第二十八話『人をやめし者達』(2)

AD三二七五年七月二一日午前二時


 整備は、あらかた終わった。

 思ったよりも早く済んだことだけは、正直ウェスパーにはありがたかった。


 突貫作業でルーン・ブレイドに所属している機体、或いは拿捕した機体の改修作業を実施したが、それもおおかた終わっている。出撃準備も、滞りなく進んだ。ホーリーマザーとファントムエッジは、いつでも出せるようになっている。

 だが、不知火の改修作業だけはまだ終わりそうにない。出撃のタイミングまでに間に合うかは、ギリギリといったところだった。


 やりたいことはいくらでもある。しかし、それを全てつぎ込もうとすると、いくら時間があっても足りないし、予算もない。

 だからこそ、出来るところまでやるのが、自分なりの職人魂でもあった。

 それ故か、ソフィアだかエミリアだかが乗っていたリュシフェルの改造作業は非常に面白くもあった。


 他社の、自分のノウハウがほとんど効かないような機体を自分好みにアレンジして改修するなど、まさに自分の腕の見せ所ではないか。

 実際、その心構えで行ったら、思ったよりもあっさりと終わってしまった。元のフレームの完成度が割と高かったこともあり、あまり改修する必然がなかったからだ。


 変えたところと言えば、何のために付いているのかさっぱり分からない機器類を全て取り外し、武器を一部変更した後、頭部を予備パーツから作ったベクトーア風の物に変えたくらいだ。正直拍子抜けした、と言ってもいいが、実験出来る武装を組み込んだから、少しだけ満足はしている。

 もっとも、実戦で何処まで使えるのかは分からないのが、最大の難点だった。


 自分はあくまでもメカニックだ。化け物みたいに戦えるイーグとは訳が違うし、戦闘面は正直普通の兵士とさして変わらない。だからどういう戦い方をするか、というのはイメージでしかないのだ。

 そしてイメージ通りに動いてくれれば、それは自分の手柄だろうし、そうでなければ申し訳ない気分になる。

 しかし、そんな自分達にここのパイロット共は命を預けてくれている。そいつだけは、誇りだった。


「あれ、っかしいなぁ?」


 ブラーの唸る声が聞こえたのは、リュシフェルの最終調整にコクピット周りを少しいじくっていた時だった。

 工具を一度置いて、ブラーが整備していた紅神こうじんの前へ行く。


 思えば、こいつは今、主が生きるか死ぬかの境目だ。しかし、いくら汎用性が高いバランス型とはいえ、かなりゼロ好みの『無茶苦茶な動きにも耐えられる』仕様になっているから、ゼロが死んだとしたらこいつの処遇は相当厄介だった。

 恐らく最低でもOS周りから変えるというほぼ全取り替えが必要になる。それくらい、この機体はゼロとマッチしているのだ。


「どしたい、ブラー」

「ああ、ヘッド。いやね、紅神の戦闘データから、この前戦った蒼天のデータを絞り出してたんですが、ちと奇妙なんです」

「分かるように言えぃ」

「あ、そいつは俺から説明するッス」


 ブラーの横にいたアルバーンが、一度挙手してから、携帯端末に記された数値を見せてきた。

 その数値を一目見た瞬間、我が目を疑った。それもそうだ、自分達整備班がはじき出した計算結果と乖離しすぎているのだ。


「青字で書いてあるのが、俺達がはじき出した、聖戦の時の蒼天のスペックからはじき出されるオーラの分泌量ッス。だけど、実際のデータは赤字で書いてある通りッス。見りゃ分かるように、オーラの分泌量が想定値の二〇倍もあるッス。出力に至っては二〇m級の機体の癖に空中戦艦並みか、それより上。いくらなんでもおかしいッスよ」

「まさかとは思うが、計算しくってんじゃねぇだろうな」

「五回も計算し直しましたよ。しかも計算に利用したのは、あの『電脳くん』ですぜ? 今まであれで計算狂った試しがないし、恐らく間違いないかと。不安だったんで手計算もやりましたが、同じ数値です」


 ブラーがため息混じりに答えた。

 レムが作ったルーン・ブレイドのマザーコンピュータの一つである『電脳くん』は、名前の痛々しさを除けば正直もの凄いとしか言いようのないシステムだったし、自分達もその恩恵を何度も受けている。実際ブラーの言うとおり、計算が狂った試しはない。

 それでこの結果だ。五回分の計算値が全部出ているが、ほぼ一緒の値だ。


 蒼天という機体は、正直謎であることは間違いない。出撃機会が滅多にないというのもあるが、いざ出撃するとハイドラの力なのか、軒並み文字通りの『全滅』となるため、ほとんどと言っていいほどデータがないのだ。

 しかしそれにしたってこの数値は不自然だ。オーラの分泌量がいくらなんでも多すぎる。


 現在の技術力やレヴィナスが出てこないことなどを鑑みて、普通はオーラの分泌量は年を重ねる毎に僅かだが減っていくのが正しい。

 そもそも肝心のプロトタイプエイジスで用いられている天然レヴィナス製のマインドジェネレーターなど開発するのが不可能なのだから、後は劣化していく一方にしかならないはずだ。

 だというのに、聖戦の時のデータから二〇倍も増えるというのは、あまりにも世の中の法則に反している気がする。


 一応上の方には報告しておいた方がいいのだろう。そう思い、資料を手に取り、紅神の元を離れる。

 ふと、整備デッキを一度見渡した。

 静かであることが、何処か寂しくも思える。

 思えば、自分はああいう喧噪の中で整備する、あの感覚が好きなのだ。

 一度だけ、ため息を吐いてから整備デッキを後にする。


 廊下を歩いていると、医務室があった。

 そういえば、玲はどうしているのだろうと思い、中に入ろうとしたが、扉の前まで来て、やめた。

 今は奴には奴なりの仕事があるのだ。それを邪魔するのは、同じ職人として無礼だろう。

 それに、廊下も気付けば静かになっていた。怪我をしていた連中は、大抵M.W.S.と一緒に帰って行ったし、死人も出なかった。


「まったく、あいつはどんだけ腕がいい上に早いんだか」

「少なくともお前が思う以上に俺は腕がいいし、仕事も早いつもりだぜ、ウェスパー」


 聞き慣れた声がしたので、思わず横を向くと、喫煙所で煙草を吹かしている玲がいた。相変わらず、面構えは不機嫌そうだが、いつものだらけた白衣姿ではなく、手術着だった。

 そういえば、医務室の近くが喫煙所になっていたことも、ウェスパーは今更に思い出す。そしてそこを玲が頻繁に訪れていたことも、また然りだ。

 見る限り、疲労の色は大して見えない。というか、この男は年がら年中不健康そうかつ不機嫌そうな面構えだから、どの程度疲れているのか、外面からではよく分からないのが実情だった。


「お前がもう出てきたってことは、大丈夫なのか、あいつは」

「ゼロか? あいつなら問題ねぇよ。ナノインジェクションがあるから、下手な人間より余程早く血が止まるし、切られた筋繊維もすぐに修復が始まりやがった。俺の出番といや、血の輸血と、腕の移植くらいなもんだからな。楽なもんだ。恐らく後少しであいつ目が覚めるぞ。腕についても筋力はしばらく落ちるだろうが、そこまで負担はねぇはずだ」

「そんなに早く出来るのか?」

「正直言うと、ナノインジェクションの再生速度が俺の予想の遙か上を行ってやがる。レヴィナスがそうさせている可能性もあるがな」

「そっちでも、レヴィナスか」

「ああ。まったく、なんだってんだろうな、レヴィナスってのは。九年前まで打ち込んでた俺が言うのもなんだけどよ」

「どんな感じがするんだ、レヴィナスをぶち込むってのは」


 玲が、灰皿に煙草を押しつけた後、また別の銘柄の箱を出して、それを吸いながら、メガネを一度かけ直した。


「なんつーか、そこまで違和は感じねぇんだ。今俺はイーグじゃねぇが、今とイーグだったときとで、そこまで体に変化は感じない。ただ、何故か無駄に力が強くなったり、動体視力とかが色々と極端に妙な力で強化される、そんな印象しかなかった」


 だが、と言って、玲の眼光が鋭くなった。

 この男は、やはり職人なのだ。レヴィナスという名の『技術』の話に、異様に目が輝いている。

 自分が職人だから分かるのだ。そうでなければ、こんな目にはならない。


「今回のことでよく分かった。レヴィナスは『意志の力』とやらで、体の機能を強化している。そこに入り込むのは、やはり本人の意志だ。イーグの魂が強ければ強いだけ、レヴィナスはそれに答え、体の強化を促進させる。だからナノインジェクションも活性化した。俺はそう見ている」

「俺にはどうもよく分からんがなぁ。イーグになったことがねぇからっつーのもあるが、意志の力ってのがイマイチ分からん」

「安心しろ、お前でなくてもわかんねぇよ。分かる奴なんざぁいるもんかよ」


 玲の眉間に、皺が寄ってきた。本人が結構話に乗り気だという証拠でもあることを、ウェスパーはよく知っていた。


「それに、ナノインジェクションにも興味がわいた。単なる自己再生と自己増殖プログラムが施されたナノマシンを打ち込んだだけかと思ったが、それをレヴィナスが活性化させたとすりゃ、相当面白い。もっとも、実際にやるのはよろしくねぇがな、倫理的観点、っつーのもある。いわゆる人体改造だからな、流石に色々とやばい」

「その倫理的観点がなければ、お前はナノインジェクションをやったか?」

「さぁな。俺はお前さんと一緒で、技術に対してとことんまで興味持っちまうから、やりかねなかったかもしれんが、恐らく最後はやらなかっただろうよ。医を用いて人を護れ。ヴァーティゴ以来、俺の家に代々伝えられてきた教えは、国を捨てた癖に俺の中に深く残ってるのさ」

「アルチェミスツ、だったか、お前さんの本来の家は」


 華狼のジェイス・アルチェミスツと言えば、確かに九年前までは有名だったし、華狼若手のホープとも言われていた。実際、玲ことジェイスは紅神のイーグとして元々自分達とは敵対関係にあったのだ。

 そんなジェイスは、今やレヴィナスを体から抜き、軍医として生きている。人はこの人生を激動というのか、流転というのか、それとも転落というのか。時々、ウェスパーは玲を見ていてそう思うのだ。


「ああ。俺の家の祖先が、今のナノマシンの基礎を発掘したのさ。医療と文武両道。それが家の教えだった」


 はぁ、と、重いため息を吐いてから、玲が煙草を灰皿に投げ捨てた。

 そういえば、今日に限ってはこいつよく喋ると、今更にウェスパーは思う。


「お前、話し相手でも欲しかったのか?」

「なんだかんだで疲れてンだよ、俺も。適当な人間とっつかまえてよ、くっちゃべった方が、深く眠れる。そこにお前が通りかかった」

「俺はお前の趣味の前座、って訳か」


 苦笑した。奴の趣味たる睡眠の前座で付き合わされたのだ。奴らしいと言えば奴らしい。

 そして、あっさりと、玲はいびきを立てて寝始めた。


 それにしては、前座の癖にやたらと話は自分にとっては興味深かった。

 レヴィナスについては、もう少し深く考えてみる必要があるのだろう。自分もまた、知らない事柄がまだまだあるのだ。


 一度頭を下げて、自分なりに礼をした。

 そのまま喫煙所を後にして、艦長室へと足を進める。

 玲のいびきが、歩く度に遠くなっていくのもまた、何処か寂しかった。

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