第二十八話『人をやめし者達』(1)-1

AD三二七五年七月二一日午前一時五八分


「ガーディアンシステム?」


 ファルコは、思わず聞き返していた。

 ハイドラは人間ではない。なんとなくだが、それは想像が付いていた。

 だいたい年を取らない上、いくらイーグとはいえ力が超人的すぎる。しかも時々、目が双方とも赤くなり、一気に凶暴化する。

 そんな人間いてたまるかとは、思っていたものだった。


 工廠の中にあるハイドラの私室に、プロディシオと自分、そして、ハイドラの秘書である、シンが顔を並べることになった。

 シンがいるというのも、何処か珍しい。部屋はプロディシオが言うには、先程まで酒臭かったと言うが、全くそんな気配はない。

 恐らく、シンが片付けたのだろうと、ファルコは思ったのを最後に、雑念を全て振り払い、ハイドラの目をじっと見つめた。そうしなければ、置いて行かれそうな気がしている。

 自分は、イーグでもなんでもない、ただの人間なのだ。


「なんですか、それは?」

「プロトタイプエイジスにのみ搭載されている、秘中の秘だ、ファルコ。リミッターのような物、と思ってくれればいい」

「しかし、ならばそれを早々に解放すれば、格段にプロトタイプの性能が上がると?」

「ところが、そうも行かないのがこのシステムだ。プロトタイプの装甲素材は純然たるレヴィナスだからな」

「ハイドラ様、質問、よろしいですかな」


 シンが、手を挙げる。

 この初老の男は、何処かハイドラを奥深くまで知っているように思える。秘書であるから、というだけではないようにも、ファルコには思えた。


 思えば、この部隊は、否、フェンリル上層部全体からして、氏素性のはっきりしている者がどれ程いるのか、正直分からなくなってきた。


「シン、なんだ?」

「改めてお聞き致したい。レヴィナスとは、何なのですかな。今ファルコ殿が持っておられる程度の質量で、桁外れのエネルギーを生み出す。その上物質の三態を、意志の力なる、科学的根拠の一切無いもので簡単にやってのける。正直、ただの鉱石ではありますまい。あなたはそれを、何処まで知っておられるのですかな」


 少しだけ、シンの目が鋭くなった。この男がこういう目つきをするのは珍しい。


「詳しいことまでは分からないところもあるが、レヴィナスは『意志の塊』、これは事実だ。死者、生者問わず、あらゆる動植物全てに宿る意志を封じた物らしい。どうやって出来るのかまでは、俺も知らん。ただ、KLは完全に別物だ。あれはあくまでも精神感応能力を付加させるようにプログラミングされたただの鉱石に過ぎない」

「しかし、それとその、ガーディアンシステムとやらと、どのような関係が?」

「さっきも言ったように、レヴィナスは意志の塊。つまり、プロトタイプエイジスは、ありとあらゆる意志を内包した機体だと言える。イーグはあらゆる意志をプロトタイプエイジスに知らず知らずのうちに伝えている。その意志に正負の意味合いなどない、ただ、意志の力が強いか否か、それだけだ」

「つまり、邪念が宿り続ければ、暴走する、と?」

「そういうことだ、シン。あのシステムは、その伝える意志の上下限を一切無視してイーグから力を吸い取るだけ吸い取る。その意志に邪念が多ければ多いだけ、当然のことながらレヴィナスの悪意が触発され、そして暴走する。だから、あれは諸刃の剣なのだ。強力だが、リスクが高すぎる。だから、普通のプロトタイプは、リミッターを付けている。余程のことがない限りは、作動がしないようにな」

「まさか、村正殿が最期にあれだけの大立ち回りを演じられたのは」

「恐らく、システムが僅かに反応したのだろうな」


 ハイドラが、一つ、ため息を吐く。重い、ため息だった。


「実を言うと、村正とビリーには『キー』が半分だけ俺の手にあると言っていたのだ」

「キー、ですか?」

「ガーディアンシステムに邪念を一切送り込まず、正の意志だけを最大限に伝える、システムの改良プログラムだ、ファルコ。全て揃えば、一回の発動で全世界のプロトタイプにこれが適用される。一応、俺の持っているキーだけでも、この大陸にいるプロトタイプに適用できるが、一時しのぎに過ぎん。完全に揃わない限り、適用は不可能だ」

「では、残りの半分は?」

「俺の計算では、ゼロが持っていたはずだった。正直言うと、あいつに酷く似た男に、俺は過去会っている。それこそ、子供の頃のゼロより、よほど成長していたゼロに、だ。今とだいたい同じくらいの年だったな。だからこそ分からないのだ。何故奴が持っていないのか、それ以前に紅神の形状が何一つ変化していないことも気がかりだ」


 話が、急に飛んだ気がする。

 ハイドラが何を考えているのか、いまいち分からなくなってきた。

 真剣に自分なりに考えてみるが、そもそもシステムの詳細が今ひとつつかめない。これと紅神の変化がどう結びつくのかも、だ。

 少し、場の空気が重くなった気がする。


 急に、外が騒がしくなったのは、そんな時だった。何が起きたのか、一度立ち上がり、外に出ようとしたら、兵士が一人、肩で息をしながら飛び込んできた。


「どうした、騒がしいぞ」

「そ、総隊長! 一大事です! 大陸東端部で華狼所属のプロトタイプエイジス狭霧が、突如変貌を開始しました!」

「何?!」


 ハイドラが、血相を変えて立ち上がった。目には、珍しく驚愕の色が見え隠れしている。

 しかし、心臓が跳ね上がるほど驚いたのは、こちらも同じだ。

 何が起こっているのか、外に一斉に出て、中央にある作戦司令室へ向かう。


 司令室に入ると、正面モニターがすぐに見える。入ってきてすぐに状況が分かるようにするために、そういう構図にしてあった。

 しかし、今回は、その構図になっていることを呪った。


 望遠カメラのため、少々小さいが、それでも分かるのだ。

 狭霧が、異常な変貌を遂げている。

 まるであれは、アイオーンではないか。

 吐き気がしてきた。胃が、ズキズキと痛み出している。


「状況、これ以外には分からないか」

「はい、あくまでこれ自体、フェンリルの通信局の定点カメラの映像パクってるだけですから」


 ハイドラが考え込み始める。少し、沈黙が長い。

 そして、ハッとしたように顔を上げた。


「今撤退中のベクトーアの軍勢の位置は分かるか」

「は? はぁ、分かりますが……どちらの?」

「殿の方だ」

「殿の軍勢でしたら、ここから北に二百キロの位置を、更に北へと進軍中です」

「まだ大陸は出てなかったか。ならば範囲には入るな……。蒼天を出すぞ」


 会場の空気が、一気にざわめきだった。ハイドラ自らが出撃するというのだ。それも、こんな時に、である。


「な、何故にですか?!」


 自分でもここまでうわずった声を出したのはいつ以来だったのかと、ファルコは内心驚いていた。


「あれを稼動させたのはアイオーンだ。狭霧のイーグが憎しみを多く持っているとはいえ、その程度であのシステムはここまで暴走せん。アイオーンによる外部的な因子が、恐らく何かあったのだ。それを今殿にいるプロトタイプまでやられてみろ。間違いなく終わりだ。それだけは、阻止しなければならん」


 言うやいなや、ハイドラが格納庫へと走り出した。

 確かに、言われてみればその通りなのだろう。


 しかし、ハイドラは何故ここまで知っているのだろうか。そして、本当は何者なのだろうか。聞こうと思って、聞きそびれた。

 こういう時村正だったら、落ち着いて待てばいいと、あくびでもしながら言うのだろう。

 それに習って、落ち着いて待つかと、ファルコは思った。


「追わずとも、よろしいのですかな」


 シンが、自分の横にいつの間にかいた。


「いいのですよ、シン殿。今は、ただ総隊長を信じるしかないですから。その話が本当であれ嘘であれ、今は話を信じるしか、何も道はないのです」

「ほぅ、村正殿のように、おっしゃるようになられましたな」


 にこりと、シンが笑った。

 トレンチコートにしまったレヴィナスを、一度取り出す。


 人間なりに村正に近づいてみようか。


 何故か、そんなことを思えるようになった。

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