第二十八話『人をやめし者達』(5)

AD三二七五年七月二一日午前二時二五分


 顎が外れるかと思うほど、あんぐりと口を開いていた。

 ここまで愕然としたのは、いつ以来だろう。


 確かに、自分の愛機であるファントムエッジの横には、ブラスカの愛機である不知火が待機している。

 だが、その不知火の形状が、自分の記憶している数時間前と、まるで違っていた。

 そこかしこに付けられたブースター、大幅に増えた追加アーマー、それだけならまだしも、ありとあらゆる重火器が、不知火にくっついている。


 いったいなんなのだ、これは。まるで、動く弾薬庫そのものではないか。ブラッドは思わず脇に抱えていたヘルメットまで落とした。


 それくらい、不知火は変貌していた。この短期間、というか数時間でよくもまぁここまでと、感心せざるを得なかった。


「どうだ、いかすだろう、ブラッド!」


 ガハハと、豪快にウェスパーが笑うが、なんか表情が疲れ切っている。まぁ、あれだけの数の整備をやったのだから、当然と言えば当然だろう。

 ブラスカは不知火の最終調整に付き合わされているらしく、不知火のコクピットの周辺が慌ただしくなっている。

 どうやら、これを戦線に出す気らしい。


「なんか、余計にデブになったな」


 はっきり言って、自分にはこんな感想しか浮かばなかった。二丁のSMGが付いた酔狂なトンファーを使っている自分が言うのもどうかと思うが、どうも技術屋の考えることと言うのはいまいち分からない。


「デブとは失敬だな。甲冑を着けたと言え」

「甲冑?」

「そうだ、甲冑だ。俺がわざわざ暖めておいた『Special weapon No.18「強化甲冑」』。こいつを使う機会がまさかこんなに早く来るとはなぁ、ついでだから関節周りも全部純正KLに変更して強度大幅アップとか色々と実験してみた。実に楽しい改造の時間だったぞ」


 そりゃこんだけいじくり回せば楽しくないわけないだろうと、ブラッドは呆れながら思った。確かに楽しくて仕方がなかったのだろう、疲れ切った表情のクセして全員無駄に晴れやかな面構えだった。

 もっとも、戦闘はもう後数分後に実際起こるのだ。


 華狼に恩を売るために出るというのが、正直納得いかないが、恐らく今ベクトーアがごたごたしている最中に華狼が出張って欲しくないからこうする、というのもあるのだろう。

 だから殿に一番近い自分達だけが選ばれたのだ。他の部隊まで出す余裕はない。

 その指揮にロニキスが専念するため、戦闘の指揮そのものはロイドが執ることになる。


 しかし、味方ながら怖い男を指揮官に据えたと、ブラッドは思う。あれ程怖い男を、自分は知らない。実兄であるディスは怖いと言うよりどうでもいいという感情しかわかない。


 レムなどは時々怖い人間だと言うが、所詮は自分も、そしてディスもロイドも皆人間なのだ。いくら心を殺そうとしても、たかが知れている。

 だから自分は、心を殺すことをやめたのだ。自分を偽っても、今更仕方がないというのが、自分なりに辿り着いた考えだった。レムの護衛を頼まれたときに、そういった発想に至ったのだ。

 思えば、既に二年になるのかと、ブラッドは今更に思う。


「うっわ、随分とゲテモノに仕上がったねぇ……。私のホーリーマザーと真逆じゃん」


 レムもまた、げんなりとした表情で不知火を見つめている。

 なんというか、暑苦しい機体が増えたなと、思うだけだった。


「レム、そう言うがな、今回の改造、お前にも無関係ってわけじゃないぞ」


 ウェスパーがそう言っても、レムは首をかしげるだけだ。というか、自分も首をかしげたくなった。


「どゆこと?」

「何、実は不知火の重量、強化甲冑付けたら乾燥重量だけで一〇〇t超えてな。今までのブースターやホバーだと全く出力でないから、前にホーリーマザーに換装したときに余ったBA-09-S本来のブースターを改造してぶちこんである。おかげで直線距離だけならバカみたいな速度出るぞ。ついでに試算だとこれで体当たりすりゃM.W.S.をミンチに出来る。どうだ、聞くだけでワクワクしてこないか」

「まぁそれはそれで面白そうだけどさ……あの、それだけの出力でかっ飛ばした場合のブラスカは大丈夫なのさ?」


 ふいに、ウェスパーが目をそらした。要するに、あまりいい結果が待っていない、ということなのだろう。死にはしないだろうが、最低むち打ちくらいにはなりそうな気がする。


 第一M.W.S.を一瞬で粉々にするということは、桁外れの推力でひき殺すと言う事だ。普通の乗用車ですら人をひき殺したら同乗者もただでは済まないケースがある。今回の場合は同じような姿をした人型兵器同士だ、中のイーグがどうなるのか、ある程度想像するが、どうしても怪我をするブラスカしか想像出来なかった。

 同じような想像をしたのか、レムもまたため息を吐いている。


 端末が着信を告げたのは、そんな時だった。相手はロイドだ。今回の指揮官とはいえ、珍しい相手から掛かってきたと思いつつ、端末を通信モードに切り替える。


『そろそろ出撃時間ですが、何か質問は?』

「ブラスカがくるまでの一応の現場指揮官は本当に俺でいいンスか、副長?」

『あなたのテストも兼ねている、とでも考えてください。まずは三人という少数の指揮。この間は借り物の兵士とは言え、まずまずの指揮を執りましたが、今度はそれをよりしっかりした形で執っていただく。指揮が執れる人間、その場で即断が出来る人間、生き物である戦の動向をしっかり掴める人間、これらを育てておきたいのですよ、私は』

「ん? 三人? レムと俺で行くんじゃないのか?」

『ああ、そろそろ来る頃でしょう。三人目が、ね』


 デッキの扉が開いた音がした。振り向くと、確かに自分が率いる三人目がいる。今叢雲の中でピンピンしているイーグは四人。うち三人はここにいる。


 では後の一人は誰かと言えば、さっきまで敵軍にいたエミリアをおいて他にはいない。

 手錠を付けられ、衛兵二人に囲まれながら入ってきたが、毅然としていた。ベクトーアの耐Gスーツも着ているが、割と似合っている。整備兵も予想していたのか、少しざわついただけですぐに各々の作業に戻った。


 もっとも、自分も予想していなかった訳ではない。ルナもいない、アリスもいない、ゼロに至っては手術が終了したとは言えいつ目覚めるか分からない、ディスは何処にいるか分からないし、傭兵とはいつ合流するのかすらはっきりしない。

 要するに、戦力が不足しているのだ。降将であろうと使わざるを得ないのが現状と言う事だろう。


 それに、戦場は『事故』をいくらでも起こせる。流れ弾に当たって名誉の戦死に仕立て上げるなど造作もないのだ。その流れ弾を撃つのが、別に味方でも問題はない。ただそういう状況を作り上げればいい。

もっとも、あまりエミリアからはそういうことをする必要はないだろうという気配がする。

 それに、敵意のない女性に手錠というのも、男として野暮という物だ。


「そうか。三人目はやはりあんたか。えと、名前、なんだったか?」

「エミリアです。エミリア・エトーンマント。よろしくお願いします。あの、失礼ですが、お名前、伺ってもよろしいでしょうか?」

「ブラッド・ノーホーリー、そう名乗ってる」

「分かりました。改めてあなたの指揮下に入ることになりましたので、よろしくお願いします」


 エミリアが、頭を一度下げた。独房からずっと見てきたが元々の育ちがいいのか、割と上品な女だなと、ブラッドは思っていた。


「ところで、私の機体はどうするのです?」

「既にレストアは完了してるぜ。いつでも出せる。もっとも、色々といじらせてもらったがね」


 ウェスパーがエミリアの乗っていた機体を指さした。

 確かに、これもまた形を変えている。不知火ほどの大改造ではないが、無駄が排除されたように見えた。

 頭部もベクトーア製の物に変わっている。見る限りはホーリーマザーと同様の第九課の特徴を持った形だ。予備パーツでも使ったのだろう。機体色も、黒からベージュ中心に塗り替えられていた。

 本当にここの連中はこういう時に限って行動が早い。


「機体名は、こいつなんていうんだ?」

「リュシフェル、というのが今までの名前でしたけど、あくまでもそれはフェンリルにいた時の名前ですから、個人的には変えたいのです。この間までの歪だった自分と決別するためにも」

「裏切らない、っていう保証はどこにある?」


 決意というのは口にするのは簡単だし、口にするだけで達成できているなら、今頃この世界は平和だろう。

 こいつを試すというのも悪くない。そうブラッドには思えるのだ。軽い決意なら、所詮それまでの女だと言う事になる。自分が人を見る目がなかった、ということなのだ。


「保証は、もちろんないと思います。強いて言えば」


 直後、エミリアは耐Gスーツの中のポケットに入っていた小型のカッターを出して、腰まであった髪の毛をバッサリと切った。

 切り落とした髪を、エミリアが前に出す。目に、強い決意がにじみ出ている。いい傾向だと、ブラッドには思えた。


「この伸ばしきっていた髪が、私が過去と決別する決意だと思ってください」


 目を、もう一度見た。嘘をついている目ではないし、付ける人間でもないのだろう。決意は本物だ。


「よし、その覚悟買った」


 うんうん、と何故かレムが頷いている。


「で、お取り込み中悪いが、こいつの名前どうすンだ?」

「『ベハムちゃん』でどうだろう」


 レムが、ウェスパーが聞いてもいないのに答えてきた。しかも、相変わらずの酷いセンスだ。言わない方がマシだった。というかこいつに名前を任せるとろくな事にならない。

 相棒というより用心棒として二年間付き合ってきたが、これだけはどうにかならんのかと常々思う。


「なんでそんな訳分からん名前なんだ、レム」

「え、ベージュ色っしょ? なんとなくその色合いでハムスターを想像してさ、で、ベージュハムスターだと名前長いからベハムちゃんで」


 酷すぎるネーミングセンスだ。これではエミリアが怒っても仕方ないと思うのだが、何故かエミリアの表情はまんざらでもない。


「ハムスター、か……。悪くないけど、その、申し訳ないけど、もうちょっと別の名前でいこうと思いまして」

「ハムスターとか好きなのか?」

「ま、まぁ、一応……その、動物とか好きで……」


 顔を真っ赤にしながらエミリアは言うが、別に悪いことではないだろうという気もする。自分が付き合った女にもこういう女は多かった。


「あ、あの、実は名前なんですが、ある程度考えたんですけど、『ハガナ』って名前にしようかと思いまして」

「ぬ、悔しいけど私のよりよっぽどいい名前だ……!」


 レムの名前のセンスに比べればどれでも大抵マシになると言いかけたが、言葉を飲み込んだ。

 今どつかれるとか無駄な体力は消費したくはない。


「でも、どういう意味?」

「なんとなく、かしらね」


 エミリアが、少しだけ笑った。

 何かを誤魔化したような、そんな笑みだった。また動物に関連したものなのかもしれない。


「まぁ、いい。遊びはこれで終わりだ。おっさんよ、不知火の調整、後どれくらいで終わる?」

「予定では後十五分以内で終わるだろう。それまで、三人とも死ぬなよ。後弾薬の無駄な消費も出来るだけ避けろ」


 応と、三人とも頷いた。

 これはあくまで前哨戦に過ぎないのだ。それに生き残らなければ、意味がない。


 自分は自分で、生きなければならないのだ。強制的に死ぬことが分かっていても、まだ生きなければならない。

 こういう時ゼロならば


「ま、なんにしても戦やいんだろうが」


くらい言うのだろう。

 紅神には、何の問題もなかった。ただ、イーグだけがいない。

 ほんの一月ちょっと前まではいなかった男なのに、何故かいないといないで張り合いがない。


「ま、どうにかするか」

「何、どしたの?」

「こっちの話だよ」


 レムは、まだじっとこっちを見ている。ルナの場合は、全てを見透かすようなそんな目をしているが、レムの場合はどちらかと言えば、生き残ろうと思える、そんな目をしている。

 やはり、似たもの同士の姉妹だと、今更にブラッドは思った。


 さて、行きますか。


 タラップを駆け上がって、ファントムエッジのコクピットに入り、機体を起動させる。

 特段問題はない。


 しかし、嫌な予感だけは何故かずっと渦巻いている。

 この戦闘に対する予感かとも思ったが、それではない、別の何か。

 何の予感なのか。それが分かれば、苦労はないのだ。

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