいと言われたのを、ふと思い出し、苦笑した。


 いつも、耐Gスーツは着なかった。正直言うと着るのが面倒くさい。だからいつもここでも朝服だった。

 IDSSに触れる。機体と一体化したような、微かな感触が、ザウアーは好きだった。

 エイジスもプロトタイプエイジスも、そこは変わらないとスパーテインに前に言われたことがある。


 しかし、この一体化という感覚に、なんとなく思うところがある。

 機体の中に入って初めて感じるが、自分達イーグはレヴィナスやKLにIDSSを通してダイレクトに意志を送り込み、エイジスを動かす。


 だが逆に、レヴィナスから意志を送り込まれたことは全くない。即ち意志は疎通しているのではなく、一方通行だ。

 もし、エミリオの暴走がそのケースだったとすれば、どうなのだろう。

 レヴィナスに『喰われた』とすれば、どうなのだろう。


 東雲を改良する際に本来の装甲の一部を回収し研究を実施したが、あれは少なくとも鉱石などという物ではない、何か、気のような物の塊だ。

 もしその気が一気に暴発すればどうなるのか。流石に試すには危険であったためやったことはないし、古代の文献を漁ってもその結果は出てこなかったそうだが、もし本当に喰われることがあるのだとすれば、今の暴走もなんとなく納得出来る。


 だとすれば、その暴走のトリガーは、なんだ。


『会長、どうなさったので?』


 楼巴の顔が、三面スクリーンの正面にでかでかと表示されていた。鬱陶しいと、一瞬思った。


「いや、少し考えていた。楼巴、状況は?」

『ベクトーアの連中、傭兵を雇ったようです。なんとか形勢は徐々にですが、よくなってきています』

「それでも数は多いか。しかし、法則性はないのか?」

『出現の法則性は、流石に分かりませんね。ただ、この界隈以外、アイオーンは世界何処にも発生していないようですが』

「つまり、元凶に近いのがいるのかもしれないな」


 ふむと、一度顎髭をなでてから、スパーテインに通信をつないだ。


『ザウアー、お前正気か? この中に身を放り出すなど』


 相変わらずの仏頂面だったが、額に僅かに汗が出ている。この男が戦場で汗を掻くなど見たことがなかった。


「これ以上の戦力の喪失は危ういからな。エミリオを殺すしかなかろう」

『やはりやるしかないか。今はどうにかベクトーアと傭兵の連合が来てある程度は形勢は変わりつつある。ただ、こちらの数も減ってきた』

「部隊の状況は?」

『史栄が率いているエミリオの部隊は残り三機、ディアルの隊は二小隊喰われた。私の隊も、一小隊喰われた』

「どうにか俺の隊が来るまで保たせろ」

『承知した』


 援護射撃を始めたという通信が入ったのは、その直後だった。

 舟の先頭に取り付けられたカメラの画像を、こちらに回してもらうと、確かに派手にミサイルが降り注いでいる。

 確かにやられてもすぐにアイオーンが出てくるが、数は徐々に減りつつある。


『会長、接岸します』

「接岸と同時にハッチを開いて突っ込め。進路を阻む奴はどんな奴でも皆殺しにしろ」

『御意』


 旗下の連中の、低い声がコクピットに響いた。

 IDSSを強く握る。

 カウントが消えた。接岸したのだ。同時にハッチを開いて、一気にフットペダルを踏み込む。


 両手に握った二丁の気銃きじゅう干将かんしょう』と『莫耶ばくや』を放ちながら、敵陣に突っ込むと同時に、外部スピーカーの音量を最大にセットした。


「良いか。これより私が指揮を執る。華狼の精鋭よ、我が民よ、今こそ底力を見せるときぞ」


 直後、大地が揺れるように、華狼の兵の咆吼が伝わった。

 コクピット越しでも、確かに伝わったのだ。


 ならば、それには答えねばなるまい。


 また、フットペダルを踏み込んで、ブースターの出力を上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る