第二十七話『闘気を立ち上らせる者達』(4)-2

 やれやれだと、ロックは戦場を見て思った。

 小高い丘の上で一人見物を決め込み、ざっと眺めていたが、僅か四分で一四四機いたスコーピオンは物の見事に半数以下まで減らされた。

 いくら無人機が三分の一を占めると言え、こうも簡単に蹂躙されると、納得出来ない気分になる。


 やはりスパーテインという男の指揮は桁外れに強い。陣を割ると同時に退いていた第一陣を一気に転換して挟撃に追い込むのを、素早くやってのける。

 いちいち、行動が早い。それはある意味、あの男が異様なほど信頼されているからだ。

 ならば、内部から壊す。それだけだ。


 瞳を、一度閉じる。常闇が、延々と広がった。中で、黒ずんだ炎が見える。

 力。そう、自分は思っている。

 ゆっくりと触れると、物理的に眼が変わったような、そんな感覚を受けるのだ。いや、本当に物理的に変貌しているのだ。この感覚だけはずっと慣れない。

 目を開ける。また、戦況はよりフェンリルに不利になっていく。

 そろそろ仕掛け時だろうと、ロックは思った。


 念のため、手鏡を見た。

 眼は、人間の色から変わっている。血のような赤に、獣の瞳孔。そんな眼でも、視界は特に人間とは変わらない。

 ただ、こうなったときだけ、自分は真の力を発揮できる。音。それが自分の力でもある。


 ゆっくりと、キーボードを出し、音曲を奏でる。

 エミリオの魂に直接語りかける音曲だ。わざわざこれを実施するためだけに、相当気配を消してエミリオに会いに行ったのだ。これが成功しなければ、何の価値もない。

 魂の情報が流れてくるのを、ロックは感じる。いわば、コンピューターの世界におけるクラッキングと同じ事だ。

 魂という内部情報に外部からアクセスして改竄する。ただそれだけだ。

 一つだけ違うとすれば、外見が人間を保てるかまったく不明だというその一点に尽きる。


 もっとも、別にそんなこと知ったことではない。

 だから、演奏を続ける。

 今日の月は赤い。実に美しい。そんな赤い血のような月の下で弾く演奏もまた、格別だ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 何か、声がした。

 通信が何か言っているのかとも思ったが、特にそんな様子はない。


『大尉、まもなく敵陣を突っ切ります!』

「よし、突っ切ったら再度反転、スパーテイン中佐を援護するため再度突貫するぞ」

『了解です』


 威勢のいい副官の声がする。

 少なくとも今の声は、この男の声ではない。


 誰の声だったか。エミリオには、何故か思い出せない。

 確か、会っているはずだ。それこそ、僅か数分前にあった。

 何だったか。誰だったのか。


(忘れるとは酷いな、エミリオ)


 呵々と、不敵に笑う声がした。

 私は疲れているのかと、ため息を一度吐いた後、敵陣を越えた。

 ざっとこれで八機沈めた。まずまずと言えるだろう。


(でもさ、お前、暴れ足り無いんじゃないのか? ベクトーア相手に暴れたいんだろ?)


 なんだ、誰の声だ。


 伝達もどこか変だ。まるで魂に直接語りかけられているような、そんな声だ。

 しかし、本当に何処で出会ったのか、思い出せずにいる。まるで、靄でも掛かっているかのように、思い出せない。


 心の中で、また何かが暴れ始めた。

 そうだ、確か、あの銀髪の男と出会ったのだ。その時から、急に何か変な物が暴れ出した。

 名前は、確か、ロック・コールハートとか言ったか。


(やっと思い出したか。でだ、暴れたりないようだから、その場所提供してやる)


 心臓が、一度唸った。

 直後、何故か、狭霧が自分の副官のゴブリンを真っ二つに切り裂いていた。旗下も、止まっている。


 俺は、何をしたのだ。何故、俺はあいつの機体を裂いたのだ?


 戦場の空気が、一瞬止まった。

 直後、モニターが急に暗転した。IDSSを握っても、何も反応しない。

『Guardian System Ready』とだけ、文字が示された直後、体が、急に熱くなった。


 右腕が、唸りを上げている。何かが、腕を突き破った。

 石のような、何か。七色に光っている。見たことがあった。確か、レヴィナスの光だった。

 腕が、徐々に変貌していく。レヴィナスが腕を突き破り、骨がきしみを上げて変形していき、筋肉もまるで別の何かのように暴れながら変質していく。コクピットの中ももはや血だらけだ。


 頭も痛み出した。自分が自分でなくなっていく感覚が、エミリオに襲いかかっている。叫んでいた。

 怖いと、初めて感じた。あの時、粛正の時以来、忘れていた感情だった。


(そうだろ、お前さん、いつの間にか憎しみを力の糧にしてたんだろ。だからだ、その憎しみ、より増加させてやる。それで、ベクトーア滅ぼそうぜ、な?)


 声が、遠ざかっていく。

 自分は、化け物になるのだろうか。ぼんやりと、そんなことだけが浮かんだ。


 ふと、腕を見る。レヴィナスの輝きが鏡のようになって、自分の顔を見ることが出来た。

 赤い眼と、獣の瞳孔に、自分の目が変わっていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 急に、狭霧が横にいた自分の旗下をワイヤーで裂いた。

 誤射かとも思ったが、エミリオはそんなことをやる男ではない。


「ハッセス大尉、どうした、何をやっている?!」


 通信を掛けるが、完全に途絶されている。それ以前に、スパーテインには気に掛かることがある。

 先程から、微かにだが、音曲が聞こえる気がするのだ。空耳か何かだろうとは思っているが、それを気にしていては戦闘行動に支障が出るだけだ。


 駆けて、一気に敵陣を割る。これをもう既に七回も繰り返した。

 ディアルが、横に付いた。


『スパ兄、いくらなんでもおかしいぞ。これだけやっておきながら何故敵は潰走しない?!』

「よほど指揮官の腕がいいか、或いは、無人機か、それともまた更に違う何かか」

『何かって、なんだよ?』

「ディアル、奇妙だと思わないか。さっきから、敵陣に邪気は感じるが、人間の気配が何もない」


 前に自分が無人機と戦ったときは、少なくとも数機から、人間の気配がした。

 だが、何故か今の敵からは全てから人間の気配がしない。ただ、機械にはない邪気だけは感じる。

 これは何だ。まるで自分達は機械とは別の、そう、アイオーンでも相手にしているかのようではないか。


 急に、モニターが真っ赤に染まった。『危険』の文字が、モニター全土に浮かび上がっている。

 こんな表示は見たことがなかった。プロトタイプエイジスならではなのかもしれない。


『付近にいるXA-071のガーディアンシステムが暴走を開始しています。速やかにイーグもろとも破壊をしてください』


 聞き慣れない言葉が出来てきた。ガーディアンシステムとは何だ。それ以前に狭霧が暴走というのはどういうことだ。

 しかもイーグもろとも『破壊』と来た。人間として見ることが出来ない、という意味なのだろうか。

 どちらにせよ、トリガーがなんであれ、某かのプロトタイプエイジスのブラックボックスが発動したのは、間違いない。


 コクピット内にけたたましい警報が鳴り響いたのは、その直後だった。

 狭霧の敵味方識別信号が一瞬で変わった。いや、反応が、消えた。

 逆にその場所に現れた文字には、アイオーンと記されている。


 はっとして、狭霧を見た。

 狭霧の体が、変貌していく。装甲を突き破り、人工筋肉の培養液を、まるで血のように噴出しながら、狭霧がまったく別の何かに変わっていく。

 暴走というのは、これのことかと、スパーテインは直感した。


 通信が入った。微かにノイズが入っている。狭霧からだった。


「ハッセス大尉、応答しろ」


 少し間を置いてから、声がした。


『ああ、中佐ですか……。気づいたことが、一つあるんですよ』


 暗い声だった。

 直後に、狭霧が腕を振るい、ワイヤーを夜叉に向けて出してきた。

 咄嗟に避けた。旗下も、なんとか避けきったが、一機が腕をやられていた。


「何の真似だ?」


 ふつふつと、体に怒気が上っている。メガオーラブレードの出力を、再度上げて、狭霧を見つめる。

 まだ、変貌を続けていた。


『華狼は甘いんですよ。何故粛正で殺された人間に対する報復を、もっと厳しくやらないんです? ベクトーアの人間は、殺すだけ殺せばいい。裏切った奴もまた然り。そして、甘い華狼もまた、滅んでしまえばいい』


 狭霧の変貌が、終わった。

 しかしあの姿、エイジスというには、明らかに異なっている。より生物的な、何か。

 まさしくあれは、アイオーンそのものではないか。


『だから、俺はフェンリルに降りましょう。どうせ、既に人間ではなく、アイオーンなんですから』


 恐らく、言っていることは本当なのだろう。狭霧の中から、生態反応がない。

 つまり、イーグが生命体ではなくなった。今狭霧、いや、狭霧だった物を操っているのは、エミリオ・ハッセスという男であった、アイオーンそのものだ。


 そして、やはりというべきか、残っていたスコーピオンもまた変貌を遂げ、アイオーンに変わっていく。

 ざっと確認する限り、人間の形にもっとも近いイェソドと、イヌのような形をしたホド、そして重装甲型のゲブラーが多数を占めている。


 周囲は、全てアイオーンで固められた。しかも、強化されたプロトタイプエイジスも一機いるのだ。

 この戦力で何処まで対応できるか、それは指揮次第でどうにかするしかない。


 汗が、頬を伝った。

 一度ぬぐって、再度狭霧を見据える。

 自分はアイオーンになったのだと言わんばかりに、そのデュアルアイは、真っ赤に染まっていた。

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