第二十七話『闘気を立ち上らせる者達』(3)-3

 いつだって依頼は急だ。傭兵だから、それは当たり前と言えば当たり前だ。

 傭兵など金をもらえればなんだってする。


 マクス・ウィリアムは、改めて輸送機の中で、ベクトーアからそこそこの頭金と一緒に届いた依頼を確認する。

 華狼への強行偵察、或いはフェンリル軍の攪乱。状況次第でどちらかを実施するという代物だった。

 面倒くさい依頼ではあるが、噂に聞くルーン・ブレイドからの依頼ともあれば、悪い気分はしない。


 それに、ゼロのこともあった。昔から傭兵仲間として何度か任務で共にしたこともあったし、つい三ヶ月ほど前に互いに飲んだ仲だ。

 そのゼロが、まさかルーン・ブレイドと長期契約を結ぶとは思わなかった。

 しかし、こんな物なのかもしれないと、マクスは何処か感じていた。ゼロは何処か、傭兵としては中途半端な所があった。

 金よりも情で動くところなど、まさにそうだろう。得にならないことは一切しない。それが自分達の考え方だし、昔からヘヴンズゲートに入社することを前提条件にダムドで育ってきた自分からすれば、当たり前だった。


 シャッターを切る音が、一度鳴った。


「またお前か、アナスタシア」


 にっと、不敵にシャッターを切ったアナスタシア・クールレインが笑った。

 アナスタシアも結構情を優先するタイプの人間だ。だが、この女も得にならないことはしないタイプではある。あくまでも、情の方が優先されやすい、というだけだ。


 しかし、何度見ても思うが、アナスタシアは小さい。というか、本当に二二歳なのかと何度も言いたくなった。

 身長は自分より頭一つ以上小さいし、童顔かつ貧乳と来た。正直一四歳とか言われても納得してしまうが、本人の前でそれを言ったらどつかれたことがあったので、以後は禁句にしている。


「いいじゃねーか、暇なんだし。整備も終わっちまったからな。退屈だったからお前の退屈そうな面撮った、それだけだろー? ケチケチすない」


 しかし口を開けばこんな口調だ。こんな女に寄りつく奴は、よほど変わっているかペドフェリアなのだろうと、時々思う。


「それに、外の月が珍しく真っ赤でな。それも写真に撮ってみた。そういう面白い光景は嫌いじゃねーのさ」


 確かに、窓の外からは赤い月が見える。

 まるで血の色だと感じるから、なるだけ見ないようにしていたが、どうやらこの女はそういうことは気にしないらしい。


 しかし、退屈なのは事実だ。

 こんなに長い時間いるならば、せめてギターか作りかけのプラモでも持ってくれば良かったと一瞬感じる。

 副収入でバンドをやっているが、その新作をいい加減そろそろ作らなければまずいし、だいたい趣味のプラモも箱毎積んである奴が溜まってきた。せめて一週間で二個は軽く仕上げておきたかったが、そんなことも言っていられない状況だ。


 第一、ヘヴンズゲート中にそこら中からオファーが掛かっている。ひっきりなしに戦地へ赴いているのが、今の自分達の現状なのだ。会社的には大きいビジネスチャンスだが、それだけ世界は荒れていると言うことなのだろう。


「しかしアナスタシアよぅ、お前さん、カメラの方がよっぽど銃持つより好きなんじゃねぇのか?」


 アナスタシアが、構えていたカメラを納める。


「まぁな。たださ、どうしても戦場にいるあいつに、会いたい男がいるんだ。そいつに会うには、戦場カメラマンより傭兵の方がよっぽど役に立つと感じたんだ。それに、食い扶持稼ぐには、どうしても傭兵の方が良くてな。それに、あいつ元華狼兵士だったが、傭兵だったし、戦場カメラマンよりよほど会う機会が多いと判断したのさ」


 意外な話を聞いた。まさかアナスタシアが惚れている男がいるなど思いもしなかった。

 しかし、肝心のその男がアナスタシアのことを想っているのだろうかとも感じる。それに死んでいたらどうするのだとも思ったが、口にするのは野暮という物だ。

 それに、食い扶持というのもある。人間は何かと、飯がなければやってられないのだ。

 自分の趣味もまた然りである。


「さっさと終わらせてぇな、任務」


 再度、月明かりを見る。不気味な色だとしか、マクスには思えなかった。

 また、シャッターを切る音がした。少し、呵々と笑った自分がいた。

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