第二十九話『心を持つ者達』(1)-2

 ただ、荒れた大地が続いている。

 そういえば、この前ハイドラと戦った大地も、こんな感じだった。

 一つ違うこととすれば、レーダーの前に広がるのがアイオーンだらけ、ということだ。


 ブラッドは再度、陣形を見直す。

 長蛇ちょうだ一本、先鋒はエミリアのハガナが勤めている。自分は中軍、レムが殿しんがりだ。


『戦闘ポイントには、もうまもなく着くでしょう。準備の方は?』


 ロイドの声が聞こえる。こういうとき、あの男はいつも声しか見せない。それが自分なりの流儀らしい。


「俺はいつでも出来てる。レムは?」

『私も別に問題なし。で、エミリアさんはどうなのさ?』

『先程の覚悟の通りに決めさせていただきます。なんとか、それで少しでも自分の罪を償えれば、それでいいと思ってます』

「気負いすぎるなよ」


 エミリアが一つ頷く。戦闘ポイントまで後数秒だ。


『ファントムエッジ、二十秒後に背部カノン展開。一発撃ってアイオーンの注意をこちらに向けさせてください。その後アイオーンの軍勢の外周を移動して攪乱。増援までやり過ごしてください』


 ロイドの指示通りに、自分はファントムエッジの背部オーラカノンを展開する。

 カウントが、始まった。いちいち、このカウントの音がうっとうしいと思う。

 〇になった。トリガーを押す。黒い気の塊が数発、アイオーンに向けて発射され、それがいくつかのアイオーンを貫通した。

 案の定、アイオーンの反応がこちらに向く。ここまではロイドの予想通りだ。


 アイオーンが、オーラシューターを無数に撃ってくる。流石に避けきるにも、あれは限度がある。


「エミリア、オーラシールド展開しろ!」

『了解』


 ハガナが、シールドナックルのオーラを展開する。蒼い炎だ。ルナと同じ色。やはり、ルナの心構えを作ったのは、エミリアなのだ。

 しかし、オーラシールドという割には、やたら広い。前方五〇mは幅がある。まるで炎の壁ではないか。リュシフェルだった頃のハガナにはこんな機能なかったはずだ。

 また整備班が改造したのかと、思ったらすぐに通信が入った。


『よぅし、上手いこと稼働したな。そのシールドも色々といじくらせてもらった。今のハガナに標準で付いてるシールドだがな、その出力自体はエミリアの気力をただ出しているだけだ。変な装置でせき止めてた奴とか色々と取っ払ったから、ちょっとピーキーになったががんばれよ』


 ただそれだけ言って、ウェスパーの通信が切れた。


『あの、一つ、聞いてもよろしいでしょうか?』

「なんだ?」

『この部隊って、ひょっとして、こういう方だらけなんでしょうか?』


 エミリアが、若干頬を引きつらせながら通信をつないできた。そう思われても仕方がない。何せあのルナが戦闘隊長だし、艦隊司令官は神経性胃炎持ち、整備兵は元暴走族、そのほかの連中もろくでなしだらけ。

 今思えば、よくこれで部隊運営がまともにいくものだと、呆れるほか無い。


『ま、基本変人しかいないのが、うちらのいいとこであり強みであり、面白いところでもあるのさ』


 呵々と、レムが軽快に笑って、ホーリーマザーのブレードライフルを一斉に放つ。

 また、いくつかのアイオーンが消える。しかし、消えた数と同じ量のアイオーンが増えた。

 これは確かに、あのスパーテインが苦戦するのも分かる。


「しかし、こんだけの数、どういうマジックで出してやがる」

『確かに、数が多すぎるわ。それに、真ん中のやたら強い反応、あれが、例の変貌したプロトタイプでしょうね。このままだと、華狼は文字通り全滅しかねません。少し、速度を上げましょう、ブラッドさん』

「そうだな。レム、ちと突っ込むぞ。後方の敵は任せる」

『アイサー』


 エミリアと、先頭を変わった。防御は、必要最小限にした方がいい。守りに入るのはこの状態だと自殺行為だ。

 フットペダルを押し込み、アイオーンの群れに突っ込んだ。五個、六個とコアを消し飛ばす。灰となってアイオーンが消えた。


 深く入らないうちにすぐに下がり、また勢いを付けて突っ込むことを繰り返した。

 徐々に、華狼が下がり始めている。

 それが正しい判断だ。後は自分達が適当なタイミングで下がればいい。


 だというのに、何故嫌な予感が相変わらず自分の心の中に吹きすさんでいるのだろう。

 この戦に対する予感ではない。それは、己の経験則からも分かる。

 だとすれば、この予感は、なんだ。


 いや、考えるのは後にしようと、ブラッドは思った。

 まだ、レーダー一面にアイオーンがいる。

 月も赤い。

 嫌な夜だと心底思いながら、フットペダルを踏み込んだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 あれが、ルーン・ブレイドか。

 輸送機のカメラの画像を更にモニター越しに見る限りでは、僅かに三機。しかも、そのうち一機は新型か、それとも別の陣営の機体なのか、見たことのないタイプだった。

 強いて言えば、シャドウナイツのソフィア・ビナイムが乗っていたリュシフェルに似ているが、いくらなんでもいるはずがない。恐らくコピー品か何かだろう。


 だが、三機ともかなりの精強ぶりだ。なるほど、ベクトーアが誇る最強という存在だけを集めた部隊とは、よくいったものだ。

 マクスはもう一度、作戦を確認する。作戦指示書の通りならば、要するに、自分はアイオーンのど真ん中に突っ込んでこいということらしい。


 もっとも、それで構わない。そしてそれがこの機体を運用するには一番正しい使い方だ。

 XA-085鳳凰。世界でただ一機、PMSCsに公式で所属するプロトタイプエイジス。こいつを操ってから、既に四年になるのか。

 それを考えても、まだゼロの戦歴には及ばないと、親友ながら常々思う。


『カウントを開始する。天候は晴れだ、暴れるだけ暴れてこい。請求はあちらに全部やることが出来る』

「太っ腹といや太っ腹だな。ま、ありがたいがな」


 機体の駆動スイッチを入れると、甲高いマインドジェネレーターの咆吼が、コクピットにまで伝わってくる。

 後はこの咆吼が答えるままに暴れるだけだ。


「どうだ、アナスタシア。今回はその男、いそうか?」

『さぁな。何とも言えん。あたしゃとりあえずあんたに従うよ、マクス』

「じゃ、俺はさっさと降下させてもらおうか」


 そういえば、ルーン・ブレイドの客人は何処に行ったのだろうと、今更に思う。

 もっとも、そいつと一緒にいるより、今こうして戦場に行く方が正直安心していられる。それほどまで、あの男は不気味だった。


 カウントが鳴る。輸送機のハッチが徐々に開いていく。

 ポイントに到達したと同時に、カタパルトで機体が射出された。


 自由落下の間にレーダーを確認する。

 辺り一面アイオーン。確かにこれはいちいち戦っていたら骨が折れる。

 だったら、一回で済ませればいいだけの話だ。


「アルマス、バーストモード」


 この機体のために特別に付けたサイドボードのスイッチを入れた。

 鳳凰の各所に装備された十機の剣のような装置が、一斉に開き、そこから無数の銃口が展開した。


 着地するまでに、掃除すればいい。だから、ためらわなかった。

 IDSSに浮かび上がったトリガーを押すと、一斉にその銃口から黄色い気の塊が射出され、気弾の雨が降り注いだ。


 合計一一四門、鳳凰に取り付けられたアルマスにはそれだけの数のオーラシューターが取り付けられている。

 もっとも、これが真の姿ではないのだ。自分も初めて使ったときは驚いたのを昨日のように覚えている。


 レーダーが直下のアイオーンがほぼ全て消えたことを表した。

 そして、今ので明らかに増援の数が鈍った。先程撃滅した数に対して半分もアイオーンの増援が出てきていない。


 もっとも、これは挨拶代わりだ。地上に着くまでに、何度も何度もアルマスからのオーラシューターの射出を繰り返す。

 気付けば、着地するところには一編のアイオーンもいない。だから悠然と、鳳凰を大地に着地させた。


 アイオーンの目が、こっちに向いたのが分かった。

 面白い。実に面白い。華狼の方は華狼の方で撤退を開始しているので、なおさらだ。

 ルーン・ブレイドの連中も唖然としている。

 つまり、自分のオンステージなのだ。


「お楽しみはこっからだ」


 ふと、不敵に笑った、自分がいた。

 アイオーンが、自分の周囲によって来る。

 ならば、これで行こう。


「アルマス、ウェッジモード。一から四を解放。攻撃方向、AIに一任」


 AIが、了解とだけ言った。

 肩と、背中のアルマスが四個折りたたまれ、鳳凰本体から離脱した。

 思念を、IDSSを通じて送る。周囲の気を、集中させた。


 敵が、全方向から来る。

 それが見えた瞬間、アルマスが空中で独りでに展開し、様々な角度から、アイオーンに纏わり付き、そしてオーラシューターを放ちながら一斉に襲いかかった。


『All Range of Multilateral wedge Attack System(くさびによる全範囲多角的攻撃システム)』、略称『アルマス』。それが鳳凰に付けられた特殊兵装。

 ワイヤーという有線式ながら、全十機のアルマスを四方八方にある程度の意志とAIの自立計算を基に動かし、敵をあらゆる角度から攻撃する『オンミディレクショナル・アタック・ウェポン』、即ち『全方位攻撃装置』だ。


 前からのみならず、横から、後ろから、四方八方から攻撃され、アイオーンが灰となっていく。

 レーダーにまだ数は多いが、四機のアルマスで敵は粉砕しつつある。

 なんとか料金は稼いだかと、マクスは思った。

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