第二十八話『人をやめし者達』(4)-1

AD三二七五年七月二一日午前二時一八分


 急に、追加の依頼と正式な依頼が入った。正式な依頼は進路上で展開されている華狼とアイオーンの戦闘に割って入り、アイオーンを殲滅すること。追加の依頼は指定ポイントで人員を回収すること。

 しかし不思議なのが、例の殿の部隊を回収するのかとも思ったが、そうではなく別働隊を回収して欲しいとのことだった。しかもたった一名である。機体すらもうないというのだ。


 うちはタクシーじゃねぇんだと、マクスは追加依頼内容が記載されたタブレット端末を見てため息を吐くしかなかった。

 そんな時に限ってまた、シャッターを切る音がする。


「またかよ、アナスタシア」

「お前の仏頂面なんかなかなかおがめねーからな。面白い物は撮る、ってのがあたしの心情なんさ」


 またも呵々とアナスタシアが笑う。

 しかし、別働隊というのが嫌に気に掛かる。あの少数精鋭で掲げているルーン・ブレイドに別働隊という概念があるというのが驚きだ。

 そんな少数部隊の別働隊というと、ワンマンアーミーか何かなのかも知れない。


 まぁ、別に金さえ払えば傭兵稼業は裏切らないし、今の時代傭兵が裏切りを働けば、それは会社の、いや、企業国家だから国家の威信に関わる。

 一人の傭兵が裏切って信用が失墜して落ちぶれたPMSCsを抱えていた企業国家は実際ごまんといるのも、傭兵育成学校の歴史の授業で習ったものだった。


 輸送機のパイロットが、別働隊との合流ポイントに着いたと告げたのは、そんな時だった。

 VTOL輸送機が、着地ポイントに着いてからすぐ、男が一人乗ってきた。


 なんというか、面構えは、何処か気弱そうに見える男だった。年も、大して自分と変わらないように見える。

 しかし、何故かそれが『嘘』であるようにも感じる。それが何でかは、よく分からなかった。


「ヘヴンズゲート所属、フリーマンことマクス・ウィリアム殿と、デスマスクことアナスタシア・クールレイン殿で相違ありませんか?」

「そうだが、あんたは?」

「申し遅れました。僕は、ルーン・ブレイド別働隊に属しているラウンド・アバウトと言います」

「あんたのその名前、本名かい? 『回り道』なんて変わった名前だな」

「不思議に思うかもしれませんが、こう見えて本名なんですよ。変わってるというのは、よく、隊長とかにも言われます」


 はは、と、苦笑するようにラウンドは笑った。


「本当に助かりました。偵察機がやられてしまって、そのままこの界隈をさまよっていたところに、増援としてヘヴンズゲートからお二方が来られると聞いたので、救助していただくことにしたんです」

「俺達はタクシーじゃねぇと、隊長とやらに伝えておけ」

「あ、はい、申し訳ないです」


 ぺこりと、ラウンドは一度頭を下げる。なんというか、その動作は何処か若い。ひょっとしたら、まだルーン・ブレイドに入りたてとか、実地研修とかなのかもしれないが、何か引っかかる。


「あ、早速ですみませんが、トイレ、貸していただけますか? ずっと行って無くて」

「ああ、トイレならあそこにあるぞ」


 指さした場所に、ラウンドは一目散に向かっていく。

 しかし、本当にあんな奴がルーン・ブレイド所属なのかとも、少し思う。


「なぁ、アナスタシアよぅ。あいつどう思う?」

「おもしれぇ奴だよ。見てて飽きないな、ありゃ」


 またアナスタシアはシャッターチャンスがいつ訪れるか、とでも考えているのだろう。


 何故か、あの男が自分は『怖い』と思った。

 動作に隙がまったくない。あれはとても新兵の動きではない。

 得体の知れない、何か。

 それが何かと言う事を探るのは、危険だし野暮という物だ。


 傭兵はあくまで傭兵。金さえもらえばなんだってやる。信用に関わることだから敵に漏らすこともない。

 あくまで傭兵派遣業務は信用取引なのだ。

 ベクトーア含め三大企業国家はどれも大口顧客だし、そこから裏切られたらこちらの収益はあがったりになる。だから、やばそうな奴でも情報を他国に売り渡したりはしない。


 ただ、あんまし関わりたくない客を乗せたと、マクスはあくびをしながら思った。


 輸送機が、すぐに空へとまた上がっていく。

 また赤い月を近くで見るのか。マクスは、少しだけ辟易した気持ちで、また窓を眺めた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 血の小便が、一向に止まらなかった。更に何度も何度も、胃の内容物も吐き尽くした。

 いくらなんでも、あの閻は少々無謀だったかも知れないと、ディスは今更に思う。


 ラウンド・アバウトという、気弱でバカな青年を演じることも、正直疲れる。それが胃の内容物を戻す原因の一つになるのだろう。

 一通り吐き戻した後、ロイドに通信をつないだ。あくまでも秘匿回線だ。傍受される心配もない。


「俺だ。例の輸送機と合流した」

『殿としてあなたを用意しましたが、まさかそっちの方が今の殿より早く帰ってくるとは。大尉が聞けば、多分怒るでしょうね』

「だろうな。まぁ、そんなことはどうでもいいし、知ったことでもない」


 実際、その通りだった。ルナのことも、特段興味がない。コンダクターだかなんだか知らないが、所詮は化け物と言われても人間ベースでしかない。

 心を壊せば、それまでだ。


『殿が着くよりも、あなたの方が叢雲に着くのは早いですし、策がないならそのまま戦列に加わってもらいますが、問題ありませんよね?』

「華狼に襲撃か?」

『いや、アイオーンですよ。華狼とアイオーンの間に入り込み、華狼に恩を売っておく』

「傭兵連中は感づいていると思うか?」

『あなたはどう思うんです?』

「あのチャラいマクスとか言う奴は多少感づいているだろうが、ガキの方はどうだかな。あんまし深く考えてなさそうだが。というか、あんなガキが使えるのか?」

『ガキ? はて、我々の方も子供は雇った覚えないですが』

「とぼけるな。女の傭兵とか言う奴、どう見てもガキだぞ」

『書類上の不備でしょうかねぇ。まぁ、そんなことはどうでもいいです。ハイドラの居場所もある程度はつかめましたし。もっとも、それくらいしか収益は今回の遠征はありませんでしたが』


 ため息と同時に、苛立ちがロイドの口調に垣間見える。こういうのは正直珍しい。

 あの男は滅多なことでは感情を表に出さない。ロイドは感情を押し殺しているのではなく、自分と同じように、感情という概念が『死んでいる』男だ。返す反応も、全ては脳で考えた末の条件反射の一種でしかない。


 自分もまたそうなのだ。変装し、様々な人物に成り代わって諜報活動を続けるうち、果たして本当の自分は何なのか、分からなくなった。分かる必要もないと、自分の中で結論づけた。

 あるだけ、そんな感情は邪魔でしかない。そんなものもあるから、殺すことにも躊躇する。

 感情を考えることを、自分はやめたのだ。


 人間として死んでいるというなら、それはそれで結構な話だ。

 ならばそう定義した連中が人間であるとどうやって証明が出来るというのか。

 そう言っているのはアイオーンかもしれないし、人間ですらない幻なのかも知れない。


 所詮この世は命の価値などゴミにすぎないと考える、魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする退廃した世界でしかないのだ。

 そうでなければ、企業国家という利潤で全てを潤そうとする金が全ての国が台頭し、挙げ句それが千年以上も滅んでは創り上げ、そして滅びを作り返す戦を続けてはいない。

 いつの頃からか、そう自分考えるようになったから、余計に感情というのは死んでいった。


「ハイドラの動向も、いまいちつかめなかった。だが、やはり気になるのは事実だな」

『となると、彼を、使いますか』

「それしか手はないな。言いくるめれば、どうとでもなる。心を動かすのなんか、ほんの少しの動機があればいい」

『なるほど。まぁ、手並みは戻ってから拝見しましょう』

「了解した」


 それだけ言って、通信を切った。

 なんとなく、ハイドラが気になるのだ。あの男が何をしようとしているのか、図りかねている自分がいる。

 それを知りたいと思う自分がいることには、何処か意外性があった。


 それを知るための手がかりとして、唯一、ハイドラと接点ある男を使うよりほかない。

 ゼロ・ストレイ。奴以外に、使えるコマはないのだ。ゼロがハイドラに並々ならぬ復讐心を募らせていることは、既に知っている。


 とすれば、話は簡単だ。ある意味ゼロという男は愚直で不器用だ。ある種の美徳と捉える者もいるだろうが、自分にとっては、バカで利用しやすいとも言える。

 いくらでも理由なぞ作れる。人の心は、すぐに動かせる。生殺与奪の権利は、全て己が握っているのだ。


 利用するだけ利用しよう。自分にとって、人は利用する者かそうでないか、それだけでしかないのだ。

 そう思った後、また、ラウンド・アバウトなどという虚実の塊の仮面を被り、トイレを出た。


 窓から、僅かに赤い月が覗いている。

 血みたいな色だと、ディスは呆れながら思った。

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