第二十八話『人をやめし者達』(3)-2

 何が、起こったのだ。

 ヴォルフの乗っていた東雲・改のモニターにレッドアラートが点灯し、突如AIが『狭霧のガーディアンシステムが暴走した』なる謎めいた言葉を発し、更にはそれに伴ってあろうことか狭霧の反応が消え、アイオーンになった。

 この間、わずか二分だ。二分の間に、何故か世界が激変したように、ヴォルフには思えた。


 エミリオに通信を試みたが、完全に途絶されているし、今やスパーテインと対峙中だ。

 殺すしかないのだろうと、ヴォルフは痛感した。


 元々、親友だったことは事実だ。だが、それはもう遠い過去の話でしかない。

 せめて元親友として、自分がとどめを刺そう。それが、自分なりの流儀だ。

 となってくると、正直スパーテインには別の場所に行ってもらいたい。通信を直ちにつないだ。


「中佐、俺に、エミリオを殺させてください」

『いいのか、大尉? 貴殿の親友であろう?』

「親友だからこそ、殺すのですよ、自分の手で。これが自分なりの流儀ですから」


 そうか、としか、スパーテインは言わなかった。そうしてくれた方が、こっちにはありがたい。あれやこれやと詮索されるより、よほど楽だ。

 コンソールをいじって、機体のブースターの出力を上げながら、急降下した。同時に、スパーテインの夜叉が自分と入れ替わる形で下がったのを確認する。

 Gが襲いかかってくるが、知ったことではない。むしろ、これが最高に気持ちいいと、いつもなら感じている。だが、今日ばかりは胸くそ悪い。


 敵が、見えた。せめて一撃で殺す。

 メガオーラシューターを展開した。風雅形態でしか使えないが、威力だけはある。

 それに、狭霧は空中への攻撃手段はろくに持たない。


 行けるはずだ。迷いは、不思議とない。

 チャージが終わったと、AIが告げた。トリガーがIDSSに浮かび上がる。


 さよならだ、エミリオ。


 トリガーを押そうとした瞬間、警報が鳴り響いた。

 狭霧が、静かに禍々しく変貌した右手を上げた。直後、何の動作も無しに上方向にワイヤーを出してきた。

 目下、自分を狙っている。それも、速度が速い。


 バカなと、驚愕を禁じ得なかった。あれだけの質量のワイヤーが、何故上へ上へと向かってくるのだ。

 まるで、ワイヤーそのものが本当に意志を持ったかのように感じる。今までの狭霧なら、上方向へは攻撃できなかった。


 これがガーディアンシステムだかいう奴の力だとしたら、作った奴はイーグをバカにしているとしか、ヴォルフは思えなかった。

 『護る者』ではなく、これでは『破壊する者』ではないか。いっそデストロイシステムとでも変えてしまえと、何故かこんな状況なのに思えた。


 舌打ちをしてチャージを中断した。風雅から変形して人型に戻し、すぐさま『気《き》せん『曲《くせ》まい』』を展開する。

 細かく細い剣が何千枚も連なり、最大時に展開すると、それが扇のように見える。同時に、その特性故に曲舞は鈍器、双剣、盾と、ありとあらゆる形態を取ることが出来る。それが、曲舞の特性だった。


 襲い来るワイヤーを、曲舞を高速で回転させながらいなした。オーラ通しがぶつかった故の火花が、曲舞の先端から見えている。

 しかし、糸が重い。やはり、システムの影響で力が増幅されているのだろう。


 その間に、肩のオーラカノンを展開した。歯を、食いしばった。狭霧のオーラは重いが、しかし、これに耐え抜いた末にエミリオを殺さなければ、取り返しの付かない何かが起こると、何かが告げている。

 しかし、これで致命傷を与えられるとは思っていない。あくまでも、牽制でいい。


 IDSSに浮かび上がったトリガーを押すと同時に、フットペダルを踏み込んで機体を更に急降下させた。まるでマシンガンのように、気弾が狭霧に向かって放たれていく。

 落下しながら撃ちつつ、そして曲舞に気を流しながらワイヤーをいなす。気が、東雲にどんどん吸われていくのが、ヴォルフにはよく分かった。


 狭霧がシールドを展開してオーラカノンの攻撃を防ぎながら、指を動かして更に自分の方へワイヤーを向けていく。

 そろそろだろうと、ヴォルフは思った。


 ワイヤーを自分が引き受ける。狭霧はワイヤーさえなければ、ただの固いプロトタイプエイジスでしかない。

 そして、ワイヤーの大半は自分に集まってきた。

 討ち取れる。そう思うと、何故か気分が高揚したのが、ヴォルフには分かった。


 更に加速させた。狭霧。顔がモニター越しにも見えた。機体を一気に反転させて、上から狭霧を蹴っ飛ばした。

 一瞬だけ、エミリオの舌打ちが聞こえた直後、狭霧が少し下がる。自分もまた、一度下がった。


「バート、やれ」


 銃声が、一度だけ響いて、狭霧を思いっきり吹っ飛ばし、轟音を立てて大地に伏した。

 わざわざこういうときのために、バート・フューネラルという男がいるのだ。乾闥婆の称号を持つカーム・ニードレストほどではないが、十分なスナイパーとしての素質を持っている。

 見事に、狭霧のコクピットに当てた。


 討ち取ったのか。どうなのかは、遠くからでは分からない。生体反応が、どちらにせよ存在していないのだ。

 やったのだろうか。思った直後、警報がけたたましく鳴り響いた。

 ワイヤー。東雲の左手に、絡みついていた。


『ヴォルフ、腕、鈍ったか? 俺をこの程度で殺せると、思っていたのか?』


 エミリオの声が聞こえた。しかし、声に抑揚がない。

 やはり、人間としてのエミリオは、死んだのだろうと、ヴォルフは今更に思う。


 狭霧が、ゆっくりと起き上がった。改めて見ると、まるで魔神のようにも見える。赤い、血のような色のデュアルアイがそのように見せるのかも知れない。

 狭霧の指が僅かに動いた。警告音の音量が、更に上がった。


 モニター越しにも、東雲の腕がどうなったのかが分かる。信じられなかった。ワイヤーが、『龍』のような姿に変わっている。


 俺は、幻を見ているのか。そしてその龍が、巻き付いた東雲の腕を喰っていく。


 このままでは、東雲が喰われかねない。左手の曲舞を召還解除した後、曲舞を扇から剣の状態にし、喰われている左腕を切り落とした。

 まるで霧に紛れるかのように、左手が宙へとふっと消えたと同時に、狭霧もまた、ワイヤーを巨大な右手に戻した。


 アラームが、まだけたたましく鳴っている。切り落とした部分から、人工筋肉の冷却液が、まるで血のようにたれ落ちている。自己修復プログラムが作動してはいるが、流石に東雲・改の装甲は天然のレヴィナスではなくKLがほとんどなのだ。修復は本国で本格的にやらないとダメだろう。

 空を舞い続ける人間が、今や地に足を踏ん張らせている上に、左手もないと来た。


 なんたる様だと、ヴォルフは怒りの余り、ヘルメットを取っ払ってコクピット後部のスペースに投げ捨てた。

 他の部隊は、増えていくアイオーンへの対処でいっぱいいっぱいだ。スパーテインが指揮を執っているとはいえ、一体倒して三体増えるという状況が続いている。まるで自分達をアイオーンが本気で殺しに掛かってきているとしか、ヴォルフには思えなかった。


「エミリオ、まさか、お前全部仕組んだのか? このアイオーンの大群まで含めて、俺達をはめたのか?」

『俺がそんなこと出来るような冷静な頭持っていたなら、復讐なんて感情も沸かなかっただろうさ』


 僅かだが、後悔の感情が言葉の端に聞こえた。

 別の誰かが、いや、何かが、エミリオをこうしたのかもしれない。もっとも、こうなってしまうのも、やはり自身の心の問題だったのか。

 こうなる前に、自分でもどうにか出来なかったのか。今更に、後悔が脳裏をよぎる。


 気付いたときには、いつだって遅い。戦も、まさにそうだった。気付けば泥沼になってしまっている。エミリオは、まさにそういったところが生み出したのだ。

 だが、だからこそ落とし前は自分が付けよう。そう思い、IDSSを強く握った。


 曲舞の刀身から、蒼い気炎が上る。狭霧もまた、右腕を構えた。

 左手は既に無く、自分の不利は明らかだ。それでも、自分なりのやり方で、ケリを付けようと、ヴォルフは思った。


 そういえば、前にエルルで対峙したベクトーアの空戦型エイジスのイーグは、片腕でも上手くバランスを整えたのを思い出した。

 あれと同じ状況なのだ、負けるわけにはいかないだろう。


 曲舞を扇状に広げ、狭霧に向けた。

 月を、モニター越しにふと眺める。

 まだ、真っ赤だった。

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