第二十八話『人をやめし者達』(1)-2

 頭痛が、急に襲ってきた。

 この頭痛はよく起こすから覚えている。アイオーンが、近くにいる、ということだ。


 厄介なときにいるものねと、ルナは内心余計に苛立ち始めた。


 後続の軍勢も問題なく付いてきている。撤退もあらかた完了した。敵も特に前方には見当たらない。フェンリルの防衛圏内からは既に脱出した、と見ていいだろう。

 ただ、一つだけ心配事があるとすれば、自分達とベクトーア軍本隊とをつないでいる手段が、叢雲との通信以外にないということだ。つまり、自分達は半分孤立している、と言ってもいい。

 もっとも、流石に叢雲との通信で用いるSNDは完全な独立型の秘匿回線なので、物理的に破壊でもしない限りは通信が途絶することはない。


 突如、通信を告げるアラームが鳴る。嫌な、予感がした。通信の回線を開く。相手は珍しく、レムだった。

 少しだけ、レムの半身に刻印が青白く浮いている。コンダクターであるが故に、アイオーンと共鳴しているのだろう。となれば、やはりアイオーンがいるのだ。


『姉ちゃん、アイオーンだけど、多分私たちの方が近い。それに、なんだか、異常な気配を感じるよ』

「というと?」

『今までのアイオーンじゃないね、こいつぁ。なんというか、慣性が何処か人間的すぎるよ。この前出たマタイみたいな、明確な殺意が何処か揺らいでる。アイオーンでそんなことはあり得ない、だってさ。セラフィムがそう言ってたよ』


 アイオーンであるセラフィムが言うのだから間違いないのだろう。


「今までとは違うタイプのアイオーン、ってことね。出来る限り避けられないかしら」

『無理だろう、って艦長からの伝言だよ。何せ進路上に華狼がいたのは知ってると思うけど、フェンリルの連中が奇襲したらしくて、その現場で発生したらしいから』

「戦闘中に発生のパターンか。アイオーンにはよくある傾向ね。タイプが珍しいらしいけど、別にいつも通りで大丈夫でしょ」

『だといいんだけど、何か、変なんだ。セラフィムが、何故か怯えてる。何か怖い記憶があるって言ってるよ。それが何かは、よく分からないみたいだけど』


 ん、と、ルナはいつの間にか唸った。

 セラフィムという存在と直接話した機会はそうなかったが、しかし自分の分析では、アイオーン相手にそういった反応を見せることはないだろうと思っていた。最初にセラフィムが表に出たアシュレイでのアイオーンとの戦いでも、セラフィムはレムに断ったとはいえ、能力を使用した。

 同族であるアイオーンにそんなことを実施すると言うことは、一切容赦をしない上、そういった能力を使うことを躊躇しないタイプの存在ということだ。

 そのセラフィムが奇妙な気のアイオーンに怯えるというのも、かえって違和感がある。


 それに、なんでまた突然そんな変なアイオーンが発生するのかも違和感がある。

 何か、奇妙だ。


 直後、爆音。機体が、僅かに揺れた。ダメージチェックをAIに命じる。左肩の装甲が消し飛んでいた。動くには動くが、多少レスポンスが悪くなることは必定だろう。

 敵襲だ。しかも、このタイミングで、である。


 レーダーを確認すると、いつの間にか囲まれていた。囲んでいるのは当然のことながらフェンリルだ。数はレーダーで確認できる限りで七二機。ざっと三大隊ときた。

 しかも、中央にいる機体を見て、ルナは愕然とした。

 いるのは、まごう事なき、シャドウナイツの副隊長機『FA-062オンヤンコーポン』ではないか。つまり、指揮をしているのはヴェノムと言うことになる。


 追撃は振り切ったはずだ。あれだけの距離があったはずなのに、何故いるのか、何処からこの部隊は沸いてきたのだ。一瞬、頭が混乱しかけた。

 オンヤンコーポンの背負っている多目的ランチャーのロケットの砲身から、僅かだが熱源反応があった。ということは、あれから撃ったのだろう。


 一度、隊を完全に停止させた。

 しかし、こういった布陣を組まれると、先程のようにレイディバイダーのゲイボルクで足止めをする、という戦法は一切使えない。あれは背面に敵がいないことを前提にした作戦だからだ。


 どうする、どうすればいい。

 あれ以外の敵の種別は。いつ現れたのか。敷くべき陣形は。持っている武器は。こちらの弾薬は。そもそも、どうやればいいのか。


『ボサッとするな』


 その声で、ふと我に返った。

 竜三の声だった。静かだが、覇気を含んだ声だ。


『さっきも言っただろう。長が混乱すれば、それだけで部隊員は死ぬ。お前は、味方を殺すためにこの隊を率いているのか』


 背筋が、凍っていた。

 味方を生かすも殺すも、己自身。それが指揮者という物だと、師匠である冬美はよく言っていたのを思い出す。


 それに、エドが言ったのだ。全員生きるか、それとも死ぬかだ、と。

 ならば、生き残らなくてはならない。


『逃げ疲れただろう? そろそろ投降したらどうだい?』


 ヴェノムの逆撫でするような声が、大音量で響いてきた。

 なんというか、あの男はああいうことが好きなのだ。圧倒的優位に立った状態で他者を見下す。こういう時、恐らくにやつきながら自分達を見ているのだろうと、ルナは思った。


 しかし、この部隊の連中はというと、ちらとモニター越しにエドとか竜三とかの顔を見てみても、平然としている。

 それどころか、アリスに至っては小指で鼻くそをほじくっているではないか。

 要するに、まるで意に介していない。思わず、笑いそうになった。確かにこんな連中ならば、これ程退却戦かつ殿にも関わらず落ち着いていられる連中ならば、よほどのことがない限りどうにかなるだろう。


『おい、ルナ。ヴェノムのバカがなんか言ってるぞ? どうするよ?』

「うーん……あたしが少しばかり言葉で時間稼ぎしましょうか、エド?」

『言葉合戦、って奴か。ま、お前一応俺より頭いいんだから、それに関しちゃ任せるわ』


 そう言われて、一度唇を舐めた。言葉には、想像以上の力があるのだ。

 こういうことは、自分にうってつけではないか。


 一度ヘルメットを取って、両頬を思いっきり叩いて気合いを入れてから、スピーカーの外部電源をオンにした。もちろん、音量は最大値にセットしてある。


 さぁ、言葉合戦でも始めましょうか、ヴェノムさん。


 ふと、不敵に笑った自分が、見えた気がした。

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