第二十九話『心を持つ者達』(2)-1
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AD三二七五年七月二一日午前二時四四分
不協和音が、急に響いた。
突然現れたプロトタイプエイジスの殲滅能力が、明らかに常軌を逸している。
それどころか、ついには華狼の会長まで増援としてやってきた。しかも、あのスパーテインとほぼ同等の精強ぶりだった。
二丁拳銃を持つ、妙なエイジスが、会長機だろう。しかし、端から見ても見事だ。敵ながら賞賛に値する。銃声一発でアイオーン四体が消し飛ぶのだ。つまり、それだけの早撃ちが出来る、ということでもある。
しかもそんな会長が先陣を切って味方の退路を確保しているのだ。流石に旗下は死なせるわけにはいかないと思うのだろう。必死に食らい付く。だから恐ろしく強くなる。本人の持つ力以上の物を出せるわけだ。
おかげで増援の量よりも殲滅する量の方が多くなってきた。そろそろここも引き時、という奴なのだろう。
ロックが演奏中に苛立ったのは、思えば久方ぶりだった。
演奏の指向性を、アイオーンではなく、一度、遠く離れたフレイア・ウィンスレットに向ける。
一度、目を閉じて集中して、フレイアの魂の断片につなぐ。後は、思念で会話する。こうやって秘匿情報のやりとりを昔からやってきたのだ。
『ロックか。アイオーンはどうだ?』
低い声だ。そして、『男』の声だった。
ということは、『端末』を使ったのだろう。
フレイア自身が、時々やることだ。あの『存在』はいくつにも魂を分割できる。だから『フレイア会長』という完璧なアリバイがありながら別の事件を引き起こせる。何か、企んでいるのだろう。
『若干、まずくなりましたね。どうも殲滅能力だけがある不協和音が来た』
『数での畳かけは、無理そうか?』
『厳しいですね。魂の情報を改竄してエミリオみたくしようにも、奴とは直接の接触がない』
直接接触すること、対象がレヴィナス持ちのイーグであること、そして心に深い闇を持つこと。この三点を満たした場合だけ、魂を改竄できる。
自分の能力最大の難点はこの制限の多さだった。
『なら、お前が出ればいい』
『俺が、ですか。エミリオの回収も、ですかね』
『ああ。ついでだから出来る限り始末しろ。そうした方が、手駒が増える』
『まともそうな魂、なさそうですが?』
『この際魂の優劣など問うか。どうせ、あれもそろそろ出すし、死兵はいくらいても問題にはならないだろうが』
『それはそうですが、あれというとひょっとして、フィリポ、ですか』
ああとだけ、フレイアの端末が言った。
十二使徒の一つ、フィリポ。器は存在していたが、魂が欠けていた奴だ。マタイが前に言った通り、上質な魂が見つかったのだろう。
『十二使徒の導入は、やはり不満か、ロック』
『不満、というより、費用対効果が少なすぎます。マタイまで吹っ飛んだ。残る戦力は半分以下。あなたのことだから、今回も時間稼ぎ、なのでしょう?』
『時間稼ぎと言えばそうだが、もう一つ重要なこともあるのだ』
『なんです、それは』
『心を壊せる。それだけ言っておく。こちらから適当なタイミングで出す。お前は好きなだけ暴れてこい。不協和音を沈めるのも、指揮者の勤め、だったか?』
『その通りです。では、不協和音の取り除きと、アンコールにでも入りましょう』
『だが、アンコールもうかうかしていられないぞ。ゼルストルングがまずいことになっている』
『どうしました?』
『あいつ、フレーズヴェルグと言葉合戦なるよく分からないことをやった末に上手いことフレーズヴェルグに釣られた。三大隊のうち既に半数は喰われた。ベクトーアの損害は未だに無い』
頭が痛くなる話だ。言葉合戦と言う事は、要するに罵り合いだ。それに負けるであろうことはすぐに読めたが、まさかあろうことか半数も喰われるとは思いもしなかった。
少し、急いだ方がいいだろうと、ロックは思った。
フレイアに向けた意識をすぐさま切り、今度は思念を送る先をエミリオに変えた。
流石にアイオーン化しただけあって、東雲を終始圧倒していた。だが、流石に相手もプロトタイプエイジスだ、一筋縄ではいかないし、すんでの所で上手く避けられている。
単純に相手のイーグの腕がいいのだろう。あの扇のような剣で、鋼糸に食われる前に上手くいなしている。片腕でよくあそこまでやれると、正直感心した。
『おい、エミリオ、そろそろ退くぞ』
『ロック、か? なんだ? 脳が震えるような感じだが』
『俺が思念を送ってる。まぁ、とりあえず聞け。後数分で退却だ』
『何? 俺はまだ戦えるぞ。華狼もベクトーアも全て殺すまで、俺はまだ戦うつもりだ』
『だからだよ。お前だってまだ死にたくはないんだろ。どのみち今はまずいな。アイオーンも出なくなってきたから、一度態勢を立て直す』
『ち。しかし、どうやって抜ける』
『俺がどうにかするさ』
また、エミリオとの思念を切った。
しかしこの短期間で思念まで余裕で受け取れるとなってくると、元から化け物になる素質でもあったのだろう。
そう思えると、所詮人間なんてこんなものかとも、ロックには思えた。
どちらにせよ、そろそろ幕を引くときだ。
だが、アンコールには答えてやる必要がある。演奏者としては、それが一番だ。
ロックは、鍵盤から手を離して、演奏をやめた。キーボードを納め、自分の愛機である『FA-070セイレーン』を召還する。
一度、レーダーを確認した。近い位置に、陸上空母がいる。
なら、それを破壊することで、まずはアンコールの第一幕としようと、ロックは思った。
一気に、セイレーンを加速させた。
空母が、こちらに気付いたらしい。CIWSを撃ってくるが、オーラランサーを回しながらなぎ払った。
ある程度の所で、オーラランサーに取り付けられた五〇ミリマシンガンを撃って、CIWSをいくつか破壊した。
空母の甲板の上に、M.W.S.が何機かいる。確か、ゴブリンとか言ったか。
どうでもいい。切り裂く音も何もかもを楽器にしよう。
いや、ここはもっと大きな楽器を用意してやる必要があるだろうと、ロックは思った。
コンソールからセイレーンの肩ユニットを展開するように指示を出した。
その肩のユニットは、端から見ればスピーカーにも見える。実際、自分も初めて見たときは、スピーカーにしか見えなかった。
まぁ、間違ってはいない。
ただ、普通のスピーカーと違うのは、使用できるのが人間以外に限定されていると言う事だ。
キーボードをコクピット脇の装置に刺し、システムを起動させる。同時に、自分の目が切り替わっているかどうかを示す虹彩認証が流れた。
『システム、起動条件確認。クリンク、起動開始』
AIが淡々と言ったら、後は自分の思うがままだ。
レーダーを確認する。前方にM.W.S.、後方に敵陸上空母のブリッジがあり、更にその下は動力炉だ。
アンコールで派手にやるには最高の舞台だ。
気が、高ぶった。片手で、キーボードを用いて『演奏』する。
一度だけ、周囲には甲高い音が聞こえるらしい。だが、自分はコクピットの中で、その音を遮断しているから、実際に聞いたことはない。
だが、それがこの世で最後に聞く音なのだ。
一瞬で、自分の周囲三六〇度の敵は、全てえぐり取られるように消し飛んだ。
当然、陸上空母のブリッジもまたしかりだ。
よく見ると、ブリッジに耳から血を垂れ流して死んでいる人間もいる。
『サウンドシステム「クリンク」』。自分の体内に巡る能力を駆使して、音波による衝撃波を叩き込む、セイレーン最大の必殺兵器だ。これを自分が聞くことがないのが実に残念だが、人間は最期に最高の演奏が聴けて幸せだったろうと思える。
これで陸上空母は片付いた。後は、エミリオを回収することと、出来ることならば、今ここであのスパーテインも殺しておきたい。
となれば、使いたくはないが、あれを使うしかないかもしれない。
難儀な話だと、ロックには思えた。
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